二人の決意
ロイの使いが来た時――ユティスがその対応を行い、さらにフレイラも同行。加えてヨルクとエドル、さらにロランはいったん屋敷を去り、庭園に残るのはイリアを含めて三名のみとなった。
「しかし、ずいぶん印象が変わったなぁ」
オックスはユティスの口調変化に対しいまだに呟いている。イリアも内心同意はしていたが、特に言及はせずお茶を飲む
その時、今度はティアナが口を開いた。
「わからないことだらけですね……転生したという事実もそうですが」
「思った以上に裏があるんだろうな」
と、オックスは憤慨するような声音で話す。
「異能者をどうやって生み出しているのかも気になるが……ともかく、さっきのエドルって人物はかなり重要だな。味方になるわからないが、少なくとも敵にならないようにはしないといけない」
「同意します」
ティアナの重い言葉。そしてオックスは彼女に問う。
「……で、彼は彩破騎士団に加わってくれると思うか?」
「正直、わかりませんが……この場合、決めるのは本人ではないでしょうね」
「政争、ってやつか」
面倒そうに、オックスは呟く。
「俺はフレイラさん達と関わったことで政治の一端を知ったわけだが……その俺からしても、新たな異能者を彩破騎士団に加えようとするのは、反発あるんじゃないかと想像がつく」
「警戒されるでしょうね」
「だよなぁ……」
オックスはそこでティアナを注視。対する彼女は見返し、首を傾げた。
「いかがしましたか?」
「……いや、何でもない」
彼は返答し、すぐさま視線を逸らした。
何をしているのか――イリアが疑問に思った時、
『彼も、疑っているんだろうね』
頭の中で――姉であるアリスの声が聞こえてきた。
姉の意識は、まだイリアの心の内にある――元々この体は姉のアリスのものであり、本来は自分の方が邪魔者などと思っているが、アリスはこうした境遇について納得しているようで、何も言ってこない。
正直、自分が消えるべきではなどと最初考えたが――意識を切り離すこと自体もリスクがあることも考慮し、イリアはアリスの体を受け生活する道を選んだ。
複雑な境遇ではあったが――こうして姉の言葉が聞けるのは、イリアとしては有難かった。
『オックスさんはティアナさんが彩破騎士団の情報を色々と手に入れる間者だと思っているのよ』
先ほどの続きをアリスは話す。それに対しイリアは心の中で呟き、姉に応じる。
(それはつまり、ティアナさんは敵ってこと?)
『まだわからない。明確な証拠も出ていないし。けど、正規の騎士団メンバーでもないのにこの屋敷に入り浸っている以上、何か抱えていてもおかしくないと思うわ』
――イリアの視線がティアナへ向けられる。もしアリスが体を動かしていたなら、睨むくらいのことはしたかもしれない。
『で、イリアはどうするの? ユティスさん達に協力するなら、彼女のことを探ってみてもいいんじゃないかな?』
(無理だよ……)
心の中でそう呟いてみるが、アリスは『できるよ』と告げる。
屋敷に入り、ユティスやフレイラ――特にユティスはイリアに対しずいぶんと目を掛けていた。彼自身アリスが魔法を使った場に立ち会ったから、見守りたいのだとイリアも理解できていた。
そしてイリアは、彼に少なからず恩があると感じている。だからもし、ティアナが――色々考えていた時、ユティス達が戻ってきた。
「皆に、言っておく」
ユティスの声は、硬質なものだった。
「使者が来て、西部の遺跡調査に彩破騎士団として加わらないかという話が来た」
「それ、請けるのか?」
オックスが問う。ユティスはそれに頷き、
「うん。で、オックスさんは別口で依頼をかけるということらしい。ラシェン公爵の『決闘会』からも人を招くらしいから……勇者達は手続きなどを簡単にするため、ひとまとめにして依頼を行いたいみたいだ」
「わかったよ……だが、西部の遺跡調査だろ? 何で彩破騎士団として関わるんだ?」
「その遺跡は、少なからず『彩眼』や異能に関わりがあるらしい」
――沈黙が生じる。誰もがユティスの言った言葉を吟味し始める。
イリアもまた考えるが。そもそも遺跡と『彩眼』というのが繋がらないと思ったりする。
『……関係あるのかな?』
アリスもまた言葉を零す。それはオックスも疑問に思ったようで、
「関係あるのか? 正直、縁無さそうに思えるが」
「僕としても、あくまで使者が語ったことだとしか言いようがない……僕も本当に関係あるのか疑っている。そう語って罠にはめようとしているのかもしれない」
「でも、行くんだな?」
ユティスはそれに深く頷いた。
「……この世界に転生して、そして『彩眼』との戦いを経て、俺は決断したことがある」
転生前の口調に戻り、ユティスは語る。
「なぜこうして転生したのか。そしてなぜ『彩眼』などという力を持っているのかを、俺は知りたい。今回の遺跡で本当に情報があるのかわからないけど、可能性があるなら俺は行きたいと思っている」
「そう都合よくいくのか? そもそも、遺跡と異能って時点で繋がらないんだが」
「根拠は、薄いけれど一つある」
オックスの言及にユティスは答えた。
「スランゼル魔導学院の時、『全知』を持つ異能者と戦った。その人物は人間が開発した魔法に関する知識を持っていたけど……過去千年という縛りが存在していた」
「それが、根拠なのか?」
「千年……千年前というのは、遺跡などを見ても人間の営みが何かによって破壊された時期でもある……その何かは不明であり、俺はそこが少し引っ掛かった。もしや、千年前の何かと今回の件は関わりがあるんじゃないか……そんな風に思えたんだ」
「……ま、だからといって望みは薄そうだが」
「かも、しれないけど僕は行きたい」
口調を戻し、ユティスは言う。
「どうしても確かめておきたいんだ」
「了解……ま、俺は別口で依頼が来るようだし、ラシェンさんが来るのを待ちますか」
「ああ……で、イリア」
「あ、はい」
呼ばれ、イリアは姿勢を正した。
「その、今回の遺跡調査は魔物との戦いでもあるし、なおかつ君は彩破騎士団所属というわけでもないから、今回はここでセルナと一緒に留守番をしていて欲しいんだ。もしその間に体に異常があったら……それについてはラシェン公爵にお願いしておくよ」
提案にイリアは沈黙。同時にはたと気づく。
(そうか。もしユティスさん達が外に出たら私は残るのか)
納得と同時に少しばかり考える。
そもそも、保護されているような状況であるためイリアが遺跡に行くような理由は何もない。ユティスの言う通りイリアは彩破騎士団に所属しているわけではないのだし、ここで待っているのが普通。
『私としては、なんとなく気になるなぁ』
アリスの声が響く。内心、イリアも似たように思っていた。
不死者として関わった先の事件――イリア自身魔法の知識が皆無であるためわからないことも多い。けれど、一歩間違えれば未曽有の惨劇になっただと推測はできた。
(……お姉ちゃん)
『何?』
そして、一つ考えている事があった。
(私は……色んな人に迷惑を掛けたよね?)
『イリアのせいなんかじゃないよ』
(でも――)
『言いたいことはわかる。私は、イリアがしたいようにすればいいと思う』
その言葉により、イリアも決意が固まる。
「……あの」
「ああ、どうした?」
イリアの言葉にユティスは穏やかに応じる。
「私も、ついていっていいですか?」
――提案に、ユティスは少なからず驚いた。
「ついていく? でも、調査は――」
「危険なのは、理解しています。けど、その……」
――自分のせいではないと言われたとしても、例え操られていたとしても、イリアは罪悪感が拭えなかった。
自分の体を離れ姉の体で生活を送ることは、どこか後悔がつきまとった。
姉のアリスは何も言わなかった。イリアのしたいようにさせる腹積もりでいる。
考えがまとまっていないのは事実。しかし、一つ思うことがある。
『彩眼』の事件に関わり、イリアはそれに協力することが、ほんの僅かながらでも罪を償うことに繋がるのではないか。そして何より、目の前にいる自分達を救ってくれた彼らに、恩返しができるのではないか。
ユティスはしばし視線を重ねていたが、やがて言わんとしていることを認識したのか――
「……僕は、イリアの決断に任せようと思う。それに、僕らとしても貴重な戦力になるからね」
「同感」
フレイラも関わらせるのは、という複雑な面持ちではあったが、ユティスに同調した。
「けど、一つ……私達としてもあなたに無茶をさせるつもりはない。だから、無理に行動を起こさないようにだけはしてね」
「はい」
深く頷いたイリアに、ユティスとフレイラはイリアを同行させる前提で話始めた。そうした中、イリアは他の面々に目を向ける。
オックスは席を立ち気分転換のつもりか剣を振ろうとしていた。次にティアナへ視線を移すと、会話をするユティス達へ視線を向けていた。
イリアの目線を感じ取ったか、ふいにティアナは目を移す。それにイリアは瞳を逸らし、誤魔化すように庭園を見た。
だがそれと同時に、イリアは思う。
(お姉ちゃん)
『ん? 何?』
(ティアナさんについてだけど……なんだか、変な感じがする)
『変? 胸の大きさが?』
(何で胸……?)
『いや、あれだけ大きいと邪魔じゃないかなと』
コメントにイリアは、ため息をつきたい衝動に駆られつつ言及する。
(なんというか……確証はないけど、何かを隠している気がするの)
『間者云々のこと?』
(それとは違う気がする)
『ふうん……どうしてそう思うの?』
(具体的に言えないけど……)
『わかった。そう感じるのなら、少しくらいイリアが見ていてもいいんじゃない? 今回、調査にも参加するし』
(……うん、わかった)
返事をした後、イリアは再度ティアナを見る。違和感――それをどうにか言葉にしようと考えた結果、イリアはアリスへと告げる。
(……何か、魔力のようなものを感じるんだけど)
『魔力? それはティアナさんが単に魔力を発露しているだけなんじゃ?』
(でも、ユティスさんやフレイラさんからは何も感じないの……唯一同じように感じたのは、さっきの賢者さんからかな)
『オックスさんは?』
(感じない)
そう答えたイリアは、さらに違和感を言葉に変換しようとする。単純に感じられるだけでなく、何か感情を押し殺しているようにも思える。
『うーん……まだどうとも言えないし、とりあえず何かわかるまでティアナさんのことは注意を払うってことでいいんじゃないかな?』
(そう……かな)
あまりいい気分ではなかったが、ひとまずイリアはそうしようと頭の中で結論付けた。