第二領域
「どうやら、この周辺が魔物の溜まり場になっているようだな」
遠吠えに対しオックスが告げる。それに反応したのはユティス。
「溜まり場?」
「人は死ぬと魔力が外に噴出するらしいんだが……この村の規模でそういうことが起こった場合、さすがに野にいる魔物も反応するって話だよ、で、無人なもんだから近場に巣でも作って住みついたのかもしれない」
「どうする?」
フレイラが問う。魔物を倒すか引き上げるかという話だろう。
「まだ何も調べていない状況だから、ここは駆除した方が良いと思うけど」
「騎士の使命もあるからな」
「あなたに言われるとなんだか不思議な気もするけど……そういうこと」
フレイラは断じると息を整え、腰の剣を抜いた。
「勇者オックス、どういう態勢で戦う?」
「そうだな……魔物の能力を見てから判断してもいいんじゃないか――」
オックスが述べた直後、さらに遠吠えが周囲に響く。
「……嫌な予感がする」
途端、彼は懸念を告げた。それにユティスが応じようとした刹那、
ユティス達が進んできた道から見て、右側――そこに、気配が。視線を転じると一頭の黒い狼。ただし、大きさが虎ほどもあった。
「――第二領域だな」
断ずるオックス。言われた直後、確かにユティスの目にも取り巻く魔力が通常の魔物と比べ大きような気がした。
「フレイラさん、確認だが第二領域の魔物と戦った経験は?」
「あるけど……その時は単独ではなく騎士を随伴して。もちろんその時よりは腕も上がっているし、身体強化もあるから剣で倒せるとは思うけど……」
フレイラが語ると同時に、ユティスは別の場所から気配を感じ取る。今度は十字路の左――そこにも、同様の形状をした魔物が一頭。
「この村が崩壊し、生じた魔力により第二領域の魔物が二体誘われたわけだ」
オックスが解説する間に、その魔物二頭の後方に数頭ずつ似たような形の魔物が出現する。ただしそちらの気配は二頭よりも薄く、第一領域であることがわかる。
「……さすがに挟撃された形じゃあ、面倒だな。フレイラさんがもう片方を相手にしてくれるとありがたいわけだが」
「それは……」
フレイラが逡巡する間に魔物が唸る。かといって突撃する様子はない。
「どうやらこっちが魔具を持っていることから警戒しているみたいだな……態勢を整えるくらいの時間はありそうだ。逃げるか戦うか決めてくれ」
急かすオックス。それにフレイラは剣を構えたまま無言で――
「フレイラ、戦おう」
ユティスが、はっきりと告げた。
「僕がサポートするよ」
その言葉に――フレイラはユティスを一瞥した後、
「わかった、頼むね」
「うん。それで、ティアナさん――」
「ご心配なく」
応じた瞬間、ティアナは左腕をかざす。それと同時に突如光りが生じて形を成し――紋様が刻まれた、白い弓が出現する。
唐突な現象にユティスは目を丸くし、
「ほう、『顕現式』か」
オックスが告げた――装飾品などに武具を生み出す魔法を刻んでおき、自身の魔力を込めることによって発動する魔法形式。
携帯に便利というのが何よりの特徴だが、強化する効果を直接刻む『武装式』や『強化式』と異なり、『顕現式』は武具を生み出すことにリソースを使ってしまうため、能力がどうしても低くなってしまうという欠点がある。
そのため騎士などはメインの武器ではなく非常時の武器として使用することが多いが――彼女はメインの武器として使用している様子。
「ということは、戦えるということでいいんだな?」
「はい。私もお二人のサポートを」
ティアナが告げると、ユティスは話が早いと思った。
「よし、それじゃあ改めて――」
「交戦開始、ね」
フレイラが断じる。魔物は相変わらず唸り警戒している様子であり、先手はこちらが取れそうだった。
「ティアナさん、まずはでかい奴じゃなくてその後方にいる魔物を蹴散らすようにするといい……できるか?」
「はい。しかしオックス様は――」
「俺の方は気にするな」
答え、ニヤリと笑みを浮かべるオックス。
「――後ろは任せたぞ」
オックスは告げるや否や右側へ走り込む。同時に魔物の咆哮が生じ、オックスへ向かう。
そして彼は剣を抜き、刀身に――炎を生じさせた。
さらにユティスはその炎が竜のように変じるのを見た瞬間――視線を自分達が戦う魔物達へ向ける。
加え、『創世』の異能を発動。
「フレイラ、僕は防御系の物を!」
「わかった!」
了承の声を聞くと同時にユティスは詠唱を始め、ティアナは矢をつがえ、放った。
彼女の放ったのは魔力によって生み出された白い光の矢。真っ直ぐ一頭の小型の魔物へと向かい――敵は避けることもできず頭部に直撃、塵と化した。
吠える第二領域の魔物。そして前傾姿勢となった時、
ユティスの力が形を成した――それは、ナックと馬車を守る時に創り出したような、一本の杖。
生み出した瞬間、魔物は突撃を開始する。それに対しユティスは迎え撃つ体勢ができていた。
「はっ!」
掛け声と共に杖を大地へ突き差し、叫ぶ。
「阻め――地の精霊!」
声と共に、杖の先から大地を伝い魔法が発動。魔物が突撃するような中で、突如半透明な緑色の結界がユティスと魔物との中間地点に出現する。
それに、魔物が衝突した。
ズン――鈍い音と共に魔物の動きが止まる。結界は軋み、再度同じような突撃を受ければ破壊されてしまうとユティスは直感する。
けれど、突撃の威力を殺すことに成功した。後は彼女が――そうした目論見と共に、ユティスは叫ぶ。
「フレイラ!」
彼女は呼び掛けと共に動いた。激突し硬直する魔物に対し接近し――大上段から、剣を振り下ろす。魔力を大いに込められた斬撃は結界を透過し、魔物の頭部へ向かう。
石や岩を砕くであろうその斬撃は、見事直撃。しっかり振り抜いたことにより大きな傷をもたらしたが――刹那、魔物は威嚇するような雄叫びを上げた。
「一撃とはいかないか……!」
相当な魔力が収束していたはずだが、第二領域相手だとやはり一撃とはいかないらしい。
彼女は魔物に対しすぐさま後退。直後、魔物の前足が襲い掛かる。足はもろくなった結界を破砕し――彼女へ向かう。
そこへ、ティアナのフォローが入った。矢がその足へと直撃し、またも魔物の咆哮。
「ごめん」
「いえ」
フレイラの短い言葉にティアナは優しく答える。拙い連携ではあるがそれなりにまとまっており、ユティスもこれならどうにかなりそうだと思う。
とはいえ――ユティス自身第二領域を相手にしたことは初めてであり、緊張が体に生まれている。そうした状況の中で、攻撃に回るべきか思考する。
(だけど……)
自身の魔力を溜めた腕輪を見据える。旅の途上で毎日欠かさず魔力を込めていたのだが、体調が悪化しないよう注意を払っていたためか、思ったよりも溜まっていない。
現状、結界を構築する杖二本で多くを消費。次武具を創るので限界が来るだろうと思い、どう立ち回るべきか判断に迷う。
その間に魔物が吠える。明らかな攻撃の意思であり、ユティスは再度結界を張るべく杖を強く握りしめる。
「フレイラ、僕は――」
「さっきの手順でもう一度!」
フレイラはユティスの言葉を遮るように告げた。それならばと、ユティスも同意し呼吸を整える。
魔物が再度突撃を敢行。ユティス再度結界を生み出し、魔物の進路を阻む――と、そこにまたも突撃する魔物。軋むような音が響き、先ほどよりも強力な一撃。結界にヒビが入ったが、突破には至らない。
(よし……!)
ユティスが胸中呟いた瞬間、体にほんの僅かだが疲労が現れた――だがここで泣き言は言っていられないと思い、ユティスは踏ん張る。魔物が再度立ち止まり、そこへフレイラが駆ける。
万が一の場合に備え、ティアナが弓を構える。ユティスもまた彼女に合わせるように再度杖を握り締め、フレイラの攻撃が決まる――
斬撃ではなく、頭部を深々と貫く、刺突。
結果、魔物の断末魔が聞こえた。第二領域の魔物は形を失くし、ユティスも勝利できたと思い――その時、
残っていた他の魔物――二体が、フレイラへと駆ける。結界は大きくヒビが入っている。抵抗もなく突破されるとユティスは断じ、フォローに入ろうとしたが間に合わない。
しかしフレイラは慌てるユティスを他所にすぐさま体勢を立て直し、剣を構えた。そして迎え撃とうとした時、ティアナの矢が射出された。
攻撃は一体の魔物の頭部へ突き刺さり、消滅。次いでもう一体が結界を破壊しながらフレイラへ迫ったが――彼女は一刀両断し、倒した。
「……最後は援護、必要ありませんでしたか?」
ティアナが問い掛けると、フレイラは首を左右に振った。
「いえ……ありがとう」
息をつき、フレイラは応じる。見た目からすると相当気を張っていたのか、顔に疲労の色が窺えた。ユティスも同様で、一度呼吸を整える。
ティアナもまた、息をつき――そこでユティスは後方を見た。勇者オックスはどうしているのか――
「おいおい、俺の方が後なのかよ」
どこか憮然とした声音が響く。オックスは周辺にいた雑魚を倒し、第二領域の魔物と一騎打ちを行っていた。
結界など無い、接近戦。魔物の爪をオックスは剣で弾き、炎が舞う。
「俺も、負けてらんねぇな!」
告げると同時、魔物の爪を弾いた――いや、違う。
爪をかざした右足を、彼は見事に両断する。
途端、魔物の雄叫びが上がり、そこへとどめとばかりにオックスが縦に一撃加えた。それにより魔物は声すら失くし、塵となって消えた。
「……ま、上出来だろうよ」
そしてオックスは余裕の笑みを浮かべユティス達へ向く。疲労が顔に出ているユティス達とは大違いだった。
「ただまあ、結構疲れたようだな……第二領域レベルとなるとそんなもんだろ」
「……さすが、三国の勇者ですね」
ティアナが弓を消しながら言う。すると彼は不服に思ったのか、
「今更だな……ま、見た目からそんな称号が似合っていないからな」
語り、笑う。自覚はあるようだが、改めるつもりはない様子。
「で、周辺の気配も消えたようだが……どうする?」
オックスが言うと、フレイラは探索を継続すると表明。ユティスも同意し、意見する。
「その、一軒気になる家があるんだけど」
「ん、どうした?」
オックスが問い掛けると、ユティスは一方向を指差す。そこには、綺麗な家。
「……遠目から見ても壊されていないのがわかるね」
フレイラも言う。そしてユティス達は引き寄せられるように歩む。
近寄ってみると、他の家との違いがさらに明確となる。一切損傷しておらず、まるでここだけ不死者が見えなかったとでもいうように、浮いていた。
「とりあえず、中を調べてみよう」
ユティスが言うと、他の三人も同意して中へ。鍵はかかっておらず、扉を抜けると小さなキッチン付きのリビングが存在していた。
閉め切られていたため埃っぽいのだが、それでも中身も不死者によって破壊された形跡は見られない。
そして、部屋は二つ。ユティスは少しばかり警戒しながら、部屋の扉を視線に入れる。
「……僕は部屋を調べるから、他の三人はリビングを調べてもらえないかな?」
「いいぜ。気配もないし大丈夫だろ」
オックスがいち早く承諾。フレイラやティアナも頷き、行動を開始。
ユティスはそこでまず手前の部屋を調べた。寝室らしく、ベッドが二つ置いてあった。
「……ん?」
引き出し付きのテーブルなどがあるので、ユティスは歩み寄り開けてみると、何も入っていない。
別の場所の引き出しを調べてみるが、同様の結果。さらに言えば、雑貨などがあってもよさそうなものなのに、大きな家具しかない。
ここで、ユティスは察した。
「……これだけ破壊された中で現存しているんだから、騎士がしっかり調べても当然か」
小物などの類はきっと詰所の倉庫内なのだろう。ユティスは小さく息をつきながら引き出しを閉めようとして、
ふと、紙切れを見つけた。
「あれ?」
どうやら騎士も完全には押収できなかったらしい――確認すると、一枚の絵だった。