二つの不安
「しっかし、わからないことだらけだな」
宿場町に戻り、なおかつナックと別れた後ユティス達は同じテーブルを囲み夕食をとっていた。
あれから村を調べたものの成果は得られず、町へと舞い戻った。わかったことと言えば少女のおぼろげな過去と、名前。
絵を詳しく調べると、アリスという名前が見て取れた。それこそが彼女の名前であり――ほぼ唯一の収穫と言えるものだった。
「このくらいの状況は、私達を邪魔する相手方も把握できているでしょうね」
フレイラは語りつつ小さく息をついた。内心ユティスも同意する。
大方の資料は詰所に存在している。ということは当然アリスという名前も彼女の家族に関するプロフィールだって把握しているはず。
「で、とりあえず怪しい人物についてはわかったようだが……ここからどうするんだ?」
「ひとまず戻るしかないでしょう」
応じたのはティアナ。スープを口に入れながら、ユティスへと語る。
「私達としては、現場を確認できたということである程度情報を得たと考え……再度、交渉するしかないと思います」
「けど、難しいと思うよ?」
ユティスは告げながらパンを一かじり。
「どういった人物が妨害しているのかわからないけど、王宮の関係者だとは思う。こういう言い方は失礼かもしれないけど……その、王宮の人が他人の足を引っ張る技術というのは、一級品だから」
「そんなほめ方されても嬉しくないでしょうね」
フレイラは苦笑しながら水を飲む。そして口元に手を当て、
「無駄足になる可能性が高いけど、リーグネストの方でも何かしら状況が変わっているかもしれないし、行くだけ行ってみよう」
「実はもう、相手は不死者の群れと対峙していたりしてな」
オックスがポツリと呟くと――全員押し黙った。
ユティスはリーグネストへ行く前に収集した情報を思い出す。そこからさらに不死者の出現報告頻度について頭を巡らせる。
頻度から考えれば、おそらくこうして調査を続ける間にも不死者は出現しているだろう。それがもしリーグネストに近い場所であれば、おそらく――
「それについては戻ってみないとわからないし、今考えても仕方ないと思う」
フレイラが断じる。それによりオックスが肩をすくめた。
「ずいぶん、さっぱりとしているな」
「……正直、私はそう悲観的に考えてはいないよ。今回の事件では何の収穫もなく調査自体も誰かの手で行われてしまう可能性は高いけど……人々の暮らしが元に戻るなら、それでいいでしょ?」
「それはそうなんだが……そっちの立場は?」
「これ一回で彩破騎士団が取り潰しになるなんて事態には至らないと思うし、ひとまずそれなりに調査はしました――ってことでいいと思う」
「なんだか、不完全燃焼だな」
もっともなオックスの意見。とはいえ、ユティスとしては落とし所はその辺りだと思っている。
今回の何よりの成果は、こうして妨害する他者が存在しているのがわかったこと。詳細はおそらくラシェンが調べているはずで、これで相対する敵の存在を認知することができた――今回はそれで良しとすべきだとユティスは思う。
「私達はリーグネストへと戻り、調査がどうなったのか詰所に赴いて訊くことにする。後は相手の出方を見て考えよう」
フレイラが結論を述べる。全員が一様に頷き――そこで、オックスが声を発した。
「了解。しかし、そうなると嫌な遭遇の危険性があるな」
「遭遇?」
首を傾げ聞き返すフレイラに、オックスは渋い顔をする。
「実は、知り合いが城に雇われているんだよ。タイミング的におそらくこの件に関わっているとは思うんだが……」
「……へえ?」
と、フレイラが興味深そうな声を上げる。
「ねえ、それを上手く使えば相手から情報を探れない?」
「……は?」
唐突な意見に、オックスは目を白黒とさせる。
「知り合いなんでしょ? なら、その人物と上手く接触して――」
「無理だと思うぞ? あいつは俺と違ってきちんと依頼内容については守秘するからな」
「……あなたは守らないの?」
「いや、俺の場合は必要あるかなしかで変わるというか」
少し声が小さくなるオックス。ユティスはそれに苦笑しつつ、言及。
「ひとまず、そういう方針で」
その言葉により作戦会議は終了。やがて夕食も終わり、一同部屋へ。
御者の人物を含めユティス達は三人部屋という状況だが、御者は馬車の手入れでもしているのかいなかった。
「あの御者が敵である可能性もあるのか?」
ふいにオックスが問う。それにユティスは肩をすくめ、
「可能性はあるけど……まあ、実害は無いということで良しとすべきだと思う」
「そうか……しかしそっちは、ずいぶんと冷静だな」
ベッドに腰を下ろしたオックスは、どこか感嘆の色を含ませ告げる。
「フレイラさんはどっちかというと色々思案している風にも見えるんだが」
「単に表情に出ていないだけだと思うよ……」
ユティスはため息をつく。この事件については完全に後手に回り、最早勝ち目のない戦いとなっている。
けれど、どちらにせよフレイラの言う通り事件が解決したのならばそれが一番であり、また目的自体は達成しているのだから良いとは思う。とはいえ自身の立場を安定させる必要がある以上、喜んでばかりもいられない。
「なあ、何で城の人間というのは二人を目の敵にするんだ?」
「……出る杭は打たれる、ということじゃないかな」
「厄介者扱いされているわけか」
「戦争を集結させたという事実は大きいから、評価しているという話も少なからずあるけれど……それ以上に、僕をどうにかしようとする人間の声の方が大きいのが現状」
「いつかきちんと評価されるといいけどな」
「それには時間が掛かると思う……けど、その時間を得るために彩破騎士団で功績を重ねないといけない」
「面倒な話だ」
語りながら腕組みをするオックス。
「で、一つ質問なんだが……今回の事件、『彩眼』に関連することだと思うか?」
「現状、そうした可能性は低いと思う。けど、不死者をわざわざ出現させて何をするつもりなのかわからない以上、断定はできない」
「もし『彩眼』だとしたら、どう戦う?」
――ユティスは、以前の戦争を思い出す。犠牲者がたった一人の戦争。
「……以前の戦いは、条件が揃っていた。けど、同じことをやれと言われてすぐにはできないし、噂がある以上相手だってそうはさせないと思う」
「戦うのは難しい、と?」
「逃げることを前提に考えた方がいいかもね……ま、逃げられるかもわからないけど」
そう告げた瞬間、室内の空気が重くなる。まさに前途多難と言える状況だった。
* * *
「――本当に、よろしいのですか?」
「くどいな、君は」
シャナエルの再三の言葉に、カールは不機嫌そうに応じた。
馬車内、中にいるのはシャナエルとカール。そしてレイルと――名もわからない、聖女と呼ばれし少女。ベルガについては外で他の騎士と共に騎乗し移動している状態。
戦いの後、少女を運ぶ馬車が登場し、なぜかカールがそこに乗車。結果シャナエルとレイルは少女監視のため同乗せざるを得なかった。
もうすぐリーグネストへと帰還する――その段になって、シャナエルは不安を覚えそう問い掛けたのだが、カールは聞く耳を持たなかった。
「彼女には、しっかりと事情を訊く必要がある。そうだろう?」
横に座らせている無言の少女に視線を送り、問う。
彼女は現在、魔法の放出を封じる腕輪を両腕にはめているのだが、だからといってカールが馬車に同乗する必要はなく、むしろ最大限の注意を払うべきだとシャナエルは思うのだが――無抵抗な少女を見て、甘く見ている。
横に座るレイルに目を向ける。彼もまた憮然とした面持ちだが、説得は無理だと断じているためか、咎めるような言葉は発しない。
そこからシャナエルは無言で少女を観察する――人形のように動かない彼女。不死者であるようにも思えるが――不可解な点があった。
無抵抗である少女に対し脈をとるなどしたのだが、正常に動いている。本来地に干渉し仮初めの肉体を出現させる魔法で、血液が体を流れるということ自体がありえない。
考えられる可能性としては二つ。彼女は件の少女ではなく、あくまで特徴が似ている人物。そしてもう一つは高度の魔法を使用し、まるで生前のように行動している――どちらにせよ街まで連れて帰るのはまずいとシャナエルは思っているのだが、カールに諌めても効果がない。
「……もし」
ふいに、レイルが口を開く。
「もし、彼女が街中で不死者の魔法を使った場合は?」
「それはできないだろう。魔法封じの腕輪がある」
断定だった――シャナエルは、懸念を抱く。確かに魔法を封じてしまえば不死者生成もできないはずなのだが、どうにも不安が拭えない。カールの行動が、それをさらに助長させている。
彼女に対し色々と調べる気なのはシャナエルでもわかったのだが、それは人のいない場所で行うべきことであり、街まで連れて帰るというのはいくらなんでも危険だった。
けれど、カールにその進言は効果がない――シャナエルとしては、最悪のケースに備え彼女を監視しようと改めて決意する。
そうした態度を、カールは見て取ったかため息をついた。
「心配性だな……詰所の一室に押し込め、さらに強力な魔法封じを行えばいいだろう? それに監視もつけよう」
「私達が監視ですか?」
「いや、君達には別にやってもらいたいことがある」
シャナエルやレイルを排除する気なのだろう――硬質な態度を見て、カールは二人から距離を置こうとしている。
この段に至り、シャナエルも内心理解する。彼はおそらく詰所の一室を借り受け、彼女に対し色々と調査する態勢を整えているのだろう。だからこそ、カールは頑なまでに街へ連れ帰ろうとする。
それは研究者が故の性か、それとも彼女が権力を得るのに有効な存在だと認めたためか――
「それでも不安は消えないのか? なら、怪しい行動を起こした場合に備え『宝剣』を用意しておけばいい」
「宝剣?」
シャナエルが聞き返す。するとレイルが補足を行った。
「北部は隣国との冷戦状態が長く続いたため、強力な魔具を置くことが通例となっているんです。今はその意味も形骸化しましたが、現状詰所の長がその魔具を管理し、一種の権威づけをしています」
「リーグネストにある宝剣は確か、魔法など魔力で構築したものに対し驚異的な攻撃力を持つ……確か『魔術師殺し』という名の剣だったはず。それを彼女の近くに置けば、安心ではないか?」
そうした魔具を準備までして連れ帰る気とは――シャナエルはカールが余程聖女に執心しているのだと理解する。
これ以上話してもやはり無意味だと悟ったシャナエルは口をつぐむ。レイルも言葉を閉ざし、嫌な沈黙の中で馬車は街に到着した。
詰所に戻り、捕らえた少女を部屋に押し込める。次いで詰所にいる数名の魔術師を呼び出し、
「さて、始めようか」
カールが言う。確かに二重の魔法封じならば彼女が不死者の魔法や、噂に聞く光の魔法を使うようなこともなくなる。しかし――
シャナエルが考える間に魔法が始まる。部屋が急速に光に包まれ、その中心に立つ少女はただ無言で虚ろな目をシャナエル達に向けている。
(彼女に……感情はあるのか?)
疑問をシャナエルは抱く。正直少女の行動を見ていて全ての元凶が彼女であるとは思えない。そしてここに連れてきたこと自体、首謀者にはきっとわかっているだろう。それがどのような結果をもたらすのか――
思考する間に魔法が途切れる。そしてカールは笑みを浮かべ、少女に近寄る。
「さて、これで完全に魔法は使えなくなった」
決然と少女に告げる。しかし、反応は無い。
「……ふむ、瞳の色から察すると感情を抑制されているな」
「カール殿」
そこでシャナエルが声を上げる。
「この少女が、聖女と呼ばれる人物と同一人物かもわかりませんし――」
「その話は馬車中で話をしたはずだぞ。特徴は一致している」
決然と告げたカールは、シャナエルに対し振り向き語る。
「そして、周辺を探し回ったが……彼女以外に少女の姿は無かった。確定だろう?」
「それは……」
シャナエルとしては否定できる要素もない。とはいえ嫌な予感は消えないまま。
だがそれを伝えたとしても、意味の無い行為だというのは理解できていた。
「シャナエル様」
横でレイルが呼ぶ。その言葉にシャナエルもとうとうあきらめ、引き下がることを決意する。
「では、私達は――」
「ああ。少しの間待機していてくれ」
煙たいと感じているのが明確にわかる声音だった。
「……わかりました」
シャナエルは全てを押し殺し答える。そうして部屋を後にした。
「どうなさるおつもりでしょうね」
レイルは表情を変えぬまま呟くように言う。
「少女の姿は酷似していますし、最初見た時この人物だと私は確信しました。けれど、どうも――」
「違うと断定はできないが、かといって違和感が残る」
シャナエルが告げると、レイルは頷く。
「何か、歯車が狂っているようにも思えます。不死者の群れに交戦し、私達は彼女を捕らえましたが……」
と、レイルは言葉を止めた。話したくないという雰囲気だったため、シャナエルは無理に告げることはないと言おうとしたのだが、
「……それが、果たして正解だったのか」
感情を押し殺し、彼は語る。シャナエルも同意見だった。