異能の種類
ネイレスファルトという名は、大陸に住む人間にとって知らぬ者はいないのではないかと言われる程に、有名な場所だった。
位置はユティス達がいる大陸のほぼ中央――横に長い大陸の東西における交易路の中心地でもあり、それだけに人の往来も多い。
なおかつ、その場所は永世中立国を表明し――加え、魔術師や騎士を養成するための大規模な教育機関のある場所だった。
さらに言えば、そこには武術を指南するような場所が数多く存在し――また闘技大会が、観光の目玉となっている。
「あれだけ人の往来がある場所なら、異能者がいてもおかしくない……で、学院長はネイレスファルトにある学院の一つと直通のパイプを持っていて……そこから、色々と情報を手に入れたみたい」
「本来は僕らがやるべきことなんだけどね……」
ユティスは苦笑しつつ呟く。ラシェンは『彩眼』を持つ者に関する情報収集なども役目だと言っていた。けれど現在、不死者の事件にかかりっきりとなり、そちらをおろそかにしている状況に陥っている。
「ま、その辺りは仕方ないんじゃない?」
呟きに応じたのは、アージェ。
「で、異能者に関する情報だけど……どうも、異能というのは種類があるみたい」
「種類?」
聞き返したユティスに対し、アージェは「そう」と応じる。
「それで全部なのかはわからないけれど……現在判明しているのは三種。その内一つは、ユティス持っている物質などを創造する異能」
「三種類、か……」
ユティスは呟きつつ視線でアージェへと続きを促す。
「二つ目は、ネイレスファルトの学院で発見されたこのようだけど……どうも、特定の知識に対し異常なまでの知識を持つという異能みたい」
「特定の、知識?」
「資料ではユティスの持つ異能を『創生』と呼ぶのであれば、そうした異能については『全知』と呼ぶべきだと書いてあったけど……発見されたケースはいくつかあったみたいだけど、事例としてあがっていたのは今存在している獣に対しあらゆる知識を持つという異能だった」
「……んん?」
首を傾げ声を上げたのはフレイラ。ユティスが周囲を見回すと他の面々も同様の表情をしている。
ユティスもまたイマイチ理解できずアージェへ問い返そうとするが――先に彼女が話し始めた。
「『全知』と資料では書かれていたけど……その人の知識は獣の類に限定されるみたいで、鳥とか魚とか昆虫なんかは範疇外らしい。ただ獣についてはあらゆることを知っていた……現存する獣の種類や、その習性。なおかつ体つきの特徴など、ありとあらゆる情報を」
「……世の動物学者が知ったら発狂しそうな異能だな」
オックスが言う。アージェは「そうね」と答え、大きくため息をついた。
「実際、その人は動物学者が知らないような習性や特徴、さらには臓器の構造まで知っていた……つまり、世界中にいる多くの学者が廃業になる程の知識を保有していたわけ」
「……その人、現在はどうなっている?」
ユティスは嫌な予感がして問い掛ける。えてしてそういう存在は、排除される傾向にあるのでは――何せ、学者が無意味になる異能だ。軋みの一つあってもおかしくない。
「その人、学院なんかを追い出されるくらいなら良かったんだけどね」
「……殺されたのか?」
「そういうこと。けど、学者が主犯じゃない。どうも、犯人は同じ異能者じゃないかって話」
異能者が異能者を――ユティスとしては理解できない内容であり、アージェもまた首を傾げる。
「よくわからないけど……どうも、異能者の中には他の異能者を目の敵にして殺して回る人間がいるみたい」
サラリと言ってのけた内容に、ユティスとしては呻く他なかった。それはつまり、そういう人物がこれから登場するかもしれない――というより、
「その極致が、先の戦争だな」
「……だね」
オックスの言葉にユティスも同意せざるを得なかった。
「それで、アージェ……犯人は見つかったのか?」
「一応魔力なども検出したらしいけど、学院内の人間ではなかったようだし不明」
「わかった。そういう人物がいるということは頭に留めておくよ……もう一種類は?」
「そっちの異能についてはまだよくわかっていないかな……発見された異能者は、念力みたいなのが使えるみたい」
「念力?」
「物を動かしたりすることができる能力ということ……これだけなら、普通の魔法と大差ない能力みたいだけど」
「その異能は、はずれということでしょうか?」
ティアナが口を開く――確かに『創生』と比べれば見劣りするようにも感じられるのは事実。
「……まあ、情報が少なすぎるからどうとも言えないけどね。けど、ユティスみたいに派手なことはできないのかもしれない」
「派手、ねえ」
ユティスは呟き、思考してみる。仮に念力を使えるとして、もしユティスが直接戦った場合――おそらく、負けるだろう。
確かに『創生』の力は空想上の聖剣を生み出すようなこともできる。けれどそれは、事前準備が必要となる。もし異能者が自分を殺しに来た場合――どうなるか、まったくわからない。
ユティスはそのように思考しつつ、アージェへ問う。
「その念力云々については、何かしら名称がつけられているわけではないのか?」
「うん。けど、ユティスの持つ『創生』や『全知』と異なる第三の異能であることは間違いない」
「そっか……で、学院長は情報を根拠として、今回の相手は異能を所持していないという判断をしたみたいだけど」
「うん、それについてだけど、どうも『創生』以外の二つの異能については、欠点があるみたい」
「欠点?」
「というより、例えば『全知』ならばその膨大な知識量により、他のことが犠牲になっている、と言い換えた方がいいのかもしれない。念力の異能だって似たようなもの」
「『創生』にも問題があるように、か?」
問い掛けるオックス。アージェは彼に視線を合わせ、
「……学院長は、『創生』の欠点はその体に何かしら制約がかかるのではないかという推測をした。先の戦争の主犯者はそれほど体力があったわけではなく、ユティスだって元々体が弱いからそういう結論に至ったみたいだけど……」
「僕も似たような見解を抱いているから、あながち間違っているとは言えないのかもしれない」
ユティスが言う。そこで全員が注目する。
「『彩眼』に関わる異能は……僕の『創生』が代表的だけれど、それこそ神の所業と言って差し支えないものだと思う。先ほどの『全知』を持つ人物であっても、とても常人では手に入らない力を持っているのは事実……この異能がどういう理由で僕らの体の中にあるのかはわからないけれど、神様が不相応な力を持とうとした結果代償を背負え、などと語っているようにも思えるよ」
「代償、ね……ま、いいわ。で、ここからが学院長の根拠」
アージェの言葉に、ユティス達は一様に注目する。
「まず『全知』の異能だけど、欠点にして最大の問題。平たく言うと、魔力をほとんど持っていない」
「……え? 持っていない?」
フレイラが驚き聞き返す。
「そうした知識を持っているから?」
「そうだと思う。いくつか発見したケース全てでそうみたいだから、それが『全知』の制約なのかも。保有量が少な過ぎるから、魔具を行使してもほとんど戦力にならないみたい。だから実質、魔法が使えないと言っても差し支えない。で、もう一つの方だけど……どうも、その人は念力以外の魔法を使えないみたいなの」
「……以外?」
反応したのはティアナ。
「以外、ということは『全知』の人と同じということですか?」
「違うよ。魔力は一般人と比較してもむしろ多いくらい。けど、その人はどうも人とは相当異なる魔力構造を持っている……つまり、異能以外の魔法が使えない」
「ずいぶんな変な制約だなぁ……」
オックスがボヤく。どの能力も一長一短なので、想像していたものとは異なっていたのだろう。
「けど、ユティスのような例もある。注意するに越したことはないよ」
警戒感の薄れた様子のオックスへ、アージェは警告する。
「資料は、異能についての問題点を指摘していたけど、『創生』も『全知』も両方驚愕すべき異能だというのは間違いない。特に『全知』は、生死云々はないかもしれないけど、人に与える影響だけを見て取れば明らかにこっちの方が上だと思う」
「確かに、ね」
ユティスが口を開く。加え、僅かに思考した後アージェに付け加えるように話す。
「念力についてだけど……そこまで特殊な魔力だとしたら、所持する魔力の分だけ物を自由に動かせる、といった異能なのかもしれない」
「自由に? どういうことよ?」
「例えば、魔力が無限にあればどんな物でも……それこそ、この大陸自体を動かすことだって不可能じゃないかもしれない」
「おいおい、それはさすがに……」
オックスが言及したところで、ユティスは首を左右に振る。
「僕の異能だって、魔力が無尽蔵にあればどんな物でも創ることができる」
「……魔力という縛りがあるから、どうにか収まっているということか」
「その可能性は高いと思う」
「なるほどな……で、そうした情報から敵は異能が使えないと?」
オックスの質問は再びアージェへと。しかし、
「学院長は、間違いなく私達が戦った相手の情報は持っているはず」
次に口を開いたのは、フレイラだった。
「グロウも助手らしき男性も魔法を使っていたことを知っているはず……この時点で抱える魔力の少ない『全知』や、もう一つの異能については制約上魔法を使うことはできないと考えた。つまり、異能を持っていたとしてもその二つではない。そして『創生』なら、実験などせず密かに力を蓄えればいいだけの話……先の戦争の首謀者のように」
「状況証拠から、相手は異能を所持していないと考えているわけだね」
ユティスがフレイラの言葉に続けて発言し、さらに思考する。
今回の事件首謀者は二人。他に協力者がいるという可能性もあるのだが、少なくとも『創生型』の異能を持っている可能性は低いように思える。となれば残る二つの種類か、まったく別の特性を持つ異能とも考えられるが――
「……さっき下水道について言及していたけど、浄化施設の方にも人が回るだろうし、おそらく大丈夫なんじゃないかな」
楽観的なアージェの意見――しかし、ユティスの胸中にはまだわだかまりが存在していた。
視線を転じると、フレイラ達もまた同様の心境なのか難しい顔をしている。リーグネストで戦った強力な不死者の経験があるからだろう。
「……で、こうして宿をとったのはいいけど、ユティス達はどうするの?」
そしてアージェに問い掛けられて――ユティスは仲間達に話を振る。
「それもそうだね……今後の方針を決めないと。フレイラ、どうする?」
「やれることはどのくらいあるのかな? 正直、警備するにしても学院側から止められると思うのだけれど……」
「ひとまず一両日様子を見るってことでいいんじゃないのか?」
今度はオックスが提言。
「俺達は部外者だ。例え学院側が止めなくても、出歩いていれば学生達も不安がるだろうし」
「それには私も同意です」
ティアナが続く。ユティスは確かにと同意しようとして――別のことが頭に浮かんだ。
「そうだ、アージェ。相手が使用する不死者の魔法について、何か知っている?」
「資料には何も記載されていなかったけど?」
「となると、そっちは調査中?」
「そうね……正直、北部へ派遣された魔術師達の結果待ちなんじゃないかな。土地に影響があるという話で、なおかつその変化した魔力によって新たな不死者が……調べた結果、どういった魔法なのかわからなかったから、何かしらの亜種じゃないかと結論付けたようだけど」
「亜種……か」
「死霊術の研究者であった以上、改良を重ねた結果生み出した魔法だという話で終わっているけど」
どうにも煮え切らない回答。ユティスはそこで死霊術についてはさして気に留めていないのだと直感する。
都市に被害をもたらした魔法ではあるが、ここはリーグネストとは異なり防備も十分。よって、潜入されない限り問題はないという見解なのだろう。
ユティスはそこでフレイラを一瞥。そして、
「一応、やることは一つある。相手がどのような魔法を使って不死者を生み出しているのか……また、アリスの妹であるイリアに施した魔法もまた疑問だ。だからその辺りを調べてみるのも、一つかもしれない」
「なるほど、確かに相手の手の内を知るのはいいかもしれないね」
「じゃあ、私も手伝う」
発言したのはアージェ。これにはユティスも驚いた。
「アージェ? どうして――」
「ユティスの活躍は私の耳にも入っているわけだけど……ちょっとくらい恩を売っておけば、何かしらあるかなーと思って」
「……僕達の側についても、あまりメリットはないと思うけど」
「だって他にコネなんかないもの」
ざっくばらんとした物言いに、ユティスは思わず吹き出した。次いでティアナやフレイラも小さく笑みを浮かべる。
「……ま、したいようにさせればいいんじゃないか?」
そしてオックスがまとめ――ユティスは、調査を決意する。
「他の人はどうする?」
「まず俺はパスだ。魔法に関する書物なんて、読んでもわけがわからないだろうし」
オックスが発言。次いで手を上げたのはフレイラ。
「私も同じく。そもそも、魔法に関する知識だってあまりないし」
「私も、申し訳ありませんが……フレイラ様、私達は私達で、できることを協議しましょう」
「そうね」
――ということで、ユティスだけが調査することになった。
「ほら、私いた方が良いでしょ?」
アージェが言う。それにユティスは「そうだね」と苦笑しながら同意し、話し合いは終了となった。