罠と襲撃
扉の向こうにいた魔物を倒しつつ――実際はそのほとんどをヨルクが倒したのだが――ひとまず殲滅。先に進む。
いくつか扉を抜け、また魔物と交戦した――辿り着いたのは、先に通路が無い部屋だった。
「……ふむ」
ヨルクは一度部屋を見回し呟く。
「大したものはない……が、不自然だな」
「不自然?」
フレイラが問う。それにヨルクは反応し説明を始める。
「今まで調べてきた部屋は、何かしら物が置かれていたのだが……ここには、逆に何もない」
言われてみれば確かに、部屋を見回しても小物一つ落ちていない。
「疑問としては、この場所に結構な数の魔物がいたこと」
「魔物がいたこと自体、問題なんですか?」
「ん……ああ、そうか。すまない、この遺跡の説明をしていなかった」
「遺跡?」
「そもそもこの遺跡、どういった役割を持っていると思う?」
問われ、フレイラは考えようとしたが――あることに気付く。
「ここまでヨルクさんの指示通りについてきただけなんですけど……」
「ああ、それもそうか。すまん。それじゃあ説明する」
咳払いを一つした後、ヨルクは改めて話を始めた。
「簡単に言うと、ここは研究所だったんだ」
「研究所?」
「ガラクタを集めてみると、ガラスの容器とか、実験用具が至る所にあったからそういう結論に至った……物に対して魔法がずいぶんと掛けられていて、風化もせずに残っていたからそういう結論に達した」
「それが、魔物と関係あるんですか?」
「大ありだよ。この遺跡内で魔物が多量に存在している……ここまで密度多いと、通常なら魔物同士で争ってもおかしくないが、魔物達は理路整然と部屋で待機し侵入者を阻む……何かしら命令を受けている節もある。待機している魔物達は、この遺跡によって生み出された存在である可能性が高い」
魔物を――その言葉を聞いたフレイラは、ゴクリと唾を飲み込む。
「使役できる魔物を生み出すのは難しくないが……俺達の技術では、人が魔法を使用しないことには難しい。しかし、この遺跡に人間がいるはずもなく。もちろんこの遺跡の影響を受けて魔物が生み出されている側面はある。しかし遺跡で待ち構えている魔物は暴れ出さないことから人為的に生み出され命令を受けたんだろう」
そこまで語ったヨルクは、フレイラ達の顔を見回す。
「とはいえ、至る所に魔物を配備するといっても限度があるだろうし、不必要な場所に配備するようなこともしないだろう。不用意に魔物を生成して管理するのだって大変だろうし」
彼は部屋に目を移す。
「で、この部屋だが……魔物の多さからさぞ重要な何かがあるのではないかと最初思ったんだが、見た目上は何もない。だが俺は、ここにある何かを守っていたんだと思うんだが……」
推測した時だった。突如、遠くからドオンというくぐもった重い音が聞こえてきた。
「……ん?」
訝しげにヨルクは反応。次いで今度はオックスが発言する。
「おい、この音ってまさか」
「だろうな」
ヨルクは断定。すぐさま元来た道を戻りだす。フレイラ達三人はそれに無言で追随。
やがて――辿り着いた先にあったのは、崩落して通路が塞がれた廊下だった。
「……魔法で補強されているんじゃないのか?」
オックスは問うが、ヨルクは首を左右に振る。
「普通の建材より少し丈夫なくらいだから、魔法が使用されればこうなるのは必然」
答えた後、ヨルクは口元に手を当てた。
「崩れた範囲がどの程度かわからない上、下手に魔法で崩落した部分を処置するとさらに崩れる可能性もあるな……さて、どうするか」
呑気に呟くヨルク。楽観的な様子であったため、さすがにフレイラも驚き、
「あ、あの……これはさすがに悠長にしていてはまずいのでは?」
「うん、まあそうなんだけどさ」
軽く答えると彼は突如踵を返す。
「それほど心配していない。崩落した通路をどうにかしなくても、なんとかなる」
一体どういうことなのか――フレイラは内心疑問に思いつつヨルクの後を追う。
そうして行き着いたのは先ほどの部屋。フレイラは小首を傾げ確認を行う。
「えっと……ここがどうしましたか?」
「いや、魔物があれだけいて、なおかつここまで殺風景だとしたら、可能性は一つしかないんじゃないかと思ってさ」
その言葉で――オックスが声を上げる。
「ああ、なるほどなぁ。つまりここに脱出路があると」
「そう。さすがに入口が一つではまずいからね。避難路くらいはあるとは最初から推測していた。それを魔物が守っていたと考えれば、一応説明はつく。まあ、ここになくとも遺跡内を歩き回れば見つかるはずだ……ただ」
と、ヨルクは少しばかり眼光を鋭くした後、告げる。
「敵はこんなこと百も承知で、時間稼ぎすることが目的だろう」
「時間稼ぎ……」
フレイラは先ほどの崩落を思い出す。
「誰が、道を塞いだのかわかっているんですか?」
「それについては外に出てから考えよう……ここで見つからなかったら別の場所を探す。遺跡の規模がどれほどのものかわからないけど、数時間もあれば見つかるさ」
表情を戻し彼は言う――フレイラは黙って頷き、他の面々と共に部屋の中を調べ始めた。
* * *
調査員達が右往左往する間に、サフィは情報をまとめ一定の結論を導き出す。
「崩落した場所は、奥へと通じる通路……そこには、ヨルクや騎士フレイラ達も入り込んでいた」
「まずく、ないですか?」
ユティスが言及する。イリアやエドルといった面々も不安げな表情を浮かべ――しかしサフィはそれほど深刻な顔をしていなかった。
「ヨルクがいる以上、大丈夫だと思うわ。遺跡奥深くにいる魔物にだって後れを取ることは決してない……それに」
「それに?」
「こういう遺跡は、必ず入口とは別に脱出路があるはずよ。さすがに入口が一つだとまずいからね……だから通路を見つけ外に出てくると思う」
「それじゃあ――」
「ええ。私達は誰がこんな真似をしでかしたのかを究明しましょう」
サフィの言葉はかなり鋭かった。表情もまたそれに応じるように変化する。
「何者かが魔法を仕掛けた……魔力が充満する遺跡内ならば気付かれにくいため、私達が来るのを見越して事前に仕掛けられた可能性もありそうね」
確かに――ユティスは胸中同意しながら彼女の言葉を聞く。
「調査員の中に犯人がいる可能性が高いけど……成果が出るかどうかは未知数ね」
「こちらも、協力しますが――」
ユティスが言いかけた――その時、
遠くから、蹄の音が聞こえ始めた。
「……馬?」
新たに派遣された騎士、などとは考えにくい。となると旅の人間かと最初思ったが、そもそもここは山道から大きく外れている。
だが、音はどんどんと近づいてきている様子だった。しかも複数かつ、どこか荒々しい動き。
「……これは、もしかすると」
サフィは呟いた後、すぐさま周囲にいた調査員や騎士達に告げる。
「すぐに遺跡の中へ!」
「え? しかし――」
「いいから指示通りに! ここにいては間違いなく犠牲者が出る!」
何を言っているのか――そういう表情を一時調査員は示したが、有無も言わせぬサフィの表情に彼らは表情を改め、
「すぐに遺跡内へ!」
騎士の指示と共に人々が移動を開始する。そこでユティスはサフィへ告げる。
「大丈夫でしょうか? 遺跡内で爆発が起こった以上、中も危ないのでは――」
「敵がどういう意図で遺跡内を爆破させたのかはわからないけれど……おそらく、これ以上の行為に及ぶ可能性は低いはず」
「根拠は?」
「相手がどういう策であれ、今回の首謀者は容易に推測できる……これから来る人達もおそらく、『彼』の味方でしょう。タイミングがあまりにも良すぎるし」
ギルヴェ――ユティスは内心名前が浮かんだが、それを口にすることはしない。
「だとすれば、少なくとも調査員達に対し犠牲者を増やすような真似はしないでしょう……調査員は『彼』にとって大事な駒だし、何より下手に危害を加えれば色々と問題が発生する……だからこそ、精々こちらを妨害することくらいしかしない……あくまで遺跡を爆破した人は」
そう言うと、彼女は馬の来る方向を見据え、厳しい目を見せる。
「けど、今から来るであろう人は違う……おそらく一連の流れで雇った人間なのだろうけど、ああいう手合いの人間が頼み込んであっさりと従うなんて可能性、私はないと思っている。となると相手は――」
「そうですね」
ユティスは同意。来るのは間違いなく、ギルヴェ達によって雇われた一派――とはいえ正規の騎士であるはずもない。この辺りに根城を構える賊の類である可能性が高い。
そして、そういう人間と調査員とを接触させると『事故』が起こるかもしれない。対する遺跡内部にいる間者は少なくとも命令は聞くような人間で、ギルヴェの立場から人を殺めるようなこともないだろう――そういう考えらしい。
ユティスもそれを認識し同意した。そして賊の目的は、ユティス達か――
(とはいえ、ここで仮に僕らが死んだとしたら……それ自体が大事になるのは確定的。その辺りはどう対処するのか……)
いや、もしかすると敵の目的はユティスやフレイラといった彩破騎士団の始末ではないのかもしれない。
(他に目的があるとしたら……それは一体何だ?)
考える間に、調査員達が遺跡に入り、入口付近を騎士や勇者シャナエルなどが固める。
「王女」
そうした中で、シャナエルが声を上げる。
「中はおそらく混乱しているはず……サフィ王女の指示があれば、その動揺も収まるはずです」
「そうね……ユティス」
「はい」
「もし良ければでいいのだけれど、少しの間イリアを貸してもらえない?」
唐突な申し出。けれどユティスには何が言いたいのか克明に理解できた。
彼女の力はまだ解明されていないが――この場において非常に有用だと王女は判断したのだ。
イリアの力を利用し、内部にいると思しき犯人を捕まえようとしているつもりだ。
「わかりました……イリア、いいか?」
「は、はい」
頷いた彼女はサフィの近くへ寄る。そこでユティスは、
「……ティアナ――」
「私は」
弓を生み出しながら、ユティスと目を合わせる。
「戦います」
「……わかった」
騎士や勇者は何も言わなかった。弓を見て援護能力があると思っているのだろう。唯一シャナエルだけは前の戦いを生き抜いたことから、その技量に対し一定の評価を成しているのかもしれない。
そこからは無言で行動を開始する。サフィとイリアが遺跡奥へと消え、入口付近で全員が武器を構える。そして、
視界正面から、馬に乗った一団が出現した。