兄弟の力
再度の遠吠えが響いた直後、ユティスは魔物の姿を捉えることに成功する。
「あれは……」
横に立つティアナが呟く。ユティスは城壁の上に現れた魔物を見据え、同時に嫌な予感がした。
城外にいた兵士や騎士がざわつく。騎士の一人があの魔物へ対応するべく指示を始め、さらに随伴した魔術師が動き出す。
その間に魔物は再度の咆哮と共に――城門から、跳んだ。ユティスはすぐさま御者に警告し、さらにティアナへも告げる。
「あの質量と、遠目からでも感じられる魔力――逃げた方がいい」
「ユティス様は?」
「この体調ではどうすることもできない。僕も一緒に――」
答えた直後、魔物が地面に降り立つ重い音が響き――加え、後を追うように城壁から飛び出す人影を発見する。
それは、白い外套を着た赤い髪の少女――先ほど突入した人物だとユティスは理解すると共に、魔物が走り始めようとする。
刹那、彼女から光が生じ、それが魔物へと降り注がれた。轟音により周囲の兵がさらにどよめき、ユティスやティアナも目を見開く。
倒したかとユティスは一瞬思ったが、やがて魔物が光の中から飛び出した。ダメージはそれほどない――認識すると共にユティスは自分達に向かって突撃しているのを理解し、足を動かそうとした。
少女がその後を追い魔物へ迫る。けれど攻撃は間に合わず、魔物はまず馬車へと突撃した。
御者がどうにか逃れ、同時に馬車の車体に突撃し、破砕音が響く。手綱も破壊され馬が逃げ出し、さらに勢いを殺さぬまま今度はユティス達へと向かう。
「くっ……!」
すぐさまユティスはティアナを庇うようにして回避を始めた。結果、魔物を紙一重で避けることに成功する。
しかし回避した拍子にティアナと共に地面に倒れ込み――次いで、魔物へ光が降り注いだ。
少女の攻撃だとユティスが認識した直後、さらに城壁から人影が降り立つ姿を発見する。遠くから見ても一人がフレイラであるのはわかった。加え、その中の人が、
「――レイル!?」
弟のレイル。一度は驚愕したが魔物の唸り声が聞こえたため、すぐ我に返る。ティアナを立ち上がらせつつ、逃げるために頭を回転させ始める。
魔物は少女と対峙するような格好となり、魔物も警戒しているのか前傾姿勢となった状態で動かない。一方の少女は手の先に魔力を集中させ、いつでも魔法を放てるような体勢。
その間に、フレイラ達が近づいてくる。おそらくレイルの風の魔法により高速移動をしたのだろうと推測した時、間近に到着した。
「二人とも、怪我は!?」
馬車の惨状を見てか、フレイラが問う。それにユティスは「大丈夫」と答え、
「御者の人も逃げ切ったよ……で、この状況は――」
「話は後だ」
オックスが会話を遮り、前に出る。
「シャナエル、もう一度行くぞ」
「ああ」
そして、もう一人――ユティスは初対面だったが、名は聞き覚えがあった。三国の勇者シャナエル。
二人が前に出て、なおかつフレイラがレイルの前に立つ。おそらく勇者二人で魔物を食い止めながら、レイルの魔法で――という構図だろう。
「レイル」
そこで、ユティスは呼び掛ける。弟は視線を合わせ、澄んだ瞳で受け答えをする。
「僕の魔法で、魔物を倒そうとしているんだけど……」
「通用していない、と」
「効いていないというわけではないけど……」
「何か案がある?」
フレイラが問う。ユティスは両者を交互に見た後、魔物を見据え、
「……オックスさん達の攻撃で、ダメージを負わせることはできた?」
レイルは首を振る。続いてフレイラが魔物を見ながら言及。
「正直、わからない……見かけ上、確実に傷を負わせられたのはレイル君の魔法だけだし――」
「なら、レイル」
ユティスはすぐさま弟に呼び掛けた。
「使用した魔法は?」
「……聖の巨人だけど」
「天空の光竜は?」
「あの魔法は……確かにあれなら倒せるかもしれないけど、消耗した今では……だから巨人しか使えなくて――」
「わかった。レイルの魔力は、小さい頃から接していたこともあって解析できている。それにより『創生』で僕自身の魔力をレイルのものに転換できる。だから僕の魔力と組み合わせ、竜の魔法を使ってくれ」
「え?」
レイルが戸惑い聞き返す。対するユティスはさらに説明を加える。
「本来なら大地か大気中の魔力を利用すればいいんだろうけど……それをするには変換するための陣か術式、魔具がいる。それを創るにしても今の僕では魔力が足りない……けど、僕がレイルの魔力に合わせる魔具を創るくらいなら可能だと思うし、光竜を使えるだけの魔力を与えられるはず」
その間に魔物の咆哮。それによってレイルの瞳は決意を秘めたものへと変わる。
「……わかった」
レイルが承諾すると同時に、オックス達が交戦を開始。魔物の突撃に対し、オックスはユティスが創り出した魔具による結界を構築。そこへ少女が生み出した結界を重ね、どうにか突撃を押し留めていた。
ユティスはそこで『創生』を開始。魔力を練り上げ魔具――杖を生み出す。腕輪に溜め込んでいた魔力でどうにか対応できた。しかしこれで底をついた。だからこそユティスは、倒れ込む覚悟で体の中にある魔力を引き出しつつ、レイルに呼び掛ける。
「レイル、いくよ――!」
頷くレイルを見て、ユティスは杖に魔力を込め始める。その最中、ふいにフレイラと目が合う。それに彼女は黙って頷いた。
――もしもの時、私が守る。
そういう意図がはっきりと感じられ――同時に、杖に魔力を装填した。
次いでそれをレイルへ振る。すると杖の先端から魔力が流れ、レイルへと注がれる。
「……レイル」
「うん、わかってる」
レイルは力強く頷き詠唱を開始。ユティスの魔力が新たに加わったためか、周囲に魔力が大きく漏れる。
それに、魔物は反応を示す。傷ついた体躯ながら突進の鋭さは上がり、ユティスはそれに警戒する。
もし突撃されてしまえば――だからこそユティスは結界を張るべく詠唱を始める。けれど同時に全身に疲労。魔力の大部分をレイルに渡したことと、元々悪かった体調が原因。
けれど、なりふり構ってはいられない――そう認識すると共に詠唱を強行。その時、
「くっ――!」
オックスの体が弾き飛ばされた。加え魔物がレイルの魔力に反応し、完全に攻撃する態勢に入っていた。
シャナエルや少女が横から攻撃を仕掛けるが、それでも止まらなかった。跳躍するように魔物はユティス達へ向かう。
それにまず、フレイラが反応した。
「――守れ!」
声と共に結界を生み出す。生じた半透明な結界によって魔物は進路を阻まれ進撃が止まる。
フレイラが生み出した魔力は、魔力を使い切るつもりで放ったものなのがユティスも理解できた。けれどそれでも、結界にヒビが生じ始める。
「――防げ!」
次いでユティスの結界。残りの魔力を振り絞り構成したそれにより、結界の強度が増す。
だが――それでも足りないとユティスは直感。数秒で結界が弾かれると悟り、同時にフレイラがユティス達を守るためか足を前に出した。
魔物が声を上げる。結界が破壊されればフレイラへ向かう。だからこそユティスは結界を維持しようと力を込め、
途端、力が抜ける。限界だった。
(駄目だ――!)
胸中呟くが、時すでに遅し。結界がもろくも崩れフレイラに襲い掛かるという光景が、頭の中によぎり、
「――今!」
フレイラが叫んだ。同時、魔物の後方からシャナエルと少女が迫り、魔法を繰り出す。
風と光――撃たれた魔物は魔法が直撃したことによって今度こそ突撃が止まる。
同時、結界が破砕する――刹那、今度はティアナの矢が魔物の頭部に直撃する。破裂音が響き魔物は完全に動きを止め、
「目覚めよ――天空の光竜!」
レイルの声が響いた。刹那、光の柱が彼の目の前に出現し、眼前に迫ろうとしている魔物へ向け、射出された。
竜を象ったような光が魔物の頭部へと直撃する。ユティスの魔力を加えられた一撃は凄まじい轟音と共に魔物を吹き飛ばし――
その光と共に――魔物はとうとう、塵と化す。
「やっ……た……」
ユティスは呟くと同時に膝をつく。慌ててそれを近くにいたティアナが支え、
「兄さん」
さらにレイルが、肩を貸した。
「大丈夫?」
「ああ……けど、いいのか? レイルには、他の人が――」
「権力争いに興味はないよ。それに」
と、レイルはほのかに笑みを浮かべる。
「僕としては、ユティス兄さんを応援したい」
「……そっか」
嬉しくなった。立場上ほとんどの家族はユティスに関わろうとしない。けれど、
「ユティス」
フレイラが近づく。心配そうな表情だったが、ユティスは笑い返す。
「大丈夫……それほどひどい状況じゃない」
「ひとまず街中での掃討が終わるまで、ここで待機ね」
フレイラは言うと、近づくオックス達に目を移す。
「とりあえず、後は騎士に任せましょう」
「そうだな……ここまで働いたんだ。そろそろ休んでもいいだろ」
「後は、お任せを」
近寄って来た騎士が告げる。その顔には厳しい表情が浮かんでいたが、
「ご協力、感謝いたします」
「……当然のことをしたまでです」
フレイラが応じると、騎士は一度頭を下げその場を後にした。
「……さて」
やがて、オックスが少女へと目を向ける。
「話してくれるよな?」
少女は無言。けれどこの場から逃げ出すという雰囲気もなく、
「……私達は、おそらく今回の首謀者と戦うことになると思う」
フレイラが言う。その声音は、確信を伴ったものだった。
「不死者に対し戦闘経験もあるし、何より敵がどういった存在なのかを理解しているし……でも、私達にはわからないことがたくさんある」
フレイラは少女に近づき、呼び掛ける。
「あなたの妹が、不死者を使役している……だからこそ追うのもわかるけど、単独で戦うのは、この戦いを振り返れば大変だということはわかるはず。だから、協力した方が良いと思わない?」
「……わかった」
不承不承彼女は頷いた。
「よし、それじゃあひとまずここで待機……」
フレイラがまとめに入ったのだが――そこで、レイル達に視線を移す。
「そちらは、どうする?」
「私としては皆さんに協力したいところですが……この調子ではカール殿が色々と責任を取らされるでしょうし、私達もどうなるかわかりません……ただ、戦う意志はあります」
「同感だ」
シャナエルも頷く。それにフレイラもまた頷き、
「……それじゃあひとまず待機して、詳しい話はこの騒動が収まったらにしましょう」
結論付け、この場にいた誰もが頷いた。