魔力分解の異能
悲鳴の上がった場所へ赴くと、調査員が逃げ惑う姿と、魔物が一体。
魔物の姿は狼とも猫ともわからないような、四本足の動物――ただし翼のようなものが背中に生えており、威嚇なのか魔力を放ち調査員達に対し唸り声を上げていた。
(魔力の感触としては、第二領域……)
ユティスは胸中でそう確信し、自分がどう立ち回るべきかを考える。
魔力はヨルクから依頼された魔具の作成したことによりそれほど多くはない。ここから無理をすれば、下手すると体が限界に至るかもしれない。
見た目強敵である以上、援護はしたいところ――そうユティスが思った時、
「ここは私が」
エドルが前に出た。それに呼応するように魔物が警戒を示す。そして周囲の調査員は彼を見て安堵の声を上げた。
「少し、様子を見ましょう」
近くで剣を抜いたサフィが告げる。ユティスはそれに小さく首肯しつつ――エドルはゆっくりと魔物へ歩み寄る。
魔物は吠え、突撃を敢行。一体どうするのかとユティスが注視した時、彼は右の拳を振りかぶった。
「――ふっ!」
そして突撃する魔物の頭に対し振り下ろす――結果、魔物は彼の拳が触れた場所から突如、粒子に変わる。
(……これが、彼の異能か)
イリアの魔法を防いだ以上理解していたが、こうして改めて見ると驚異的な異能――特性から考えれば、彼が魔物に対し絶対的な力を持っているのは明らか。
「……あ」
そこで、またもイリアの声。また魔物かと思いつつユティスが呼び掛けようとした時、調査員の声が聞こえてきた。
「ちょっと待て……聖賢者殿の魔法は発揮しているはずだ。なぜ出現する!?」
それはどこか驚愕にも似た声であり、ユティスはその声に聞き返そうとした。
だが次の瞬間またも咆哮――事態に、調査員は色めき立つ。
「落ち着きなさい」
そこへ、サフィがピシャリと告げた。途端調査員達が押し黙り、彼らに対しサフィは指示を出す。
「なぜ魔物が出現しているのかを解明することと、遺跡内部にいる者達に連絡を取る事。残りの者達は一ヶ所に固まり、迂闊に逃げないように」
「は、はい!」
調査員はすぐさま移動を開始する。彼女が発する雰囲気はいつのまにか厳格なものへと変貌し、視線も鋭いものへと変わっていた。
(さすが、王女)
ユティスは心の中で思うと同時に、サフィへ言う。
「サフィ王女――」
「エドル君!」
ユティスの言葉を遮り、サフィは呼び掛ける。彼はすぐさま振り返り、
「次に出現した魔物はまだ距離がある様子……指示を出します」
凛とした声音にエドルは頷き、サフィへ歩み寄る。その時、またも魔物の雄叫び。
「イリア、魔物は出現し続けているの?」
「うん……あ、また出てきたけど」
「どうやら異変が起きているのは間違いない様子……エドル君、あなたの異能は確かに強力だけど、数が多ければ対応しきれないのでは? できれば調査員の近くにいてもらった方がいいのだけれど……」
「それなら一つ方法が」
と、エドルはユティスとサフィの剣を指し示す。
「剣を貸してください」
「剣?」
「魔法で生み出した物質ではどうにもなりませんが、本物の剣であれば私の魔力を付加することができます。魔力が尽きるまで、異能と同じ効果が」
「なるほど……わかったわ」
サフィは迷わず剣を差し出す。銀の装飾が施された美麗な長剣……それを鞘ごと受け取ったエドルは、ほんの僅かな時間拳に力を込め、魔力を入れた。
次いでユティスのも同じような処置。腰に差し直した時さして何も感じなかったが、柄に触れてみると確かに淡い魔力が感じ取れた。
「その剣に触れた魔物は確実に倒すことができます。ただし、私とは違い体に攻撃を受ければ危険なので、注意してください」
「わかった……これなら、話は早いわね」
穏やかに語ったサフィは、俺達に改めて指示を送る。
「エドル君は引き続き、魔物の掃討を行って……とはいえ異常な状況であることを考えれば、単独では危険。よって、さらに同行者を用意する」
「同行?」
「勇者シャナエル!」
サフィが呼び掛ける。すると調査員達を護衛する一人――シャナエルがすぐさま近づいてくる。
その間にサフィは、ユティスへ視線を送った。
「ユティス君、体調の方は?」
「……大丈夫です」
「なら、エドルと共に魔物の討伐を……勇者シャナエル、あなたは周囲に目を向け、魔物以外に人などがいないか確認しなさい。魔物に関しては、異能の力があれば問題なさそうだから戦わなくてもいい……魔物以外の存在がいないか注視しなさい」
――サフィはおそらく、この唐突な魔物の発生が人為的なものによるものだと考えているのだろう。そうなれば当然、人間が攻撃してくる可能性もゼロではない。
「調査員の護衛は私とティアナでやることにするわ……イリアさん、あなたはどうする?」
「決めて、いいんですか?」
「本来は調査員と共にテントに入るのが一番だろうけれど……どうする?」
「……戦い、ます」
不安を宿した瞳ではあったが、言葉は力強かった。
「なら、私と共に調査員の護衛をお願いするわ。そして魔物の出現を感知したら私に報告すること」
サフィは言うと、一度ユティス達を見回した。
「原因はわからないけれど、この異常事態の検証は魔物の出現がひと段落した後行うことにしましょう」
彼女の言葉の後、ユティス達は行動を開始する。すぐに前方に魔物が見え始め――それもまた、相当な大きさをした獣だった。
「こんなものばかり出現するというのも、異常極まりないな」
シャナエルが剣を構えながら言葉を紡ぐ。ユティスは同意しつつ剣を抜き放ち、刀身に魔力が存在するのを認識した。
(これが、異能の力か……)
異能者と戦った経験はあるが、こうして自分以外の異能の魔力を直接実感したことはなかったため、改めて彼の異能が特殊なものであると再認識する。
とはいえ、一つ問題があった――交戦を始め、彼の無謀さにユティスは注意を促そうとする。
「エドル、さすがに異能があるからといって――」
「大丈夫ですよ――っと!」
エドルの拳が魔物を射抜く。彼自身は武器は何も持たず殴打のみで応じている。
異能があるため、魔物相手では確かに後れを取ることはないだろう。しかし、ユティスは懸念を口にする。
「サフィ王女は人為的にこうして魔物が出現した可能性があると考えている様子。となれば、エドルに対し対策を行っている可能性もゼロではない」
その言葉に、さらに魔物へ向かっていこうとしたエドルの動きを止めた。
「……対策?」
「可能性は低いけど、敵もまた異能者でエドルの力を潜り抜ける、というケースも……」
「なるほど、確かに」
シャナエルが同意する。その間に三体目の魔物が視線の先に現れる。
全て同じような方向からの出現。これが意味することはユティスも理解できなかったが、少なくとも何かしら人為的な要因があるのでは――という見解を濃くした。
「……わかりました」
エドルは頷く。そこでユティスは剣を握り、
「魔物は確かに脅威ですが、特殊な能力は持っていない様子……まず、攻撃を受けないよう、回避することを前提に攻撃を行うべきです」
語る間に魔物が突撃を行う。それに対しエドルよりも先にユティスとシャナエルが動いた。
その対応により、魔物がユティスへ迫る――確かに間近にすると脅威だが、攻撃を回避すること自体はそう難しくなかった。
「ふっ――!」
体を傾け体当たりを避けながら、ユティスはすれ違うざまに魔物へ斬撃を放った。結果、剣先が振れた場所から魔物の崩壊が始まり――消えた。
(魔法に対し、最強の異能だな)
間近で見てユティスは思う。危なっかしいのは事実だが、彼が無謀な行動をする理由もわかる気がした。
(これしかできない、というのは問題かもしれないが……いや、これしかできないからこそ、こうやって驚異的な力を発揮していると言えるか……)
恐るべき力だが、異能には弱点もある――ユティスの『創生』は汎用性は高いにしても速攻性がほとんどないため、こうして戦っている間は援護してくれる仲間がいなければどうにもならない。反面、エドルの異能はそうした問題もないが、通用する相手が限定されてしまう。
魔術師に強くて普通の剣しか持っていないような相手に対しては弱い、というのがどうにも奇妙だった。今後、こうした異能者とも出会うことになるのか――と、ユティスは思いつつ横から迫りくる魔物に対し剣を振り、倒した。
それを繰り返す内に、やがて魔物が完全にいなくなる。一息ついていると後方から騎士がやって来て「気配が消えた」と告げた。イリアが状況を察したらしかった。
(それほど苦労もせず……いや、この力があったからこそか)
ユティスはエドルの魔力が消えかかっている自身の剣に目を落とす。
ここに出る魔物は、第二領域クラスのものも多かった。それはつまり並みの騎士や魔術師では手におえないことを意味している。
よって聖賢者がここに赴いた。そして今、新たな戦力としてエドルがいる。
(しかし……犠牲者が出ていないからいいものの、かなり危ない場所だな)
だからこその聖賢者派遣なのだろう――こうした場所に調査員を多く派遣する。それほどまでに、魔法院にとってこの遺跡は重要なものだということなのか。
「……ユティスさん」
ふいにエドルの声。はっとなり視線を向けると、頭に手をやり苦笑する彼の姿があった。
「すみません、色々と教えて頂き」
「いえ……当然のことをしたまでです」
笑みを浮かべると、ユティスは優しい声音でなおも続ける。
「エドルさんが今後どういう選択を取るのかはわからないけど、僕にとって長い付き合いとなるはず……さすがに敵対されるのは勘弁願いたいけど」
「無い、と思いたいですね」
声を上げ笑う彼。ユティスはそれに深く頷き、手を差し出す。
「改めて……よろしく」
「はい」
握手を交わす。友情、というレベルには至っていないが、それでも戦いを通して少しばかり交流が深まった両者であった。