死霊術について
フレイラ達が下水道の調査を始めた時刻、ユティス達はなおも死霊術について調べていた。まだ成果は出ていないが、ユティスは焦らないよう自制しつつ本を読み進める。
いつ何時――それこそ今すぐに襲撃が始まるかもしれないが、だとしても性急に事を進めようとすれば見落としてしまう可能性もある。
「……そう落ち着いている所は、見習わないといけないかなぁ」
小さくボヤくように、机を挟んで座るアージェが言う。本来は静かにしないといけないのだが、現在は授業中に加え多少ながら警戒もあるのか、周囲に学生の姿はなかった。
彼女の発言にユティスは小さく笑みを浮かべ、
「落ち着いているというよりは、開き直っているといった方がいいかもね」
「どちらにせよ、そうしてどっしり構えているから同じことだよ……けど、さ」
と、アージェは持っていた本を机の上に置き、やや斜に構えて問う。
「時折、ユティスは達観した表情とか仕草とかが出るんだけど……それは、生い立ちが関係している?」
「……さあね」
ユティスは肩をすくめ本に目を落とす。
彼女の言っていることは、あながち間違ってはいない。自身の生い立ちから達観している――だがそれは、病弱で不遇な人生を歩んできたからではなく、転生した身だということに関係している。
一度赤ん坊からやり直しているとはいえ、ユティスは同年代の人間と比べ倍の人生を生きている。思考もそれによって思春期特有のものから少しズレたものへと変化しており、だからこそ落ち着いているなどという評価を下されることがある。アージェもその点を指摘しているに違いない。
そして今ユティスが考えているのは、事件に対する懸念――しかし、ここで感情的になれば間違いなく敵の思う壺だと思い、冷静になるよう努め腰を据えているというわけだ。
「……しかし、見つからないな」
ユティスはやがて口を開く。ひとまず土地を改変する死霊術について調べているのだが――蔵書数で言えば確実に国内最多かつ、魔法系統の書物では大陸内でもトップクラスと言われているこの学院の図書館でも、該当の魔法が見当たらない。
特徴が類似しているだけのものでもピックアップしようと試みているのだが、それすら見つからないというのはどういうことなのか。
「亜種にしても、どこか特徴が似通ったものくらいは出るはずだけど……」
「学院長も少し調べて時間が掛かると思い、早々に切り上げたのかもね」
アージェの呟き。本から目を背けながら、考え込む仕草を見せる。
「おそらく時間もないような状況……魔法がどのようなものかを解明するよりも、カールさんの研究室を荒らす選択をしたと」
「……そういうことか」
小さく息をつき、ユティスは思案する。現在は死霊術に絞って本を集めているが、死霊術に限定せず土地を改変する魔法を調べるべきかもしれない。
ただ、そうなると今以上に時間が掛かる――さらに言えば一日二日で調べた以上漏れだってあるかもしれないし、再度調べ直せば共通点を見いだせる魔法が見つかるかもしれない。
そこでユティスはさらに考える。昨日今日と調べ、一点違和感を覚えていることがある。
グロウが使用した魔法は全部で三つある。一つは土地の魔力を変質させる不死者生成の魔法。次にリーグネストの魔力を結集して生み出された魔法。そして、変質した魔力を利用し不死者を生み出す魔法――
「……変質した魔力を利用して、というのはどうにも変な気がするな」
ユティスが呟く。するとアージェは首を傾げた。
「というと?」
「そうした魔法は、まず土地の魔力を変質させるという前提で組み立てられているのは、アージェもわかると思う」
「うん」
「変質した魔力においてしか使えない魔法というのは、段階を踏む以上効率の悪い魔法でしかないし、ましてや死霊術だ……第一の魔法を前提に造られた死霊術なんて、調べた範囲で例すらない」
「確かに、ね……資料ではその辺りについて疑問を投げかけていたけど、結局調べていないみたいだよ。時間がなかったんだよ」
「……研究室を荒らす事を優先し、そっちに気を取られ時間がないと?」
「そういうこと」
彼女の返答にユティスはため息を吐く。そこで、今度はアージェから声を発する。
「ふむ……ユティスの言う通り上手く言えないけど、なんだかおかしい気もする」
そう彼女が告げた時――ユティスは、一つ思いついた。
「土地の魔力を変質させる不死者の魔法……禁術指定のリストにもなかったよね?」
「なかったよ……どうしたの?」
「とすると、他に考えられるのは調査報告か……」
「調査報告?」
首を傾げたアージェに対し、ユティスは説明を行う。
「もしかしたら学院とは無縁の魔術師が開発し、そのまま調査もせずに捨て置かれたのかもしれない……これだけの魔法だから、過去に実験していれば学院が魔法に関わっている可能性も高い。事件調査報告とかを調べれば……」
「ああ、そっか。確かにそっちにまで気が回らなかった」
二人は立ち上がり関連書籍を調べ始める。事件報告については目録があるので、死霊術に関するものをピックアップして、調べる。
そして、調べ始めてから三十分程経過した時、
「――ユティス」
アージェが声を上げた。すぐにユティスは席を立ち彼女の隣へ移動する。
「ビンゴ、かも」
声を聞きながらユティスは横からアージェの握る本の文面に目を通す。それは北部で起きていた事件の記述だった。
「……土地の魔力を変質させる力のある不死者の魔法を使用する魔術師。加え、前述の魔法に基づいた不死者生成の魔法……確かに、合致するな」
「事件発生は八十年前……結構前ね」
「資料からすると、やっぱり学院に所属していたわけではないみたいだな……こうした資料を、グロウ達は発見したということなのか……」
「だと思う」
アージェは答えつつ書物を読み進める。
「……事件の結末としては、不死者生成の魔法を使用していた魔術師は捕らえられ、処刑されている……関連資料については彼の本拠を調べてもなかったそうだけど」
「なかった……隠されていて、それをグロウは発見したということかな?」
「そう考えることができそう」
彼女の言葉度同時に双方沈黙――その間にユティスは思考する。
事件の記述が正しければ、グロウ達は処刑された魔術師の魔法をそのまま利用していることがわかる。彼らの本拠地はどこかわからないが、その魔術師が住んでいた場所を利用している可能性もある。
加え、この魔法の効果がどういったものなのか北部で実験をしていた可能性もあったのではとユティスは思い――その時、
「あれ……?」
視線をふいに動かした先――通路の奥に、アリスの姿があった。
呼び掛けようにも距離があり、なおかつ彼女は魔術師に連れられて図書館の奥へと消えていく。
(あの先は……地下?)
地下には魔法に関する実験場などがあるのだが――そこへ、何の用で行くのか。
「ねえ、ユティス?」
アージェの声。首を向けると、彼女は対面の席を指差していた。
「とりあえず座りなよ」
「……ああ」
ユティスは応じ着席。同時、アージェの瞳の色が変わる。
「どうした?」
「いや……この際だから訊いておこうかと思って」
興味ありげなその姿――ユティスは、嫌な予感がした。多少ながら友人として接した経験からすると、本題からは逸れ余計なことを言うのは間違いないと感じ、
「その口調だと、事件とは関係ないことだよね?」
「ひとまず魔法は見つかったんだからいいじゃない。休憩よ……で、いい? フレイラさんとティアナさんどっちを狙っているの?」
あやうく、吹き出しそうになった。
そういう質問がいつか飛んでくるのではと思ってはいた。けれどそれはラシェンとかオックスとか、その辺りから来るものだと考えていた。
「あ、でもユティスにはセルナさんがいるか」
「……セルナは専属の侍女であって」
「じゃあ、あの二人のどちらか? 噂になっていたのはフレイラさんだけど、あれは襲撃に備えるための嘘だった……本当の所はどうなの? それとも、ティアナさんの方が好み?」
矢継ぎ早の質問にユティスはたじたじとなる。とてもじゃないが、答えることはできない。
――フレイラについては関わった経緯から考えても色々複雑となっている上、ティアナはそもそも親交が深いわけではないためどうとも言えない状況である。
ただ一つだけ、言うことがあるとすれば、
「ティアナは……ほら、ここまで協力してくれているけど、案内役として色々と加わっただけで」
「でもさ、彩破騎士団なんて組織に所属しているとはいえ、進んでユティスの手伝いをするっていうのはおかしくない?」
おかしいということは協力すること自体変なのか――などと心の中でツッコミを入れたが、自身のこれまでの境遇を思い返せばアージェの考えも一理あるのではと、ユティスは悲しいことを思ったりもする。
「実際、ティアナさんはユティスのことが好きで色々と近づいたのかもよ?」
「……根拠は?」
「女の勘」
即答だった。ユティスはため息をつき――なんとなく反撃したくなった。
「……アージェ」
「何?」
「もし……仮に、僕がアージェのことが好きだと言ったらどうする?」
「あ、ごめん。私ユティスはタイプじゃない」
またも即答。言い返すつもりが、逆にダメージを負う結果となった。
もう何も言うまいとユティスは思いつつ、目の前に開かれた本のページを閉じる。
「さっき僕と共に行動していた人物が、魔術師を伴って地下へ行った」
「それはどういう人?」
「……今回の事件について、どの程度まで知っている?」
「首謀者がどういう魔法を使っているかくらいだけど」
「グロウが使役している不死者の中に、少女がいる……彼女はその、双子の姉」
「……なるほど」
呟いたアージェは、顔を険しくさせる。
「何かあるってことだね……その子、何か魔法的な特技とかあるの?」
「『潜在式』の魔術師」
「うわ……となると、少しばかり厄介なことになるかも」
彼女の言及に、様子を見に行くべきかユティスは迷った――直後、突然アリス達が図書館へと戻ってきた。
「ん……?」
眉をひそめた時、遠目ながらその表情にどこか焦りのようなものを感じ――ユティスは、嫌な予感がした。
「……アージェ」
「どうしたの?」
呑気な彼女の返事に対し、ユティスは告げた。
「すぐに……フレイラ達を呼んだ方が良いかもしれない。もし何かあったとしたら、僕達だけでは対応できないから――」