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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第二話
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不死者の咆哮

 ――シャナエル達がグロウと遭遇した時、藍色のローブを着た黒髪の男性は、城壁の上から眼下を見下ろしながら呟いた。


「……出てきた、か」


 本物の聖女――予定外のこともあったが。計画自体は問題なく進行している――風は、自分達に向いているのかもしれないと彼は思う。


「とはいえ、さらにあの人には頑張ってもらわないといけないな……あっちに集中してもらった方が、こちらも動きやすい」


 ただ――やはり本物の聖女がいたという事実は、予定外だと改めて感じた。


 魔女として殺された人物を、グロウと彼は復活させた。けれど、その少女に力は無かった。その後調査した結果、どうやら魔法を持っていたのは双子の姉であるアリスであり、妹――イリア=リドールは、魔法が使えなかったことが判明した。


 どうやら妹の方が魔女と認定され、誤って殺されたらしい――経緯は直接姉に訊かなければわからなかったが、とにかく多大な投資を行ったにも関わらずイリアは魔力を持たなかった。それは間違いなく失態だと言えるものだったが――良い結果を生んだ。


 魔法を発現してはいなかったが、山脈で過ごし魔力と常に触れ合っていたためか、体の内にあった魔力の器が非常に大きかった。おそらく訓練をすれば魔術師として大成していたであろう存在――それに投資を重ねた結果、常人とは比べ物にならない程の魔力を内包するに至った。だからこそ、街にこれだけの不死者を生み出した。

 彼女の存在により、今回の計画は予想以上の成果となったのは事実。


 そして、なぜ勘違いをしたか――それはあの村が魔女と認定した存在を、記録からも抹消する風習にあった。魔女と認定されて以後、イリアは忌むべきものとしてその存在の痕跡すら残すことは許されなかった。ベッドや家具は撤去され、なおかつ彼女にまつわるものは全て処分された。


 人々も彼女に言及することはタブーとし――けれど母親だけは忘れることができず、自分の娘は一人だと思いこむためか、三人家族の絵を描き始めた。だからこそ、彼らも勘違いしてしまった。


 そして彼らは、イリアを復活させた成果を試すために村を襲った。姉が反応し、本物を捕らえることも――という目論見を込めた行動だったが、結局彼女は現れなかった。

 加え、その襲撃でこの魔法における制約も発見した。それにより彼らは、無闇な虐殺行為は控えるべきだと判断し、国に目を付けられながらも北部で実験を繰り返し――今に至る。


 現状、騎士達が集結すれば危ないようにも思えるが、彼女とは別のプロセスによって生み出された強力な不死者である鎧騎士や、グロウが施した実験成果もある――問題はないだろう。


「……ん?」


 その時、彼は気付く――誰かが、近づいてくる。

 方角は、右――僅かに呼吸をした後、彼は視線を送る。


 そこにいたのは、騎士と魔術師らしき男女のペア。


「……どうやら、首謀者の一人のようね」


 女性――騎士が告げる。それに彼は肩をすくめ、


「こんな所までご苦労だな」


 ひどく悠長に、彼らへと応じた。



 * * *



 フレイラ達は詰所を後にして、レイルが探査魔法を使用。先ほどの鎧騎士を探す意味合いのものだったが、城壁の上に別の存在を感知した。魔法によると、魔具のような魔力を感知したとのことで、訪れた結果――男性がいた。

 そして彼は冷静な反応。フレイラとしては警戒を抱く他ない。


 フレイラは目の前の相手を観察する。藍色のローブを着た二十歳前後かつ黒髪の男性。けれど特徴的なのは、右頬に縦に存在する刀傷と、魔具の存在。フレイラの『目』で、衣服の裏にかなりの魔具が仕込まれているのがわかった。


「おとなしく捕まってもらえれば、手荒な真似はせずに済むのだけど?」

「そんな脅しが効かないことは百も承知だろう」


 フレイラの警告に笑う男性。するとレイルが一歩前に出る。


「……聖女を利用し、なぜ不死者を創り出す?」

「それがあの人の計画の一つだからとしか言えないな」


 男性は答えると、飄々(ひょうひょう)とした態度で再度肩をすくめた。


「俺はあくまで協力しているだけだ」

「ならなぜそんな馬鹿な真似を?」

「さあ? なぜだろうな?」


 面白おかしく語る男性。フレイラとしては険しい顔をする他なく、一足飛びに接近し決着をつけるべきか考える。だが『目』を通し把握できる魔具の存在から、奇襲しても阻まれてしまうのは目に見えている。


 フレイラが思案する間に、レイルはさらに問う。


「聖女の魔力を利用し、不死者を生み出しているようだが……なぜ、ああまで変わった不死者を生み出す?」

「それに答える必要はない……が、下であの人があんた方の仲間らしき人物と接触しているようだから、どの道話しているだろう……目的くらいは話そうか。有体言えば、復讐だ」

「復讐?」

「あの人はスランゼル魔導学院を追われた身でね。今回その復讐に使える魔法が手に入ったため、こうして動き出したわけだ」

「つまり目的は、スランゼルにあると?」

「ああ」

「……こうまで簡単に教えられるとは、不気味ね」


 フレイラが言うと、男性は笑う。


「どの道お前達にもすぐにわかることしか喋っていないさ」

「……スランゼルで、何をする気?」

「そこはあの人に聞くしかないな」


 語った男性は背を向ける。逃げる気なのか――


「光よ!」


 途端、声が響いた。レイルの無詠唱魔法であり、数本の光の剣が男性へ射出され――


「――阻め」


 対する男性もまた、無詠唱魔法によって応じ、結界を構成。光の剣はそれに阻まれ消える。


「ひとまず俺は退散させてもらうとするさ……ま、今度はスランゼルで会うことになるだろうな」

「待ちなさい……!」


 フレイラが決断し、飛び出し一気に迫ろうとした――その時、


 突如、街から獣の咆哮が聞こえてきた。今まで存在していた不死者とは明らかに異なる声。それによってフレイラは反射的に立ち止まる。


「実験は成功したようだな」

「何……?」


 さらに響く咆哮。男性は首だけ動かしフレイラ達を一瞥した後、語る。


「この街は攻城戦となった際、街全体を結界で覆う設備があるだろう? で、それは基本大地と結びついたもの……その魔力を利用し、不死者生成を試みたらどうなるか……」

「な――」


 フレイラは呻く。それほど知識がなくとも最悪の状況だと思った。


 街全体を覆う規模の結界に必要な魔力量を不死者に注ぐ――そんなことをすれば第二領域では済まされない魔力を内包する存在が生まれるのは必然であり、


「街を破壊されたくなければ、俺に目もくれずさっさと倒すことだな」

「貴様……」


 レイルが声を落とし言う。だが男性はそれを無視するかのようにフレイラ達に背を向け、


「それでは、失礼するよ……もし来るならご自由に」


 歩き出した。フレイラはそれを追おうとしたが――相手の態度やさらなる咆哮により、足が止まってしまう。


「……騎士フレイラ」


 そこでレイルは離れ行く男性に視線を送りながら、提案。


「あそこまで悠長に構え、なおかつ大量の魔具を抱える以上、私達で捕縛は難しいでしょう……不死者の掃討を優先しましょう」

「……ええ」


 返事をした瞬間、レイルは先んじて走り出す。フレイラはそこで再度男性のいた場所に目を向ける。

 既に、男性の姿は消えていた。フレイラは苦り切った表情を示しつつ――レイルの後を追い始めた。



 * * *



 咆哮が聞こえた時点で、ユティス達のいる城門付近には後続の騎士達がさらに集結していた。中には中央にいる騎士団の姿も見られ、これなら直に――そう思った矢先の雄叫びだった。


「敵が、何かしたのか……?」


 ユティスが不安げに呟いた時、周囲の兵士達もにわかにざわつき始める。中には騎乗する騎士に視線を送る者もいた。


「状況は、よくなっているはずですよね……?」


 ティアナが呟く。それにユティスは頷きたかったが、先ほどの音を考えれば首を縦に振るのも難しかった。

 やはり、無理を押して自分も行くべきなのか――けれどこの状況で倒れでもしたら足手まとい以外の何物でもない上、下手をすると死ぬ可能性もある。


 ユティスは行きたいという衝動を抑えるように、右手で自身の胸を押さえる。ティアナはそれを病状が悪化したと思ったのか、すぐにユティスへ視線を送り、


「ユティス様――」

「大丈夫」


 答えた後、ユティスはゆっくりと息を吐いた。


「自分の不甲斐なさを考えたただけだよ……体調の方は、少しずつ良くはなっている」

「……ユティス様」


 ティアナが名を呼ぶ。ユティスはそれに微笑で返しながら胸中で苦い思いを抱く。


 何もかも足りない――現状で、今回の戦いに応じられるだけの戦力もない。勇者であるオックスもラシェンの依頼により動いているだけで、ラシェンの指摘通り戦力はフレイラただ一人。

 もし組織が取り潰しとなれば――最悪、家族の誰かが自身の地位確保のためにユティス達を切り捨てる可能性もある。


 非情だが――それは、家を守るためには仕方のないことだとユティスは思う。王城の中は語るまでもなく伏魔殿が広がっており、少しでも穴を見せたならそれを広げるべくあの手この手で様々な人物が介入してくる。ファーディル家もキュラウス家も、だからこそユティス達のことを慎重に扱っている。


 家を守るために、家族はどう立ち回るか決めなければならない――ユティス達は現状王の庇護下に置かれているため、様子見という状況。だがその効力がいつまで続くかはわからない。王が『彩眼』持ちのユティスが必要だと言っても、そうした力を持つ存在は噂レベルでいくつかある。どこかの貴族が他の異能者を連れてきたのなら、最早用済みと言われてもおかしくないような状況だとさえ思える。


「……僕は」


 ユティスは城壁を見上げながら、どうするべきなのか考える。功績を残せば和解の道も開けるだろう。けれど現状維持では駄目だ。


「……ユティス様」


 そこで、ティアナから声が。首を向けると微笑を浮かべる彼女の姿。


「ご自身のことを、考えていらっしゃるのですね?」

「……まあ、ね」

「私は政治に深くかかわったことなどありませんし、また家もそうした物事に関わることがありませんでした……できなかった、と言った方が正確ですけれど」


 語りながらティアナは苦笑する。


「ですが、ユティス様の考えていることはわかります……家の方々から認められるためには、自分の地位を少しでも高めなくてはと……思っているのですよね?」


 穏やかな口調で語る彼女を、ユティスは見返す。


「ティアナ……」

「まだユティス様の活動は始まったばかりです。焦る気持ちもわかりますが、ひとまず心を落ち着かせるべきではないでしょうか……そして、城内にいる皆様を信じてもよろしいのではないでしょうか」


 信じる――ユティスはそこで、自分がやらなければと、気持ちが逸っていることに気付く。


「ユティス様が倒れられては元も子もないのはおわかりになるかと思います……それに、フレイラ様やオックス様は決して弱くはありません。ユティス様だってお二人に力を授けました……きっと、大丈夫です」

「……そう、だね」


 小さな息を、吐く。ある意味以前の戦争で途轍もない大業を行ったためか――ユティス自身、それに準じた成果を生み出さなければ、どうにもならないと思いこんでいた節もあった。


 焦れば状況はさらに悪くなる。そして――彼女の言う通り、共に戦うフレイラのことを信じるべきだとも思う。


「……わかった」


 頷いたユティスにティアナは大きく頷く。


「今は、お体を休めましょう。これほどの騒動となった以上、きっとまだ戦いは続くと思います……その次に、備えて」

「うん」


 ユティスは首肯し、深呼吸をした。そして今はただ、フレイラ達を待つことにした。


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