長の説明
「順を追って説明致しましょう」
前置きして、ルエムは内通者の件を語り始めた。
「我々はカール君とは別に、独自に不死者が生み出される事件について調査を開始し……その折、リーグネストにおいて事件が発生しました。そしてあなた方のご活躍によって戦いは終わり、その後こちらの調査員によって情報が学院へと舞い込んできたわけです」
事情を的確に知った調査員とは、ベルガなのか。それとも他の人物なのか――ともあれ、フレイラは彼の言葉を聞き続ける。
「その段階で、私達はまずあなた方と同様内通者の存在を危惧し、学院内で調査に乗り出しました……結果、外部に情報を漏らしていた存在を認知し、これを捕らえました」
にっこりと語るルエムの言葉に、フレイラは疑義を抱く。
情報を手に入れ内通者を捜索。次いで内通者を発見した。確かにそれでルエムの笑みも理解できるのだが、いくらなんでも見つけるのが早すぎやしないだろうか。
「……情報を手に入れる発見するまでに、どの程度かかったんだ?」
オックスが問う。どうやらフレイラと同じような疑問を抱いたらしい。
けれどルエムはそれに対し予想通りの質問だという風に頷き、
「お疑いを持つのはご理解できますよ……情報を手に入れ私達が動き、内通者を見つけたのはほんの数日の間の話です。あなた方も、それだけの短期間で内通者を見つけるなんておかしい、ということでしょう?」
「ああ」
「無論、私達もそこからさらに調査を重ねました……結果として、内通者は合計二人となりました」
「二人……」
「おそらく二段構えだったのでしょう。彼らの手引きによって学院に入り込み、事を運ぼうとした……最初あっさりと見つかったのは、二人目の存在を隠すためだったのでしょうね」
「その人間達はどういう理由で相手と関わっていたんだ?」
「彼らは北部の人間でして、ここ一月以内に帰省していた時がありました……おそらく、その時魔法か何かを使用されたのでしょう」
「洗脳系の魔法、というわけか」
オックスが告げるとルエムは「まさしく」と応じる。
「その後、我々は北部出身者についても調査しました……結果、他に洗脳魔法を掛けられた人物はいませんでした。念の為他にいないかも確認し……ひとまず、これで内通者の存在はいなくなったと考えてもよろしいでしょう」
断言――確かにそこまで調査が済んでいるのなら、説得力も確かにある。
「そして、私達はカール殿と話をして……残念ですが、城へ行くようお願いしたわけです」
ルエムは笑う。なるほどと、フレイラは思う。
状況から考えて、彼ら自身問題はないと認識し、カールを追い払う方向へと舵を切り替えたわけだ。だが、それでもフレイラは食い下がる。
「……事情は理解しました。確かにそういった事情ならば、対応としては十分すぎる程かと思います。しかし」
フレイラが発言するとルエムはさらに笑みを濃くする。それはどこか、次の言葉を予測するような所作であり、
「これは私達の勝手な推測、という面もあるのですが……敵が仮に『彩眼』を持っていたとしたら――」
「それも、問題はないでしょう」
断言した。フレイラは目を見開き、多少ながら驚く。
「問題……ない?」
「はい、なぜなら――」
と、ルエムは絶対の自信を持って答える。
「私達は異能についても情報を収集していました。無論、それは非常に困難を極めたわけですが……どうにかして集めた情報を統合し、さらに今回の事件に関する情報を取りまとめた結果、相手が『異能』を所持している可能性は限りなくゼロであると判断致しました」
「え……?」
「ただ、万が一の可能性も考えられますが……もし所持していたとしても、問題なく対応できるという結論に至りました」
「十万の兵に対抗できる戦力がここにあると?」
問い掛けたのはオックス。すると、ルエムは肩をすくめた。
「あれだけの力を持った者を前提とすること自体、視野狭窄に陥っていると断言してもよろしいでしょう。まず、根本的な話として先の戦争を引き起こした『彩眼』の使い手ですが、彼は数年単位であれだけの兵団を生み出した……そして、ユティス様」
彼は名を呼びユティスに目を向ける。
「あなたの生み出した風の聖剣についても、同様のことが言えます。土地の魔力を大量に吸い上げることで十万の兵を一掃した風の聖剣を創り上げたわけですが……これにも、十万の兵団を創り出すのと同様、準備がいるわけです」
「……敵が、そのような準備をしていないと言いたいのですか?」
ユティスが問い掛けると、ルエムは小さく頷き、
「逆説的な言い方ですが、もしあなたと同じような異能を所持しているのなら、それこそ私達にわからない内に準備を済ませ、復讐を遂げればいいだけの話。それをせず大っぴらに不死者を生み出しているということは、そのような異能を所持している可能性は少ないというわけです。さらに彼らはリーグネストにあった宝剣『魔術師殺し』を奪っている……このことから、彼らは不死者以外にも様々な力を欲している。それはおそらく、『創生』のように何かを生み出すことができないため、と私達は考えております」
語ったルエムはそこで、一度ユティスから視線を切る。
「……さらに、これは非常に重要な情報ですが、『彩眼』を所持する人間の能力にはいくつか種類があるようです」
「種類?」
「ええ……そうした情報により異能の特性を勘案した結果」
ルエムは笑みを消し、声音を淡々としたものと切り替える。
「今回の襲撃に際し、相手が異能所持者ではないと結論付けたのです」
その情報がどういったものなのかわからないため、フレイラとしても評価しようがなかった。けれど一つ断定できるのは、ルエムを始めとした学院側は、防備は十分であり、問題ないという結論に至っているということ。
情報の詳細がわからないためフレイラは靄がかかったような心境ではあったが、目の前の学院長が笑みを浮かべながら語っているのには、合理的な見解があるのは間違いなさそうだった。そして、そのように判断しているのならば――
「……そういうことですか」
フレイラが答えると、ルエムは再度笑みを見せた。
「ええ……つまり、彼らの襲撃について警戒する必要はありますが、その対応は十分というわけです。堅牢な城門を破ることはリーグネストで生まれた大掛かりな魔物でも不可能ですし、なおかつ侵入できると思しきルートは監視します。決して問題は、起きないでしょう」
そして、ルエムはフレイラ達にとどめを刺すべく語る。
「つきましては、ご足労頂いて恐縮ですが……私達としては、あなた方の援護は必要ないと思います」
丁寧な口調ではあったが、フレイラは彼が「さっさと出て行け」と語っているように思えたし、オックスなども険しい顔をしていることから同様の見解なのは間違いなかった。
ただ――反論できる余地がないのも事実。彼らには対処できるという自負と根拠があり、見方を変えればフレイラ達は過度に危機感を抱いているという状況。
だからこそ、どれだけ反発しても彼らを説き伏せるのは難しいだろうと、フレイラは思う。
そして一同沈黙――その間に、ルエムはさらに語り出す。
「とはいえ、皆様が不安がるのは無理もありません。あなた方はリーグネストで直接戦ってきたわけですし、色々と思う所もあるでしょう……そこで、一つ提案が」
「提案?」
聞き返したのはユティス。それにルエムは深く頷き、
「皆様については、ご納得頂けるまでご滞在頂いても構いません。本来、部外者の方々は学院内で行動する場合いくつか制約があるのですが……我らとしてもラシェン公爵のいる彩破騎士団の方々に協力はしたいので、そうした制約は抜きにしましょう」
とても協力などという内容ではないような気が――フレイラは思いつつ、憮然となりそうな表情をどうにか抑える。
「ただ、そうですね……疑問点などについてはゼロではない。よって、もしよろしければ協力を願いたいところですね……具体的に言えば、グロウだけでなく不死者となった少女のことだとか」
そうきたか――フレイラは頭で理解すると共に肩の力が入った。
滞在を認める代わりに、情報源であるアリスに話を聞きたいというわけだ――本来なら、それはフレイラ達も立ち合いのもとでやるべきだが、彼の口上からすると学院側に調査を一任させて欲しい、という感じに思える。
「名は窺っております……アリス=リドール様。私達にも、情報を頂けないかと」
「口ぶりからすると、あんた方は彼女だけと話したいようだな」
オックスが横槍を入れる。途端ルエムは苦笑し、
「そういうわけです……調査ともなれば部外者が立ち入りできない場所を訪れる可能性もありますから」
「それは――」
「わかった」
あっさりと、アリスは了承する――それにフレイラは驚き声を上げようとした。
けれど、アリスはフレイラと目を合わせる。その瞳に、何かしら決意の宿した色が窺える。
不満はあるだろうけど、今は彼に従う――という意志表示なのだとフレイラは察した。おそらく彼女もまたルエムの言動に対し懸念を抱いたのだろう。そして、フレイラ達が学院にいるべきだと思い、提案を受け入れ滞在させることにした。
加え、フレイラは彼女の瞳から何か別の思惑があるようにも見えた。それは一体何なのか――
「では、早速ですが」
「……うん」
アリスが頷く。ユティス達はそれに戸惑ったりもしたが、彼女は立ち上がりルエムと対峙する。
「それでは他の皆様ですが……滞在する以上、話は通しておきます。ですが、一つだけ。制約は無いにしても、施設の立ち入りについては絶対に連絡をお願い致します。加え制約無しといえど、こちらも全ての施設を無条件でお見せすることもできないのはご了承ください。もし無断で行動された場合、退去をお願いする可能性もありますのでご注意ください。それと――」
最後に、ルエムは告げる。
「もし、学院を出た場合ですが……私達としてはカール君のことも気になります。彼があなた方に依頼し、何かをしないとも限らない……こういう推測はご不快かもしれませんが、もし学院を離れたら、二度と入れないものと思ってください」