唐突な要求
一行を用意した部屋に通し、ユティスはひとまず息をつく。そして一度自室に戻り、気を取り直し改めてフレイラの部屋に赴き、扉をノックした。
「……開いています」
多少の間はあれど反応があり、ユティスはゆっくりと扉を開ける。
「失礼します」
そうして扉の奥を覗き見て映ったのは――憮然とした面持ちで立っているフレイラの姿。
ユティスは扉が開いている状態で話されてはたまらないと思い、表情を見た後素早く部屋に入り、扉を閉めた。
「え、えっと……」
そして口を開こうとして、彼女の表情を一瞥し、口ごもる。
「あの、ですね……森の中の件ですが」
「黙っていろと?」
予測していたのか、問い掛けられる。これ幸いとばかりにユティスは頷いた。
「そうです。僕は色々と厄介な立場でして――」
「あなたの事情は、知っている」
言いかけた時、フレイラは遮るように告げた。
「生まれつき病弱で、なおかつ今回の式典にも出席できない立ち位置……情報としてはそれだけだったけれど、邪険に扱われているのはなんとなくわかった」
そこまで語ると、フレイラは歎息する。
「魔物がいるという話を街の人から聞いて、世話になるから私が直々に行ったのだけれど……こういう展開になるとは、予想外ね」
「……フレイラ様はご理解できるはずです。こんな能力があると知れれば、多大な混乱を及ぼことになると。貴族のしがらみは大変で、下手をすればこの屋敷に住む両親や兄弟の環境を激変してしまう……」
「確かに、一理ある」
フレイラは納得したように頷いた。良かった――内心ユティスは安堵した。けれど、
「でも、だからといってそうした力を見逃すことは、私にはできないかな」
彼女はユティスを心底不安にさせる言葉を吐く。
「……どうか、辛抱して頂けないでしょうか?」
ユティスは理由を説明しても意味が無いと悟り、懇願に舵を切り替えた。
「その、私としては波風を立てたくないのです」
「……うーん」
フレイラは腕を組み、何かを思案し始める。それにユティスはさらなる不安を抱き――同時に、頭の中に疑問が生まれた。
「なぜ……そうまでして私のことを?」
「……あなた、『彩眼』って知ってる?」
ユティスにとっては聞き慣れない単語だった。よって首を振る他なく、フレイラも反応を見て手を小さく振った。
「知らないのなら、気にしないで……私がこんな風に言っているのは、実は理由があるの」
「理由、ですか?」
「ええ」
頷いた彼女の顔はどこか深刻であり――ユティスは、少なからず興味を抱く。
「話して頂くことは……」
「私に協力をしてもらえるというのなら」
「……悪事ではないですよね?」
「国の秩序を守るための行為だというのは、約束する」
そう明確に言われ、ユティスは考え始める。
気になったのは事実。しかし、迂闊に首を突っ込むのもまずいのでは――そう頭が警告を発している。
「もしかすると、私がここに来たのはあなたと出会うためだったのかもしれない。運命なんて私はあまり信じてはいないけど……あなたがいれば、私がやろうとしていることが十分機能する」
「機能?」
変わった単語だと思い聞き返すが、彼女は何も語ろうとしない。やはり協力しなければ話すつもりはないらしい。
「……もし協力するとなれば、私はどうなりますか?」
「都に行くことになるわ。あなたも出席資格はあるでしょ?」
「式典に、ですか」
「ええ……その式典で、あなたの力が必要となる」
「つまり、そこで私の能力を使うと?」
「そういうこと……事態はひっ迫していると言えるから、あなたの『創生』の力を借りたい」
強い言葉でフレイラは告げ、そこでユティスは迷った。
態度から、嘘をついているようには見えない。権力争いに利用されるという可能性も十分あるのだが――能力はあれどいつ倒れるかわからず邪険に扱われている人間を担ぎ出したりはしないだろう――そうユティスは思った。
となれば、言葉通り危機が迫っているのか――ユティスとしては、大規模な式典になるので一悶着の一つや二つあるだろうと推測はしていた。しかし彼女の目は、予想しているトラブルとは逸脱している雰囲気を感じられる。
「さすがに事情を話さないと納得してくれないのはわかるし、初対面なわけだから信用してもらえるとは思っていないけど……」
「それほど、切迫しているということですよね?」
確認のためユティスは問う。するとフレイラは力強く頷いた。
「そうね……場合によっては、恐ろしいことになる」
「……聞かせてください」
「いいの?」
確認の問い。ユティスは小さく頷き、
「ここであなたと出会ったのも、何かの縁でしょうから」
「……ありがとう」
フレイラは礼を言い、ユティスに笑い掛けた。
――ここで、ユティスとしては別のことを考えていた。もし本当に何か問題がありそれに対処しているのならば、フレイラに従えばいい。けれど、もし国に反旗を翻すようなことがあれば――ユティスは、それをどうにか自分で対処しようと思っていた。病弱であっても『創生』の魔術師。抑え込めるのではという、自負が少なからずあった。
「なら、話させてもらうわ――」
「ですが、その前に一応確認を」
ユティスはフレイラに告げた。
「なぜ僕を信用し、話そうとするのですか?」
「病弱でなおかつ異能を隠し、加えて式典に際し屋敷にこもっている人が、敵に加担しているなんてありえないでしょう?」
「……ごもっともです」
彼女の意見に、ユティスは頷く他なかった。
「それで、何が起こるんですか?」
問い掛けたユティスに対し、フレイラは一拍置く。そして、
「……式典に際し、陛下を殺めようとする存在を感知したの」
とんでもないことを言い出した。ユティスとしては呆然となる他なかったのだが、フレイラは構わず話し始めた。
――彼女の話によれば他国の人物が式典中に侵入し、王を仕留めるという話。独自に調査した結果、判明したとのこと。
「最近、隣国の動きがずいぶんと激しくなっていて、戦争でも起こすんじゃないかということで領に隣接している私達が調べることになった。そして結果が、先ほどの情報」
「隣国というと……」
「ウィンギス王国」
ピシャリと答えたフレイラの言葉に、ユティスはつばを飲み込んだ。
領土規模は、ロゼルスト王国の二十分の一にも満たないような小国。資源なども存在せず、戦略的価値もないせいか軍隊なども所持していないはずの国家なのだが――
「半年程前から、あの国は突然軍備増強を始めた。といっても小国である以上、多くても数百人程度の小さいもの……けれど、その動きがあまりに活発で、どこかに宣戦布告でもするんじゃないかと懸念を抱いた」
「だからこそ調査し、喧嘩を売る国がロゼルストだったと」
「そういうこと……対外的には自衛のためと言っているみたいだし、都にいる大臣達も鵜呑みにしているみたい。もちろん調査報告はしたんだけどね。結果は、捨て置かれたみたい」
肩をすくめて応じるフレイラ。顔には懸念と呆れが半々だった。
「国力を考えれば、ウィンギスがロゼルストに攻撃を仕掛けるなんて無理筋もいいところ……けど、もしこれが本当に実際に陛下が狙われているのだとしたら……そう思って、都に行くことにしたの」
「なるほど……事情は、わかりました」
ユティスは腕を組んで考える――けれど、話の上で疑問に思う点はいくつもあった。なぜ、ウィンギス王国はそのような戦いを行う決意をしたのか。国力云々をひとまず置いておいたとしても、理由が一切理解できなかった。
しかし――ユティスは彼女の言うことが仮に本当だとして、理由は考慮せず戦略を思案してみる。経緯はどうあれ軍費増強をしている。となれば彼らはロゼルスト侵略に対し何かしら手があるのは間違いないと思った。