村の資料
――シャナエルは詰所の一室で、事件に関することを調べていた。出陣の一報もない以上やることも少なく、必然的に聖女について調べることになってしまった。
「これで、全部のようです」
さらなる資料をシャナエルの目の前に置いたのは、レイル――なぜかこうして二人調べることにしたというのは、何の因果かとシャナエル自身思う。
「しかし、勇者様がこういう調べものをするとは意外ですね」
レイルは反対側、向かい合うようにして椅子に着席すると、口を開いた。
「本来は、カール殿やベルガ殿がされるはずのことですが」
「彼らは詰所の者達に対する情報で満足したのだろう……カール殿は特に、事件よりも権力的なことに興味が強いだろうし、そちらで色々動き回っているのではないか?」
「そうかもしれませんね……反面、勇者様は満足されていないと?」
「……勇者様という言い回しはやりにくいな。呼び捨てでもいい」
「では、シャナエル様」
レイルは名を告げると、再度尋ねる。
「それでシャナエル様は――」
「今回の件、あくまで可能性だが『彩眼』に関わっている可能性もある……あなたの兄であるユティス殿のことを考えれば、調べておくに越したことはない」
「ですね」
レイルは断じると、机の上に載せた資料を手に取り、読み始めた。それに合わせシャナエルも資料に目を落とす。
それを読んで思うことは、そもそも不死者に関する情報が少なすぎることだった。
研究者達による調査結果なども確認しているのだが、今回不死者を生み出す魔法は、既存の魔法とは違うと断定しただけで、現在も調査中らしい。既存と異なるのであれば、不死者を生成する人物は新たに開発したか、それとも亜種の魔法を使ったのか。それとも、研究者でも把握できないような古代の魔法でも使ったのか――
「シャナエル様、例の村に関しての資料は読みましたか?」
ふいにレイルから質問が飛ぶ。それにシャナエルは首肯し、
「ああ……聖女に関する情報があるとすれば、そこだと思ったため最初に手を付けた」
「それで、結果は……と、ありましたね」
彼はそうした資料を読んでいるらしい。シャナエルは答えを示すことなく、彼が読んでいるはずの文面を思い出す。
農夫の証言から、赤髪の少女というのが当該の村にいなかったのかを、騎士は生存者に聞き取り調査している。その中で、該当する人物は一人。
名はアリス=リドール。背格好などの特徴も一致しており、騎士も農夫が語った少女はその人物だろうという結論に至っている。
「……その後、証言者達は死亡、というわけですか」
レイルがふいに呟く。その文面を思い出しつつ、シャナエルは口添えを行う。
「餓死した人物の項目は目にしたか?」
「ええ。彼女の母親ですか」
途端、レイルは目を細める。その顔つきが、ひどく険しくなった。シャナエルも難しい顔をした。
餓死、という風に記載されているが、騎士の報告からすれば狂死も同然だった。事件の後、彼女はものも食べずに散々喚き散らし、さらに夜中徘徊する有様だったという。挙句の果てに絶叫しながら――そして許しを請いながら、死んだ。
「許し、ですか。神にでも祈っていたのでしょうか」
そんな風に言うのはレイル。シャナエルは「さあ」と答えた後、
「不死者の群れを見て、何かを思い出したのかもしれないし……な」
「ええ。ところでシャナエル様。この資料を読んで、少女がどういった存在だと推測しますか?」
問い掛けに、シャナエルは資料から手を離し口元に手を当てる。
どういった存在――少女が不死者に対して敵か、味方か。
「……味方である場合は、何かしらの実験を行い騎士達に目を付けられないよう駆除する役目か。とはいえ実際騎士は調べ回っている……敵が何を考えているのか不明だが、不可思議な構造だと言わざるを得ない」
「敵である場合は?」
「彼女は村の者達の敵を取るべく不死者を狩っている……といったところか」
「彼女に関する詳しい資料は読みましたか?」
「ん? 資料?」
「これです」
言いつつレイルは紙を数枚シャナエルへかざす。
「いや……そっちは読んでいないな」
「そうですか……この資料の情報から推測するに、彼女もまた不死者ではないでしょうか」
「何?」
聞き返すシャナエル。そこでレイルは説明を加える。
「事件が起きる半年程前に、魔女狩りがあったそうです。それもまた少女であり、崖から転落して死亡した」
「それが、アリスという少女だと?」
「はい……証言から、そうした特徴を持つ少女については彼女一人。けれど彼女は魔女として殺されていて、不死者として復活し村を襲撃」
「なるほど。となると、母親が狂死した理由もわかるな」
「殺したはずの娘が現れたのです。錯乱してもおかしくない……ただ、一つ疑問が」
と、レイルは一つ付け加える。
「興味深いことに……村は破壊され尽くしたらしいのですが、彼女の住んでいた場所……つまり、自分の家は破壊しなかった」
「ほう? それも私が読んだ資料には載っていなかったな。見せてもらえるか?」
シャナエルの要望にレイルは資料を差し出す。それに軽く目を通し――確かに、レイルが語った通りのことが記載されていた。
「なるほど、そうなると母親を殺さなかったという理由もなんとなく推測できる。復讐しようとしたが、不死者でも理性があり殺せなかったということかもしれん」
「不死者に理性を与えるなんて魔法、相当な高位魔法ですね。警戒に値する」
「そうだな」
シャナエルは言った後ため息をつく。不死者としての復活は、おそらくアリス本人の意を介さない所で起きた。そして彼女は復讐のために村を滅したとすれば――結局、その村は魔女に殺されたということになる。
「しかし、そうなると少女が不死者を滅している理由がわからないな」
「はい。まだわからないことが多いですけれど、それは今後の調査次第といったところですね」
「そうだな……今後、相手はどう出ると思う?」
「難しいですね」
レイルは唸る。それにシャナエルも同意しようと口を開きかけた――しかし、
「……ん?」
ふと、疑問が生じる。とはいえ具体的に言葉では言い表せなかった。
「どうしました?」
声にレイルが反応。シャナエルは咄嗟に応じようとして、やはり口が止まる。
「……いや、何でもない。勘違いだったようだ」
そう言うに留めた。というより、そういう言い方をする他なかった。
なぜそんな風に感じたのか理由が掴めない。けれど、勇者の勘とでも言うべきものが、違和感を体の内に生じさせた。
(……とはいえ、こんな抽象的なことを言っても納得はしないか)
だからシャナエルは一切語らず、ひとまず保留とした。そして勘を押し込めシャナエルは資料を読むことに没頭しようとするが――ふと、
「ユティス兄さんは、現地へ向かっているのですよね」
レイルの言葉。胸中シャナエルはオックスもいると呟いた後、頷く。
「詰所で門前払いされ、街を出た方角がそちらだった以上、向かっているだろうな。それが何か問題なのか?」
「いえ……ただ」
「ただ?」
シャナエルが聞き返すと、レイルはどこか優しい表情を示す。
「ユティス兄さんはああ見えて鋭いところがあるので、もしかすると現場で色々と情報を得るかもしれませんし、何も見つからなかったとしても推測するかもしれません」
「ほう?」
興味深い話だと思い――なおかつ、レイルの言動が兄であるユティスを高く評価しているように聞こえた。
「何か確証があるのか?」
「私自身、ユティス兄さんとは齢も近く小さい頃からよく遊んでいたため、私が兄弟の中で一番兄さんのことを知っています。だからこそ言える……接する中で、すごく察しが良いと思っていました」
「察しが良い?」
「本来、子供ならば時折無遠慮な言動がでるでしょうし、私も教育を受けた身にも関わらずそうした言動をとった経験があります。けれど兄さんは、まるでそうした言動をすると怒られるとわかっているかのように振る舞っていて……今にして思えば、人の感情などを考えることなどが得意だったのかもしれません」
「その察しの良さが、今回の件にも活用されると?」
「……あくまで私の勘ですが」
「そうか……とはいえ」
と、シャナエルは一つ注釈を入れる。
「情報を手に入れたとしても、根本的な解決にはならないだろうな……目的である聖女や首謀者に近づいているのは、私達だ」
「ですね。現状ではどの道、ユティス兄さん達が対応するのは難しいでしょう」
「……今ふと思ったが、レイル殿の仮定が正しく彼女が不死者とするなら、引きこむのはまずいのではないか?」
問い掛けると、レイルは一転渋い顔をする。
「私もそう思いましたが……それは、彼女と遭遇した時考えても良いのではないでしょうか。どちらにせよ戦うことになるのは私やシャナエル様です。つまり」
レイルは表情を変える。どこか冷厳な顔に。
「生殺与奪の権利は、私達にあります」
「……そうだな」
とても、少年が見せる顔ではないとシャナエルは思う。
けれど、それこそが彼の覚悟だとすれば――シャナエルも依頼を請けこうして共に戦うことを決議した以上、準じなければならないと改めて思った。
やがて両者は会話を止め、無言で資料をめくる紙の音だけが響く時間が生じ――ふいに、廊下から足音が聞こえてきた。
それがひどくせわしないものであったため、シャナエルは予感を抱き資料を机の上に置いて立ち上がると、部屋の入口へ移動。扉を開けた。
廊下を窺うと、部屋の扉を通り過ぎようとして音に気付いた騎士の姿。
「勇者シャナエル……! レイル様は――」
「この部屋にいるが、どうした?」
慌てた様子の騎士に対しシャナエルは問い掛ける。無論、推測はついていた。
そもそもレイルのことを呼んでいる以上、内容は一つしかない。
「それが……見つかったようなのです。不死者の集団が」
その言葉の直後――部屋の中で、レイルが静かに立ち上がった。