相まみえる二人
騎士達が到着し門を突破するのを城壁の外で見守っていたユティスは、どこか安堵した心境を抱きつつ、胸に手を当て呼吸を整え始めた。
兵も増えたためこれ以上悪い事にはならないはず。だがもしもの時、進んで戦えるように準備をしなければ――
「ユティス様」
そこへ、向かい合うティアナが声を掛けた。
「まだ体調がすぐれないご様子……無理はなさらないでください」
「でも……」
小さく首を振る彼女。それにユティスは俯く他なかった。
「……ごめん」
「謝らないでください。それに、ユティス様が戦いに出たいというお気持ちは痛い程わかります」
「……ティアナさん」
ユティスの言葉に、彼女は微笑みを見せる。
「ティアナ、で構いませんよ。それに私については口調も普段のものに戻して頂ければ」
「……なら、そうさせてもらうよ」
ユティスの言葉にティアナは再度喜んだのか笑み。所作にユティスは内心疑問が湧き上がる。
単なる案内役という立ち位置の彼女だが、言動を見るにユティス達に近づこうとしている様子。
彩破騎士団がこれから功績を上げ続けることになれば、勝ち馬に乗るという形にはなる。けれど都にいる重臣達は、下手に権力を持たせないよう躍起になっているというのもまた事実。その状況下であえてこちら側に飛び込む彼女の家の動向が不可解。
「……ユティス様?」
その時、小首を傾げティアナが聞き返す。表情に出てしまったらしい。
「あ、ああ……ごめん」
謝り何でもないと告げようとしたその瞬間、
ふいに、彼女の手が膝上にあるユティスの手にそっと置かれた。
「……ティアナ?」
「私は……戦いにて、あまりお力になることはできませんが」
そう前置きをした彼女は、次にユティスを視線を合わせる。
「ユティス様がお困りになられた時……私自身、出来る限りご協力いたしますから」
「……なぜ」
ユティスの口から疑問が出る。なぜ、そうまでして――
「それは……」
ティアナが口を開く。触れた手の温もりが嫌に伝わり、馬車の中が一時不思議な静寂に包まれる。
その時――ふいに、爆発音が耳に入った。それによって車内の空気は一変し、ユティスはすぐさま窓から外の状況を確認する。
見れば、城壁の向こう側から煙が上がっているのが見えた。おそらく騎士に随伴した魔術師が魔法を使ったのだろうと推察される。
「討伐は進んでいるということか……?」
ユティスが疑問を呟きつつ、窓から目を離そうとした時、
ふいに、視界に白い衣装を着た人物が街道にいるのを発見する。ユティスは反射的にそちらへ目を向ける。するとそこには、
「――あれは」
白い外套を着た、赤い髪の少女。遠目で顔はよく見えなかったが、ラシェンから聞いた農夫からの特徴と一致する。
なおかつ、ユティスは崩壊した村で見た絵を思い出す。赤い髪。そして不死者が存在する都市へ歩み寄ろうとしている。
「あの方は……」
ティアナもまた窓に視線を送り少女の姿を捉え呟く。その間に彼女は城壁の外で待機する兵士の一人に呼び止められた。
「……近づいてみよう」
ユティスは告げるとドアノブに手を掛ける。
「え、しかし――」
ティアナの言葉を無視しユティスは扉を開ける。体調はまだすぐれなかったが、それでも彼女に話を聞くくらいのことはできる。
ティアナもそれに続く。なおかつ手には弓を生み出し――彼女を呼び止める兵士の声が耳に入った。
「街は危険な状態にある。申し訳ないが避難を」
だが彼女は構わず歩を進める。それを呼び止める兵士だが、彼女は無視し突き進む。
ユティスはそこで近づき少女の様子を観察する。まず最初に抱いた感想は、あの絵の少女とそっくりだということ。この時点であの村の関係者だと内心思いつつ、回り込んだ。
相手が止まる。黒い瞳やその綺麗な顔立ちは農夫の証言通りといったところ。そして悲哀という表現もまた、同一だと思った。
「待ってくれ。君は不死者を倒し回っている人だろ? もし戦うなら、騎士と連携するべきだ。できれば事情を訊きたいけれど、もし話すのが嫌なら構わない――」
「必要ない」
感情を押し殺すような声。それにユティスは一度は閉口したが、なおも食い下がる。
「単身乗り込んでとても戦える数じゃない。こちらが連絡をつけるから、君は――」
「大丈夫だから」
次の言葉と共に少女は歩き出す。兵士も困った表情で追い、さらにユティスの横を通り過ぎようとしたため、反射的に肩へ手を置こうとした。
けれど次の瞬間、見えない力によって僅かに腕が押し留められる。
(魔法……!?)
詠唱している素振りはなかった。かといって無詠唱魔法とは違う気もした。なぜなら、魔力を表層に出していない。
無詠唱魔法でも魔力を外に出さずに使用することは可能だが、それには訓練を必要とする。目の前の少女がそのような訓練をしてきたとはとても思えず、
(やはり『潜在式』の魔法か……)
ユティスは胸中で推測した後、再度声を掛けようとした。けれど――遅かった。
横をすり抜けた瞬間彼女は一気に走り出す。相当俊敏なもので、身体強化を施しているのだと確信できた。
「待ってくれ!」
即座にユティスは呼び掛けたが、その時点で彼女は門前に到達。さらに死角から不死者が現れる。騎士が打ち漏らした残党であり――
直後、少女は右手をかざす。それと共に今度こそ魔力をユティスは感じ取り、手の先から、光が放出された。
長剣ほどの長さと太さをもったそれは正確に不死者の頭部を射抜き、塵と化す。
「魔法……」
横にいるティアナが呟く。そして少女の姿はあっという間に見えなくなる。
「……あの子は」
周囲の兵士達が無言で驚く中、ユティスは呆然と呟く。
「……ユティス様」
ティアナが声を上げる。それと共にユティスは歎息した。
「……ここで、待つしかないな」
自分では止めることもできない――正直、悔しかった。自分には『創生』の異能はあるが、現状満足に戦えるような状況ではない。
「ユティス様……」
そんな心情を把握したのかティアナは再度名を呼ぶ。けれどユティスはそれに応えられず、不死者の姿が見えなくなった城門付近に視線を送り続けた。
* * *
一方、シャナエルとオックスは鎧騎士と交戦し――その後退却し、撒くことに成功。路地に入った時、オックスは呻くようにして呟いた。
「おい……洒落になんねえぞ」
「あれだけ別格の強さだったな」
淡々と語るシャナエルに対し、オックスは険しい顔をする。
「そんな悠長に言っている場合じゃねえぞ? 俺達が二人掛かりで勝てない相手だ。もし他の騎士達と出会ったら――」
「だからといって、あのまま策も無しに突っ込んでいたら私達がやられていた……それに、そう心配はいらないと思うが」
「どういうことだ?」
オックスは呼吸を整え直し訊くと、シャナエルは解説を始める。
「あの騎士が縦横無尽に駆け回り騎士を殲滅していたとしたら……道が血に染まっていてもおかしくない」
「……そういや、奴を含め敵は何で消極的なんだろうな?」
「何か理由があるとは思うのだが……とはいえ、先ほどの騎士」
シャナエルは戦いを振り返る――危ないと思える時があった。
明確な隙が生じてしまい、技量を考えれば確実に剣が入ると思ったのだが、鎧騎士は剣戟を押し留めた。振り抜けば確実に攻撃が決まる状況――にも関わらず。
「先ほどの騎士、私達を倒すのを躊躇ったように思える」
「それはつまり……殺さないよう指示されていると?」
「もし聖女が不死者を制御しているとしたら、そのように指示されているか……あるいは」
そこまで言うとオックスも理解したのか、言葉を述べる。
「最初の村襲撃以来不死者は積極的に殺めていない……となると、聖女が自制しているということか?」
「何か理由があるのかもしれない……これ以上のことはわからない」
ふと、シャナエルは耳を澄ませる。時折騎士達の声が聞こえては来るのだが、やはり悲鳴や怒号といったものは聞こえない。
「……殺生をしていないことはひとまず置いておくが……レイル殿によると、相手はこの魔法を使用すること自体を、目的としている可能性があるらしい」
「どういうことだ?」
オックスが聞き返した時点で大通りに出た。シャナエルが左右を見回すと騎士達が不死者を押している姿。
「この魔法によって、大地に眠る魔力が僅かながら変質している。現在は作物などに影響はないらしく、放っておいても問題ないようにも見えるが……不死者を生み出す過程でそうした変質が見られるとなると……」
「魔力を変えること自体が目的だと?」
シャナエルは頷くと同時に、近くの路地から出現した不死者を発見し、そちらへ走り剣を振る。
剣先から風の刃が生じ、不死者は両断。あっさり塵となる。
「……これまでの経過をまとめると、敵は聖女を使って不死者をロゼルスト王国北部で生み出している」
オックスが告げる。シャナエルはなおも周囲に視線を送りながら黙って話を聞く。
「で、その目的は土地の魔力変質……この街の襲撃もその一つだということか?」
「他にも理由はありそうだが……ともかく、この事件根が深いのは確かだな」
呟いた時――視線に、白い外套の姿を捉える。路地の奥、どうやら別の通りのようだが――
「行くぞ」
「は? どうした?」
「怪しい人間を見つけた」
シャナエルは断じるとオックスの返答を待たず走り出す。慌ててそれに追随するオックス。路地を駆け、さらに飛び出た不死者を一蹴し、該当の通りへと辿り着く。
そこに――まず目に入ったのは先ほど交戦した鎧騎士。シャナエルの気配に気付いたそれはゆっくりと体を振り向ける。
次いで二人の人物を視界に捉える。一方は虚ろな目を向ける聖女。そしてもう一人――
こちらは見覚えが無かった。黒いローブに銀髪。かつモノクルを掛けた男性。顔立ちは貴族に見えなくもなかったが、その皺の深さと雰囲気から、老齢の魔術師でないかと思った。
ただ、一つ疑問点。容姿とは裏腹に彼は剣を握っている。とはいえ柄に手を伸ばそうとする気配はなく――
「おや、見つかってしまったか」
悠長に、男性が口を開いた。声とは裏腹に、わざと見つかったとでも言いたそうな雰囲気が感じられた。
対するシャナエルは剣に視線を送る。それは――
「手に握るのは、宝剣だな?」
「ああ、そうだ」
「この聖女を用いての襲撃は、それを手に入れるためだったのか」
「使われでもしたらさすがに危険であるため、油断している間に宝物庫から奪い取ろうとしたのだが……まさかそれを持ち出して聖女を監視するとは思わなかったよ。おかげであっさりと奪い取ることができた」
答え、男性は笑みを浮かべる。
「しかし、面白いな。図らずとも聖女などと呼ばれるようになるとは」
「……何?」
聞き返したシャナエルに、男性は低い声で笑う。
「私はこの娘に深淵の聖女という名を与えた……お前達が想起する意味合いとはまったく違うものだが、こうして聖女と呼ばれるようになったこの娘も、本望かもしれないな」
語る相手は、笑いを収めるとシャナエルに視線を送る。
「さて……こうして出会えたのだ。一つ頼みごとを聞いてくれ。とある人物に言伝を願いたい」
「頼み……?」
「おい、シャナエル」
その時、オックスが話し出す。
「あいつの目、完全にヤバイぞ」
指摘されて――シャナエルは男性と視線を重ねる。
濁り切った黒い瞳。そこには紛れもなく狂気が宿り、目を合わせるだけでこちらの心深くに侵食してくるのではというくらいのもの。
その瞳を見て、シャナエルは目の前の人物が正気ではないと悟る。
「……こんなことをしでかした以上、お前は捕らえられて死罪だろう」
「そうだな」
シャナエルの指摘に男性は事もなげに応じる。死を恐れていない。
「なぜそうまでしてロゼルストに歯向かう?」
「復讐だよ」
声は憎悪に満ちていたが、シャナエルはその言葉が瞳に宿る狂気とは異なったものを感じた。それはどこか、嘘でも語っているようなもので――
「聖女を連れ去られたのを私は遠方から見ていた。そこに、カールがいたはずだな?」
「……あの御仁と知り合いか?」
「そうだ。奴に伝えろ……グロウ=アブレンが復讐しに来たと」
――シャナエルは目の前の人間が、魔術師でありおそらく研究機関か何かから追放された存在なのだろうと当たりをつけた。
「この力で、お前達を葬る……今まではほんの序曲だ。これから、地獄は始まると」
「その聖女を使ってか?」
「そうだ」
「……答えないと思うが一応訊いておこう。なぜ、街を襲撃して人を殺さない?」
「この魔法にも色々と制約があるとだけ言っておこうか。ただ――」
と、グロウは肩をすくめた。
「こちらの打算的な意味合いもある。ところ構わず虐殺を繰り広げていたとしたら、いくらカールであっても街の中に入れる真似などしなかっただろうし、他の者も強固に反対しただろう?」
「……なるほど、な」
油断させるため。本来なら最初の虐殺が起きた以上、街に入れるべきではなかったが――それを悔いても仕方がない。
そしてグロウが悠長に構えている姿を見て、シャナエルとしては仕掛けたいところだった。けれど彼らの前にいる鎧騎士の存在から、阻まれるのは確定的だと断ずる。
逃げ切れると確信するからこそ、あそこまで悠長なのだろう――シャナエルはどうにか裏をかけないかと思考し、その時、
「さて、ここでの用は済んだ。私もそろそろ引き上げるとしよう」
くるりと相手が踵を返す。それに呼び掛けようとシャナエルは口を開き掛け――
そこで、彼らの後方に人影を発見した。
その姿もまた、見覚えがあった。白い外套に、赤い髪の少女――
「――貴様!」
少女の声。同時に彼女の手先から光が放出され、
「ようやく、遭えたな――本物の、魔女」
グロウが呟く。同時、今度はグロウの隣にいる少女が動き、
手をかざし、漆黒の結界を生じさせた。
それにより光は完全に阻まれる――シャナエルは新たに出現した少女を見て驚愕し、
「……双子!?」
呆然と、呟いた。