屋敷への来訪者
走り去った人物を見送り、女性は再度口を開いた。
「……今、のは」
先ほどの光景――迫る魔物に対し、彼は魔法ではなく光を集め、剣を成した。
魔法の中には、ああした武器を具現化するものも存在している――だが、彼女にとって捨て置けない部分がいくつかあった。
まず生み出した剣。青い刀身に風の刃――あれは『風の勇者』という英雄譚に記された聖剣の特性とまったく同じ物。加え、刀身の見た目も載せられている挿絵をきっちりと再現していたのが、彼女にはわかった。
続いて、彼が能力を使用した時一つ大きな変化が起こっていた。
それは――眼だ。
「色が……あれは……」
思い返しながら女性は呟く。能力を発動した瞬間、彼の瞳の色が変わっていた。
最初、黒から紅色に変わったと彼女は思った――が、僅かに身じろぎした時紅が突如青に変化した他、剣を振り抜いた時色が緑に変化していた。
動く度に色が変化していたのではないと彼女は断定する。おそらくだが、見方によって色が変わってしまう――虹色のような瞳。
女性はこれに心当たりがあった。近年虹色の瞳――別名『彩眼』を持つ変わった人物がいるという話があり、そうした人物達は例外なく異能を有しているという。
「……物質を、自由に創り出す能力かな?」
呟いた瞬間、女性は彼が走り去った方角に目を向けた――魔法は、ああして想像したものを自由に作成する能力はない。だからこそ想像したものを生成する能力は『創生』という名称で特別扱いされ、伝説的な魔法として認知されている。
果ては、この魔法のことを『神の所業』と呼ぶ者さえいるくらいだ。
「創生の、魔術師か……」
彼女は呟いたと同時に、森を出るべく歩き始める。
同時に思考し始めた。なぜ、彼は見なかったことにしてくれと言ったのか。
「黒いローブ姿となると、屋敷にいる魔術師かな? だとすれば、主君に見咎められないように活動しているとか?」
こういうケースはそう珍しくない。平和な世の中で極大な異能や魔法を使う魔術師は、身分などによっては危険視されることもある。都にいる宮廷魔術師なら大丈夫だろうが、地方領主の下に身を置く魔術師なら懸念されてもおかしくない。
強力な魔法が使えれば、それだけで目をつけられる――だからこそ、魔術師は隠してくれと懇願したのだろう。
「問題は、ここの領主がその事実を知っているのかどうか……」
呟きながら女性は頭の中で算段を立てる――思わぬ人物の到来に、彼女は心を躍らせる。
都へ向かう間、不安ばかりだった。それは彼女が抱くとある事情によるものであり、果たして自分一人で解決できるのか、限りなく不安だった。
けれど、彼がいればもしかすると――そう考えつつ、彼女はどう協力をとりつけようか思案を始めた。
* * *
ユティスの異能は一般的に『物質構築魔法』と呼ばれる領域のものであり、この名称自体はそう珍しいものではない。
そもそも詠唱式の魔法であっても魔力を炎や氷といった『物質』に変えて攻撃を行う。だから物質を生み出すという点においては、希少価値は無いに等しい。
けれど、ユティスのように「自身が想像した物」を自由に作ることはできない。魔法とは高めた魔力を一定の法則に従って組み換え放出する。そのやり方は魔法ごとに決まっており、自由に組み替えることなど決してできない。
そこがユティスの異能が持ち得る希少性だった。そしてこうしたことのできる異能は、書物ではこう書かれていた――無から有を自由に生み出せる、神にも等しい能力である、と。
無論、制約は存在する。この魔法はユティスの抱える魔力の範囲内でしか使えない。つまり大きな魔力を秘めた魔法の武器を創り出すことは、難しい。けれど例えば土地などに存在する魔力を吸い出し、魔力をユティスにも使えるよう変換し利用できるようにすれば、理論上その膨大な魔力に応じた凄まじい物も創り出すことは可能であり――
「何をしているんですか!?」
走って戻ってきた時、出迎えたセルナが開口一番に告げた。
「そんなに息を切らして……!!」
「ああ、ごめん。本当にごめん」
ユティスは息を整えつつセルナに謝罪した。森の中で出会った騎士らしき女性のことで頭が一杯だったため、自身のことまで気が回らなかった。
「けど、今日は調子いいみたいだし、何ともないよ」
「そういうことを言っているのではありません! もしお一人で倒れたらどうなさるおつもりなのですか!?」
つまり、誰にも見咎められない状況で倒れたりすればフォローできない。その点を彼女は言及しているわけだ。
「……ごめん」
叱られ小さな子供のように肩を落とすユティス。それを見たセルナは少し言い過ぎたと思ったか表情を改め、
「……こちらこそ大声で怒鳴ってしまい申し訳ありませんでした。ですが、ユティス様にはもう少し自重して頂かないと」
「ああ……わかったよ」
テンション変わらぬままユティスは応じる。対するセルナはそこで小さく息をつき、
「……では、この話はこれで終わりとしましょう。尾を引きずることも良くありませんから」
「うん」
「それでですが、キュラウス家の方がもうじき到着する予定だそうです。既に街には入ったとの事で、本日はここで宿泊されるとのこと」
「そう……屋敷に入り切る人数なの?」
「身辺護衛の人間含め五名とのことなので、大丈夫です」
「わかった」
ユティスは相槌を打ち、先ほど出会った女性騎士のことを思い出す。
身なりからすると、公女だか公子だかの身辺護衛をする人物なのだと思った。さらによくよく考えればなぜ騎士があの場にいたのか疑問を感じ――もしかすると噂を聞きつけ魔物を倒そうかと思った。そんなところかもしれない。
最悪、主人に報告しているかも――ユティスは逃げたことを少なからず後悔しつつ、セルナに指示を送る。
「ひとまず、迎える準備を」
「もう行っていますよ。ユティス様も着替えてください」
「……うん」
頷き、ユティスは移動。自室に戻ると手早く貴族服に着替え、自身も出迎える準備を始める。
「五人って言っていたな……」
その中に先ほどの女性騎士がいるのは間違いなく、ユティスはどう話をつけるべきか考える。
――なぜこうまでして頑なに異能を表に出さないようにするのか。ユティス自身、この異能が知れ渡れば問題しか起きないことを知っているためだった。
異能が周知されれば、多くの人間がユティスに干渉してくるようになる。病弱かつ、いつ倒れるかもわからない体でそうした人々と相対するのは限界があるため、とてもじゃないが対応できないと考えていた。
さらに、場合によっては絶対的な力を見せつけたことにより騒動に巻き込まれるのではないか――だからこそ、ユティスとしては露見させたくなかった。
「説得できるタイミングを見計らうしかなさそうだな」
もうすでに主人に話していたとしたら――主人相手に言い含める必要があると思い、ユティスは内心頭が痛くなりそうだった。
おとなしく魔法で魔物を駆除すればよかったなどと考えるのも後の祭り。ユティスはあきらめた心境を抱きつつ、出迎えるために屋敷を見回り始めた。
それから程なくして屋敷外から馬車の音が聞こえ始める。ユティスは少し慌てつつ準備を進め、屋敷入口で出迎えることにした。
「ユティス様、門前に馬車が」
玄関まで来るとセルナが告げてくる。ユティスは小さく頷くと外に出て、停車する馬車へと近寄った。
馬車は木製かつ窓及び屋根付きのもので、黒塗りの外装もあってかなり迫力がある。門前に扉が来るよう停車しており、門周辺の壁により馬の存在は見えないが、唸り声のようなものは聞こえてくる。
門は既に開いており、ユティスが歩む間に馬車の扉が開く。中から出てきたのは、黒い執務服に身を包んだ長身の男性。銀髪かつユティスを射抜くように鋭い焦げ茶色の瞳は、対峙すると馬車同様中々の迫力があった。
「出迎え、まことにありがとうございます」
男性がユティスへ向け礼を述べる。ユティスは「どうも」と告げ、まずは自己紹介を行う。
「ユティス=ファーディルと申します」
「お話には伺っております。私はナデイル=グロウト。キュラウス家で執事をしている者です」
微笑みを湛えながら彼は語る――物腰の柔らかさにより、ユティスは好印象を抱いた。
「今回、ご無理を申し上げてしまい、申し訳ありません」
「いえ……キュラウス家は都より遠方ですし、私達もお役に立てて光栄です」
ユティスはそう言いつつ、馬車の扉に目を向ける。
「それで……あなたの主人は?」
「はい。私がお仕えしている方で、現領主の――」
言ったと同時に、扉が開く。中から現れたのは――
「ご息女である我が主、フレイラ=キュラウスです」
――先ほど森の中で遭遇した、あの女性騎士だった。
ユティスとフレイラは同時に目が合い、固まる。
「……は?」
少ししてユティスは間の抜けた声を上げた。それに最初反応したのはセルナ。すかさずユティスの横に移動し小突く。
そこでユティスは我に返り、姿勢を正した。
「申し訳ありません……ユティス=ファーディルと申します。お部屋は用意してございますので、ご案内させて頂きます」
呼び掛けはしたが、反応が無い。ユティスが視線を送ると、フレイラはじっとユティスに目を向けたまま、沈黙していた。
どうしようか――ユティスの内心懸念を抱かずにはいられなかった。騎士だと思っていたのだが、まさか来訪する人物が主人だとは思わなかった。
とはいえ、話をしなければ――ユティスは内心思いつつ、
「……それでは、ご案内します。こちらへ」
動かないフレイラを他所に歩き始める。それにより、彼女も我に返ったか足を動かし始めた。