異能者と要求
「新たな異能者が出現したことにより、対策を施せたというわけか」
王が言葉を発すると、ヨルクは小さく頷いた。
「そういうことです……で、頼みというのは、彼と陛下直属の彩破騎士団とを引き合わせたい」
提案に、後方にいた重臣達がざわつくのをロランは理解する。それは一瞬で収まったが、内心穏やかなものではないだろうとロラン自身も思う。
(新たな異能者……加え、その傍らには聖賢者が存在する……この人もまた陛下直属である以上、彩破騎士団に彼が加わる可能性も――)
そこまで考え、微妙なところだとロランは思う。そうなれば当然反発もあるはず。それにヨルク自身どこにも属さないことで奔放な言動も許容されている。それがなくなれば、彼自身も――
ヨルク自身それは理解しているはず。よってロランとしては、そういう可能性は低いのではと胸中で結論付ける。
「ふむ……彼を、か」
その時、王が口元に手を当てつつ発言する。
「彩破騎士団に加えるということか?」
問い掛けに、エドルが緊張した面持ちとなる。反面、ヨルクは小さく笑みを浮かべ、
「それについては、多少なりとも時間をもらえないかと」
「時間?」
「彼にも少し事情がありまして……現在、人探しをしているんです」
「人探し、か……見つけるまでは保留で、ということか?」
「ええ。もちろん俺もロゼルストがそれに協力すると言って勧誘してはいますけど……まあ、なんというか」
「なるほど、な」
王は理解したのか呟いた――ロランも理解できている。ここで下手にロゼルストに依頼をすれば、政治闘争に巻き込まれることは目に見えている。
最悪なのは、魔法院などが関わり彩破騎士団と対立するような形となってしまうこと。とはいえ彼の人探しというのは当然人手がいることなので、それには城の人間が必要不可欠――だからこそ、ヨルクも彼に強く言えないのだろう。
「わかった……が、私としても彼の協力は欲しいと思う」
「はい。条件などは今後相談するとして……彩破騎士団に所属する彼……ユティス=ファーディル君と是非合わせたく思いまして」
「ふむ……」
王はエドルを見据え考え始める。ここでロランは訝しんだ。彩破騎士団に加わるというのなら王も特に問題ないはずだ。それなのになぜ、躊躇うような態度を示すのか。
「――陛下の懸念は、理解していますよ」
疑問を解決する声は、ヨルクのものだった。
「事情は聞いておいでのようですね……『彩眼』の異能者には、何か裏で糸を引いている存在が見え隠れしている。加え、どうやら『彩眼』同士を戦わせようとしている傾向がある」
ロランとしては初耳だった。しかしアドニスなどは表情を変えていないため、騎士隊長クラスならば周知の事実なのだと直感した。
「しかし、彼自身争う気は一切ない……加え、ユティス君も積極的に戦う意志がないとくれば――」
「いいだろう」
王は了承する。するとヨルクは「ありがとうございます」と礼を述べた。
ふと、ロランは思考する――なぜこうまでヨルクは彩破騎士団と接触したがっているのか。
玉座前で成した会話を考えれば、彼はかなり事情を知っている様子。だからこそ彩破騎士団に関われば、色々と面倒事に首を突っ込むことになるのはわかるはず。
城にいる時は基本、ヨルクは政争に巻き込まれまいと日々動いていたはず。それを思い返すとどうにも不可解――それとも、何か明確な理由があるのだろうか。
「それでは、今すぐにでもお会いしたいと思うのですが」
「うむ……その辺りは自由にさせよう。ユティス君達も拒否はしないはずだ。場所は把握しているのか?」
「後で城の者にでも尋ねますよ……私は一度部屋に戻ります。それとエドルに客室をお願いします」
「無論だ」
「では食事の後、彼の屋敷を訪問するとします」
ヨルクは言うと王へ笑みを浮かべる。
「楽しみですね、『彩眼』同士引き合わせるというのは」
――これまでの経緯を考えれば良くないことが起きそうな予感もあるのだが、ロランは押し黙る。もしそうなった場合、ヨルクが止めるだろう。
例え少年、エドルが強力な異能を持っていたとしても、ロゼルストが誇る聖賢者がそう簡単にやられるとは、思っていない。
「それでは、失礼します」
言い残し、ヨルクは動く。ロランも王へ一礼し、合わせるように玉座を後にする。
「アドニス、ロラン、すまなかったな」
玉座から出るとヨルクが言う。それにアドニスは首を振り、
「いえ、大丈夫です……それでは、私達は失礼させて頂きます」
「わかった。あ、ロランは少し残ってくれ」
呼び止められる。何事かと思い彼に視線を送る間に、アドニスはこの場を後にした。
そして彼とやや距離を置いた時、ヨルクはロランに告げる。
「悪いがロラン、お前は屋敷の案内を頼む」
「……私が?」
「ああ。本当ならアドニスにやってもらおうかと思ったんだが、玉座で会話をしている時あんまり良い感情を抱かなかったようだからな……ま、色々しがらみがあるんだろう」
王と会話をしながらきっちり気配は探っていたらしい。
「で、ロラン……お前の気配を探っている内に気付いたが、全ての事情を知っているわけではないんだな?」
「そうですね」
そこまで看破するとなると――やはり、聖賢者としてふさわしい技量。
「だが俺としてはお前にも色々把握していてもらいたい」
「なぜですか?」
ヨルクは無言で笑みを見せる。その表情に嫌な予感を抱かないでもなかったが、聖賢者の頼みである以上断ることもできず、
「……わかりました」
ロランは承諾。同時にふと思う――もしかすると一番の貧乏くじは、自分なのではないだろうかと。
* * *
ヨルクが謁見を終えた直後、城内がにわかに慌ただしくなる。その原因は無論新たな『彩眼』所有者の出現と、その人物が聖賢者と共に彩破騎士団と会うことになった事。
彩破騎士団を色々と妨害する勢力――特に魔法院に関連する面々は、少なからず動揺を示した。しかし、
「そうか、わかった。引き続き任務に当たってくれ」
淡々とした口調で応じる者が一人。
年齢は二十代半ば。聖賢者と相反するように綺麗に整えられた金髪を持つ男性。机の上で腕を組み、慌てて報告に来た部下に対し、さして感情も出さず淡々と応じる。
「……意外だな、もう少し驚いてもよさそうなものだが」
部屋にはもう一人。窓の外に目を向けていた男性。重そうな仰々しい白い法衣に加え、皺の入った精悍な顔。白髪混じりの黒髪を持つその人物は、翡翠のような色合いの瞳を椅子に座る男性へ向ける。
「これも、予定の内にあったということか? ロイ君」
「西部にいる報告者から『彩眼』所持者が現れたと聞いた時点で、そういう可能性は考えていましたよ、ギルヴェ様」
彼――ロイ=ファーディルは立ち上がりながら語る。
ゆったりとした藍色の法衣を身にまとう彼は、その年齢と比較して相手を圧倒するような気配に満ちており、一文官以上の素質を持っていることがはっきりと窺える。
「近い内にネイレスファルトに集結するであろう異能者の内、一人がロゼルストに迷い込んだ。彼は目的を抱えているようですが、ヨルク様は異能者を手放すような考えを抱いてはいないでしょう。そして彩破騎士団の存在……異能者がいるとすれば、そちらにまずは話を持ち込むのは必定」
「大丈夫なのか? そんな悠長に構えていて」
質問に、ロイは笑みを浮かべ、
「ギルヴェ様も、ご理解されているのでしょう?」
そう返答。すると、ギルヴェは笑う。
「……ふむ、私が考えていることを、早速実行しているというわけか」
「はい、以前ギルヴェ様が話していたことを考慮し、事を起こしています……カール殿を始め、スランゼルにいる方々は深く考え過ぎていたと断言しても構わないでしょう。最終目的に達するためには、まず簡単な所から始めるのが良いかと」
「その結果が、遺跡調査の件というわけか」
ギルヴェの言葉に、ロイは微笑を見せる。内心の考えを肯定するような所作。
だがここで、ギルヴェは懸念を述べる。
「君の考えはわかったが、一つ問題があろう」
「遺跡調査に新たな異能者を加えることで、双方が色々と縁を結ぶ、というわけですね?」
ロイの言葉にギルヴェは首肯。だが、ロイはそれすらも予定の内だと言わんばかりに手を左右に広げ、
「ご安心ください。それも考慮しております」
「わかった。それについては君に任せよう……ところで、新たな異能者の目的とは?」
「人探しですよ。ヨルク様はそういう事情もあり今のところは様子を見る向きらしいですが……私達の介入を危惧している面もあるのでしょう」
そこでロイは両腕を下げ、続ける。
「どうやら彼は、生き別れた兄を探しているようです」
「ほう、生き別れた……」
「どうやらその人物も『彩眼』を所持している可能性があるとのことで……この辺りも、少し調べてみようかと思います」
「そうか」
――ヨルクは魔法院などの介入を警戒し、さらに城側の出方を窺っている。
今後どのようにするかは彼の胸の内を探らなければわからないが――このまま放置していれば、ロイ達に利することにならないのは自明の理。だからこそ、ロイは策を施した。
「しかし、本当に私達が考えることだけで事足りるのか?」
ギルヴェが疑問を投げかける。ロイは「大丈夫です」と応じ、
「鋭いラシェン公爵ならばどこかで察する可能性はあるでしょう……どの道、今回の策自体が本丸というわけではありませんし……そして私達が考える組織を生み出す場合、いくつか存在する不確定要素を排除しなければなりません。それが完了するまでは、この程度で収めるのがベストでしょう」
「そのようなものか……わかった。ロイ君、それを含め任せたぞ」
「お任せください」
一礼すると、ギルヴェは退出。彼の姿が見えなくなった後、ロイは一度表情を消し、
「さて、策を成すには早い内に動いておくのが良いだろうな」
軽く首を回した後、ロイは改めて動き出す。その間に、顔が笑顔へと変化していった――