二人の契約
小国ウィンギス王国が大国ロゼルスト王国に勝つ方法――予めロゼルストの貴族などに内応する根回しをしておいて、国王を暗殺した後反旗を翻せば、大きな混乱を呼び込むことは可能だし、それに乗じてロゼルストを脅かすことは、可能かもしれない――
ただどう足掻いても兵力的な問題がどうしても出てきてしまう。その点について、ウィンギス王国はどのような手を打つのだろうか。
ユティスがなおも悩む間に、フレイラは話を続ける。
「ウィンギス王国からそうした情報を手に入れて……襲撃する以上内通する人間くらいはいないのだろうかと少し調べてみたけど……そもそも、ロゼルスト側の人間がウィンギスと接触したなんて形跡も無かった」
そこまで語った後、彼女は小さくため息。
「まあ身辺調査なんて上っ面しかできないから、確証はないのだけれど……ともかく、暗殺の舞台に選んだのが式典だったというのは間違いない」
「……重役が集まることが予想されますし、警備だって相当厳重なのでは?」
「式場に入るまでは、そうでしょうね」
フレイラは深刻な表情で語る――そこでユティスも、何が言いたいのか理解した。
「なるほど、式典は会場内で武器の持ち込みができないのですね」
「そう。だからこそ周囲は厳重に固められ、水も漏らさぬ態勢を整える。けれど、もしそれを破る手がウィンギス王国にあるとしたら――」
「……正直、取り越し苦労だと思いますよ」
フレイラの懸念に対し、ユティスはそう語った。
「警備が相当厳重なのは、式典に行かない私も想像が容易です。そのような現状で、ウィンギスが仕掛けても――」
「特別な能力者が、向こうにはいるのよ」
ユティスの意見を遮り、フレイラは告げた。
「詳細はわからないけれど……こうして計画に組み込まれる以上、厄介な存在なのは間違いない。もしその力が式場に踏み込める手段を有しているのだとしたら……」
「それを懸念し、私が?」
ユティスが問うと、フレイラは頷いた。
「式場は武器の持ち込みができない。けれどあなたなら、任意の武器を瞬時に作り出せるはず。あなたのような異能についての情報を私は少し持っているのだけど、それによると異能は式典で身に着けることが必須の、魔法封じの腕輪なんかに効果がないらしいし……会場の中でも使える」
「けど、制約が色々とありますし」
「例えば?」
聞き返したフレイラに、ユティスは一度口をつぐんだ後――答えた。
「その……こちらの魔力なども関わってきますが、体が弱いためあまり行使できませんし」
「たくさん作るわけではないから大丈夫……あ、そうだ。一つ訊きたいのだけれど、人間とか獣とかは生み出せるの?」
「それもまた制約により、できません。できるのは武器や道具……もちろんやりようによっては他人を操る道具だって作れますけれど……直接私が生物を生み出すことはできません」
「疑似的なものであっても?」
「はい」
「でも、あなたはどんな武器でも作れるんでしょ? なら私に考えがあるわ。その辺りは任せて」
自信満々に答えるフレイラは、再度ユティスに確認する。
「そういうことだから、協力してもらえる?」
「……それは、構いませんが」
途端、ユティスは唸る――確かに彼女の話が本当であれば、自分のしがらみ云々などと言ってはいられないような状況だろうし、協力すべきことではあると思う。
加え、調査報告が捨て置かれた。何か問題が発生したのか、それとも何か他に原因が――ともかく発言力の問題もあり、話しても誰にも聞き入れてもらえないという状況なのだろう。
しかし、ユティスは自分がそれに参加し対応できるのか不安になった。
「その、本当に私でよろしいのですか……?」
「必要。というかあなたみたいに異能を使える人こそがふさわしい」
改めて告げられると、ユティスの口が止まった。確かに『創生』の能力は、他にはない固有の異能とでもいうべき代物。
「先ほど、あなたが能力を使用した時目の色が虹色になっていた。これを『彩眼』と呼ぶのだけれど、そうした能力があるからこそこうして話を持ちかけている」
「彩眼……」
なぜ、自分がそんな能力を――と訊こうとして、答えが返って来るわけはないと思い、中断した。
「……事情はまあ、わかりました。話の上では国家の緊急事態ですし、なおかつここまで話を聞いた以上は、できるだけ協力はしたい」
「ありがとう。なら――」
「けど、一つだけ」
そこでユティスは半歩下がり、なおかつ俯き加減になった。
「ご不快に、思わないください」
まずユティスは前置きをする――話の内容が突飛であったため、先ほど感じていたことがまたも頭の中に浮かんでいた。
「何を?」
「その……僕にとっては、今あなたからそうした可能性があると聞かされただけであり、その話が本当かどうかの真偽を判断する材料がありません。最悪、あなたが嘘をついていて、権力争いか何かで僕を利用しようとしている、なんて可能性もゼロではない」
――むしろ平和なロゼルスト王国ならば、そうした政争的な可能性の方が高いのではとユティスは思ったのだが、それはさすがに言わずにおいた。
「ああ、なるほど」
対するフレイラは気にしない様子で相槌を打つ。
「確かに、あなたから見たらそういう可能性だって考えられるわね……どうすれば信用してもらえる?」
「そう、ですね……」
語ったはいいが、何をすれば自分が信用できるのか、ユティス本人もイマイチわかっていない。
「ふむ、あなた自身も案が思い浮かばないようね」
フレイラは淡々とユティスの態度を見て言う。
「けど……そうね。なら、私があなたを信用させるよう努力する」
「……具体的には?」
ユティスが問い掛けると、まずフレイラは懐から何かを取り出した。
「元々、この作戦は別の人物と協力する予定だった。もっとも、アポイントもない状態だから成功する公算は小さかったわけで、私としても無茶な策だとは思っていたけど」
語りながら見せたのは、ペアの指輪。赤い宝石が埋め込まれており、ユティスには蠱惑的な魅力を放っているように感じられた。
「その方は王の側近……けど、一介の地方領主の娘がこんなことを話して、信用してもらえるとは端から思っていない。だからせめて、自分が危害を加える存在でないことを示し、その人の指示を従う腹積もりでこれを用意した」
「で、その指輪を?」
「ええ」
「もしかして、魔具?」
ユティスの質問に、フレイラは小さく頷いた。
――彼女が持っているように魔力が含まれた物は『魔具』や『魔器』と呼ばれている。アクセサリなど一般的な道具が『魔具』、武具に関しては『魔器』と呼ばれることが多いが、必ずしも呼び方が決められているわけではない。
この世界では広く普及している物であり、包丁に魔力を加え切れ味を鋭くするような簡単な物から、軍事利用の物まで様々な種類がある。そのため、フレイラが出したような指輪もそう珍しくは無いのだが、それから放たれる惹き付ける性質が、普通の物ではないと認識させられる。
「簡単に言えば、契約の指輪ね」
「契約……?」
「主従関係を結ぶための指輪……といっても、奴隷に施すような物とは違うけどね。西方から色々と取り寄せたけど、拘束力が強い物ばかりで……色々悩んだ結果、これに落ち着いたの」
フレイラは指輪の一つをユティスに差し出す。
「それを適当な指にはめて」
言われて、ユティスは指輪を眺める。一見しても自身が渡された指輪の方が強い魔力を放っている。
「でも……」
「いいから」
急かされるようにユティスは指輪を適当にあてがう。結果、左中指に入ったのだが、
「中指か。見た目通り手も小さいようね」
そんな言葉がフレイラから漏れる。対するユティスは、やや不機嫌っぽくなり顔を背けた。
幼少より病弱であったため、体格を大きくするだけの栄養をつけられなかったという要因もある。それでも人並みに身長が伸びたのは、幸運だったのかもしれないが――
「けれど、これで契約成立ね」
フレイラは言うと自身もまた指輪をはめた。魔力の多寡から考えて、ユティスが主人、フレイラが従士という立ち位置のはずだが、
どう契約するのかとユティスが疑問に思った瞬間、彼女が動いた。突然ユティスへと接近し、そして、
フレイラはおもむろにユティスの両肩に手を置いてから――キスをした。