反撃の糸口
「っ……!」
フレイラはつんざく轟音に顔をしかめつつ、どうにか回避には成功した。
上体を伏せ――というより床に衝突した流れで姿勢を維持していたと言った方が正しい。どの道痛みで起き上がるのが難しかったため、必然的にそのような形となった。
そして闇が消える。粉塵が上がるようなことがなかったのは、この魔法が余波をほとんど発しないものであるためだろう。だからこそフレイラも現状を素早く理解することができたのだが、
「……っ!」
把握できた状況は、最悪なものだった。
まずアリスは奇跡的に攻撃を回避できたのか、横に逃れていた。傷は幸いないようだが肩で息をしているのは相変わらずで、最早戦線を維持するのも難しそうな気配。
次いで、オックス。彼もまた横に逃れ回避したようで、なおかつ鎧騎士はグロウの前に立ち超然としていた。まったくの無傷――結局、フレイラ達は一撃も加えることができなかった。
そして――最悪だと思ったのは、ユティスが地面に鉄杖を突き立て、アージェやティアナを庇いつつ結界を生み出していたことだった。
「終わりだな」
事務的な口調でグロウが告げる。それと同時にユティスの持っていた鉄杖が光となり、彼は崩れ落ちた。
フレイラは駆け寄ろうにも体が思うように動かず――代わりにアージェとティアナがユティスの体を支える。
「この場で切り札となるはずの彼が満身創痍だ。最早手立てはないだろう? 降参してもらえないか? おとなしく従ってくれるなら、私は君達を素通りさせてもらうが」
グロウが語る。その左右には、いまだ健在の鎧騎士とイリア。
「……その提案は、有難いんだけどな」
オックスが告げ、立ち上がる。剣を構え直し、切っ先はグロウへ。
「俺はあきらめが悪くてね」
「同感ね」
続いてアージェがユティスから離れ、ユティスやティアナの前に立つ。
「悪いけど、これ以上好き勝手はさせない」
「やれやれ……もう少し聞き分けが良いと思っていたんだがな」
面倒そうな声でグロウは告げ――静かに、腕を掲げる。
「最後の警告だ……退け」
「断る」
ユティスが代表して答え――グロウが攻撃を開始するべき腕が振り下ろされた。
けれど次の瞬間、右手にある庭園から突如光が生まれた。フレイラが反射的に目を向けた時、それがグロウへと向かっていくのを悟り、
「思ったより――」
グロウが何事か呟くと同時に、鎧騎士が対応する。
剣を振り、光――光弾を切り払う。爆発などは生じず弾けた光景を見たフレイラはさらに視線を庭園に向ける。そこに、
「……シャナエル!?」
オックスの声。フレイラは彼を視界に捉えると共に、後方にレイルや、宮廷魔術師。さらには騎士が布陣しているのを見て取った。
「――来るのが早かったな」
グロウは続きを喋ったと同時、駆けた。フレイラ達を無視し、地下へと向かうのがありありとわかる動き。
騎士や宮廷魔術師達はすぐさま彼を阻むべく動いたが、フレイラ達がいるため迂闊に攻撃できず、グロウに階段まで到達させてしまった。
地下へ続く階段前には結界が構築されているのだが、グロウが手を振れると結界が消失。土地の魔力が変質した影響で、結界の破壊も容易になっているようだった。
そしてグロウはイリアや鎧騎士と共に地下へ――次いで、またも結界が出現。遅れて宮廷魔術師達が到達したが、結界を通過することは叶わなかった。
「すぐに結界の解除作業に入れ!」
騎士の一人が朗々たる声を上げ、魔術師達が指示に従い作業を開始。ふと視線を転じるとシャナエルはオックスに近寄り、レイルはユティスへ近寄っていた。
フレイラはそこでどうにか起き上がり――体に痛みを覚え顔をしかめる。
「大丈夫か?」
そこへ、先ほど指示を出した騎士が近寄り声を掛ける。短い茶髪に体格の良い人物であり、隊を率いてきた人物なのだろうと容易に想像できた。
「騎士ロラン=ベディクトだ……色々とあなたとは話したいこともあるが、ひとまず後にしよう」
「ええ、そうね」
「とりあえずあなたは治療を」
語ると同時にロランは付近にいた騎士へ指示を送る――フレイラは息をつき、地面に座り込んだ。
レイル達が、味方が連れてきたということらしい。けれど、相手は目的を果たそうと動いている――情勢は悪くなってしまったと、フレイラは思った。
* * *
まずユティスは騎士団に相手の目的などの情報を渡し――呼吸を整えつつ、レイルと話を行う。体調の方はギリギリどうにかなっていたが、これ以上無理をするとすぐに限界がきそうなくらいだった。
そうした中、ユティスがレイルから聞いた話によると、こうして騎士団を率いるきっかけとなったのはラシェンの屋敷を訪れたためらしい。
「ラシェン公爵は僕が状況を伝えた後……すぐに城に赴いた」
「学院関係ということもあって、行動が早かったみたいだな」
ユティスはそこでラシェンがどのように考えているか理解できた。
「今回の襲撃に対し、一番対応が早いのは魔法院に対し良い印象を抱いていない騎士団だろう……それを上手くたきつけ、諌める重臣を他所に馳せ参じたというわけか」
「そういうことになる……けど、もう遅かったと言ってもいい」
悔いるようなレイルの言葉。それにユティスは小さく首を振る。
「どうやったとしても、騎士団が襲撃前に学院へ入ることはできなかった……最善の手だったと思うしかない」
レイルはなおも表情を変えぬままだったが――やがて小さく頷くと、
「それで、兄さん……これを」
彼は何かを差し出した。それは小瓶。中には透明な液体が入っている。
「……これは?」
「ラシェン公爵が必要かもしれないと……一時的に身体能力を強化させ、なおかつ魔力を回復する強壮薬だ。兄さんは今体調が良くないみたいだけど、これを飲めば一時的に回復できるみたいだ」
「……ラシェン公爵は今みたいな状況も想定していたんだろうな」
嘆息か、それとも感心か。ユティス自身わからないままそれを受け取り、小瓶を開けた。
「けど、あくまで一時的に回復量を向上させるだけで、飲んで半日後くらいには――」
「言われなくてもわかっているよ」
ユティスはそれを迷わず飲んだ。途端、体が少しばかり熱を帯び、枯渇していた魔力が少しずつ満たされていくのがわかった。
「倒れるとわかっていても、グロウの暴挙を止めるには今やるしかない」
「……うん」
レイルは深く頷き――もう一本ユティスに差し出す。
「もし必要であればと……ただ、連続で飲むのはかなり危険だそうだけど……」
「これを飲む人物は別にいるし、もう決まっているよ」
ユティスは受け取った後、歩き出す。それに無言で追随するレイル――辿り着いた先にいたのは、座り込んでいるアリスだった。
「アリス」
名を呼ぶと、彼女は呼吸を整えつつユティスを見上げる。
「魔力を回復させる強壮薬がある……もし戦う意志があるのなら」
「頂戴」
一言。ユティスは無言で薬を差し出し、受け取ったアリスはすぐさま飲んだ。
それを確認したユティスは、結界に悪戦苦闘する魔術師へ目を移す。
「……レイル、あの結界はどの程度で破壊できる?」
「一時間ほどだと魔術師は言っていた……グロウだって魔法の準備があるだろうし、幻獣に関する魔法だ……慎重になるのは僕でもわかる。数時間くらいなら余裕があると思う」
「となると、今が態勢を整える最後のチャンスというわけだな……」
ユティスは呟きながら、周囲を見回す。不死者の掃討はある程度終了したらしく、学院はだいぶ静かになっていた。
とはいえ、敵の目的は幻獣を復活させること。それに向けグロウ達が突き進んでいるのは間違いなく、彼らの計画は順調に進んでしまっている。
「次の戦いで決まる……」
ユティスはアリスやレイルへ言い聞かせるように、告げる。
「幻獣を復活されてしまえば、おそらく僕達にも止められなくなる。だからそれまでが勝負だ」
「それには、君の力が必要だろう」
そこへ、男性の声。ユティスが視線を転じた先に、この場を取り仕切る騎士の姿。
「ロラン=ベディクトだ。今回学院の援護に来た騎士団のリーダーをやっている」
「騎士ロラン……アドニス兄さんから伺っています」
「そうか。ならこれ以上の自己紹介は必要ないな……で、結界が破壊されたら君にも同行願うことにしよう」
「本当に、僕が同行しても?」
「俺は前の戦争で君の異能を直接見てはいない……が、この戦いを覆すことができる何かを持っているのではと思っている」
ロランの言葉は強い。ユティスは多少ながら驚いたのだが、彼がすぐさま陽気な笑みを浮かべると、今度はきょとんとなった。
「ま、本音の所は保険的な意味合いの方が強い……君の異能は非常に汎用性が高い。もし何かあった時、騎士団でも対応できない所業をやってのけるかもしれない……その可能性を、俺は考えたわけだ」
「……ずいぶんざっくばらんな言い方ですね。アドニス兄さんの語っていた通りです」
率直な感想を述べると、ロランは一転苦笑する。
「あいつはどういう話をしているのやら……ま、そういうことさ。グロウを捕らえるのは基本、俺達や宮廷魔術師がやる。君はそのサポートを頼む」
「はい」
「それと、そっちのお嬢ちゃんも」
話の矛先がアリスへ向かう。すると、
「私にはアリスという名前があるんだけど」
「怒るなよ……すまない」
ロランは悪びれもなく語る。どこか愛嬌があり、アリスも表情を見て怒るのをやめたのか、小さく息をつき、
「止められても私は行くつもりだから」
「わかったよ。ま、こっちも『潜在式』の魔法を使える人物はありがたい……が」
と、ロランはじっとアリスへ目を凝らす。
「何か……考えているようだな?」
言及に、アリスの眉が僅かに跳ねる。それが何を意味するのかユティスは思わず尋ねようとしたのだが、
「ま、詮索するのはやめにしよう。妹さんが敵に回っているんだ。思う所はあるだろ」
あっさりとロランは引き下がった。次いで、今度はユティスへ口を向ける。
「で、悪いんだが騎士フレイラやあっちの女性はリタイアだ……二人もそれには同意した」
「わかりました……二人には別の役目を言い渡しても構いませんか?」
「それはいいが、何かあるのか?」
問い返したロランに対し、ユティスは治療を受けるフレイラを一瞥し、答える。
「グロウの弟子と思われる人物がいます。彼を捜索するとしても、顔を把握している人間が必要だと思います」
「なるほど、わかった……その人物は戦いに参加しているのか?」
「今の所、グロウと共に行動はしていないようです」
首を振るユティス。現時点でまだ誰にも彼が『彩眼』を所持しているという事実は知らせていない。せめてどのような異能なのか目星くらいはつけた上で対処したいところなのだが――
今一度思考してみるが、どういった異能なのかを導き出すにはヒントが少なすぎた。そもそも彼がどのような異能を持つか判断できる材料は僅かに戦ったあの時間だけ。なおかつ最初魔法を撃ち合っていた時は異能を使う素振りすらなかった。
「現時点で彼はグロウと同行していない……ひとまず地上で学院を守る騎士に任せてもいいと思います」
レイルが言う。それにはロランも同意のようで、
「確かにな……騎士にも警戒するよう伝えておく」
彼の言葉を最後に、しばし沈黙。その間にユティスはなおも考える。果たして、相手の異能は何なのか。
(アージェの魔法を使用した時異能を発動した……その時『創生』の異能を使用した形跡はなかった。となると残る二種類の異能……けど)
どちらも制約がある――そしてその制約から彼の行動は外れているため、まったく違う種類の異能である可能性もある。
(隠したい……加え、アージェの魔法に対し異能を使った。これは――)
そこまで考えた時、ユティスは、さらに今までの出来事を頭の中で回す。そして、
(……まさか)
一つ、思い浮かんだ。けれど決して、確証のある結論ではなかった。
だが頭の中で至った結論を考え――その可能性が極めて高いのではと、ユティスは思った。
だから今度は、その結論から相手がどういった行動をしているのか考え――そして、
「どうした?」
様子を訝しんだロランが問う。ユティスはそこで我に返り「すみません」と応じ、
「……それと、敵は下水道から侵入した可能性が高いので、そこの封鎖を――」
「それについては心配いらないよ」
答えは、レイルからだった。
「騎士団が入った時点で下水道も物理的に封鎖してある。なおかつそちらにも監視の目を届かせているよ」
「敵にはまだ異能者がいる可能性があります。具体的には、水を操るそうですけど」
「水、か……宮廷魔術師もいるし大丈夫だとは思うが……まあ、先ほどの一戦で登場しなかった以上、その二人は静観する気なんだろう。下手な動きをしない限りは大丈夫だろ」
ロランは楽観的に言及した後、まとめるべく話す。
「とはいえ警戒はするし、出てきたしても地下室への道へ行かせるような真似はさせないさ」
「お願いします……それで」
と、ユティスはロランとレイルを一瞥した後、述べた。
「頼みが……グロウと戦う場合の対策について協議を」
「同感だ。できれば相手のことを知っている人物から事情を訊きたいな」
「はい。それで……」
ロランの言葉に、ユティスは告げる――胸の内には、一つの計略を抱え。
「さすがにないとは思いますが……念の為、盗聴など心配の無い研究棟で話がしたい。万が一グロウにそれが知られては、勝ち目がなくなってしまいますから」