もう一つの結末
膨らみ続けていた魔力が閉じていく。ヘルベルトはそれを認識すると同時に、勝利者が誰なのかを理解する。
「グロウの目論見は……失敗したようだな」
極めて冷静な声音だった。それもそのはずで、こうした結末はヘルベルトにとって想定の範囲内であったためだ。
幻獣は結局復活せず、グロウの目論見は騎士や――『彩眼』の異能者によって、阻まれた。カールという存在がいたことで計画の確実性が高まったはずだった。しかし、不確定要素である『彩眼』の持ち主が関わったことで、最後の最後で失敗した。
風は間違いなく自分達有利に吹いていたはずだった。けれど、ヘルベルトとは違う異能を持つユティスの存在によって、グロウは倒れた。
彼を呼びこまなければ勝てたかもしれない。しかし、あの戦争の直後に計画を実行した以上、どう足掻こうともユティスの邪魔立ては防げなかったかもしれない。
ある程度期間を置けばユティスの介入を防げたかもしれないが、時期を待つことはしなかった。なぜなら今後『彩眼』を持つ存在はは野から多数出てくることは予測することができた。そうした面々を国の人間が囲い始めてしまえば――策を用いた時点で多くの異能者と戦う必要が出てくるのは間違いなく、それが計画を大きく阻む障害となる、とヘルベルトは考えたためだった。
想定していたことではあったが、それでも有利な状況下でのこうした結末――悔しさは多少なりともあったが、ヘルベルトは一度深呼吸をして思い直す。
結局の所、まだ対策が足らなかったということだろう。グロウは多重に罠を張り迎え撃ったはずだが、本来は相手に攻撃させる暇もなく攻め立てるべきだった――などと考えても後の祭り。ヘルベルトは、今後自身がどう立ち回るかを思案する。
脱出路は完全に塞がれている。ここへの侵入は水路と『彩眼』の異能者との組み合わせだが、行きの片道しか使用しないという約束だった。帰りは幻獣が復活する以上どうとでもなる――とは相手の弁。おそらくリスクを回避し、負けた場合を想定し帰りは拒否したというのが正解だろう。
まあいい――ヘルベルトは断じ、悔しさを頭から消し去った後ほくそ笑んだ。グロウはやられた。幻獣の復活も遠のいた――と、思っているはずだ。自分の存在は見つかったが、目的までは把握されていない。おそらく学院内を捜索するはずだが、魔法を使用している現状では見つかる可能性は油断しなければ、無い。
これで終わりではない――既にヘルベルト自身の計画は成功している。グロウの計画と合わせ実験を繰り返し、この学院で確実に自身の目的を成すための準備はできた。後は――そう、待つだけだ。
ヘルベルトは騎士達を遠目から眺める。これからユティス達が帰ってきて凱旋だろう。浮かれているのも今の内だ――そう考えた時だった。
突如、体の周囲にまとっている魔法が――突如消えた。それは気配を隠すものであり、相手に見つからないための処置だったのだが、
「ん……?」
幻獣やグロウの魔力絡みで魔法が途切れたか――思いながらヘルベルトは再度魔法を行使しようとした。
けれど、発動しない――その時、ヘルベルトは気付く。
学院内に仕込んだはずの、力が消えている。
「馬鹿な……」
ヘルベルトは呻き、周囲を見回す。多少距離を置いているとはいえ、魔法を使って気配を断たなければすぐに察せられてしまうだろう。慌てて魔法を使用しようとするが――持ち得る魔具を利用して、同じ魔法を行使することはできなかった。
なぜなら――この魔法は、大地の魔力と同化し気配を隠す魔法だから。
「なぜ……!」
さらに呻くと同時に、騎士達が動き出すのを確認する。それはヘルベルトのいる場所へと向かって来ているのが明白であり、気付かれたと察する。
だから、慌てて身を翻した。けれど同時に騎士の声が起こり――
それは間違いなく、ヘルベルトを威嚇するためのものだった。
* * *
建物の中にグロウの弟子がいる――そうレイルから聞かされ騎士達が動くのを、フレイラは呆然と眺めていた。
「おそらく周囲の魔力と同化する魔法を使用していたのでしょう……土地との繋がりを断ち切られたため、効果を失ったようです」
レイルが近づきフレイラに解説する。その動きは地下からの魔力が閉じるのと同時であったため、ずいぶんと手筈が良いと思ったのだが――
「フレイラ様とティアナ様は治療により兄さんの話を聞くことができなかったはずなので、ここで説明します。本当はお二方にも協力してもらっても良かったのですが、タイミング的に後になってしまいました」
レイルが言う。フレイラは首肯し――その右手に、ユティスが持っていた水晶体があるのを目に留めた。
「それはユティスの?」
「はい。地下へ突入する前に兄さんから託されました。仕掛けが消えるまではわかりませんでしたが、それが途切れてしまえばこれで容易に捕捉できました」
「それはわかったけど……これは、一体――」
「まず、敵はある事を隠していた。それを兄さんは学院の門をくぐる寸前に異能で創った魔具によって知り、対応したのです」
隠していた――その点について首を傾げつつ、創ったのは馬車に乗っていた時だろうとフレイラは推測した。
そしてレイルは核心部分を述べる。
「グロウの弟子は、『彩眼』を所持している」
「え……!?」
驚くフレイラ。さらにティアナも同様に声を上げ、レイルがさらに説明を続ける。
「これを兄さんは、お二方を始めとして一同集まった時に話そうとしたようですが……魔法などで聞き耳を立てられているという可能性を考慮し一度保留。その後グロウと交戦後、騎士ロランや私を魔力を遮断する研究棟内の一室に集め、さらにいくつかの教授から色々と確認をとった後、ユティス兄さんはこの件について語り、私が対策を行うようにと指示を行いました」
「それは一体……?」
フレイラが問い掛けた時、叫び声が聞こえた。騎士の声かと思ったが、その後騎士達の喚声も響き、
「捕まえている最中でしょうね」
「弟子を……?」
「はい。相手はグロウの行動に合わせるようにして、とある仕掛けを学院に施していたのですが……それを私達が解除したため、ほとんど抵抗できなくなったわけです」
「抵抗……」
あれだけの魔具を抱えながら抵抗もなくという点に、違和感をフレイラは覚える――が、
「もしかして、異能って……」
「兄さんが言うには『全知』のものだと」
レイルが答えた時、声が止んだ。短い時間だったが、捕まったのだろうとフレイラは思う。
そしてフレイラは疑問に思った。ユティスの推測は『全知』らしいが、それはいくつも制約があったはず。にも関わらずユティスは『全知』だと判断し、その考え通りに策が成功しつつある状況。一体これは――
「なぜユティス兄さんが推測したかは……後で兄さんが説明することになると思います」
彼はさらに語り、歩み始める。おそらく捕らえられた人物を確認するつもりなのだろう。
フレイラは当然気になり無意識の内に足を動かす。次いでティアナもまた歩み始め、三人は声のした方向へと進む。
やがて――建物から騎士達が出てきた。さらには、彼らと共に後ろ手に拘束された男性が一人。別の騎士は彼が身に着けていたと思しき魔具を抱え、彼は俯き無抵抗な様を見せていた。
「……おそらく、この段階で捕らえなければ私達は殺されていたでしょう」
断ずるレイル。そして相手は地面に無理矢理座らされる。
「自身の気配を消す同化の魔法は、魔法を使用し続けなければ効果を発揮しません。だからこそ彼は他の魔法が使えなかった……そして、誰の監視の目も行き届かなくなった時点で、仕掛けを利用し彼が幻獣を復活させようとした――」
「……なぜ、だ」
声に反応したか、男性が話し出す。なぜ露見したのか、という言葉なのは間違いない。
「……ここからは、ユティス兄さんに任せることにしましょう」
やがてレイルは断じ、フレイラへと向き直った。
「ユティス兄さん達はいずれ戻って来るでしょう……僕も兄さんから全てを聞いたわけではないため、彼については最大限の監視を行うことにして、帰りを待つことにしましょう」
「……ええ」
フレイラは疑問が頭をもたげる中で頷く他なかった。そして、男性を見下ろす。
彼はフレイラ達に憎しみを込めた視線を送っていた。それを見返しながら、フレイラはただ無言でユティスの帰りを待つことにしたのだった――