学院に眠る存在
フレイラ達は不死者の魔法発動を認識した時、研究棟入口付近にいた。そして現状、不死者だけでなく教授が殺害され魔具を奪い取られたと判明したため、建物内は騒然となっていた。
「おいおい……始まってもないのに混沌としてるぞ」
オックスがコメントした時、フレイラにも魔法が土地を侵食していく様を認識することができた。
直に、不死者が出現するのは間違いない。フレイラは混乱する研究棟と外を交互に見回しながらどう動くかを思案する。
「……ひとまず、ユティス様と合流するべきでは?」
ティアナが提言。フレイラは彼女を一瞥し「確かに」と同意する。
「けど、場所までは――」
告げた直後、ふいに視線を移した窓の向こう側から、研究棟へと進んでくるユティスとアージェの姿が。
「気配探知でもしてきたのかもしれんな」
オックスが呟くと共に、ユティス達は混乱する研究棟の中へ。ユティスは即座にフレイラ達に気付いたが、一度混乱する廊下を見回し――近寄って来た。
「……状況は?」
「教授が殺され、武具を奪い取られたって」
フレイラが説明。それにユティスとアージェは眉をひそめる。
「教授? それに武具って……」
「聞き耳を立てると、オーバという名前だそうだ」
オックスがユティスに告げると――途端、アージェが驚愕した。
「オーバ教授が……!?」
「フリードが師事していた教授だったか」
彼女の言葉に続きユティスが呟く。それを聞き、フレイラは言及する。
「それで、この騒動が起きる前に……フリードが味方してくれる雰囲気だったけど」
「フリードが……?」
疑わしげにアージェが応じる。
「どういう風の吹き回しか……でもまあ、戦争に従軍して考えが変わってと言っていたから、フレイラさんに対して何かしら思う所はあったのかも」
「……全員集合というわけか」
そこで、声。フレイラが視線を転じると、話をしていたフリードの姿があった。彼は一度ユティスへと視線を投げ、
「……色々言いたいことはあるだろうが、ひとまずこの騒動を収束させるのを優先しよう。私が師事していた教授も殺されたらしいからな……」
胸の内に存在する感情を押し殺しているような険しい表情。それにユティスは首肯し、話し出す。
「魔力が変化したが、まだ不死者が出現するには時間があるようだ。その間にこちらがどう立ち回るべきか考えよう」
「私はここで混乱の収束を行うことにする……もし不死者が出現したなら、それの対応も微力ながら行う」
すぐさまフリードが告げる。
「敵はオーバ教授の所持していた魔具……『星樹の杖』を奪ったらしい。それを使っておそらく目的を成す……それがどういう目的なのかはわからないが――」
そこまで言った時、フレイラの視界――研究棟の外にアリスの姿を捉えた。それに気付いたオックスはすぐさま声を上げ、外に出て彼女を呼ぶ。
「……状況から、危険だと思って舞い戻って来たんだな」
ユティスが言う。それにフレイラが声を向けようとした時、彼は手をかざした。そこには水晶球が一つ。
「僕の『創生』を使って、気配探知できる魔具を作成した……現在学長室には明らかに異質な魔力がある。数は三つ……おそらく、グロウ達だ」
「まだ、学長室に?」
「ああ。アリスはそこに立ち会っていたようだけど、どうやら下りてきたらしい――」
研究棟に入るアリス。混乱した状況ではあるが、どうにか全員集合を果たした。
「みんな……聞いて」
アリスが息を切らせながら話す。急いている様子だったが、フレイラはそれをまずは抑えた。
「待って、順序立てて話をしましょう。まずはフリード、その魔具というのは?」
「大陸にある希少植物である『星樹』の力を引き出し、杖状にした物だ。その樹は大気中に存在する魔力を吸収する特性があり、使用者の魔力を込めれば大気中の魔力を集めることができる……とはいえ、そのまま大気中の魔力を収束させても自身の魔力と融合させなければ魔法などに利用はできないはずで、杖だけ持っていても大した脅威にはならないが……」
フリードは呟いた後、アリスへ首を向ける。
「……そちらの女性は敵と遭遇したはずだが、何か言っていたか?」
「グロウは……学院長に地下への鍵を渡せって」
「鍵?」
フレイラが聞き返した直後――ユティス、アージェ、フリードの三人が顔色を変えた。
「まさか、敵の目的って……」
「いや、ちょっと待ってくれ。例えそうだとしても杖だけではどうにもならないはずだ。フリード、その辺りは?」
「私も難しいと思うが……そうか、ここでこの不死者の魔法が生きてくるのか」
「――あ、そういうことか」
「おい、置いてかないでくれ」
オックスが話を進めようとするユティス達に言い募る。それに三人はすぐに言葉を止め、
「……ここは、僕が」
ユティスが小さく手を上げ、説明を始めた。
「簡潔に説明すると、この学院の地下には、過去戦争で大地の魔力を活用し生み出した強大な魔物……『幻獣』と僕らは呼んでいるのだけど……そうした存在の残留魔力が存在する。討伐隊によって滅ぼされたんだけど、その魔力を消失しきれず、やむなくその魔力を誤魔化すためにこの学院を建てたという経緯がある」
「無人の野に学院が存在するのはそういう理由なのですか……」
ティアナが驚いた様子で声を上げた。ユティスはそれに頷き、
「残った幻獣の魔力は面倒な力を持っていた。放っておくと魔物が大量に湧きかねない事態となったんだ。だからこういう措置となった……今から何百年も前の話だ。で、敵はその幻獣を不死者生成の魔法で復活させようとしている」
「『星樹の杖』を用いて?」
フレイラが問う。ユティスが頷くと共に、アージェやフリードもまた首肯した。
「そういうこと……けど、これには二つの障害が存在する。一つは不死者を生成する際に相当な魔力が必要だということ。これはイリアの存在もあるし、どうにかならないわけでもないと思う。けど、もう一つ……制御面は難しい」
ユティスは語りながらフレイラ達を一瞥。
「幻獣は極端な話、巨大な魔力の塊だ。例えば巨大な岩を動かす場合、相応の力が必要となる。これは魔力の塊である場合も一緒で、巨大な塊を制御できるだけの魔力が必要となるし、なおかつ制御となるとその魔力を維持する必要が出てくる……制御者のポテンシャルにもよるけど、伝えられている幻獣クラスだと、どれほど強力な魔術師でも数時間しかもたない……グロウならば、もっと短い時間のはずで、生み出しただけで暴走するなんて可能性もゼロじゃない」
「それを解決するのが、この不死者の魔法というわけだ」
続けてフリードが解説。フレイラは彼に視線を送り、
「この魔法は、不死者生成と共に土地に自身の魔力を加えるという効果をもたらすんだろう……つまりこの魔法を使用して以後、土地の魔力とグロウの魔力が繋がる。大地の魔力を使用することができれば、制御も容易いというわけだ」
「そうした中で、アリスの妹はどういう役目を担っていたんだ?」
オックスが質問。それに今度はユティスが答えた。
「彼女の体には教授の魔力が紛れ込んでいるはず……大地の魔力を利用するために、彼女を用いてテストしていたんだと思う」
と、ユティスは外へ視線を巡らせる。
「それに、今のように不死者を生み出す魔法を使用し制御するには……どうしても多大な魔力保有者が必要となる。それが、彼女なんだろう」
「イリア……」
アリスが悔しそうな表情を浮かべ言う。それを見ながらユティスは続ける。
「この魔法……不死者生成の魔法を学院内に生じさせるだけでもかなりの魔力を消費するはずだ。実験を含めれば彼女のような魔力保有者が必要だったのだろう。なおかつ今は、護衛としての役目があるのかも」
と、ユティスは口元に手を当て、
「北部の行動は幻獣を復活させるための壮大な実験……幻獣という存在を生み出す以上、土地改変によってどのような変化が起きるのかデータをとりたかったんだろう。またリーグネストで不死者を生み出したのは、幻獣が生み出せるかどうかの実験なんだと思う。加え、北部で混乱を生み出し学院を襲撃し易くするという意味合いもある」
「……間違いない事は、ここまでは奴らの手のひらの上ってわけだな」
オックスが不快そうに言及。それにユティスは頷き、
「もう一つ、懸念がある……フレイラが遭遇した、グロウの弟子らしき人物について」
「そういえば、彼の姿が見えないね」
「先ほど遭遇し戦闘になった。逃げられた上、現在気配感知もできないけど――」
そこから何か言おうとして――ユティスはふいに、言葉を止めた。
「……消極的な動きではあるし、この様子だと彼自身戦いに加わる可能性は低いかもしれない……けど、気配探知だけは続けるよ。フリードも特徴を伝えるから、魔術師を使って捜索を頼む」
「わかった」
フリードは頷く。フレイラは彼の言動に多少引っ掛かったが、何かあれば言うだろうと判断し、沈黙を守る。
続いて発言したのはオックス。
「そういやあいつはリーグネストの時から別行動だったな。何か他に目的があるのか?」
オックスが腕を組んだところで――土地に眠る魔力に違和感が生じる。
最早時間はほとんどない。そうした中で今度はフレイラは言及する。
「私達は下水道を調査していたけど、水を操る敵に遭遇した。敵の姿は見えなかったけど、もしかするとその人物は『彩眼』所持者かもしれない。あくまで可能性だけど」
「所持者が、か……とはいえ具体的に行動を起こしているのはグロウ一人」
今度はフリードが言及。それに全員が注目した。
「なら、今はグロウに集中しよう。ユティス達は、グロウを阻んでくれ。ユティスやアージェは幻獣の魔力が眠る地下室の入口は把握しているはずだな? そこに向かって欲しい」
「わかった。それと、まだ敵は学長室から動いていない……いや、ちょっと待って。今外に出た」
「なら一刻の猶予もないな。私が浮足立っている学生達や魔術師をどうにかして、援護に向かわせよう……実際行けるかどうかわからないが」
そこまで言うと、彼は肩をすくめた。
「敵からすれば学生という足枷を逃がしたくはないだろう。避難を行う場合、誘導や不死者から護衛する魔術師もそれだけ必要……援護するにしても、ユティス達が戦っている間には無理かもしれない……」
苦虫を潰したような表情でフリードは語ったが――すぐに表情を戻す。
「ともかく、私はそうした行動を開始する。他力本願となって申し訳ないが……頼む」
フリードは言葉を残しその場から立ち去る。同時に今度はアージェが声を上げた。
「私はひとまず協力するよ……少しでも戦力は必要でしょ?」
「……そうだね」
ユティスは同意し、フレイラ達を一瞥した後、
「グロウは今も移動を行っている……先回りして食い止める、いい?」
フレイラを含む残りの面々は頷き、ユティスが先導を始める。追随し始めたフレイラが外に出た時、さらに魔力が強くなる。
「……癪だが、始まってしまったな」
オックスが言う。フレイラは心の中で悔しさを出しつつ、無言のままユティスの後を追い続けた。