特殊な力
ユティスはイリアと共に発掘品を見ようと歩んでいた時、話しこんでいるサフィとエドルの姿を捉えた。
「何かあったのか?」
呟きイリアに目配せを行う。一度あちらに向かいたいという意思表示だったのだが、彼女はそれを理解し頷いた。
なので、ユティス達はそちらへ足を向ける。よく見ると近くにはティアナの存在もあった。ユティスは彼女にも視線を送りつつ、接近。
一行はユティス達が来ることに気付くと、すぐさま首を向け、
「あ、ユティスさん」
「どうも」
先んじて上げたエドルの声に、ユティスは挨拶を行った。
「あの、僕については呼びつけとかで構いませんよ。口調だって敬語じゃなくても」
「恐れ多いので」
一言。これは身分の違いによるものか。とはいえ無理強いするのも変なのでユティスは「そう」と流し、
「それで、何の話を?」
「エドル君から、周囲の状況は普段どういったものなのかを聞いていたの」
穏やかなサフィの口調。ユティスは「そうですか」と返答し、後に続かず沈黙する。
その時、ふいにティアナと目が合った。それ自体別段感情を乗せたわけではなかったのだが、以前馬車の中でサフィ王女が話したことを思い浮かべ、無意識の内に体に力が入ってしまう。
彼女の方はそうした態度を見てか、ユティスを見返し首を傾げたが――何も語らず、視線を逸らした。
ただ、その表情に変化があった。どこか不安げな印象――様子から、サフィはまだ話をしているわけではなさそうだ。あくまでユティスの態度に違和感を覚えた、といったレベルだろう。
ここでユティスは疑問に思う。例えば魔法院からの間者であれば、内に秘める感情が露見しないよう配慮するくらいはしそうなものだ。けれど彼女は不安げな表情なども面に出している――演技が下手なのか、それともわざとなのか。
あるいは、本当に彼女はリーグネストの件から善意でユティスと共に行動しているのか。
(その可能性は、低そうだけど)
思いながらユティスは、どこか居心地の悪さを感じる。彼女に対し、どう判断していいのかわからないのが、その要因だ。
(ただまあ、サフィ王女の言葉からするとプライベートな面が強そうな気配……そこまで深く考えなくてもいいのかもしれないけど)
とはいえ、ひとまず様子見なのは間違いなく――そこで、エドルが小首を傾げた。視線の先には、イリア。
「あの、隣の女の子ですけど」
「え? ああ、彼女は――」
紹介していなかったかな、などと思いユティスが声を上げようとした時、彼がそうしたことが訊きたいのではないと理解した。
イリアに視線を移すと、じーっと一点を見据え立ち尽くしている――その目はしっかりと、ティアナを射抜いていた。
「……どうしたの?」
サフィがイリアに問う。するとイリアは我に返り、慌て始める。
「あ、あの……すみません」
俯く。対するティアナは注視され居心地が悪そうな顔をしている。
なんだか空気が良くない――ユティスとしてはどうフォローすればいいのかわからず押し黙る他なかったのだが、
この状況を破り口を開いたのは、サフィだった。
「イリアさん、よね? もし何か気になることがあれば話してもらって構わないわ」
「あ、あの……でも」
「何か気付いたことがあるのでしょう? この場にいる人達に対しては、別に構わないと思うけど」
「私が気になったのなら、イリアさんどうぞ」
ティアナも合わせる。さらに笑みを見せたのだが、その顔はどこかぎこちない。
そうした態度を見てユティスはどうするか一瞬迷ったが――サフィが言う以上、同調した方がいいだろうと思い、口を開く。
「僕も別に構わないと思うよ。何か気になることがあるんだろ?」
ユティスの言葉にイリアは視線を重ねる。そして一時不安な表情を浮かべたが、やがて、
「……では、ティアナさん」
「はい」
表情から緊張が消え失せ、ティアナは平常通りの柔和な笑みを見せる。そうした中ユティスもイリアが何を言うのかに集中し、サフィやエドルも見守る気らしく沈黙。
そして――イリアはティアナを真っ直ぐ見つめ、
「……何か、隠し事をしていませんか?」
直球の質問に、ティアナの体が見事に硬直した。
あまりに直接的であったため、ユティスですら驚く。さすがにこれは止めるべきかと思ったのだが、イリアはなおも続ける。
「……あの、その。決してそういう意味ではなく」
どういうことなのか――ユティスが問おうとした時、サフィが口元に手を当てて考え込んでいるのが視界に入った。
「……サフィ王女?」
小声で問い掛けるが、反応は無し。そればかりか彼女はイリアに問い掛ける。
「ねえ、イリアさん。少し訊いてもいいかしら?」
「え? あ、はい」
コクコクと頷くイリア。残りのメンバーが押し黙るのを他所に、会話を進める。
「まず、なぜそのようなことを思ったの?」
「え、えっと……」
チラチラとティアナを見ながらイリアは返答する。
「あの、そんな気がしてというか……」
「うーん、そうね……それじゃあ私はどんな風に見える?」
「え?」
「イリアさんの目から見て、私は隠し事をしているように見える?」
問い掛けにイリアはじっとサフィを見据える。二人の様子にユティスはなんだかハラハラしつつ――
「……いえ、見えません」
「ならユティスさんは?」
「……見えませんけど、なんだか不思議な感じがします」
(……不思議?)
ユティスは胸中で疑問に思っている間に、さらにサフィの質問が続けられる。
「なら、そうね……エドルさんは?」
「……同じように、不思議な感じがしますけど」
「ならもう一度彼女を見て」
サフィはイリアの肩に手を回し、ティアナへ向けさせる。当の彼女はなおも硬直しているのだが――
「どんな感じに見える?」
「……うーん」
首を傾げるイリア。けれど何かを隠している、という表現は出さなかった。
「でも、普通の人とは違うのよね?」
「はい」
「わかったわ」
サフィは手を離す。その表情は合点がいったという雰囲気が見て取れたため、ユティスは質問する。
「あの、一体――」
「おそらくだけど、イリアさんは体にある魔力を見て色々思う所があったのではないかしら」
魔力――ユティスが訝しんでいると、さらにサフィの解説が続く。
「『潜在式』の魔法を操ることのできる彼女は、私達が保有する魔力を何かしら感覚で理解できるのでは、と私は推測する。例えばユティス君について不思議だと語ったのは、きっと異能を所持しているからじゃないかしら」
「それじゃあティアナは?」
ユティスが視線を投げると、彼女はほんの僅かだがビクリとなる。
「あ、あのですね……」
「彼女は人とは少しばかり違う魔力を抱えているのよ」
と、サフィが語った瞬間、ティアナがサフィへ視線を送る。その表情は、もしや何かを語ったのではないか、という予感を抱いているのがありありとわかった。
「あの、サフィ王女――」
「ティアナ」
そこでユティスが声を上げた。途端彼女は声を止め、ユティスはその間にサフィへ質問する。
「ティアナについては、そういう魔力的な意味合いで普通の人とは異なると?」
「ええ。それをイリアさんは気付いた」
――ユティスはじっとサフィを見る。微笑を見せる彼女から読み取れることは非常に少ないが、煙に巻こうとしている気もしてくる。
人と少しばかり違う魔力と言われても、ユティスとしてはティアナに対し魔力で違和感を覚えたことはない。だからサフィ王女は多少ニュアンスを変え誤魔化しているのでは、とユティスは推測する。
だがこの疑問はどれだけ質問しても答えが返ってくるとは思えないので、ユティスは本筋に戻ることにしてサフィに告げた。
「となると、イリアは何をせずとも色々と魔力を感じ取ることができる……」
「応用すれば、相手がどういう性質の使い手だとか、どれほど力を持っているのかとか、そういう方向に使えるのではないかしら」
「……イリア、アリスにこういう能力があったか訊いてみてくれないか?」
「うん……」
彼女は俯き、そして、
「……無いって」
「そうか……」
イリアの意識がアリスの体に入り込んだことによって、そういった特性を所持するに至った可能性もある――これが良いのか悪いのか判断できないが、記憶に留めておいた方がよさそうだった。
「わかった……サフィ王女、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いいわよ……あ、イリアさん。もう一つだけいいかしら?」
「はい」
「周囲を見て……変わったところとかはある? 遺跡の周辺は結構魔力があると思うのだけど、他と変わっている点とかは」
もう少し魔力に関して調べたい、という意図だろうか――サフィがイリアに興味を抱いているのは間違いなく、ユティスとしては少し静観しようと思った。その時、
「……あ」
宙に視線を漂わせていたイリアが声を上げた。
「どうしたの?」
サフィが質問。するとイリアは、
「魔物が出た」
「……え?」
声と同時――咆哮が、周囲に響き渡った。
イリアの除くその場にいた全員がまず彼女に視線を注ぎ、次いで互いに顔を見合わせる。
そして悲鳴にも似た調査員の声――刹那、ユティス達は全員同じタイミングで走り出した。