漆黒と要求
フレイラ達は何体目かわからない敵を撃破した後、小さく息をついた。
数が多く、討伐を終えるのにどれだけかかるのかもわからず精神的に疲労が蓄積していく。体力の方はまだどうにかなっているが、このままではまずいとも思う。
「やっぱり数は増えていないようだが……」
焦燥はオックスも同様らしく、剣を揺らしながら小さく息をつく。
「敵が街を襲った理由もわからんが……なぜ敵は数を増やさない?」
「そういう魔法だとした、今は言えないかな……」
フレイラは答えつつも、頭には疑問が湧き上がる。
この事件、最初は単なる不死者出現だったが、目的という点がいまだ不明であるため、フレイラとしては首を傾げる他ない事態となっている。敵はこれだけ不死者を生成して、何を成そうというのか。
「国を焚き付けてどうにかしようって魂胆かもな」
オックスが言う。それにフレイラは首を向け、
「国を……?」
「復讐、という奴さ。もしかするとこの事件には過去追放された大臣とか、そういうのがいるのかもしれない」
「……ここ最近、失脚したなんて話は聞いたことが無いけれど」
「抹消されたのかもな……」
そう述べたオックスは、軽く肩を回した後告げる。
「敵は現状、数を増やしていない……これが続けばいずれ来る援軍と連携して掃討するのは可能だ。で、敵は二種類。うろつくだけの奴と剣を持つ鎧」
「ええ」
「首謀者がいそうな雰囲気だが……現在の所、影も形もない。街にいないという可能性も考えられるんだが……しっかし、単なる調査だと思った結果がこれかよ……ラシェンさんに言って、追加報酬を貰わないといけないな」
軽口をたたきつつ、オックスは目前に迫る不死者の群れを見据え、走る。
その時だった――ふいに、どこからか鬨の声が聞こえた。それをすぐさま察知したオックスはふいに足を止め、
「来たな」
「みたいね」
フレイラも同調。どうやらようやく、援軍の騎士団が到着したらしい。
「これなら掃討も楽になるだろう……さて」
そこまで呟いた時、やや遠くにいる不死者の群れが突如、風に飲み込まれるのを視界に捉えた。
「……え?」
魔法――フレイラが判断した直後、二人の人物が見えた。片方は鎧姿。もう一方は貴族服姿。
「シャナエルだな」
オックスが一方を断定。フレイラも聞き覚えがあった。確か、オックスと同じ三国の勇者。
そしてもう一方は初見だったが、騎士の話からレイルだと断ずる――相手方もフレイラ達に気付き、走り出す。
両者の間に挟まっているのは不死者の群れ。けれどそれをオックスが炎で。そしてシャナエルが風で散らし、両者は合流する。
「よう、御大。調子はどうだ?」
「好調なわけがないだろう」
シャナエルの鋭い声音にオックスは苦笑。
「ま、それも仕方がないか。まさか街で不死者が生じるとは」
「こちらの過失なのは間違いない……事情は知っているのか?」
「騎士さんから多少聞いた……で、そっちは?」
「レイル=ファーディルと申します」
淡々とした自己紹介。それにオックスは眉をひそめ、
「ファーディル……?」
「ユティス=ファーディルの弟です」
「なるほど、そういうことか……ま、色々言いたいことはあるが、後にしよう。今はひとまず、不死者を駆逐するのを優先――」
その時だった。突然オックスとシャナエルが同時に首を右へと向ける。
遅れて、フレイラも気配を感じ取る。振り向いたのはレイルと同時。視線の先には路地があり、そこには――
「黒い、鎧騎士か」
オックスが言う。漆黒の――握る剣まで黒一色の鎧騎士。
「他の奴らとは違う雰囲気だな」
「敵が差し向けた刺客といったところか」
シャナエルが断定すると、向き直る。次いでオックスもまた剣を構え、
「ここは私に任せろ」
「そうはいかないな」
なんだか喧嘩腰の二人にも見え――フレイラは思わず仲裁に入ろうとしたが、
次の瞬間、鎧騎士が動く。他の不死者と比べ圧倒的な俊敏性。それを判断した直後、オックスとシャナエルは弾かれたかのように動き出す。
「おらっ!」
先に仕掛けたのはオックス。刀身に炎を注ぎ斬撃を鎧騎士へと差し向けるが、
相手はそれを漆黒の剣で捌くと同時に、逆にオックスを押し返す。
「うおっ!?」
これは予想外だったのかオックスは後退を余儀なくされる。そこへ畳み掛けるべく鎧騎士が動いたが、それをシャナエルが阻む。
今度は風の剣戟が鎧騎士へと放たれるが――それもまた漆黒の剣に阻まれた。
直後、体勢を立て直したオックスがすぐさま攻撃に転じる。フレイラの目から見れば流れるような連携。どうやら二人は同業者として組んだことがあるか、もしくは知り合い同士らしい。
シャナエルもオックスに合わせるように追撃を行う。対する鎧騎士は、まずオックスの剣を弾こうとする。
そして剣が振れた瞬間――オックスの刀身から炎が噴き出し、鎧騎士の体を飲み込んだ。
次いでシャナエルがとどめと言わんばかりに風の斬撃を叩き込む。炎の風の連携攻撃――おそらく単純な魔物ならば塵すら残らない見事な攻撃だったはず。
けれど、鎧騎士は何事もなかったかのように炎の中で動く。効いていないのか、先ほどと変わらぬ動きでオックスへ仕掛ける。
「ちいっ!」
オックスは舌打ちと同時に剣を弾く。それは先ほどと同様力が強かったのか、またも後退させられた。
「……なるほど」
続いてシャナエルが呟き、
「レイル殿、悪いがここで二手に分かれよう」
「二手に? この不死者を相手にするため、ですか?」
「そうだ……どうやら、一筋縄ではいかない様子」
「俺も同感だ。相当な技量の奴を生み出したらしいな」
オックスも同感なのか、シャナエルに続いて発言する。
「フレイラさん、悪いが俺もここで対応するぞ」
「二人で?」
「それほどの相手ということだ」
告げると同時に鎧騎士が動く。それに応じる二人を見て――フレイラは、息を呑む。
確かに、二人の連携でも鎧騎士は動じていない。なおかつ二人の魔法がほとんど通用しない程の防御能力を持っている。
「……わかりました」
やがてレイルが応じる。戦いを見て自身の出番はないと察したらしい。
「……フレイラ様、不服かもしれませんが、私と共に」
「わかった」
色々訊きたいことはあったが――フレイラは全てを飲み込み頷くと、レイルと共に走り出す。
「レイル君、ここに聖女を連れてきたのは誰? あなたが主導したわけではないでしょう?」
けれど、そこだけは確認しておきたかったため質問。すると、
「いえ、事の発端は魔法院所属、カール=ブラウド殿の仕業です」
あっさりと応じた彼。フレイラはカールの姿を思い起こす。
スランゼル魔導学院から、城へと入った研究者畑の人間だったはず――なるほど、それならレイルに声を掛けるのも頷ける。
「あの方は城内の権力レースでやや苦戦していた様子でした。そこで私を利用することを思いついたようです」
「……そんなあっさりと喋っていいの?」
「構いませんよ。どちらにせよバレることです」
ざっくばらんな物言いに、フレイラは多少ながら驚く。
「今回の件ですが、一口に言えば私達の認識不足でした」
そしてレイルは説明する。対するフレイラは首を傾げた。
「認識不足?」
「カール殿は、二重の魔法封じを行っていました……けれど彼女は魔法を使用し宝剣を奪い、不死者を生み出した……おそらくそれは、彼女自身が不死者であることが関係していると思われます」
「不死者だからこそ、魔法封じが通用しなかったと」
「後は、彼女が『潜在式』で魔法を使用していたことも関係しているでしょう。私達が使用する魔法封じは、『潜在式』の魔術師に通用しないケースもある……この二つが合わさり、魔法封じを回避したわけです」
説明する間に、後方からは鎧騎士と戦っていると思しきオックス達の交戦音が聞こえる。
フレイラは一度振り向こうとしたが――レイルがずんずんと進んでいく様を見て、それに追随せざるを得なかった。
「……そういえば、カール殿は?」
「詰所に閉じこもっていますよ。間近に不死者が出現したため腰を抜かしたようです」
どこか冷淡に返答するレイル。フレイラは「なるほど」と答えた後、
「なんだか、ユティスとは大違いね」
「よく言われます」
短い会話を行いながら、二人は街に存在する不死者の掃討を再開した。
その後、フレイラ達は再度大通りへと戻り、詰所付近へと辿り着いた。
この時点で良い情報もあった。援軍である騎士や兵が到着し、不死者の掃討を始めたこと。それによって確実に数を減らし始め、不死者掃討も時間の問題となった。
だからこそフレイラ達は疲労が明確に出始めた体を一時休めるため、詰所に戻って来た。
「この調子であれば、犠牲者を出さずに掃討できるでしょう」
レイルは言いながら詰所の門をくぐる。フレイラもそれに同調したが、
「私を連れていていいの?」
「このような状況です」
彼の返答はそれだけだった。
「カール殿がいるのは間違いありませんが、無視しましょう」
「……立場を悪くするんじゃない?」
その言葉に――レイルは見返すだけ。けれど複雑な感情が存在するのを、フレイラは感じ取った。
(カールの行動を止められなかった後悔と、自身やカールに対する怒りといったところか)
思考する間に二人は詰所の入口を抜ける。
「この場所はいち早く不死者を掃討した安全な場所です。避難者も多少ながらいます」
「そう……」
そこで、フレイラは室内を歩く中でほんの僅かだが魔力を感じる。
「これは、結界?」
「お気付きになりましたか。そうです。本来は攻城戦などに対応する城壁を保護する魔法ですが、応用すればこうして建物に結界を張ることもできる」
「そういった設備は、他の建物にも?」
「いえ、ここだけのようです」
答えた直後、レイルを先頭にしてとある扉を開けた。客室らしく、レイルは迷わず室内を歩き始める。
どうやら彼が使用している部屋らしい――彼はテーブルの上にある何かを手に取り、放り投げた。キャッチすると、パンだった。
「どうぞ」
「……ありがとう」
よくよく見るとテーブルには果物やらチーズやら食料がバスケットに入り置かれている。詰所にも関わらずそこそこの賓客として扱われたのが理解でき――ふと、疑問がよぎる。
「……勇者シャナエル以外に、同行者は?」
この調子なら答えてくれるだろうと思い、フレイラは口を開いた。それにレイルは首を向け――
「――おい、レイル!」
突如、室内に声が響き渡った。
「状況はどうなっているんだ!?」
その時点でフレイラは相手の顔を確認していた。その人物は、
「ベルガ……!?」
ベルガ=シャーナード。以前決闘で関わった人物。
相手もまたフレイラに気付き視線を送り、一時硬い表情を示したが、
「……レイル、お前、どういうつもりだ?」
「不死者の群れに対抗するには、戦力は欠かせません」
「お前、こいつらと手を組んでいると知ったら、あの人がどう思うか――」
「手を組む必要性が出てきた状況を作ったのは誰かと、反論しておいてください」
投げやりな言動に、ベルガは閉口する。
「それに、ベルガ様も問題ないでしょう」
レイルはなおも語る――その言動に、ベルガの顔が軋んだ。
「もし身が危なくなったら、連絡役の方と外に出るのも一つの手では?」
「……お前」
「私からはこれ以上は言いませんし、干渉はしないつもりです」
レイルはさらに語り――ベルガは歯ぎしりした後、その場を去る。
「……今の、会話」
フレイラは呟く。連絡役――おそらくだが、ベルガは別の人間と内通しているということだろう。
カール達の動向を知りたいと思うのは、おそらく同じような権力レースに参加している面々のはず。となれば、魔法院もしくは魔導学院関係者の可能性が高い。
「おそらく、フリードを中心とした一派だと思います」
さらにレイルは語った――それにフレイラは目を丸くする。
「どうして、そんなこと――」
「ユティス兄さんは、家族全員から厄介者扱いされているというのは事実です」
唐突に、レイルは語り出す。
「けれど……僕は、小さい頃一緒にいた兄さんと、剣や魔法で戦いたくない。でも、それを大っぴらにすることは、立場上難しい」
――色々と情報を渡すから、フレイラに色々と対応してくれと言いたいらしい。
「……わかった」
フレイラも頷く。
「本当なら、あなたのような兄弟ばかりだったら良いのだけれど」
「兄さんや姉さん達は、立場上難しいというのがあります。他の貴族達のこともあるので、現状では味方になることはないばかりか、和解するのも難しい……ファーディル家自体、城の中核に入り過ぎている。ただ僕とユティス兄さんだけは少し事情が違う……だからこそ、こうしてあなたと話もできる」
語ると、レイルは微笑を浮かべた。
「兄さんがいずれ認められる日は、来るはずです……今のように活動していれば」
「彩破騎士団が功績を上げれば……ということ?」
「はい。いずれそちらの味方につく方も現れるはず……その時、ファーディル家の問題は氷解すると、信じています」
レイルはそこまで語ると、フレイラへ笑みを浮かべながらさらに言った。
「さて、話が長くなりました……休憩の後、討伐を再開することにしましょう」