権力者対峙
「――さて、どうなることやら」
ラシェンは呟き、城の中を歩く。とある人物に呼ばれたため、こうして城に馳せ参じていた。
傍らにはナデイル。すっかり秘書として板についてしまった彼だが、ラシェンはその腕の良さに対し一定の評価をしていた。場合によっては本当に自分の秘書に――と言えない所がなんとももどかしかったが。
案内された一室に入り、ラシェンは扉に対し正面にある上等なソファに座る相手を見据える。
人数は一人。護衛の者すらもいないのは、少し意外だとラシェンは思う。
(情報が漏れるのを警戒しているということか?)
推測しつつ、ラシェンはにこやかに相手へ口を開く。
「久しいですな――ギルヴェ殿」
「ええ。そちらにお座りください」
相手――ギルヴェもにこやかに語り、自身とは反対側に位置するソファを指差す。
ラシェンはそこに座り、傍らにナデイルが立つ。ギルヴェはナデイルを一瞥したが――特に言及はせず、話し始めた。
「さて、ここにお呼びしたのは彩破騎士団に関してです」
「まさか解散しろと?」
冗談めかしく言うと、突然ギルヴェは大きく笑って見せる。
「ははは、さすがにそのようなことは言いませんし、そんなことをする必要もないでしょう……とはいえ、城内には不安という意見もまた存在しているのです」
「不安?」
「異能者に対する組織……ですが、彼らだけで本当に大丈夫なのか、ということです」
――ラシェンはそこで、彼が今から何を話すのかおおよそ理解した。
不安――ウィンギス王国との戦争を経て、彩破騎士団という存在ができあがった。しかし現状はまだまだ戦力的にも不足している状態。スランゼルに関する事件を解決したように実績はきちんと積んでいるが、それでも不安があるのは事実だろう。
「加え、騎士の中には懸念を零す者もいます……有事の際、彩破騎士団の指示を受けなければならないのかと」
「……ふむ、騎士団や宮廷魔術師の面々としては、好き勝手に指示されるのはまずいということだな?」
問い掛けると、ギルヴェは首肯した。
「まさしく。ユティス様もフレイラ様も、騎士団などに所属した経験がない……異能者に対し的確な対応ができるとしても、騎士団をきちんと統制できるかといえば……疑問に思わざるを得ません」
「それについては、私も同意するが……では、どうするのだ?」
ラシェンは胸中で何を言い出すか推測しつつ言葉を待つ。それにギルヴェは薄い笑みを浮かべ、
「騎士団……というより城中ですね。こちらに、彩破騎士団とは別に異能者に対抗する組織を編成したい、という意見があり、実際に動き出しています」
――やはりと、ラシェン自身心の中で呟いた。
「これには保険的な意味合いもあります。彩破騎士団の活躍自体は戦争及びスランゼルの騒動で城の者達もはっきりと理解できていますし、その存在が今後必要とされるのは間違いないでしょう……しかし」
「彩破騎士団自体が動けなくなるという可能性もゼロではないし、現在のように彼らが都を離れている状況においての襲撃もあり得る……現状、彩破騎士団がいない上で対策は行っているが、それでも不安があると」
ラシェンが言うと、ギルヴェは深く頷く。
「異能者との戦いについて、彩破騎士団に任せっきりというわけにもいかないでしょうし……現状ではまだ異能者達も個々に行動しておりそう脅威にはなっていませんが、徒党を組むようなことがあれば現状の対策では不十分でしょう」
「そういう場合に備え、別組織があるべきだと言いたいわけだな」
「まさしく」
――ラシェンは、彼の頭にエドルの存在があることを確信する。
新たな異能者が出ればこうした展開もある、というのは想定していた。元々騎士団からも対異能者の部隊を編制しようとしているという情報は以前からあったため、この提案自体は別段違和感もない。
エドルという異能者を城に入れることによって、彩破騎士団を解散させる方向に動くという可能性もあるが――先の事件でユティス達の力は実証されているため、今更ユティス達の存在をないがしろにするわけにもいかないだろう。
加え、オックスなどユティス達と共に戦おうとする意志を持つ人物も出始めた。『武の女神』という称号が一般に広まっているフレイラの存在も含めて考えれば、城の人間が無理に彩破騎士団の権威を失墜させようとする――という手段もやりにくくなっているのも事実で、今回の組織編成についても、下手な介入をしてくる可能性は低い。
さらに言えば、今回遺跡調査にサフィ王女が同行している。これは間違いなく彩破騎士団に王家も大きく興味を持っている所作。聖賢者ヨルクの存在も踏まえれば、ユティス達が強権を発動するなどして心象を悪くしなければ、彩破騎士団をどうこうする存在は――
「そう警戒しないでください」
ギルヴェは手をラシェンに突き出し思考を制する。
「戦争直後においては警戒を抱いていた……これは紛れもない事実でしょう。しかし、不死者発生に端を発する一連の事件を解決したこと……加え、彩破騎士団はあの戦いで騎士団の面々としっかり連携を取っていました。魔術師や騎士の中にはそうした彼らの行動を認めている者も多くいます。今更彼らにちょっかいを出す、などと考えてはいません」
「カール殿のようにはしない、ということだな?」
ラシェンは皮肉を込めて告げてみると、ギルヴェは「もちろん」と答える。
「カール殿が動いていた時とは状況がまるで異なりますし……それに、元々私達は彩破騎士団と干渉する、などという気はありませんでしたよ」
疑わしいが――ラシェンはそれについて頷くだけに留め、
「城内の情勢はこちらも理解している以上、私としても構わない。理由をきちんと話せばユティス君達も理解してくれるだろう……ただ」
「もちろん、彩破騎士団に干渉することは致しません。組織の成り立ちから、立ち位置も大きく違います。どちらかが取り潰しになる、といったこともないようにします」
――ここでラシェンは、一つの推測を行った。もしやヨルクやサフィはこういう動きを察知し、彩破騎士団に肩入れしたのではないか。
あり得ない話ではないと思った。先の戦争を振り返れば、王家にとって異能者は敵となれば大きな脅威となる。ただ、異能者を見つけて無条件で引き入れるというのもまずい。どこかの国からの間者という可能性もゼロではないし、何より異能者に権力を与え、反逆されるなどという可能性もある。
ただユティスの場合は事情が違う。彼は王家の遠縁――血の繋がりがあるからこそ、王家は彩破騎士団に味方するつもりなのかもしれない。
これはギルヴェにとって面白くないはず。先ほど取り潰しはないと言ったが、場合によっては城中で自分の手足となる部隊を編成し、理由をつけて干渉してくる可能性も――
「とはいえ、組織編成についてはしばらく時間が必要でしょう」
ラシェンが思考する間に、ギルヴェは語る。
「私達としてもどう立ち回ればいいかわからないこともあるため、しばらくは情報交換を行い互いの動きを阻害しないようにする必要があります」
そうやって、情報を上手く手に入れるつもりか――ラシェンとしては面倒この上ない事態だが、それでも主張自体は間違っていないので頷くしかない。
「いいだろう……もちろん、不利な事があればこちらも物申させてもらうぞ」
釘は刺しておく。もちろんとギルヴェは頷き、
「それで、次の話です。実はネイレスファルトから連絡がありまして」
「連絡?」
「はい、あの場に異能者を呼び寄せているという話はご存知でしょう?」
「そういう流れが形成されつつあるというのは知っている」
「ならば……先の戦争や、他国で異能者が活躍し始めている状況から、次の闘技大会で色々と混乱を呼ぶことになる……と危惧していることも知っていますか?」
「初耳だが……懸念するのも当然だろうな」
――ネイレスファルトは初夏と初冬の年二回、大規模な闘技大会を開催する。それ以外にも日々剣を合わせる闘士が跋扈する街ではあるのだが、この年二回の闘技大会は他とは別格と言っても過言ではない。
元々ネイレスファルトは騎士や魔術師を養成する場所である。闘技大会で優勝した人物などもその対象に入り、大会開催中は多くの要人が訪れる。そこに異能者が加われば、彼らを雇い入れるために混乱が起こる可能性が、十分ある。
「そこで、ネイレスファルト側はルールを設けました……異能者に関する特別なルールです。異能者は見つかり次第ネイレスファルトの王室が保護し、折衝などは王室を通して行うと」
「なぜネイレスファルトが直接関わる?」
「さあ……思惑は多々あるでしょうが、一番の理由は、監督不行届きによってこれ以上死人を出したくないのかもしれませんね」
「ああ、確か『全知』の人物が殺されたんだったか……事情はわかった」
「彩破騎士団としては、一度はそちらに向かいたいのではないですか?」
「人を集めるやり方として候補の一つではあるな」
異能者問わずだが、彩破騎士団は城側とほぼ独立しているが故に城からあまり協力を得られない。ラシェン自身間者などが紛れ込まないよう配慮しているため、そもそも城の人間を彩破騎士団に組み込もうなどと考えはしなかったが――
ラシェンはロゼルスト王国に対し利害などがないまっさらな人間が必要だと考えていた。それにネイレスファルトはうってつけだ。ああした場で雇う人間の多くは傭兵風情も多く玉石混交なのは間違いない。けれど優秀な人物を雇い入れる可能性が大いにある場所。 ユティス達がその大役を果たせるかは未知数だが――
「彩破騎士団としては、異能者の情報も集めたいでしょう。ラシェン殿としては、ユティス様もそちらに向かわせるつもりなのでは?」
「異能者に対する脅威がなければ、そのつもりだ……その間別に異能者が現れた際、対応する人物が欲しいと言いたいのか?」
「エドル様は色々と込み入った事情がある様子。それを差し引いてもロゼルスト王国で保護するのは得策だと思います。組織に組み込むかは、彼の事情を聞いたうえでも遅くないので、ここでは言及しません」
腹の内がラシェンには透けて見えていたが、ラシェンはそこについては何も語らず、組織について質問する。
「……城側で異能者対策を施すとして、どういう人物を組み込む?」
「それについては色々と考慮している段階です……ただ名うての勇者を始め、優秀な騎士を用いる予定でいます」
「騎士はわかるが、勇者? それは――」
そこまで口を開いた直後、
ラシェンは、遺跡調査でユティス達を同行させたギルヴェ達の意図を、克明に理解した。