思わぬ同行者
数日後、ユティス達は西部にある遺跡へ向かうこととなった。
同行者としてはフレイラはもちろんのこと、イリアに加えティアナもいた。ティアナについては最初同行しなくてもいいとは言ったのが、最終的に押し切られてしまった。
(彼女がいること自体、既成事実と化しそうな雰囲気だな)
ユティスはそんな風に思いながら、城門を抜けた先、馬車の外に出て待っていた。ここでヨルク達と合流し、改めて現地へ向かう手筈となっている。
なお、今回オックスやシャナエルはこの場にいない。より正確に言えば今回は彩破騎士団としての依頼ではなく、遺跡調査同行を城側が依頼するという形となった。ラシェンは他にも『決闘会』に所属する人物に声をかけ、同様の処置となったらしい。
その方が段取りしやすいので、ユティス達は何も言わずそれに同意した――最初魔法院などの介入も危惧していたが、あちらは派遣する調査員などを選定する作業に忙しかったらしく、オックス達の依頼に関しては一切干渉してこなかった。
ただユティス自身、何か裏があるとは思っているのだが――
「来たわね」
隣に立つフレイラが口を開く。言葉通り車輪の音が聞こえてきた。
黒いローブのユティスに鎧で身を包んだフレイラ――多少ながら物々しい雰囲気の中、どこか牧歌的な車輪の音は早朝で人がほとんどいない今の時間にひどく耳に響く。
馬車が目の前に到着する。そこで耳を澄ませるとさらに城門の奥から車輪の音が聞こえてきた。おそらく勇者達が乗るものだろう。
ティアナやイリアは目の前に馬車が到着すると同時に自分達の馬車から出てきた。それに合わせるようにヨルクが姿を現し、
「えっと……ちょっと報告が」
少しばかりやりにくそうな表情を浮かべる彼。
「実は、急遽さらに調査に参加する人物が出てきた」
「……なんだかずいぶんと複雑な表情ですが」
ユティスが指摘すると、ヨルクは苦笑し声を上げようとした。その時、
「ごめんなさいね。突然割り込むような形で」
語り、ヨルクの後ろから外へ出る女性が一人。
腰まで届く空色の髪をたなびかせ、なおかつ白銀と青を基調とした鎧姿――髪をたなびかせる姿は戦乙女と言っても過言ではない。
勇壮な姿――直後、
『――サフィ王女!?』
ユティスとフレイラ、さらにティアナの声が街道に響いた。
彼女は――ロゼルスト王国の第三王女である、サフィだった。ユティスの記憶ではフレイラと同様剣を握る変わり者だが、その実力は中々のもので、加え魔法まで使える才女だった。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
コロコロと笑う王女――見た目は完全な騎士なのに、表情は無邪気な子供のように面白いくらいに変化する。口調もどこかおっとりしており、見た目と話し方でギャップが伴う。
「えっと、彼女が同行することになった」
ヨルクは言う。経緯を訊きたいとユティスは思ったが、視線を送ると彼は目を逸らしたため、おそらく彼女に押し切られたのだろうと察することができた。
「というわけで、早速だけど行きましょうか」
微笑を浮かべ言うサフィ。それに当のユティス達はしばし押し黙ってしまったのだが――
「……出発しないの?」
一人王の権威が通用していないイリアが問い掛け、ユティスは我に返ったように声を上げた。
「あ、うん……そうだね。それじゃあ行こうか――」
「それと、ユティス君はこの馬車に乗って」
サフィの言葉。口調は非常にゆったりとしたものだったが、どこか有無を言わせない強い雰囲気があった。
ユティスは小さく「はい」と呟きつつ、フレイラやティアナとアイコンタクトをとる。彼女達はサフィに気圧された様子で承諾の頷きを返した。
「えっと……それでは、よろしくお願いします」
「ええ」
にっこりと、毒気を抜きつつも緊張させる声音を伴いサフィは応じた。
ユティスはなんだか状況に追いつけないまま馬車に乗り込む。ヨルクがなんだか申し訳なさそうな表情をしているため、彼女の雰囲気が一層際立つような気さえする。
「出発して」
フレイラ達が乗り込んだのを確認した後、サフィは御者へ指示する。それに伴い馬車は移動を開始した。
「……そういえば、エドルさんは?」
「彼は別の馬車」
答えたのはサフィ。
「彼は客人という扱いだから、この馬車で同行というのは……というのが城側の結論みたい」
「そうですか……えっと、なぜ王女がご同行を?」
「興味があって」
それだけだった。むしろそれだけで同行するという事自体理解できないため、ユティスはそれ以上質問ができなかった。
奇妙な沈黙が一時、室内に生じる。ヨルクは相変わらず複雑な表情である上、サフィはニコニコとしている。
(……こんな調子で馬車に同乗し続けたら、それだけで体調崩しそうだな)
ユティスは胸中でそんなことを思い――考えがまとまらない中で口を開こうとした。その時、
「――きっと、遺跡ではギルヴェ様が用意した刺客が待ち伏せているわ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
けれど、彼女が放った言葉を頭の中で吟味したユティスは、少しして彼女へ言う。
「……刺客、ですか」
「ええ。エドル君がいる以上魔物でどうにかなるとは思えない。しかし、彼の弱点は物理的な攻撃が通用すること。刺客を用いれば、対処は十分に可能よね」
「……あの」
「それをわかった上で、なぜ私が参加したか?」
サフィが問い掛けると、ユティスはコクリと頷く。
「先ほど言ったように興味があったというのも一つだけれど……まだ不明確ではあるけれど、噂があるのよね」
「噂、ですか」
「どういうことなのかはまだ言わないでおく。けれど、国に対し重大なことであるというのは認識しておいて」
――その言葉でユティスは身構えてしまうのだが、彼女は微笑を見せ緊張をほぐすような所作を見せる。
「おそらく今はまだ、表立って行動はしないと思うわ。けど……そうね、もし事が始まるとすれば、ネイレスファルトで色々と人を登用してからじゃないかしら」
「人々を、登用?」
「異能者が集っているという情報は、少なからず得ているでしょう? それに対し、ロゼルストも色々と動いているということ」
「もし魔法院主導で異能者を手に入れるとしたら、彩破騎士団はお払い箱になるかもしれないな」
やや険しい表情でヨルクが言う。対するユティスは胸中で確かに、と同意する。
すると今度はサフィが発言した。
「だからこそ、魔法院側もネイレスファルトは重要だと考えているはず」
「……今も魔法院独自で動いているというわけですか」
ユティスが言うと、サフィ王女は「そう」と短く答えた。
「その中で中心は間違いなくギルヴェ様でしょう」
「……ひいては、私の兄であるロイも――」
「関与しているでしょうね」
「かもしれない」
ヨルクも同調――こんな問答をせずとも、ユティスにとってはわかり切った答えだった。
(……家族内で話をするにしても、ロイ兄さんをどうにかして交渉の席に座らせないといけないな)
改めてそう思ったユティスは、小さく息をつくとサフィへさらに問い掛けた。
「それで、サフィ王女は今回そうした動きを観察すると?」
「そういうことになると思うわ」
「……大丈夫ですか?」
「私が動いたとしても、さして興味を持つ重臣はいないはずよ。王家の中でも変わり者と認知されているし、こうした行動は日常茶飯事となっているから。なおかつヨルクと親交が深い以上、興味があって追随するというくらいの認識しかしないはず」
名を呼ばれたヨルクはなおも複雑な表情。けれどサフィはそれを無視しさらに語る。
「ただ、ギルヴェ様は間違いなく私の動きがどういう意図なのか察しているはず――それでもなお行動を起こせば、相手がどういう目的で活動しているのかも推測できるかもしれない」
王女という存在に構わず事を起こすとなれば、ただ事ではないとユティスも予想できる。それはもしや――などと考えて、それ以上考えるのをやめにした。
同時にロイがそんな危険な行動を――と思うユティスであったが、どのような思惑があるのかわからない以上、判断しようがないのも事実。
「……そうした状況の中で、彩破騎士団はどういった役目を?」
ユティスが問う。するとサフィは視線を合わせ、
「まだまだ未熟な組織なのはわかっているはず。あなた達はまず、人を集めないと」
「戦力強化ですか」
「この調査で、ラシェン公爵の『決闘会』から人が来る。そうした誰かからスカウトしてもいいし、あるいは勇者オックスなどにお願いしてもいい……あるいは、ネイレスファルトで戦力を整えても」
「わかりました」
「期待しているわ」
王女にそう言われ――なんだか、ユティスはさらに緊張する。
「それと、これだけは憶えておいて」
さらにサフィは語る。
「二つの大きな事件を解決したユティス君達のことは、王家の方でもすごく評価している。もし何かあったのなら……頼ってもらってもいいから」
――無論、王家に頼れば貴族達から反発も生じる。だから迂闊に頼れないとユティスは思ったが、それでも非常にありがたいと感じた。
* * *
ロイが王女同行の報告を聞いた時、ギルヴェも部屋にいたためいち早く懸念の声を上げた。
「ロイ君、これは想定していたのか?」
「……あくまで可能性の一つは、という程度ですね。サフィ王女は時折突拍子もない行動をするので、予測をつけるのも難しかったというのはあります」
「ふむ……」
口元に手を当て考え込むギルヴェ。所作にロイは彼を一瞥した後、
「しかし、私が施した策に影響はありませんよ」
「……遺跡の方については、面倒事になりそうだな」
「王女がいてもいなくても変わりはしません……ただまあ、より念入りに私達が関わった痕跡を消しておくべきでしょう」
「うむ、その辺りは私に任せておけ」
絶対の自信を持ってギルヴェは言う。それにロイは「お願いします」と答え、
「さて、状況が明確となってきましたね……どうやら王家の方々は、彩破騎士団に味方をする傾向にあるようです」
「ラシェンの存在も大きいだろうが……民衆からも戦争を終結させた功績から称えられている現状を考えれば、至極当然な流れと言えるだろう」
ギルヴェは腕を組み、ロイへ鋭い視線を流す。
「魔法院への対抗手段、などと思っているのかもしれんな」
「かも、しれませんね。とはいえ現状ではあくまで両者が出会ったというだけです」
「そうかもしれんが、王家と彩破騎士団が手を結ぶ、大きな一歩をサフィ王女は成すかもしれない……どう考える?」
「一番重要なのは、こちらが色々と動いているという証拠を与えないことです。サフィ王女がいる中で今回策を実行するわけですが……私達が関与しているという証拠がなければ、サフィ王女であろうと告発は難しい」
「証拠、か」
「大丈夫ですよ」
強い断定にギルヴェは一瞬目を細めたが――やがて、
「うむ……そうだな。では今後、当初の目的通りに?」
「はい。しかと準備を進めます」
にこやかに語るロイに対し、ギルヴェは神妙に頷いた。