帰還の途上で――
シャナエル達が少女を捕らえてから数日後――ラシェンの下に資料が届いていた。
「ふむ……」
目を通すとラシェンは口元に手を当て、近くで書類整理をしていたナデイルへ口を開く。
「どうやら噂の少女を、カール殿が捕らえたらしい」
――この時点で、ユティス達の相手が誰であるのか調査は済んでいた。カール及び、勇者シャナエルに加え、ユティスの弟であるレイル――彼を担ぎ上げ、今回の事件などを功績とし、城の上層部に潜り込もうとする肚なのだろう。それに加え、一番の厄介者である彩破騎士団を有名無実化しようと考えているはず。
「ユティス君達は最初の事件が起きた村へ向かい、リーグネストへ戻っている途中らしい。どうもユティス君の体調が少し悪化したようだ。旅をする分には問題ないようだが」
「体調を、ですか」
「フレイラ君もいる。大事には至らないだろう」
ただ――この資料通りならばカールの大勝利であることは間違いなく、彩破騎士団に対する視線がきつくなる可能性はある。
戦争から日も浅い以上、解体云々についてはラシェンも心配していない。けれど、もしこうやって度々妨害されるようなことがあれば、まずいことになるとは感じた。
「事件自体は、解決したということでよろしいのですか?」
ナデイルが問い掛ける。それにラシェンは首を傾げた。
「あくまで少女を捕らえた、としか書かれていないからな……とはいえ、現状彼らが一歩リードというわけだ」
「大丈夫なのでしょうか? 捕らえたという点について」
ナデイルの指摘に、ラシェンは眉をひそめる。
「大丈夫、とは?」
「捕らえたということは、街まで連行するという話ですよね? となると、不死者が街に出現するといった可能性も」
「さすがにその辺りの対策はしているだろう」
やるとすれば、魔法封じ――ただナデイルの懸念も一理ある。噂の聖女が不死者を生み出しているとしたら。そして、その手段が魔法封じを潜り抜けるものであるとしたら。
そうであれば、リーグネストで大事件が起こるだろう。
「……対応するにしても、今から動いても遅いだろうな」
ラシェンは呟くと同時に報告書を折りたたんだ。
「ひとまず、次の報告を待つしかないな。ただ私はそれほど心配していない。ユティス君達は非常に賢明だ。きちんと対応できるだろう」
「……はい」
ナデイルは全てを押し殺すように返事をする。その表情を見ながら、ラシェンは一つだけ考えた。
(予感が、あるのかもな)
主人の危機を悟るような――とはいえ今から動こうとも間に合わない。その歯がゆさが、ナデイルを包んでいるのかもしれない。
その表情に影響されたか、ラシェンの胸中も一時悪い方向へと転ぶ。そして至った結論は、少女を捕らえたという事実自体が敵の計略だったとしたら――
「あくまで可能性だが……今回の件、もしかすると想像以上の事態となるかもしれないな」
ラシェンが言う。それに同調するようにナデイルは険しい顔をした。
* * *
「街へ入った後は、一度宿へ?」
馬車の中でティアナが問い掛ける。ユティスは小さく頷きつつ、横にいるフレイラに意見を訊く、
「僕はそうだね。フレイラ達は……きっと詰所に行っても門前払いだとは思うけど……確認しておいた方が……」
「……大丈夫?」
「……うん、どうにか」
苦笑するユティス。少しばかり体調を崩し、どうにか馬車に乗れてはいるが、街についたら寝るべき状態。
「僕は宿にこもって休むことにするよ……」
「それがいい。ま、無理だけはすんなよ」
オックスが呑気に言う。ユティスとしては申し訳ない気持ちだったが、三人はさして気にする様子はなかった。
「ひとまず調査については果たしたから、そう落ち込まなくてもいいよ」
フレイラがフォローを入れる。ユティスは再度頷き、小さく息を吐く。
そして次に言葉を発したのは、オックス。
「なあフレイラさん。一ついいか? そっちは今後、騎士団としてどうするつもりなんだ?」
「今後?」
「差し出がましいかもしれんが、忠告だよ。俺はラシェンさんに雇われているという形だから、どこまで協力できるかわからん。で、現在正規の団員は二人だけなんだろ?」
「兵力的な事?」
「そうだ。調査くらいならどうにかなるて思っていたかもしれないが……邪魔者がいる以上、二人だけではどうにもならないだろ?」
「わかっているけど、これは焦っても仕方がないから。その辺りは今後の課題ということで――」
「騎士団の方々に助力を請うことはできないでしょうしね」
そこで声を発したのはティアナ。それにフレイラは訝しげな視線を送る。
「ティアナさん?」
「立場を考えればフレイラ様やユティス様がラシェン公爵以外から助力を請うというやり方が難しい状況……というより、そんなことをすればおそらくどこかに情報が漏れるでしょうし、間者を連れてくるのは間違いない」
ティアナの弁にオックスが突然笑い出す。
「なるほど、そうだな……で、ティアナさんもその一人に入っているという自覚はあるのか?」
「ええ、もちろん」
にっこりと――ひどく可憐な笑みを見せながら彼女は応じる。
「その辺りは、これから信用して頂くように頑張っていこうかと」
「頑張って……?」
ユティスが声を上げると、ティアナは突如目を合わせ、
「ユティス様達に、協力したいのです」
強い言葉だった。優しげでありながら、どこか芯の通った声音。
「この事件以降も関わる……ということ?」
「はい」
「けど――」
「私が協力したいと思っているだけですのでおかまいなく。それに、両親などから許可はもらっています」
――ユティスとしては、どういう意図があるのかわからず疑問に思う。
助力はありがたいと思う。なおかつ間者云々のことを自ら告げたという時点で、自分は違うと暗に主張しているようにも思える。だが――
(彼女に対する情報が少なすぎるな)
ここで判断はできない。そしてこの状況で、彼女に対しどう応対するのが適切なのか。
「そう肩肘を張らないでください」
ティアナは苦笑し語る。どうやら疑っているのが表情を見てわかったらしい。
「色々とお考えがあるとは思いますが、ひとまず私は協力し続けることだけは表明します」
「……わかった」
何が目的なのか――ユティスは彼女の表情を見ながら思考する。
さすがに謀殺などは考えていないだろう――というよりそんなことをすれば王が動く。貴族達が望むのは、彩破騎士団がお荷物となり解体され権力を失うこと。それには直接的な証拠などが残らない、陰湿なやり方で攻めてくるのは容易に想像できた。
彩破騎士団を潰そうとする人物がいると王に直訴すれば、待遇が改善されるという可能性はある。しかし、そんなことをすれば静観している貴族達を刺激しかねない。結果として、さらに敵を増やす可能性がある。
安易に王を頼るべきではない――だからこそ、自分達で這い上がるしかない。
(ひとまず、彼女のしたいようにさせるか)
ユティスは頭の中で決議し、ふいに外を見る。すると、
「ん?」
眉をひそめた。すれ違う人々。その姿が逃げるような態度であったため声を上げる。
「どうし――」
気に掛けたフレイラが声を上げた直後、今度は馬車が止まった。
「……どうしたの?」
フレイラは御者に問い掛ける。すると彼は窓越しに視線を投げ、
「人が……」
それ以上言葉を発しなかった。フレイラは眉をひそめ、すぐに扉に手を掛け外に出た。
ユティスも気になり車上から窓の外を注視。そこで街の住民らしき人物達が必至の形相をしていることに気付く。
「何か、あったの?」
限りない警戒を込めながらフレイラは語る。それにユティスもまた険しい顔をして、
「――お、お前さん方!」
旅人らしき人物がフレイラに呼び掛けた。
「リ、リーグネストには行かない方がいい!」
「何があったの?」
フレイラが問うと、旅人は引きつった顔を見せながら語る。
「突然街の中で不死者が出現し始めたんだよ!」
「……え?」
「今の所街の外には出ていないようだから、街へ行こうとした人々は逃げているんだよ! 連絡を行い他の街にいる騎士達が救援に駆けつけてくれるらしいけど……それと、大半の人々は外に出ていない! 入口である門周辺に大量の不死者がいて……」
「これは……」
ユティスは呻く。最初の事件を除けば不死者は人間を襲うようなことはない上、基本人口密度の低い場所だった。けれど今回は街中――
「まずいみたいね……」
フレイラは断じるとすぐさま馬車に戻る。
「すぐに街へ!」
そして御者に呼び掛け――街道を走り始める。ただすれ違う人々のことがあるため思うように速度が出ず、苛立ちの募る時間が発生する。
「敵は、リーグネストを標的にしたということ……?」
フレイラは呟いたが、車中で応じる者は誰もいない。
焦燥が重なる時間が続き、やがて街の城門が見え――門前に到着と同時に、フレイラを先頭にして全員が馬車から降り、目前に存在する門を目に入れる。
旅人の言葉通りだった。門の周辺には不死者の群れが存在しており――
「……何だ?」
そこでユティスは目を凝らし、魔力を感じ取る。うろついている不死者については大別すると二つ。夢遊病のようにうろつく存在と、もう一種類――土色の全身鎧を身に着けた不死者。どうやら土を鎧に似せて構築しているようだった。
外見から強度などがあるかはわからないが――見逃せない点が一つ。その右手には、剣が下げられている。それには少量だが魔力による淡い力が存在しており、武装していないような一般の人々にとっては、脅威となることは間違いない。
(不死者というより、ゴーレムのそれに近いようにも思えるけど……もう一方の不死者と同様のプロセスで生み出されているとしたら、あれもまた死亡した人間の魔力を用いた不死者なんだろうな)
考えながら――不可解な点があるのも見逃さなかった。感じ取れる魔力についてだけ言えば、夢遊病のように徘徊する、明らかに力の無さそうな不死者の方が濃く感じられる。これは果たしてどういう意図があるのか――
「さて、どうする?」
オックスが問う。既に剣を抜き放ち、戦闘態勢に入っている。
「どうやら街を襲撃した輩は、門周辺に不死者をうろつかせて街の人間を出さないようにする魂胆らしい……魔力の多寡から判断して、不死者はそれほど力は持っていない様子……俺達なら門は突破できるだろうが……」
「……どちらにせよ、中の状況を確認する必要はある」
フレイラが言う――都市に不死者が襲来している以上、放っておくわけにはいかないという強い意思が言葉から感じ取れた。
不死者達はユティス達の存在を認識しているのかわからないが、門前にいて襲い掛かってくる様子はない。どうやら門に近寄って来る人間以外は眼中にないらしい。
「……ま、それもそうだな」
オックスは告げると、ユティス達を一瞥し、告げた。
「どうやら俺達の知らない所で騒動が起こったらしい……ま、不平は後にして、街を救うべく尽力することにしようじゃないか――」