変化する魔術師と、交戦
「どういう風の吹き回しだ?」
研究室内。オックスは憮然とした顔つきでこの部屋へ入るよう指示した魔術師――フリードへ告げた。
「こちらも色々あるということだけ、伝えておく」
彼は素っ気なく答えると、一度研究室の奥へと引っ込んだ。
――フレイラ達は彼の言葉に従い、研究室へと入った。出会った時侵入者がいると話し、フリードはその場で魔術師を呼び報告へ向かうよう言い渡した。
「あなた方が話すよりも、学院の人間が報告した方が学院長もすぐに動くだろう」
フリードの言葉に、フレイラは学院長の顔を頭に浮かべた。確かに自分達で捕捉できなかった存在を発見したとあらば、難癖つけられて嘘だと言われる可能性も否定できない――彼が妨害するという可能性もあったが、彼も「緊急事態である以上信用してくれ」と言い、フレイラも『目』を通し本心から語っている思い、従うこととなった。
そしてユティス達と合流しようとしたが、フリードは重要な話があるとして呼び止めた。数分で終わるとのことで最初は訝しんだがフレイラは彼の雰囲気に思う所もあったので従った。
研究室に入り彼は奥へ姿を消し――すぐ現れる。手にはいくつか装飾品が握られていた。
「身に着けるだけで自身の魔力を多少ながら強化する類の魔具だ。よければ使え。本来なら魔法を発動する魔具を差し出したいところだが、それを扱う訓練の時間はなさそうだからな」
「……え?」
フレイラは驚き聞き返す。
確か彼はレイルとは別の派閥に所属し、少なからずこの事件に関わりのある人間だったはずなのだが――
「疑っているようだな」
フリードが言う。首筋に手をやり、やや面倒そうな表情を浮かべる。
「その顔つきからだと、誰かから俺の立場は聞いたのか?」
「……レイル君から」
「ま、あいつなら気付くだろうな……ちなみに今そうした人間は、もっぱらカールの研究室にいるぞ」
「泥棒というわけだな」
皮肉を込めたオックスの言葉。するとフリードは「そうだ」と答える。
「現状、教授の多くはカールが消えたことで浮かれている……魔法院でもそこそこの権力のある人物だったからな。失態でいなくなるとわかれば、浮かれる人間も出てくるわけだ……魔具だが、信頼できないのなら別に使わなくてもいいぞ。信頼関係なんてないに等しい以上、仕方のない話だ」
どこか達観とした物言いに、フレイラとしては困惑する他ない。善意とすればありがたい話なのだが、現状では疑う他なく――
「なぜあなたは、私達に協力を?」
ティアナが問う。するとフリードはフレイラを一瞥し、
「……まず、俺自身『聖賢者』になろうという野心があったのは事実だ……騎士フレイラ。あなたが陛下を助けた式典の時まではそう考えていた」
語ると、彼は歎息した。
「ぶっちゃけるが……ユティスを利用し、色々とやろうと思っていた」
「あなた、ユティスと……」
「学院で同期だよ。だが……あの戦争で、少しばかり価値観が変わった」
フリードは言うと、フレイラを慮るような眼差しを向ける。
「あの戦争で、俺はあんた達二人の戦いを観て……リタイアしようと決意した。学院を出たら、ウェッチェン家に戻ろうかと思う」
その瞳に、どこか苦悩を見て取ったフレイラは――『目』を通し、嘘を言っているようには見えないと感じた。
「ああいう戦いが怖くなったってことか?」
そこへ追及するオックス。フレイラは思わず呼び掛けようとしたが、
「まあ、そういうことだ」
フリードは、あっさりと答えた。
「俺には『聖賢者』という力は不相応というわけだ……ま、他にも要因はあるが、割愛させてもらうよ。個人的な心情もあるからな。そこは話したくない」
「だ、そうだ……どうする?」
オックスが問う。フレイラは彼とフリードと交互に視線を移し、
「……一つ。ユティスについてはどう考えているの?」
「複雑な心境ではある。だが邪魔立てする気はないさ。こう言うと教授達から非難の目を向けられそうだが……ま、上手く立ち回ってみるさ」
「よければ、支援するけど?」
「……何?」
唐突な申し出に、今度はフリードが驚いた。
「支援?」
「もしよければでいいのだけれど。その代わり、今後色々と魔法院の内情を教えて欲しい」
「……俺としてはメリットがなさそうだ」
「ラシェン公爵には話をする。あの人なら、魔法院内で確実な協力者を得られるのはメリットだと考えるだろうし、協力をしてもらえると思うけど」
フレイラの言葉に、彼は一度目を開き、腕を組んだ。
「そうか……魔術師ではなくウェッチェン家として活動していくのであれば、公爵の力を借りるというのも選択としてはありかもしれんな」
そこまで語ると、フリードはフレイラに視線を移し、
「こうして勧誘していることを、誰かに伝えるかもしれないとは思わないのか?」
「その可能性もゼロではないけど……私の『目』を通して嘘を言っているとは思えないし」
フレイラは言うと、彼が差し出した魔具を手に取った。見た所、細工されている様子はない。
「これは俺の個人的な所有物だから、教授達にもバレないさ」
「……本当に、信用していいのね?」
「本人に訊いてもわからんだろう……とはいえ」
と、フリードはフレイラと視線を合わせ、
「あの戦争で生きながらえた……その道筋を作った騎士フレイラ達には、感謝している」
「……わかった」
フレイラは言うと、オックスとティアナへ視線を移した。
「二人とも、適当な物を」
「いいんだな?」
「敵だとしたら、こうまで自然に感謝するなんて言葉でないよ」
苦笑するフリード。それに対し、フレイラは視線を戻す。
「私からきっちり話はしておくから」
「わかった。頼む」
「ええ……二人とも、行こう」
フレイラは魔具を手に取りつつ歩き――部屋を出た。
「あの戦争は、色々な人に影響を与えているみたいですね」
「……そうね」
ティアナの発言にフレイラは頷き、オックス達へ提案する。
「それじゃあ、改めてユティスの所へ――」
そこまで言って、フレイラは気付いた。オックスも同様の何かを察し、ティアナも訝しげな表情を浮かべる。
おそらく、研究室の中は魔力を遮断する仕掛けが施されていたのだろう――盗聴などを防ぐものだと察すると同時に、対応に多少ながら遅れたことを僅かながら悔いた。
廊下には魔力が存在していた。それはひどく不可思議な力で――襲撃が始まったのだと、フレイラは悟った。
* * *
男性が両腕に魔力を生じさせたと同時に、ユティスとアージェは同時に後方に跳ぶ。
タイミングは打ち合わせをしているわけではなかった。けれど学院内でよくペアを組んで戦闘教練をこなしていた二人にとって、連携というのは慣れたものだった。
「――光彩よ!」
アージェの言葉。言葉と同時に彼女の周囲に光が漏れ出たかと思うと、それが数本の槍となり男性へ襲い掛かった。
対する相手は――小さく何事か呟いたかと思うと正面に結界を発生させ、攻撃を受け切る。
「手慣れているな」
そう評価を下した男性は、結界を解くと右手を掲げる。すると手先から光が溢れ――それが、一本の剣を生み出す。
ただ射出させるような気配は見せない。光を握り、自然体となる。
(剣……どういうスタイルだ?)
ユティスは結界を発動できる状況に身を置きながら、相手の戦術を推測しようとする。
数の上では不利である以上、手元に魔法を維持させて攻防一体で戦うという所作か――考える間に、アージェが叫ぶ。
「光霊よ!」
魔法を変えた――ユティスはアージェがどのような戦術なのかを頭で理解しつつ、放たれた光の軌跡を追う。
今度は光が形を変え、やや湾曲した軌道を描き前方と左右から光の槍が襲う。同時に三方向の魔法。これに果たして、どう対処するのか。
男性は魔法を見ると、まず一歩足を前に踏み出した。次いで彼は剣を振る。動作から剣術指南を受けているようには見えなかったが、アージェの生み出した光を薙ぎ払うことは成功した。
「……魔力を集中させて威力を維持させているみたいね」
アージェの言葉。ユティスは内心同意しつつ相手の握る光の剣に目を移し――
その先端がふいにユティスへ向けられた。刹那――背筋に悪寒が走る。
咄嗟に横へ身を捻ったのは、幸運だった――ユティスの立っていた場所に光が通り過ぎ、木の枝を吹き飛ばす。
(剣から光を飛ばすこともできるのか……!)
ユティスは思う間に男性が剣をかざす。このまま光を飛ばし畳み掛けるつもりか。
けれどそれに、ユティスは右手をかざし、
「――盾よ!」
結界を形成する。ユティスが防御を行い、アージェの攻撃魔法により撃退――教練で繰り返されて来たパターンであり、ユティス自身も慣れたものだった。
しかし――相手の光が結界に衝突。それによって結界は無残にも破壊された。
「――っ!」
ユティスの表情が驚愕に染まる。そして男性の顔に僅かながら緩みが窺え、
「――けど」
そこでユティスは即座に右手を振った。同時、男性の真正面に光弾が生まれる。無詠唱魔法だ。
「っ――!?」
今度は男性が驚く番だった。すかさず回避するために彼は光の剣を振り、光弾を弾き飛ばす。
(無詠唱魔法については、警戒していなかったのかな? 『創生』の異能が驚異的で、他は並という評価だったのかもしれない)
そんな風に思いつつユティスは結界の詠唱を始める――ユティスの狙いはここからだった。
次の瞬間、アージェの魔力が一気に解放される。その力にさしもの男性も瞠目し、彼はさらに後退しようとした直後、
「輝け――光の剣士!」
魔法が炸裂した。
直後、彼の足元――前後左右から魔力が生じた。
刹那、今度はアージェの周囲で生み出された魔法の光が放たれる。地面からは光の剣が伸び、さらに彼女の周辺に生み出した光の二段構え――時間差の魔法攻撃が、この魔法の本質だった。
もし男性が結界を構成すれば、光が螺旋を描きながら収束し、一本の束となり結界を破壊する。生み出された光はアージェにより制御可能であり、男性も対応は難しい――はずだった。
瞬間、男性は一度地面に目を向ける――彼の表情が見えなくなり、ユティスは何をするつもりなのかと疑問に感じ、
あることに気付いた。
それを認識した瞬間、彼の顔が上がる。光の剣をかざし、まずは地面から放出される魔法に応じた。
彼はその光に対し――到達寸前のところで地面に伏せた。光は彼の上を通過し、空を切る。
「っ……!」
アージェは声を漏らしつつも、今度は自身の周囲から放たれた光を男性へ差し向ける。数は全部で四つ。それは一直線に相手へと向かい、回避は難しいはずだった。
けれど――男性は低い姿勢から後退しつつ突如光の剣を地面に突き立て、土砂を巻き上げた。目を見張るアージェと内心で驚愕するユティス。光は地面に触れるとそのまま貫通したが――光の剣によって僅かながら魔力が付着したか、アージェの放った光の動きを僅かながら鈍らせた。
そして突き進む光の内二本を回避し、残り二本を撃ち落とす――アージェもこれには驚愕したのか、ボヤくように呟いた。
「今のは……決まったと思ったんだけどね」
アージェはさらに詠唱を始める。その間に相手の剣の切っ先が、アージェへと向けられた。
けれど彼女は詠唱を止めない。理由はユティスが既に結界魔法を唱え終えているため。先ほどよりも強固な魔法――カバーできる態勢は整っていた。
男性はまたも俯き――ユティスが目を細め、また彼が行動しない間に彼女が詠唱を終える。双方が動かなくなり、静寂が一時場を包む。
均衡が破られたのは、それから少し――突如別方向から気配。背後であるとユティスが認識した直後、男性は退却を始めた。
「待て――光よ!」
アージェが追撃の魔法を放つ。今度はシンプルな光弾。けれど相当な魔力が収束しているとユティスは理解し――男性は光を射出することによって対応。両者の中間地点で魔法が激突し、相殺した。
発光と、破裂音。ユティスは目を閉じたくなる衝動を抑えつつ相手を観察すると――身体強化能力を用いてか、あっさりと姿を消していた。
「ユティス、気配!」
アージェが指示。それにユティスは水晶体を意識し、気配を探り――
「……感じられなくなった」
「気配を遮断したか……けど、それって簡単にできるの?」
「わからない。けど魔法なら探知できてもおかしくないけど……それに、なぜさっきは感じれたのに今はそうじゃないのか……さっきは油断していたのか?」
ユティスは呟きながら――先ほどの攻防で得た発見を思い返し、アージェへ言う。
「……気になるけど、学院中央付近から変な魔力が生じ始めた。そっちも確認しないと」
「不死者の発生かもね。状況を把握しないと……でも、あいつはどうするの?」
「気配を追うことはできない。今再度攻撃されてもおかしくない状況だけど、それもないようだ……」
周囲に目を配りながらユティスは語る。
「ひとまず、潜入はしていたとして警戒するくらいしか――」
「結局、あいつは何の目的で?」
「わからない……」
首を振るが、ユティスは一つ確信することがあった――スランゼルに入り込む前に『創生』した魔具は、自身と同じ『彩眼』を持つ人間を見分ける簡易的な物。ユティスは戦争が終わってからこの事件に加わるまでの間、『彩眼』について多少調べ、一つの結論を手にしていた。
異能を使うと同時に瞳が『彩眼』へと変化する。解析した結果、それと共に瞳に僅かながら魔力が生じる。異能の範疇であるためか、その魔力は通常の魔力探知では引っ掛からない。だからユティスは『彩眼』を使用する時に生じる魔力を検出できる魔具を作成した。
相手がもし目などを物理的に隠し異能者だとわからなくしても、この魔具ならば探知できる可能性がある――そういう意図があった。
だからこそ、ユティスは彼の行動に疑問を生じながらも明確な結論を胸に抱く――男性はアージェの魔法を防ぐ時顔を下にした。なおかつ詠唱していた時も一度俯いた。それは紛れもなく――
(奴は……『彩眼』を持つ異能者で、アージェの魔法に対し使用した……なおかつ、それを隠しながら動いている)