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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第四話
81/411

西部の事情

 ――ロゼルスト王国西部。そこには千年以上前に人々が生み出した施設が山中深くに存在し、調査チームが日々遺跡調査のために出入りを重ねていた。


 調査チームが結成されておよそ二年。内部は土砂などでかなり寸断され、調査を始めた段階で相当な苦労があった。けれど少しずつ遺跡の奥へと進み――やがて深部へ進むための通路の開いた時、事件が起きた。


 突如、遺跡内及び遺跡周辺から魔物が出現を始めた――それが遺跡に存在する防衛機能なのか、それとも遺跡に内在していた魔力が深部を露わにしたことで放出、大気の魔力が刺激されたためなのか――原因の特定をする前に、調査チームは魔物の対処に追われた。


 だが、明らかに通常とは異なる力を持った魔物――第二領域クラスも存在したことで、とうとう国も『聖賢者』を出すまでに至ってしまった。

 調査チームもこれには困り果てた。因果関係が立証されたわけではないため調査は即刻中止とはならなかったのだが、それも時間の問題とされ――その時、戦争が起こった。


 チームにしてみれば国が滅ぶ云々の前に干渉することもできず、『彩眼』を持つ者が戦争を終わらせなおかつ戦後処理に奔走していると知り、内心では調査中止が多少ながら有耶無耶になったと喜ぶ面もあった。

 その間も、調査は継続され、なおかつ魔物の出現も落ち着き始めた時――それは現れた。






 調査チームは魔物が現れた時点で、遺跡周辺から退避を始めた。さらに『聖賢者』に救援を要請したが――その時『聖賢者』は人里へ下りていたため、多少ながら時間を要すことが確定的だった。


 その間に、犠牲者が――学者の誰もがそう思いながら、現れた魔物を注視する。


 山肌に、巨人が出現していた――より正確に言えば彫像のような男性的な体躯に、悪魔の翼――大きさは常人の十倍はあろうかというもの。今まで出現した魔物の中でも間違いなく特級。誰もが悲鳴を上げながら逃げ惑い、その間に魔物は雄叫びを上げる。

 直に『聖賢者』が駆けつけてくれると学者達はわかっていたが、それでも好戦的な悪魔の存在を見て、賢者がいない空白の時間に犠牲者がでることは誰もが予想できた。


 魔物が一歩踏み出す。重い足音が響き、さらに調査の面々が喚く。直に助けが来る――そういう言葉と同時に、魔物がさらに吠えた。

 そして悪魔の近くに、逃げ遅れた研究者が一人。それを標的にしたのかはわからなかったが、魔物はゆっくりと歩む。まずい――誰もがそう予感をした時、調査員の目に新たな人物の姿が入った。


 悪魔の後方――おそらく山道を通ってやって来たと思しき旅人が一人、汚れだらけの外套姿で、遠目から見えるのは黒い髪をしているということくらい。

 そちらへ目を移した時、来るなという誰かの言葉が流れたが――同時に、悪魔がその旅人へと首を向けた。


 調査員達が注視する中、今度は旅人があろうことか悪魔へと足を踏み出す。


「おい――!!」


 誰かがさらに声を上げる。けれど旅人は意を介さず散歩でもするような歩調で悪魔へと進む。そして――


 悪魔はまたも吠え、その拳を、振り上げた。

 死ぬ――誰もがそう思った時、旅人が動いた。外套の奥から右腕が現れ、まるで悪魔の拳を迎え撃つかのように掲げる。


 一体彼は何をしているのか――調査員達の誰もが理解できない中、悪魔の攻撃が放たれた。旅人に対しほぼ真上から振り下ろされた拳。調査員の誰もが押し潰される彼の光景を想像した。

 そして旅人と魔物の拳が衝突し――次に生じたのは、驚くべき光景だった。


 魔物が吠える。だが先ほどまでの威嚇するようなものではなかった。それは明らかに、悲鳴。


「な――!?」


 誰かが叫ぶ。見れば、拳を放ったはずの悪魔の右腕が、消失していた。一方の旅人は無事。それどころか今度は走り始め、悪魔の右足へと接近する。

 調査員達が見守る中で、旅人はさらに右腕を振るい拳を足に当てる――すると、今度は右足が突然消失した。


 誰もが目を疑い凝視する中で――悪魔の巨体が大きく傾く。その中で悪魔は最後の抵抗だと言わんばかりに左手を伸ばす。掴み取り、そのまま握りつぶすかのような所作。けれど旅人はそれよりも前に傾く悪魔へと潜り込んだ。

 刹那、悪魔の腹部に拳が炸裂する――次に生じたのは、巨体が完全に消滅する姿。


 調査員達はその光景をただ、じっと眺める他なく――やがて旅人が息をつき、調査員達へと歩み寄る。

 風が流れ、誰もが無言で旅人を見守る中、彼は近くでへたり込んでいる調査員へ告げた。


「あの……少しでいいので、パンと水を分けてもらえませんか?」


 ――その言葉に、この場にいた調査員達の誰もが、別の意味で沈黙した。



 * * *



 スランゼル魔導学院の一件がどうにか落ち着き、なおかつユティスが回復しておよそ五日。


 その日ユティスは屋敷の庭先で剣を振っていた。

 相手は勇者オックス。ユティスの攻めに対し、彼は注意を促す。


「まだ視線で動きが読める! あと魔力強化のタイミングをもう少し早く!」

「はい!」


 応じると共にユティスは剣を振る。オックスは容易く弾き、さらにユティスは踏み込む。


 ――そうした光景を椅子に座りお茶を飲みながら鑑賞していたフレイラは、少しばかり懸念を抱いた。


「今日は調子いいみたいだけど……あんなに激しく動いていたらすぐに倒れるんじゃ」

「調子が良いそうなので、今日は大丈夫だと思いますよ」


 声は、傍らにいるセルナからのもの。主人であるユティスを見て、どこか嬉しそうな雰囲気。


 本来、フレイラもあの輪の中に参加するのだが、今日は休みを取っていた。正規の団員はまだ二名だが、それでも騎士団として活動する以上それなりに書類関係の仕事があり、その処理に疲労したためだ。

 慣れない仕事にフレイラは頭が痛くなりそうで――結果、今日は休み。


 観戦する間に、さらにセルナから告げられる。


「それに倒れることを危惧してずっと屋敷にこもっていては、さらにお体が弱くなりますし」

「それもそうか……」


 フレイラは零しつつ、隣を見る。そこには、じっとユティスのことを眺めるティアナの姿。どこか熱の入ったもので――フレイラは一連の事件の際彼女から告げられたことを思い出し、悩ましげに頭をかく。

 スランゼルとの一件が終了し、今度こそティアナの役目は終わった――はずなのだが、なぜか彼女は事件が終了して以後も屋敷を度々訪れていた。


 嘘か本当かわからないが――ティアナはユティスと会いたいがために屋敷を訪れている。ユティスも最初彼女に言及していたようだが、数日経って気にしないことにした様子。


 金属音。ユティスの剣が大きく弾かれ、地面に剣が転がった。


「不意の一撃によって、剣を取り落す危険性も十分ある……腕周りを、特に注意しろよ」

「はい」


 返事をするとオックスは鞘を収める。これで訓練は終わりらしい。


「さて、そろそろ昼だ……食事といきたいところだが」

「ご用意しています」


 セルナが言う。オックスはすぐさま喜び、


「さて、今日はどんなものか楽しみだ」

「ご期待頂き恐縮です」

「ほら、ユティス。たっぷり食わないと体は強くならないぞ」

「うん」


 オックスの言葉に合わせユティスは剣を収める。フレイラやティアナも立ち上がり、屋敷の中へ戻ろうとした時、


「あ……」

「え?」


 声がしたので振り返る。屋敷への入口に、簡素な白いローブを着たイリアが立っていた。

 いや、正確に言えばアリスの体を持ったイリア――ややこしいことこの上ないが、表に出ている人格はイリアであるため、フレイラ達も彼女の名で呼ぶことにしていた。


「お昼みたいだけど」

「あ、そうですか……」


 俯く彼女。アリスはどちらかといえば活発な少女だったのだが、イリアは性格的に反対のようで、この屋敷に入ってから一度も敷地の外に出たことが無い。


「あ、イリア」


 ユティスが声を上げ近づく。スランゼルでの戦い以後、一番彼女を気に掛けるのは彼だった。理由としてはアリスが魔法を使用した時、何もすることができなかったため――だから、彼女に対し色々目をかけようという意識からだ。

 イリアはユティスの声に小さく頷く。小動物のような雰囲気は、それこそ近寄れば逃げてしまうような空気も存在していたのだが、


「お昼らしいから、食べよう」

「……うん」


 イリアが頷く。そしてユティスの後をつけるように移動を始める。優しくされてどこか戸惑っているようにも見える。

 今まであまりにも凄惨な出来事ばかりだったから――優しくされることに対し、慣れていないのかもしれない。


 けれど、ユティスの言葉に付き従うような言動である以上、何かしら思う所はあるのだろう。フレイラはそう遠くない内に今以上に関係がよくなると思いつつ、自身もまた昼食のため食堂へと歩み出そうとした。


 その時、静かな都の空から、風に乗って歓声が聞こえてきた。


「ん……?」


 フレイラが眉をひそめ頭上を見る。反応にティアナも立ち止まり、


「いかがなさいましたか?」

「この声……」


 聞き間違いかと最初思ったが、声は次第に大きくなる。そこに至りティアナも気付いたようで、


「ああ……帰還したためでしょう」

「帰還?」

「先日、西部の魔物討伐が落ち着いたという話を耳にしました。おそらくそれです」

「ようやく、片がついたというわけか」


 ――遺跡調査に伴った魔物の出現。中央騎士団を始めとした国の実働部隊はそうした脅威が現れた時点で調査を中止するべきだと意見したのだが、魔法院側の強行によって続行に至った。

 最終的に『聖賢者』を出すほどのことになった。そこまでする必要があるのかと異論も出たが――式典や戦争が生じ、西部の問題は一時捨て置かれることになってしまった。


 フレイラ自身は宮廷内で魔法院の工作があったのだと認識している。でなければ、聖賢者が出るような事態を事件が生じたからといって放っておくわけがない。


「彼らにとっては、幸運だったでしょうね。何せ調査の是非がいったんはなくなったわけだから」


 フレイラは胸中色々考えつつ、呟く。するとティアナは律儀に応じた。


「スランゼル側の事件もあったため、調査団は一度引き上げるということだったそうですが……どうも、魔物を片付けなおかつ出現を抑えることに成功したようなので、続行するかもしれません」

「出現を、抑える?」

「伝聞なので詳細はわかりませんが……魔物を片付ける人物が他に現れたらしく、聖賢者様がその人物に魔物の掃討を任せ、出現を封じ込める術式を組み上げたと」

「……そんなことが?」


 フレイラは少し気になり、先を進むユティスへ呼び掛け、西部の一件を話す。その間に食堂に辿り着き、着席した時彼は話し出した。


「うーん……魔物の出現を抑える術式というのは確かに存在するけど、それをする場合かなり広範囲に魔法を広げなくてはいけない……いくら聖賢者でも、術式を組んで発動させるのに日数がかかると思う」

「どのくらい?」

「……範囲の程がわからないけど、おそらく五日から十日の間くらいじゃないかな。それだけ時間が掛かるから、彼も使えなかった」

「その間、調査員が無防備になるから?」

「そう……聖賢者が来ない状況だと、周辺の魔術師を総動員してどうにか対処していたくらいだから……もしそれを抑えるとなると、かなりの使い手だろうね。そんな人が在野にいたというのは――」


 ユティスが呟くのを聞いて、フレイラは一つ予感を覚える。


(……それは)


 もしや『彩眼』所持者なのでは。


 考える間に料理が運ばれてくる。オックス達は声を上げ、またイリアでさえ少しばかり目を輝かせている。


(……ま、今はいいか)


 ひとまず胃を満たそう――フレイラは思考を止め、運ばれてきた料理に目を落とした。


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