排斥の経緯と廃村
翌日、移動を開始。商人ナックの手綱さばきは中々のものであり、荒れた道でも車体をほとんど揺らすことなく進むことができた。
「こうした道は慣れていますからね。商品を傷つけては一大事ですし、こういう風になりますよ」
休憩時、そんな風に説明したナック。フレイラは口上に納得しつつ、側面にある窓から外の景色を眺めた。
現在は、早朝から馬車で村へと向かっている。時刻は昼頃であり、じきに到着するとのことだった。
「なあ、一ついいか?」
そんな折、オックスがフレイラ達に呼び掛ける。
「そういや聞いていなかったが……魔法を排斥する村、とか言っていたよな? それはどういう経緯で生まれたんだ?」
「私も、詳しくは知らないけど……」
「あ、私は知っていますよ」
フレイラの後に続きティアナが口を開く。
「といっても、それほど複雑なものではありません。彼らが崇める神々の存在が、そうさせているのです」
「……宗教関連?」
「特定の神を崇めているというよりは、そうした神々の伝承を受け、教えを忠実に守っていると言った方がよいでしょう」
「魔法を禁止する、というのを守っている?」
「より具体的に言えば、魔という存在は神々を現世に引き寄せ、人類を滅ぼすという言い伝えを信じている、とでも言いましょうか」
フレイラにも聞き覚えがあった。その話は神話学に属するもの。
ティアナの言う魔の力というのは魔法のことを指し示し、それを人間が行使すると神々の使いがやって来て、人々を滅していくというもの。現在暮らす人々から見れば嘲笑されてもおかしくない話なのだが、神々が舞い降りた可能性は捨てきれないと主張する神話学者がいるのもフレイラは知っていた。
過去、フレイラ達が暮らす時代よりも前、人々は大陸で様々な文明を形成していた。中には明らかに現行以上の技術が発達したケースもあり、それは大陸のあちこちに存在する遺跡から推測することができる。その中で、遺跡が崩壊した年代が一致しているケースがある。
これは神々の使いが舞い降りて人間を滅ぼしたのでは――と主張する者も学派にはいる。けれど実際は少数派であり、現在は大規模な世界大戦説や、交易の発展などによって生じた疫病説などが有力。けれどそうしたものについてもあまり資料が残っていないのが実状であり、だからこそ色々と推測できるため学者のネタとなっているわけだ。
「どうも、過去に神々の襲来に関する学派の方が今回の村出身だったらしく……次第に村全体が傾倒し、さらに山脈にある村々にもある程度伝播したみたいです」
ティアナがさらに語ると、フレイラはずいぶんと迷惑な話だと思った。彼らにとってはそれでよかったのかもしれないが、部外者であるフレイラからすれば、魔女を見つけ殺すような環境が良いとは思えなかった。
「うん……? ちょっと待て。そうすると、村の中で魔女が出てくるなんて思えないんだが? 魔法なんてものは、学ばないと習得できないだろ?」
もっともなオックスの意見。するとそれにはユティスが答えた。
「先天的に魔法が使えるという人も、世界には存在するよ」
「ほう、先天的に? どういう理屈だ?」
「幼い頃より……それこそ胎内にいる時から魔力を受け続けていればそうなるケースがある」
フレイラとしてもその話は興味深かったため視線を送る。気付けば車内にいる全員がユティスを注視しており、彼は少し苦笑しながら続けた。
「そんなに詳しく語れないけど……土地によっては魔力が濃くて作物なんかにその魔力が染み込むケースが存在するんだ。で、この山脈周辺はまさしくそれで、実際この山から輩出された魔術師が都へ行き、宮廷魔術師になるケースも存在する。原理としては魔力を蓄えた作物を母親が食べ、それが胎内の赤ん坊にも影響し、体の中に保有できる魔力が常人よりも大きくなり、さらに魔力を受け続けることで特殊な魔法が行使できるようになるというわけ」
そこまで語ると、ユティスは一拍置く。
「学術的な用語では、そうした魔法は『潜在式』なんて呼ばれ方をしていたかな……通常の魔術師と大きく違う点保有する魔力量が多いだけでなく、体が魔力を操ることを本能的に理解しているため、詠唱など必要なく魔法を行使することができる」
そしてユティスは肩をすくめる。
「よりわかり易く言うと、僕達が『詠唱式』で使える威力と同レベルの無詠唱魔法が使える……といったところかな」
「天より与えられた才というわけか……いや、この場合は大地より与えられた才ってわけだな」
オックスは納得するように告げると、ユティスも小さく頷いた。
「だから、この山脈内では『潜在式』魔術師の卵が結構いる……その中で魔法を排斥する村々がある」
「何かのきっかけで魔法を使えば、魔女として殺されると」
フレイラが言及すると、ユティスは「うん」と返事をして、
「魔法を使えるとわかった直後は、本人だって魔法をうまく制御できないだろうし……抵抗もほとんどできず殺されるんだと思う」
「そっか……」
率直にやり切れない心境をフレイラは抱く。
「土地の特性から、そういう犠牲者が過去に何人もいるんだろうね……そう思うと、なんだか複雑」
「仕方ない、という風に僕らとしては思えないよね……ともあれ、そういう特殊な環境だと認識してもらえればいいよ」
ユティスがまとめとして述べた直後、車体が止まった。どうやら到着したらしい。
「村の前に辿り着きましたが……いかがしますか?」
外からナックの声が聞こえた。フレイラは「出ます」と一言告げ、馬車の扉を開く。
続いてオックスやユティス、さらにティアナも降りる。風が多少あり、髪がなびくためフレイラは少しうっとうしそうに顔をしかめた。
「さて……」
オックスが先頭に立ち、村を観察。フレイラも合わせるように視線を移すと、まず目に入ったのは大きく損壊した木造の家々だった。
村の入口には門などもなく、山道が村の中へ続いており、その左右に家が並んでいるような形。道幅はそれなりに広く、じっと目を凝らせば村の中央らしき場所に十字路が形成されていた。
「思った以上に、不死者は暴れまわったようだな」
オックスが感想を述べる。フレイラもまた同感だった。
建物がかなり破壊されていることに加え、壁面などに血痕らしき黒い染みが存在する場所もあった。ガラスの窓などが存在していたようだが、その全てが破壊され地面には太陽に反射して光を見せる破片が多数存在する。
「で、家の数はそれなりだな……一軒一軒回るのは手間だが、どうする?」
「その前に、私はどうすればよろしいですか?」
御者台からナックが問い掛ける。それにフレイラは馬車へ首を向け、
「ひとまず現状維持でお願いします……で、ティアナさんは――」
「私も行きます」
強い言葉。そこでフレイラは言っても聞かないだろうと思い、
「では、同行を……そしてユティス」
「うん、何?」
「馬車を中心として結界を生み出すことはできる?」
「ああ、それなら良い方法があるよ。結界の魔法は魔力を維持しないとすぐに強度も落ちるけど、これなら」
そう言いつつユティスは両手を胸の前にした。
――フレイラは、ユティスがラシェンから貰った腕輪が非常に効果的だと感じた。旅の途上で魔力を蓄えておけば瞬時に異能を使うことができる。それは今まで以上に異能が有用となってくる。
さすがに溜めることのできる魔力も限界があるため以前のように聖剣を生み出すことはできないが、今回の場合は十分そうだった。
ユティスが光を生み出し、それをオックスとティアナは感心を向けつつ注目する。そうしてできあがったのは一本の杖。無機質な鉄杖だが、表層にはユティスが込めた魔力が僅かに発露している。
それを手にしたままユティスは馬車の近くへと移動し、地面にそれを突き立てる。
「ナックさん、もし魔物が現れた場合、僕が気付けるようになっていますから……無闇に外へ出ないようにお願いします。必ず戻ってきますから」
「わかりました」
承諾と同時に、ユティスは口の中で詠唱。そして、
「阻め――地の精霊!」
告げた言葉と共に、杖の魔力が発動。馬車全体を覆う円柱型の半透明な緑色結界が出現する。
「ほう、なるほどな」
感嘆の言葉がオックスから漏れた。
「全方位覆う強固な結界か……どんな特性の魔具も、魔力の範囲内で自由自在というわけか……話通り、ずいぶん便利そうな異能だ」
「どうも」
「馬車への対応も無難だろうな……それじゃあ行くぞ」
オックスは気を取り直して告げると、歩き出す。いつのまにか彼が仕切るような状況となっているが、誰も追及はせず彼に従いフレイラも歩き出した。
「適当な家を確認するか……ちょっと待て」
ふいにオックスがユティス達を呼び止めると、破壊された窓から家の中を眺める。
「……死体は当然片付けられているが、中は雑然としているな。詰所に色々と持って帰っているはずだが……それでも手掛かりとなりそうな物がありそうな雰囲気だ」
「片付けはしないのでしょうか」
「現在は無理、ということじゃないかな?」
ティアナが言うと、フレイラが反応する。
「騎士の人も不死者が現れてそれどころじゃないという気もするし……事件が完全に解決したら、この村にも何かしら手が加えられると思うけど」
「ここで必要なのは、例の魔女のことだよな?」
確認を行うオックス。フレイラは頷き、
「ここが最初の犠牲となった場所なら、関係していてもおかしくない……色々気になるところはあるけど、もしかするとこの村で魔女認定された子かもしれない」
「といっても、彼女の情報を手に入れるなんてのは……村の大きさから考えて、相当頑張らないといけないよな」
頭をかきつつ、オックスは周囲の建物を見回す。
フレイラも内心同感だった。仮に少女がこの村出身だとしても、この建物のどこに家があったのかなど、まるでわからない。フレイラ自身村である以上規模もそれなりだと思っていたし、だからこそ全部回っても余裕だと思っていたのだが――予想以上に大きく、かなり時間が掛かりそうだった。
候補を訊き出そうにも村の住人は既にこの世にはいない――地道に調べるしかない。
「とはいえ、しらみつぶしにやらないとまずいわけだよなぁ……どこから調べる?」
「ひとまず、村を見回ってみよう」
提案はユティスが行った。
「もしかしたら怪しい所があるかもしれないし……」
「怪しい、か。ま、そうだな。一つ一つ見回って最後の方で見た目から怪しいとわかる建物がでたら悲しいもんな」
結論により、一行は村の中心へを歩を進める。十字に交差している道にはそれぞれ同様の木造の家が見え、無人であるためかひどく荒涼としている。
「どの道から行く?」
オックスがぐるりと見回しながら問い掛ける。フレイラもまた彼と同じように周囲の建物を見回した時、
「……ん?」
ふいに、ユティスが声を上げた。
「どうしたんですか?」
彼の声にティアナが反応。それにユティスが答えようとした、その時――
狼の遠吠えのような音が、周囲に響き渡った。