大天使の異変
集った異能者達はラシェン公爵がまとめ、ユティス達は大天使を倒すための準備を進めることにする。誰にどのような役割を持たせるかについては、今後要相談ということになったのだが――
「話がある」
そう部屋で休憩をしていた時、組織の長だったフーヴェイがユティスへ話し掛けてきた。
「どうしました?」
「大天使に異変が見られる」
ユティスは即座に立ち上がる。もしかして復活するのか――と思いきや、フーヴェイは手で制した。
「今すぐに、というわけではないだろう。しかし、場合によっては時期が早まる可能性がある」
「大天使の体内時計が狂ったと?」
「そうではない。おそらく大天使にも防衛機構が存在する……それにより外部に脅威が見つかれば、緊急的に動き出す可能性がある」
そう述べた後、フーヴェイは一度目を伏せる。
「千年前の戦いも、完璧に千年経過したとは言いにくい。というのも、具体的な時期……さすがに年単位での誤差はなかったが、日にちまで完璧に合っているとは言いがたい。だから、千年前の戦いも異能者が集結して……そこから大天使が何かしらの形で目覚めた可能性がある」
「外部要因で……ってことですか」
「そうだ。今回異能者が集ったが……おそらくそれだけが理由ではないだろう。たぶん、封印されていながら大天使は外を観察している。今はまだ眠っていても問題はない。しかし、場合によっては予定を早めるかもしれない――」
「なら、できるだけ急ぐ必要がありますね」
ユティスの言葉にフーヴェイは目する。
「残り一年という話でしたが、おそらくそれよりも早期に目覚めるとなれば……僕達は、それに応じる必要があります」
「間に合うのか?」
「武具の作成はおおよそ終わりました。ここからは封じられた大天使を器ごと倒すための準備が始まります……大天使が脅威を感じているのなら、それはできるだけ早急に行わないと、先に目覚めるかもしれませんね」
「障害がまた一つ増えたな……」
「とはいえ、理論の構築はそれほど必要ありません。こちらで作業は終えています。準備については、一日足らずで可能だと思います」
オズエルが武具の作成で地方を回る間に大天使を打ち破るための方法を開発した。アルガとの戦いによるデータを利用し、武具をどう使って倒すのか――それらを、彼は見事にこなした。
「たぶん彩破騎士団が戦うことになります。異能者の方々は、その援護に回る形になるかと」
「……大天使が目覚める前に打倒するとして、それが失敗したら後戻りはできないな?」
「はい。僕らが攻撃を受けておそらく死ぬでしょう。防御する手立てがあるとはいえ、生存できる可能性は極めて低い」
冷静に、不安を発することなくユティスは語る。
「武具についてはほとんど攻撃に回すものですからね……そもそも器ごと破壊する以上、生半可な武具では太刀打ちできない……よって、防具まで気を回す余裕はない」
「わかった……ならば、私達は運命を共にするしかなさそうだ」
「千年後のことは考えないんですか?」
「組織は崩壊し、私自身が生き残っても何もできないさ。組織は二千年、千年と脈々と技術を継承し続けた。それをアルガが一人で壊した。彼は組織を破壊し尽くされたからな。今の技術では再生することができない物もたくさんある。実質、私は歴史を語り継ぐことくらいしかできなくなっている」
「そうした物が喪失して、残念ですね」
「歴史的価値を考えれば、そうだな……地中に埋もれている遺跡はごまんとあるだろう。ネイレスファルトなどもその一例だ。しかし、そもそも地中に存在する遺跡を見つけ出す手立ても、方法も大天使が暴れれば消え去るだろう。よって、ここで決着を付けるしかない」
その顔には覚悟があった。悲壮ではあったが、明瞭な覚悟が。
「私はこの場所で、全てを見る。元々、アルガが暴走し組織が完全に消え去った時点で死を覚悟していた。君達が来なければ今頃屍になっていた身だ……最後まで、付き合う気でいる」
「……なら、最後の戦いで横にいてもらえますか? あなたの知識……大天使と戦った知識は、何よりも代えがたいものなので」
「ああ、いいだろう」
――ユティスはフーヴェイと会話を終えて、仲間達へ大天使の現状を報告。いよいよ決戦だと思うと、全員の顔が引き締まる。
「全てが決まる戦いが差し迫っている……準備が完全に整うまで、後数日といったところ……それが完成次第、戦うことにする」
「引き延ばすことはしないと?」
リザの問いにユティスは頷き、
「フーヴェイさんによると、大天使の変化は日ごとに増していっている。それは微々たるものだけど、いずれ身の危険を感じたら封印された状況下でも防御魔法くらいは使うかもしれないって」
「そういう事態にならない内に、攻撃するってことか」
「うん。僕らは急いで準備をしてきたわけだけど、それが正解だった形になるな」
「運が良かったわね」
フレイラが評する。確かに一年あるとしてゆっくりやっていたら、どうしようもない状態になっていたかもしれない。
「ひとまず何もできずに終わるなんて事態にならずには済んだ……けど、これでようやくスタートに立てた。オズエルが準備をしてくれているけど、ここからが勝負だと言ってもいい」
「できる限りのことをしなければなりませんね」
ティアナが述べる。騎士団の面々は相次いで頷く。
「……これで、ようやく彩破騎士団の戦いが終わる」
ユティスは騎士団へ――仲間達へ、告げる。
「一つの役目を終える……もっとも、だからといって解散するわけじゃない。ラシェン公爵にも考えがあるようだし、この戦いが終わればロゼルスト王国へ戻り、少しはゆっくりできる……かもしれない」
「できることなら、そうしたいですね」
苦笑しながらアシラは言う。このマグシュラント王国へ来るまで、忙しなかった。彼がそう言うのも無理はない。
「いざとなれば僕が直談判でもするから……さて、話はこれで終わりだ。今から地下へ赴き、大天使を見据えながら準備を始める。何かあれば、その時点で最終決戦が始まる」
「戦々恐々だけど……やるしかないわね」
フレイラはそう述べるとユティスへ、
「私達は常に地下へ……ということね?」
「そうだ。普段の観察はフーヴェイさんが。そして準備中は僕達が常駐することになるな。全員、ここからは一時も気を抜かないように、頼むよ――」