計略と少女
掃討されていく不死者の群れを詰所から見ながら、ベルガは一人考える。
レイル――そしてフレイラ=キュラウス。自分は何のためにこうして活動しているのか。
「――ベルガ」
後方から声。振り向くとそこには憔悴しきったカールの姿があった。
「……不死者はどうにか処理できそうです」
声に、カールは身を震わせる――さすがに自分の行動によって街を無茶苦茶にしたというのは理解できている様子。
これから、彼はどうなるのか――ベルガは想像しつつ目的の大半は成し遂げたと思った。レイルと共に行動するカールの失墜――本来何かしら邪魔をしろと命令されていたが、自らが墓穴を掘った。最早ベルガが介入せずとも彼の権威は堕ちる。
それを報告し終え、後は指示を待つだけ――ベルガがカールと目を合わせていると、彼から言葉が発せられた。
「先ほどの報告……ユティス=ファーディル達が加勢しているというのは、本当か?」
「ええ」
ベルガは頷く――そこで、さらに思案を巡らせる。
ここからカールが取ることのできる行動は二つ。一つはこのまま引き下がること。そうなれば当然今回の事件の責任を取らされることとなり、カールの地位は失墜する。
もう一つは、引き続き調査を継続し、首謀者を捕らえる――とはいえ、それをしたとしても現状保有する権力を維持できるかどうかはわからない。加え、いばらの道であることは間違いない。
また、ユティス達の存在――彼らは結果的に騒動の解決に協力したという形となり、評価的にはプラスだろう。権力レースをやっているつもりは向こうにないはずだが、それでも彼らは地位向上に一歩前進したと考えても差し支えない。
ベルガ自身はどう動くべきか――そこで、あることを思いついた。
「……カール殿」
ベルガは口を開く。それに相手は目を合わせて言葉を待つ。
「おそらく、この話はすぐにでも伝わってしまうでしょう」
「……ふん」
不快な表情。ベルガ自身、わざと自分は泳がされていたことは把握している。カールは把握してなおベルガと共に行動し、何かしら利用しようと考えていたはずだが――それをする前に彼が失態を犯した。
「私としては、このまま調査を継続し首謀者を捕らえることが先決かと思います。それができれば、後はどうとでもなる……例えば、あの事件を引き起こしたのはまずかったが、それによって首謀者を捕らえることが早くなった、とでも説明すれば傷は浅いでしょう」
「そんなことで納得するとお前は思っているのか?」
問い掛けに、ベルガは頷く。内心は、あり得ないと思っている。
とはいえ、建前上協力するという姿勢くらいは見せておく必要があるため、進言――
「この調子だと、おそらく犠牲者らしい犠牲者は出なかったはずです。それを何より幸いとして、今後どう動くか考えるべきでしょう」
既に事は起きてしまった以上、それしかない――言葉に乗せなかったが、ベルガはそう語ったつもりだった。
カールはそれを理解したのか短く唸る。そして、
「……仕方あるまい」
「ならば、彼らと協力することにしてはいかがでしょう?」
ベルガの提案。それにカールは目を見開く。
「協力だと……? それは、彩破騎士団のことを言っているのか?」
「ご説明した通り、レイルは彼らと共同で不死者の討伐に当たっています。それを利用し、首謀者捕縛にも協力すると表明するのです。無論、相手方はこちらの魂胆などはっきりと理解しているでしょうが……レイルがいる以上、彼らも無下にはできないでしょう」
そう語るベルガは、口の端に笑みを浮かべ続ける。
「そこからは、カール殿の動き次第です」
「……なるほど、そういうことか」
カールも理解したのか、声を上げた。
「協力姿勢を見せ接近することで、奴らを打ち崩す情報を手に入れるというわけか」
「そうです。利用するだけ利用しましょう……それに、彩破騎士団と協力したとあらば陛下も多少評価に加えるかもしれません。陛下は多少ながらユティス達に期待しているようですし」
――ユティス達にさらなる功績を渡すことになる可能性は、もちろんある。しかしこの策を伝えたのには理由がある。
リスクはある――だが、これが成功すればカールが保持する権力を根絶やしにできるだろうし、なおかつ彩破騎士団という存在もまた、大きく権威が傷つくことだろう。
「その手段が、カール殿にとって最良の策でしょう」
ベルガが述べる――すなわち、
ユティス達とカール。二つを統合し、一網打尽にするのだ。
* * *
街の中にいる不死者の討伐は、夕刻に迫る時間帯にようやく終わった。
騎士や住民を含め怪我人は出たが犠牲者は出なかった――ここはなにより安堵したところであった。
そして、フレイラ達は情報をまとめるべく詰所に入る――その結果、
「……正直、向こうから言い出すとは、思いも寄らなかった」
フレイラは詰所の一室で呟く。この場には、彩破騎士団のメンバーと勇者。そしてアリスがいる。
フレイラは現状把握できている情報を統合し、狙いはスランゼル魔導学院だと理解した直後から、カールと協力――というより上手く利用して襲撃に備える準備をしようと考えていた。
説得できる材料はあった。レイルによると今回の騒動の発端は彼がアリスの妹を連れてきたことにある――事情を知らなかったとはいえ、カールを追い落とそうとする権力者はこぞってこの点を突いてくるだろう。それを少しでも抑えるためには、カール自身が率先して首謀者を捕らえるべきだと言うつもりだった。
けれど、カールもまた同様のことを思っていたようでフレイラが話し出す前に協力すると表明した。あくまでこの事件中という制限はつくが、カールの協力が得られるのは事実であり、魔導学院に入る口実もできるだろう。
けれど、懸念はある。ベルガの存在だ。レイルによればフリードの一派と関わりがある――もし今後邪魔をしてくるなら、そちらになるのは間違いない。
その二人は現在、準備のために部屋にはいない――ふとフレイラが部屋を見回すと、ユティスと目が合った。彼はベッドに入り、横にティアナが椅子に座っていた。
その光景に思う所もなくはなかったが、フレイラは机を挟んで向かい合うアリスへと告げた。
「それで……話してもらえる?」
言葉に、彼女は小さく頷いた。
「……私は、小さい頃から魔法を使うことができた。けれどそれを見せることは危険だと理解していたから、隠して生きてきた」
アリスの言葉はひどく重い――無理もない。この話の終着点は、悲劇だから。
「でも、魔法を使うのはやめなかった……山にはたくさんの魔物が住む。時には村に近づこうとしたやつもいた。もし村に入れば惨事となる……だから、それを事前に倒していた」
「密かに、ということ?」
フレイラの問いにアリスはこくりと頷く。
「なあ、一つ質問いいか?」
そこで、フレイラから見て右に座るオックスが手を上げた。
「彼女がいたから平穏が保たれていた、というのは理解できるが……他にも魔法を拒絶する村はあるんだろ? そういう所はどうしているんだ?」
「魔物が嫌がる聖水なんかを行商人から購入して対応している。けど、それで完全じゃない」
答えは、アリスからやって来た。
「だから、そうした村では魔物に喰われてもそれが運命だと位置づけている……山岳には騎士もいて、普段はそうした人達が駆除しているんだけど、そういう事件もたまにある」
「なるほどな……すまない、話の腰を折った。続けてくれ」
オックスが言うと、アリスはさらに話す。
「私は村の人が死ぬのを見たくなかったから、村に近づいて来ようとしている魔物を密かに倒していた。けど、半年前……それを、村の人間に見られてしまった」
語りながら、アリスは自身を抱きしめる。
「その日、私は村の用で山を下りていた……けど、魔力で身体能力を強化すればあっという間に用事を済ますことができたから、余った時間で山に戻り、魔物を退治……そして」
「見られてしまった、と」
フレイラが言うと、アリスは俯いた。
「なるほど……村の人から見たら山を下りているあなたがそんな所にいるはずもないと考える……だから、妹さんに」
「……運悪く、妹の……イリアはその日、山に入って薬草を摘んでいた。私はそちらで動き回っている時に、見つかった」
語る彼女の声が、僅かに震え出す。
「私は、そこで状況を把握できればよかった。けど、村の人に気付かず元来た道を返し、用事を済ませた風に行動しようとした……その日、偶然山を下りた先で魔物を発見してそれを駆除するのに時間を使ってしまった。そうしたことが重なって……村に戻った時は日が沈んでいた」
アリスは両手で顔を覆う。フレイラは結末を理解したためそれ以上は――と口を開こうとしたが、彼女はなおも続けた。
「村に戻った時、イリアが魔女だと村の人から聞かされ、慌てて探した。本当なら、私が魔女だと表明すれば良かった……けど、村の人達の目を見て彼女の罪は覆せないと思った。だから、妹を探して逃がそうとした」
「状況証拠が揃っている以上、もし魔女だと言っても姉妹共に魔女だと断定されて終わっただろう」
フレイラの左に座るシャナエルの言葉。それにアリスは深く頷いた。
「そして……妹は崖から転落して死んだ。魔女だからロクに埋葬もされず……翌日、私は一人で妹の死体を埋めた」
泣き始める。フレイラはやり切れない感情となった。
その間に、アリスは泣き声ながらなおも話し続ける。
「そしてお母さんは私が一人娘だと思うことにして、四人を描いた絵も、家具も全て処分した……村の人も、イリアのことをなかったものにした」
「なるほど、だから半年前の絵しかなかったわけか」
オックスが口元に手を当てながら呟く。
「……苦しいと思うが、まだ話せるか? その後、どうしたんだ?」
「しばらくは、私は必死で演技をしながら過ごした……けど、耐え切れなくなって家を出た。そのまま少しの間は村の外でどうにか暮らしていたけど……やがて、噂を耳にした」
「それが、村の襲撃……」
フレイラの言葉に、アリスの泣き声が止まる。
「……全て、何もかも破壊されていた。唯一私の家は無事で、だから私は妹を埋めた場所へ行った。そしたら、明らかに土が抉れていた」
「魔法で蘇らせた、というわけか」
シャナエルが目を細めながら語る。それでフレイラもようやく繋がった。
彼らも、魔女の存在を抹消するという事実に気付かず、力を持たない妹を不死者にしてしまったということだ。
「最初、私は妹が魔物になってしまったんじゃないかと思った」
そしてアリスは語る――確かに彼女の持ち得る情報だけを考えれば、埋葬したはずの妹が消え、復讐のために動き出したという認識となるだろう。
「それから必死に情報をかき集めて……不死者の群れの中に妹と特徴が一致する存在を見つけた。そして、あの場に――」
「わかった」
フレイラがそこで口を開く。
「事情はわかった……私達は経緯はどうあれ、国を脅かす存在を放っておくことはできないし、彼ら……グロウと名乗った人物を追うことになる。協力、してもらえる?」
「……うん」
涙を拭いながらアリスは応じた。
「よし、これでこの話は終了……それで、今後の私達の行動だけど……」
「奴が言う目的を考えれば、次狙われるのはスランゼルだな」
フレイラの言葉にオックスが意見すると、シャナエルも同調し声を上げた。
「復讐……おそらくこれまでは、スランゼルを襲撃するための実験を行っていたんだろう。相手は魔術師の聖域だ……生半可な手段では通用しないからこそ、ここまでのことをした」
「つまり、これからが本番ってわけだ」
「次の襲撃が勝負だろう。とはいえ、私達が行ってどうにかなるのか――」
「必要だと思います」
断定は、ユティスの隣にいるティアナからのものだった。
「宮廷魔術師も存在する魔導学院ならば、不死者の群れに十分対応はできるはず……けれどそれは、十分な対策が取られてこそ」
「それが、ないと?」
「グロウという人物がどれほどのものかはわかりません……けれど、相手は魔導学院を知り尽くしている方。裏をかくという事自体は、それほど難しくないのでしょう」
「――加え、学院は楽観的な見方しかしないだろう」
カールだった。声と共に扉が開き彼が姿を現した。