世界の輝き
ユティス達は大天使が封じられる地下へ赴く。見た目的に動きがなさそうに見えるが、フーヴェイの言葉によれば既に異変が生じている。ここからは一切油断できない。
「準備を始めた段階で攻撃されるのが一番問題なんだけど……な」
「そこまで心配する必要性はないだろう」
と、一緒に来たフーヴェイが小さく呟いた。
「変化は小さなものだからな……もっとも、その小さなものが一気にという可能性はあるが」
「……思ったよりも、悠長ですね」
「君達と比べ、私は大天使のことを知っている……異能によるもので。大天使は、兵器だ。例外的な動きはするにしても、基本的には作成者の命令に基づいて行動する。今から突然封印を無理矢理解いて、というのは作成者に反することなので、おそらくないだろうという見解だ」
「それなら良いのですが……オズエル、準備を始めようか」
「ああ」
ユティスとオズエルが動き出す。既に何をすべきかは彩破騎士団に言い渡している。よって、各々勝手に動く。
一方でフーヴェイはその様子を見ている。ずっとここにいるのかと思っていると、階段から足音が聞こえてきた。
「……おー、これが大天使様か」
ヨルクだった。その隣にはサフィ王女がいる。
「お二方……危険ですよ」
「こっちは王女の護衛だ。どうしても見たいと仰ったので」
「全ての始まり……その存在を一度はしかと目に焼き付けておきたくて」
サフィは大天使へ一歩近づき真正面から見据える。
「……元凶にして、人類の繁栄を壊した存在、か」
「元々は兵器だ。それは絶対に変わらない」
フーヴェイが話し始める。そこでサフィは視線を変え、
「あなたが……組織の長?」
「組織そのものが消滅してしまったため、今は元がつくが、そうだ……私達はこの大天使を倒すために尽力してきた。まあ、最後の最後で多数の犠牲を出してしまった」
「組織の今後は?」
「もはや再生は不可能だ。ここで決着をつけるしかない」
「そう」
どこか呆れたようにサフィは応じる。言いたいことが山ほどあるようだが、フーヴェイの表情を見てもういい、といった感じだろうか。
「私は上にいて、異能者達の指揮をするわ。みんな、気をつけて」
そう述べてサフィはあっさりと引き下がる――のだが、ヨルクだけは残った。
「……護衛じゃなかったんですか?」
「片道だけだ。見知らぬ場所を訪れる際は、さすがに警戒するだろう? ここがまだ安全だと判断した以上、王女に害をなす者はいないさ」
ユティスの問いにヨルクは肩をすくめながら答え、
「俺自身、最後の敵を見たかったという欲もあったからな……兵器、か。元々は人間同士の争いのために作られたものだろう? それが暴走の果てにこうなった……なんというか、話のオチとしてはあまりにお粗末だな」
「そうだな。まさか人間の作った兵器が人類の存亡に関わっているとは」
と、フーヴェイがヨルクの言葉に同調した。
「自業自得、などというのだろうな……もっとも、ツケを払わされているのは未来の人間だ。割に合わないのだが」
「まったくだ……一つ、尋ねたいことがある。正直、ここで答えを出せるとは思えないんだが、組織の長だった者へ訊いておきたい」
「何だ?」
「……この世界は、二千年前と同じ輝きを取り戻すことができるのか?」
ヨルクの言葉にフーヴェイは黙する。ユティスは準備を進めながら二人の会話へと意識を集中させる。
両者の間で言葉が止まる。とはいえ、フーヴェイが思案しており――やがて、
「あくまで私の見解だが、可能であるとは思う。二千年前の状況になるまでに、人は長い歴史を育んできた。それをもう一度私達がやる……不可能ではない。元に戻すというのは不可能だろうが、違う形で繁栄することは可能だと思う」
「同じようになるまで気が遠くなる歳月が必要だろうが、な」
「ああ、まさしく……後の世のことを考えているのか?」
「いや、正直俺が面倒見切れる話でもない。ただ、そうだな……例えば大天使を倒したとしても、どこかの遺跡からヤバい兵器が出てくるとか、あるいはそうした技術を利用して軍事兵器を作成。それが暴走して似たような形に……なんて展開になってしまったら、俺達の苦労は何だったのか、という話になる」
「それは同意ではあるが、私達が感知できるものではないからな……とはいえ、そういう兵器が生まれたとしても、それはその時代の人間が払うべき代償だ。もっとも、今のように後世に負の遺産を与え続けるなんてことには、ならないでほしいが」
「ああ、そこには同意する……話をしてくれて礼を言うよ」
「もういいのか? そもそもこの話の意図は――」
「深い意味を込めたわけじゃない。なんというか、あんたが正常であることを確認したかった。この時代に異能者を生みだし、大天使の力を用いた人間が暴走してしまった事実……それだけのことをしたわけだ。組織の長に対し、警戒する必要性だってあっただろ?」
「ああ、なるほど……その辺りは否定しないさ。存分に警戒してくれればいい」
「やりにくいな、また……ユティス、何かあったら言え」
「は、はい」
頷くと、ヨルクはニヤリと笑った。
「なんだか頼りない返事だな。これからその双肩に全てを預けるというのに……歴史を作り出す存在になるかもしれないのに」
「そんな大層なものではないですよ」
「いや、そうかな? 負の連鎖を終わらせる……これから人間は再び発展し続けることができる。それは言わば創世と呼べるものだ……ある意味、ユティスの異能の到達点と呼べるところかもしれないな」
「世を創る、ですか」
「そうだ……さて、俺はそろそろ退散しよう。技術的なことでサポートが必要であれば、いつでも呼んでくれ」
ヨルクが立ち去る。その後ろ姿を眺めていると、
「その異能で、歴史を創る……面白い解釈ね」
フレイラが唐突に発言。さすがにそんな仰々しいものではない、とユティスは否定したかったのだが、他の騎士団達も同意するような雰囲気だった。
「……なら、きちんと歴史に名を刻めるよう、頑張るよ」
そんな軽口の中で、準備を進める――最後の時は、刻一刻と迫っていた。