転生者の謎
ひとまず仕切り直しということでユティスはエドルと向かい合うようにして座り、お茶を飲む。白い丸テーブルを二つくっつけるように設置し、それを囲うように全員が着席している。
ユティスから見て前にはヨルク。右にロランがユティスに対し体を横にして着席。左にはフレイラとオックス。そしてヨルクの隣にはエドルが座り、彼の横でティアナとイリアが椅子を二つ並べ横向きに座っている。
最初に口を開いたのは、ヨルク。
「さて、私はユティス君達にお願いがあって来たんだが……それよりも前に、エドル君の事情から説明した方がいいだろう」
「彼が、何か?」
「先ほど言った通り、目的があるんです」
エドルは改まって会話を始める。
「実は、生き別れの兄がいて……兄を探して今まで旅をしてきました」
「お兄さんを、ですか」
「はい……ただ、詳細を語るのは構いませんが……その、ちょっと荒唐無稽な話になるので」
と、エドルは前置きを行う――ユティスはそれにより、何を言いたいのか察した。
他の面々はエドルを注視。ただフレイラだけは「ああ」と小さく声を上げる。
そうした反応に対し次に口を開いたのはヨルク。
「ん? その辺は俺も聞いていないんだが」
「……すいません、こればっかりはヨルクさんでも信用されないと思いまして」
「で、ユティス君とフレイラさんの二人は理解していると」
「まあ、そうですね」
話すかどうか心底迷う。彼が躊躇するのは転生についてのはず――正直な所今までの騒動と関係あるかと言えば微妙な所である上、あまり広めたくはないとなんとなく思う。
だが、エドルの言動に対する返答は、ティアナからやって来た。
「あの、もしかして転生云々の件ですか?」
「……そういえば、ティアナは前の事件で首謀者と話していた時に立ち会っていたんだよね」
「俺もそうだな」
フレイラの言葉に合わせるようにロランが語る。
「さすがに城に報告はしなかったが、もしかして『彩眼』所持者はそういう変わった境遇なのかと頭の中で結論付けていた」
「転生、ねえ」
疑わしげにヨルクが言う。さらにユティスとエドルの顔を交互に見比べ、
「話しにくそうな雰囲気だけど、別にいいんじゃないか? それに、話すことで何かわかるかもしれないぞ?」
彼の提案に、エドルも決心した表情。そして、
「それじゃあ、ちょっとばかり話させてもらうとしますか」
と、突如快活な声に変わったため、変な空気になった。
声のトーンが変わっただけなのだが、同じ口から本当に出たのか疑うくらいの変化だった。
「……エドル、どうした?」
よりにもよってヨルクが問い掛ける。これで彼の口調に対しフォローを入れる存在はユティスだけとなってしまった。
「えっと、転生前のことを話すと、どうも転生前の口調に戻ってしまうんです」
ユティスが言及すると、ヨルクは興味深そうに口元に手を当てた。
「ほう、面白いな。そちらもか?」
「ええ、まあ」
「ずいぶんと淡々とした反応だな」
「言いたいことはわかるさ。いやあ、これはこうした身になってみないとわからないだろうなぁ」
と、陽気に語るエドル。ヨルクと共に明るい雰囲気を持った人物が登場――なのだが、どうにもやりにくい。
「……まあいいや。それで、エドルさん」
「ああ。転生前の状況から簡潔に話をするぞ」
彼は前置きをして語り出す。ユティスとしては興味のある部分であるため、違和感を押し殺し耳を傾ける。
「まず俺は、前世船による移動中に海難事故に巻き込まれて、死んだ。加え、それを助けようとした兄も――ということで、俺達はこの世界に転生されたってわけ」
そこで、エドルは小首を傾げ、
「当時俺と兄は二つ齢が離れていたんだが、面白いことにこの世界でも同じだった。つまり兄は俺よりも二年早くこの世界に転生されたというわけ」
「……スランゼルを襲撃した人物によると、心中して転生したカップルがいた。経緯はどうあれ、転生されるのは一度に二人、ということなのかもしれません」
ユティスの言葉にエドルは「なるほど」と応じ、
「で、この世界でも兄弟として生を受け、記憶を徐々に取り戻しながら生きていた……そして成長して異能が目覚めた」
「お兄さんの異能は?」
質問したのはフレイラ。他の面々は彼のことを注目。一番興味のある部分だろう。
「系統で言うと『全知』の類……植物の知識が兄は豊富だった」
「植物……動物の知識において『全知』の人がいたように、お兄さんは植物知識に対し『全知』だったというわけか」
「だと思う……そして、私が異能を色々と調べていたり、兄が知識を人々に提供していたある日、兄さんの下に手紙が来たんです」
「唐突に口調が変わったな」
元通りになったためヨルクが呻く。それにエドルは苦笑し、
「奇妙ですが、こういうものだと思ってください」
「わかった……で、その後どうしたんだ?」
「手紙が来て、私達はどうしようかと相談し、ひとまず様子を見ることにしました。兄さんは独学で魔法を学び、魔力がないなりに『武装式』の魔具などを用いて戦う技法を考案していましたし、私の異能は魔法に対し特化したもの……二人で力を合わせれば、もし戦いを挑む者が現れても対抗できると考えていました」
「物理攻撃については兄が対処し、魔法には君がというわけか」
ヨルクは納得の表情を浮かべる。彼の言う通り役割分担できれば、十分他の異能者と対抗できそうではある。
「そして……手紙が届いてから半年後、兄さんは失踪しました」
突然の言葉。ユティスは驚き、エドルへと尋ねる。
「失踪……? 何か兆候は?」
「何もなかったんです。前日まできちんと仕事……あ、兄はレンジャー隊の一員だったんですけど、それもきちんとこなしていました」
「……どう思う?」
ユティスが試しに問い掛けてみるが、誰もが口をつぐむ。そうした中、エドルが結論を話し出した。
「だからこそ、私は兄を探すために旅を始めたんです……正直、理由もなく失踪するような兄でないのは、転生前から弟をやっている私もよく理解しているので」
「妙に説得力があるな……とにかく、兄探しをしているのは理解できました」
ユティスは返答し、ヨルクを一瞥。
「ロゼルスト王国として、協力を?」
「考え中だ。まあユティス君の想像通り、厄介なこともあるからな」
「こちらとしては国の協力を頂けるのなら有難いと思っているのですが……」
エドルは言うが、こればかりはこの場で決めることができないのもまた事実。
「ま、その辺りは俺の依頼をこなしてからでもいいだろ」
そこでヨルクが語る。依頼というのがユティスは気になったのだが、今度はユティスに口を向けられる。
「で、そっちの転生に関する情報は?」
「……話さないと駄目ですか?」
「その言い方だと、変わり様を見られるのが嫌という感じだな」
「……変に期待するような目が。特にオックスさん」
「バレたか」
舌を出すオックス。一方ユティスはあまり喋りたくなかったのだが――話が進まないだろうと思ったので、口を開いた。
「……じゃあ今度は俺から」
「おおう、マジか」
オックスが冷やかすような言動を見せるが、ユティスは構わず続ける。
「俺は、とある事故に巻き込まれてこの世界に転生した……そして貴族として成長し、異能に目覚め、あの戦争が起こった。フレイラには伝えたが……ウィンギス王国との戦争で遭遇したガーリュという異能者。あれが、俺の関係者だ」
「ほう……」
ロランが感嘆の声を出す。ユティスはそれを耳にしながらなおも続ける。
「関係は、事故の被害者と加害者……それまで何の縁もなかった。兄弟や心中したなんて、前世で関わりがあったわけじゃない」
「縁のある人物同士で転生させるというわけじゃないのか」
ヨルクはあごに手をやり呟く。ユティスは「はい」と返事をした後、エドルに一つ確認を行う。
「エドルさん……転生前の世界ってどんな感じだった?」
「世界? この世界とそう変わるものではなかったですが?」
「そう、か……」
「私としては、潜在的に何かを秘めていたからこうして転生した、などと思っていますけど……」
「それは、ないと思う」
「何か根拠が?」
「……エドルさんの言う潜在的な何かとは、魔法とか魔力に関することだよな?」
「はい」
「俺の前世は、魔法が存在しない世界だった」
言葉に、エドルは目を細める。彼もまた、疑問に感じている様子。
「俺の前世は、今いる世界よりは科学技術とかが発展していた世界で……魔法という存在自体がオカルト扱いで、小説の中だけの話だった」
「……根底から否定されましたね」
エドルが言う。髪をかき困った表情をする。
「とすると、私としてはお手上げです」
「そうした謎を俺は探っていきたいと思っている……けど、現状僕は微妙な立場に晒されているわけで、できればそっちを優先させたいんだ」
「いきなり口調が変わるのって、面白いよな」
オックスがさらに冷やかすように告げる。ユティスはそれを無視しつつ、ヨルクへ声を向けた。
「ひとまず転生云々の件については情報も少ないので保留とさせてください……それで、先ほど頼みたいことがあると仰っていましたが」
「ああ、それについてはそんなに難しいことじゃないぞ。言ってみれば、今後エドルがロゼルスト王国の庇護の下活動する可能性があるから、そうした場合彩破騎士団として色々協力してほしいということだ」
「それについては、もちろんです」
ユティスの返答にヨルクは満足したのか「よろしく」と告げた後、笑った。
そうして和やかな雰囲気で会話が一区切りとなる――ユティスとしては新たな『彩眼』所持者。なおかつ敵ではなくどちらかというと味方の登場により。さらに色々情報交換をしたいと思ったのだが――
「ユティス様」
セルナがユティスに声を掛けた。
「あの……使いの方がお見えになりました」
「ん? 使い?」
眉をひそめたユティスに対し、セルナは複雑な表情を伴い告げる。
「その……ロイ様の使者です――」