最奥の死闘
ユティス達の突撃に対し、先に動いたのはグロウの前に立ち阻むイリア。手をかざし漆黒の結界を発動する。
先ほどの罠による魔法は一度しかないとユティスは判断。その間に『創生』の異能によって、魔具を生み出す。
走りながら創り出したのは――盾。
「防御を優先したのか?」
グロウが興味深そうに告げた瞬間、今度はアリスから魔力が生じた。
それは、言ってみれば全身全霊を込めた圧倒的な魔力。薬によって魔力回復をしたことにより、彼女の全力が今、生み出されようとしていた。
これにはグロウも眉をひそめた――さらにロランの刀身に魔力が宿り、両者の攻撃が、結界を砕くべく放たれる。
「なるほど……そうか!」
グロウは感嘆の声を上げると共に杖を構える。魔法は使えないはずだが――いや、幻獣を復活させようとしている状況だが、まだ備えがあるのだとユティスは心の中で断ずる。
直後アリスは魔力を凝縮し光の剣を生み出した。ひどくシンプルな魔法だったが、迸る魔力はユティスの想像を超えていた。彼女はそれを、叩きつけるように漆黒の結界へ放った。
同時、ロランは全力の斬撃をイリアの結界に決める。両者の攻撃は結界と一時せめぎ合い、なおかつユティスの後方にいる魔術師からの魔法が結界に直撃。そして――
轟音。それと共に結界が弾け飛び――とうとう、突破した。
「凄まじい」
グロウが感想を漏らすと同時にロランとアリスは彼へ向かう。イリアは動かない。というより魔法発動直後であるため、魔法発動に時間が僅かながら必要なのだろう。
そしてそれは、グロウを攻め立てる絶好の好機。
「見事……だが」
アリスが腕をかざし、ロランが斬撃を見舞う、寸前、
「だが、まだ足りん」
声と共に――彼の左腕から突如、光が生まれる。
別の魔具だとユティスが認識した直後、イリアが手をかざし魔法を発動する。それはユティス達を距離を置くべく発動した、風の魔法。
「確かに攻撃に転じれば防御はできない。しかし」
グロウは、ユティスへ視線を注いだ。
「それは貴様らも同じ事」
旋風が吹き荒れ、ロランとアリスの体が浮く。ユティスもまた体勢を崩し、後方の魔術師と共に後退を余儀なくされる。ロランの刃がもう少しで届きそうだったにも関わらず――
グロウにとってもこれはギリギリだったはずだ。イリアが放った風に直接的な攻撃力は無い。これは紛れもなく少しでも魔法発動を短縮するための処置であり――ユティスは次の攻撃を予測できた。それを証明するかのように、グロウは左腕を掲げている。
「――終わりだ」
宣言。グロウは同時に光を放つ。アリスが使用するような光の刃。それが横殴りの雨のように、ユティス達へ降り注ぐ。
イリアはさらなる魔法を用いる様子はない。攻撃の気配を見せているが、魔力収束に多少時間が掛かっている――刹那、
「防げ――地の守護者!」
ユティスは盾をかざし魔法を発動。それは降り注ぐはずだった光の雨を防ぎ、魔法と結界が衝突を見せる。
それと共にユティスは一つ感触を得た。それは紛れもなく、創り出した魔具に仕込んだ機能が発動したことを意味し――同時、グロウが声を上げた。
「役に立ったな、その魔具が……だが、最早貴様らに勝ち目は――」
高らかに叫んだ直後、グロウは突如言葉を止めた。次に生じたのは呻きのような声音であり、
「え……?」
突然の変化に、ロランは呻く。やがて魔法が終わり――光が消え、全容が見える。
イリアは変わらずグロウを護るようにして立っていた。けれど、その後方にいるグロウは、片膝をつき、杖で自身の体を支えるようにしていた。
「何……だ……?」
グロウは理解できていないのか呟く。そこでユティスは目を凝らし、彼の腹部が赤くなっている様を確認する。
「……最後の最後で、仇となったな」
ユティスの言葉に、グロウが視線を送る。
「あれだけ余裕を見せていたんだ。そっちにまだ手があるって僕にもわかる……だからあんたが攻撃を仕掛けてくるのを見越して、魔具を創生したんだ」
「――イリア!」
グロウが叫ぶ。同時に彼女が手をかざし、漆黒の刃を生み出しユティスへと放った。
「……防げ――地の守護者」
対するユティスは、再度同じ魔法を使用した。ロランとアリスが見守る中、結界と黒い刃が衝突し、
突如、刃が弾かれ――魔法を放ったイリアへと、向かう。
「反射――!?」
ロランが驚愕と共に呟く。それと同時、
「待って!」
イリアに当たるというアリスの声。しかし、次の瞬間闇の刃が曲がった。
そして花開くように散開し――後方にいるグロウへ、襲い掛かった。
「な――」
最後の呻き――そして、
「終わりだ、グロウ」
ユティスの宣言と共に、魔法がその体を貫いた。
ガランガラン、と音を立て石床に杖を落としたグロウが倒れた直後、イリアはゆっくりと腕を下げる。命令をする人物が倒れた以上、彼女もようやく解放された。
「イリア!」
声と共にアリスが駆け寄る。次いでロランもまた動き、
「お前は周辺の者達の治療を!」
一人残る魔術師へ指示を送り、グロウへ近づいた。
ユティスもまた二人に続き接近。グロウは倒れながらもまだ意識があるらしく、血を吐いた後問い掛けた。
「何だ……今の魔法は?」
「さっきも言った通り、あんた自身が攻撃してくることを見越した魔具だよ。あんたは術中にはまったと悟ると攻勢に出るみたいだったから、それを利用したんだ」
「だから……魔法を反射する結界を生み出しただと……?」
「ああ。だがあんたが訊きたいのはそこじゃないだろ?」
問い掛けにグロウは沈黙する。ユティスはそれを肯定と受け取り、
「ただ全ての魔法を反射しただけなら、あんただって回避するだろうし彼女にも当たる……だから僕は、直撃した魔法の支配権を奪い、制御できるようにする機能を組み込んだ。それがきちんと発動するかどうか試す暇はなかったけど……きちんと機能し、光の雨の一部や、イリアの魔法を反射して見せた。ただ、それだけさ」
ユティスの言葉に――グロウは、笑う。
「なるほど、実に興味深い……できればその『創生』の異能、きちんと調べてみたかった」
「悪いけど、こっちは願い下げだ」
「そうか……しかし、ギリギリだったな。窮地に陥ったことで策を思いついたといったところか……果たして、そんなマグレがいつまで続くかな?」
グロウはどこか優越的に語り――動かなくなった。
「……これで、終わりだな」
ロランは屈み彼の死を確認すると、呟いた。
「後は、事後処理を――」
「イリア!」
彼が述べたその時、アリスの一際大きな声が。
視線を転じると、見つめ合う双子の姉妹。
「……お姉……ちゃん」
「私が、わかるのね?」
「……うん」
頷いた彼女を見て、ユティスは彼女の顔を横から覗き込んだ。不死者の魔法。なおかつ制御者であったグロウが死んだにも関わらず、彼女は意識を持ち会話をしている。余程特殊な魔法なのだとユティスは認識し、声を掛けようとした、その時――
突如、広間全体に魔力が生まれる。それは僅かながら室内に振動を引き起こし、ユティスを身震いさせる。
「これは……」
まだ、終わっていない。
そう頭の中で呟くと同時に、ユティスはグロウの立っていた後方に存在する台座を目にする。そこには幻獣の魔力を抑えるべく創られたと思しき球体の魔石が安置されているのだが、それが一際強く光り始めている。
「まずい……!」
もしこれが破壊されれば、幻獣が――グロウが死んだ今、幻獣は誰の制御も効かない存在。復活すれば未曽有の惨事が起きることは想像に難くない。だが、
「どうやって止めれば……!」
ユティスはグロウの手から離れた『星樹の杖』を見据えながら思考する。単純に魔力を抑えようにも、どのような魔法なのかもわからない。迂闊に使用すれば、逆に幻獣の復活を早めてしまう可能性もある。
ならば『創生』の異能で――と思ったが自身の魔力は先ほどの異能発動により底をついた。杖を用いての発動も考えたが、あくまで杖は外部の魔力を吸収し、それを利用するといった形。グロウは土地の魔力を改変しその魔力を自身の魔力として魔法を発動していたようだが、そのプロセスを使用できない以上、異能を使うことも難しい。
「ユティス君……!」
ロランが呼ぶが、ユティスは答えられない。その間も魔力が膨らみ、いつ何時幻獣が復活するかわからない――
その時、一人行動する人物がいた。床に落ちた杖を拾い上げ、台座の前に立つ。
「イリア……!?」
アリスが名を呼ぶ。前に立った人物は、イリア。
「私が、どうにか抑えます」
彼女の言葉に、ユティスは驚愕の声を上げる。
「抑える……!?」
「あの人の近くで私はこの魔法の発動方法や解除方法なども見ていました……この杖を使えば、抑えることができるはずです。それに、私はあの人の魔力で動いていますから」
――グロウが発動した魔法を、自分で制御できる。
イリアはそう語りたいのだと思い、ユティスは沈黙する。彼女はそれを無言の肯定と受け取り、杖を台座へとかざす。
場にいる誰もが沈黙を守り――やがて、彼女の杖から魔力が生まれる。その瞬間、荒れ狂い始めていた魔力が徐々にではあるが、抑えられていく。
「これは……」
ロランが驚きの声を発しつつ彼女の様子を見続ける。アリスもまた視線を送り、妹の魔法発動をじっと見据える。
だがユティスは――魔法を見ながら一つの結論に達する。
彼女の魔法により、魔力はどんどん静まっていく。反面、その過程でどんどんとイリアの内に眠る魔力が減少していく。
(おそらく、グロウが定期的に魔力を補充していた……)
器が大きくとも中身が入っていなければ意味を成さない。だからこそどういった形かはわからないが、魔力を供給していたはず。けれどグロウが死んだ今、補充する術はわからなくなった。
グロウが死んでも彼女は意識がある。だから魔力を定期的に補充できれば、このまま生きながらえることは可能なはずだ。けれど――
やがて、室内に満ちる魔力が消えていく。今度こそ、幻獣復活を阻止した瞬間だった。
* * *
シャナエル達は魔力が閉じ始めた時、ようやく到達。全てが終わったのだと認識すると共に、嘆息した。
「本当、申し訳なかったな」
オックスが皮肉気に言う。シャナエルは内心同意しつつ、最深部へと入る。
そこで見たのは、上体を起こし息をつく騎士や、倒れる魔術師。そして一番奥。ユティス達がいた。
声を上げようとして――シャナエルは気付く。ユティスの隣にアリスがいた。しかし、彼女は誰かを抱きかかえるようにしてうずくまっていた。