異能の正体
地上に戻った時、ユティスは騎士からグロウの関係者を捕らえたと聞き、まずは胸を撫で下ろす。そこでユティスはイリアを騎士達へ託した。彼女をどうするかは――今後、決める必要がある。
そしてユティスはロランへ声を掛けた。
「……騎士ロラン」
「ああ。君の要望通り、彼と話をさせる」
ならば――次にユティスはオックスとシャナエルに立ち会わないことを要求。理由は、ロゼルスト王国所属の人間ではないため。さすがに相手から秘匿された情報が出てくるとは思えなかったが、念の為だ。
「後でどういう顛末だったは聞かせてくれよ」
「うん」
オックスの要求にユティスは頷いた後、歩き出す。やがて――小首を傾げ説明を聞きたそうにしているフレイラやティアナが目に入った。ユティスは二人を一瞥しつつも言及は控え、拘束された男性に視線を送る。
そこで、ロランが口を開いた。
「もし君の説明通りだとしたなら、取引もしよう」
「それについては、これだけのことに加担した以上反発もあるでしょうけれど……」
「異能を考えれば、是が非でも学院が手にしようとするだろう。ま、ここは学院側に任せよう。悪い事にはならないさ」
ロランの言葉にユティスは「はい」と答え――捕らえた相手の前に到着した。
(そういえば、ガーリュともこうして遭遇したな)
胸中思いつつ、ユティスは半ば無意識の内にやや間合いを離す。すると、横からフレイラが出た。
「私が守る」
彼女もユティスと同じことを思っているのだろう――だからユティスは「頼む」と言い、相手へと尋ねた。
「まず、名は?」
問い掛けに、相手は見返すだけ。これは予想通りだったため、ユティスは続ける。
「……このまま何もなければ、あなたは処刑される」
言葉に、相手の顔が軋む。
「しかし、こちらに情報を渡し……異能について説明してもらえれば、少なくとも極刑は回避するように働きかける」
「……そんなことができる権限をお前は持っているのか?」
相手が問い掛ける。するとユティスは肩をすくめ、
「そんな権限は持っていないけれど……あなたがきちんと話してくれれば、僕は学院側を説得する。あなたの異能は凄まじいものであり、きちんと話せば学院側が保護するだろう」
その言葉に――今度こそ、相手の顔が驚愕に染まる。
「なぜ……わかった?」
「説明してもいいが、取引だ」
ユティスの言葉に、相手は押し黙る――しかしやがて、力なく頷いた。
「まず、名前は?」
「……ヘルベルト=ランタスだ」
「グロウとの関係は?」
「追放されて以後、俺は奴に師事した」
「弟子か。予想通りだな」
ユティスの言葉にフレイラやティアナも頷いた。
「それじゃあこっちの質問から入る前に……順序的に、僕の方から話した方がいいな。一応言っておくけど、きちんと話してよ?」
「……ああ」
ヘルベルトが頷くと、ユティスは説明を始めた。
「まず、僕は異能について多少解析していて、『彩眼』所有者が異能を発動する際に魔力を発するのを確認していた。それを探知する魔具を創り、あなたと交戦した時それが反応した……結果、あなたが異能者だとわかった」
「そこから類推したというのか?」
「そうだ……まず僕は、あなたが異能を見せたがらない理由を検討した。確かに自身が異能者でないと思わせるのは一種のアドバンテージだ。けれど、あなたの場合はどこか事情があって隠しているように思えた」
ユティスはヘルベルトと目を合わせ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そこで、考えた……僕らが把握している異能は三種類。これ以外の異能だと解釈することも可能だったけれど、この三種の内どれに該当するかを考えてみて……まず、『創生』に関する異能である可能性は低いと思った」
そこまで言うと、ユティスは肩をすくめる。
「内通者がいる以上、先の戦争に関する情報は所持しているはずだ……となれば『創生』の異能を用いることで有効な策は、とにかく時間を掛けて準備することだとわかっていたはず……けれど、それをせず不死者を生み出しているとなると……その異能である可能性は低いと思った」
ユティスは一度フレイラ達へと目を移す。小さく頷き、ここまでの話に同意している様子。
「……そして、残るは二つの異能。その内片方は何か特化した能力を持つが、魔力が特殊で魔法を使うことができない……最初、僕はアージェの魔法を異能で避けたことから一種の予知能力かと考えたが、特殊な魔力により魔法が使えないという前提をあなたは覆している以上、その可能性も低いのではと考えた」
「……特殊な魔力で魔法を使うことはできないと?」
フレイラが問う。それにユティスは再度目を向け、
「魔具を駆使すれば不可能ではないと思う……けど、学院を追放されてまともな設備の無い彼らが魔力を解析して変換する魔具を作成できるとは思えなかった。普通の魔力でも人の魔力を解析して応用するのは難しいのに……さらに異能となれば、さすがに無理だと判断した……そういうわけで、僕は残る最後の可能性である……『全知』の異能を検討してみた」
言葉に、ヘルベルトはピクリと反応。この用語自体彼は知らないはずだが、思う所はあったらしい。
「襲撃される前に、僕らは土地に干渉する不死者の魔法に関する情報を発見した。あれは八十年前にロゼルスト王国に反旗を翻した魔術師が構築した魔法……最初、そうした文献を手に入れたのだと思っていたのだけど……」
ヘルベルトはなおも沈黙。そしてフレイラやレイルが視線を送り続ける。
「僕はあなた達が使用していた魔法を思い返した……まず、イリアを不死者として復活させ……それだけでなく、生身の体に近い状態で復活させるような高等な魔法。そして土地の魔力を改変する不死者生成の魔法に加え、幻獣を復活させる魔法。さらに不死者を遠隔的に操作する魔法……不死者に関する魔法であるためわかり辛かったけれど……一つ、不死者を圧縮させる魔法というのが気に掛かった。これは不死者というより、魔力の塊を圧縮させ、携帯できるようにするものだろう。不死者の魔法だけならともかく、そうした魔法すら扱っていた以上、資料を集めただけで全てを一から構築したという風には思えなくなった」
そして、ユティスは一度ヘルベルトを眺める。
「だから僕の至った結論は……この世に存在するあらゆる魔法を知るという『全知』の異能。人間達が生み出した魔法を、全て記憶し内包するという異能だ。隠していたのは、露見してしまうと自身の計画が悟られてしまうという危険性を考えたからだろう」
「だから、あらゆる不死者の魔法を……?」
フレイラは疑わしげに問い掛ける。その間にユティスはヘルベルトに視線を送り、その瞳の色からユティスの推測は真実なのだと理解する。
「おそらく僕達との戦いの時、アージェがどのような魔法を使ったのかを異能から引き出した……それにより魔法の特性を理解したあなたは、易々と回避することができた」
相変わらず彼は答えない。けれど、その沈黙は紛れもない肯定だとユティスは認識した。
「けど、ここで一つ問題がある。『全知』の制約は魔力が少なく、魔具を用いてさえ魔法を使うのが困難というレベル……そのはずなのに、あなたは魔法を使っていた」
「それは、どう説明するの?」
フレイラが問う。気付けば視線がユティスへ注がれ、誰もが言葉を待っている状況。
「それを解決するために、あなたはグロウとは別に行動し、仕込みを行っていた。あなたの所持する大量の魔具は、一見すると魔法を補助する役割のように思えるが……違う。それは外部から魔力を取り込むための器だ」
断定の言葉に、ヘルベルトは無言。けれどそれもまた肯定だとユティスは理解し、話を進める。
「そして……あなたが何をしようとしていたのか。グロウと別行動をとっていたということは、あなたの目的は彼とは別の何か……とはいえ危険を冒して学院まで入り込んだ以上、幻獣を手に入れるという目的自体は変わらないと推測した」
「そういうことか……」
レイルが述べる。推測がついたらしく、彼が代わって話を進める。
「この人の魔力は非常に少ない……元々の魔力が少ない以上、どれほど魔力増幅の魔具を用いたとしても幻獣を制御できるには至らないだろうし、ましてや復活させるのも難しい」
「そう。けれどグロウと共に潜入した以上、例え失敗しても何か手筈があったからだろう……そこで、僕はあなたがどうやって幻獣を生み出す手段があるのかを考え……至った結論は、グロウと同様土地の魔力を利用することだった」
ユティスはそこで騎士達に目を向ける。
「彼が地面を掘り埋めた物を、誰か所持していませんか?」
問い掛けに、一人の騎士が反応し差し出す。ロランがそれを受け取り、ユティスに渡す。
それは、手のひらに乗るくらいの大きさをした立方体の容器。ガラスのような透明な物で構成され、その中には血のように赤い魔石が存在し、中で固定されていた。
「この魔石……これについても特殊な物なんだろう。あなたはこれを埋め込み大地の魔力を自身と同化させるつもりだった……グロウは自身の魔力を土地に加え変換することで大地と結びついていたが、あなたの場合は異なり、自身の魔力と大地とをつなげることを選んだ。そしてこの魔力を利用して、リーグネストや僕らと戦った時魔法を使用した……莫大な土地の魔力を活用しているんだ。魔法くらい使えるようになって当然だ」
「これを使えば、幻獣を復活させることもできるというわけか」
ロランが確認のために言う。ユティスはそれにはっきりと頷いた。
「土地の魔力を改変するというグロウに気を取られて……あなたが似たようなことにしているのにギリギリまで気付かなかった。だからこそあなたもこうした計画を用いたのだろうけど……一つ問題があった。グロウがやられたからといってあなたはすぐに行動できなかった。強力な魔法なんて魔力を収束した段階でバレるし、何より幻獣を復活させるには、忍び込む必要があったから、気配を消す魔法を維持し待つつもりだったんだろう」
「彼はなぜそこまで幻獣を?」
さらにロランは質問する。
「あらゆる魔法を使用できるのなら、幻獣を蘇らせる必要はないんじゃないか?」
「一人でどれほど魔法が使えようとも限界がある……もしここで一人交戦したとしても、こちらは犠牲が出るにしろ数で押し切っていた。それと、僕の異能に対する警戒が少しはあったのかもしれない……だからまず、どんな相手が来ても問題ないように幻獣を蘇らせようとした」
「もし、グロウが勝ったらどうしていたの?」
フレイラが問う。それはヘルベルトに訊いたのか、それともユティスに訊いたのか――答えたのは、ユティス。
「何かの魔法で幻獣の支配権を移行させるつもりだったんじゃないかな」
「――その通りだ」
ヘルベルトがようやく、口を開いた。