異能と槍
「ずいぶんな歓待だな」
そうアルガが呟くと同時、布陣する騎士達の後方から何やら喚くような声を発している者がいることに気付く。どうやら体裁を整えるだけで精一杯だったらしい。
「ま、いい……幻術などというくだらない戦法でここまで隠し通すことができていたようだが、それもここまでだ」
槍をヒュン、と一度軽く素振りをした。
「来る者は全て屠る。全てを捨てて逃げれば、まだ生き残る可能性もあるだろう……もはや尋問する必要性もない。もし突っかかってこなければ、見逃してやるぞ」
「残念だが、そうもいかないんだ」
声が聞こえた。アルガにとっては聞き覚えのないもの。それは騎士の間に、守られるようにして立っている、青年だった。
加え、彼の周辺だけ他の騎士とは見た目も雰囲気も違う。ただ、見覚えのない人物かつ、出で立ちだけでアルガは理解した。情報は得ていたし、見覚えのない人物であっても消去法で何者なのかはわかる。
「異能者……『創生』の異能者だな」
「ああ、そうだ」
その周りには女性騎士などもいて剣を構えている。あれこそ、彩破騎士団と呼ばれる存在。
加え、その後方には幾度となくアルガに攻撃を浴びせた最強の異能者――ソウラの姿もあった。間違いなく城には大天使を守護する砦の主と、組織の長がいる。
このマグシュラント王国の戦いにおいて、最強の布陣だろうとアルガは思った。異能者同士が手を結び、反旗を翻そうとしている――しかし、アルガとしては全て些事だと考えた。
「どうやら相応の準備をしてきたようだが……この国を蹂躙するだけの力だ。抗うことなどできはしない」
「やってみなければ、わからないさ」
ユティスが応じる。とはいえその言葉にはどこか悲壮感が漂っていた。
(圧倒的な能力を資料などで知り、絶望的な心境なのだろう)
そうアルガは感じた。最大の懸念は『創生』の異能だが、果たして通用するだけの何かを持っているのだろうか。
対抗手段が作成できるかはわからないが、可能性はゼロではない。この国の魔力集積点へ赴き何かしら武具を得ているかもしれない。ただ、彩破騎士団の装備については、それほど目立った魔力もない。
明らかに強力そうな雰囲気を持たせている武具はあるのだが、今のアルガにとっては、矮小な存在であることは間違いなかった。
「最後まで、抵抗すると」
アルガは呟きながら砦を見据えた。あの場所から明らかに気配がする。そう――大天使の気配だ。
辿り着いたと同時に、目の前の障害をどう処理するか考える。『星の館』の研究所で施された罠は非情に悪辣なものだった。ここは外であるためアルガを長時間拘束できるような処置を施せるとは思えないが、かといって何の準備もしていないとは思えない。
(まずは、様子をみるか? それとも――)
そこで、アルガは小さく笑みを浮かべた。周囲の人間に気付かれない程度の、口の端をわずかに歪ませるくらいのもの。とはいえ、アルガは自分が笑みを浮かべたのだと自覚した。
(弱気になっている……それは大天使がいよいよ間近に迫っているから、か?)
目の前の敵達は大天使と共にあり続けた者達。ならば対策を持っている可能性もある、と一瞬思った。しかし仮にそうであったならマグシュラント王国へその対処法を報告してしかるべきはずであり、伝えていたらこんな状況にはなっていない。
(崩壊してからここへ逃げ込んで……果たしてどれほどの準備ができる?)
可能性としては考えられるのはやはり『創生』の異能。ただ悲壮感からして、準備はしてきたがアルガに通用する保証はないといったところだろうか。
(……ともあれ、大天使と顔を合わせる際に、邪魔になるのは確かだ)
処理せず突っ走るという選択肢はあり得ない。ならば、
「――来るのであれば押し通る。それでいいな?」
アルガはそう問い掛ける。相手は誰も声を発しない。
それをアルガは一種の同意と受け取り、槍を構えた。それと同時に魔物を生成するべく魔力を高める。この周辺に魔物は存在していない。いや、遠方から魔物を呼び寄せるのは面倒であり、また同時に無駄。この場所以外にもまだ生き残りがいることを考慮し、国中に展開しながらここを地獄とするべく魔物を生成する。
大地に呼び掛け、アルガは魔物を作り出す――その動作は魔物に命令を与える時と同じもの。加え慣れた動きであり、いつもであればよどみなく魔物が生まれる――はずだった。
だが、次の瞬間パシリと変な手応えが返ってきた。何事かと疑問符を頭の中に浮かべると同時、魔物が生成できないことを悟る。
「……何をした?」
「話すわけがないだろ?」
先ほど問い掛けに応じた異能者が答える。
(……魔物の生成を封じる異能か?)
異能、というよりは『創生』によりそうした処置をしていると見るべきか。異能者は杖を所持している。そこからどうやら魔力を発している。
(大地に干渉して、魔物の生成を防いでいると……逆に言えばあの異能者を殺せば、問題はない……いや、違うな。武具を奪い取らなければならないか)
面倒な事態になったのは確か。ここで選択肢は二つ。魔物の生成を妨害する異能者を仕留めるべく突撃するか、それとも自身の力のみである程度蹂躙するのか。
アルガは少しばかり周囲に注意を払う。この調子であれば他に何かしらアルガの能力に対し対抗策があるのかもしれない。
(しかし俺の攻撃を防ぐだけの防具などは見受けられない……大天使の魔力に応じて防ぐ魔法などがあってもよさそうだが、そうした特殊な魔法を使用している気配もない)
どうすべきか――決断に迫られる。とはいえ相手はアルガの出方を窺っている様子で、思考する時間はありそうだった。
槍を構えた状態で静寂が訪れる。妙な緊張が張り詰め、互いが互いの作戦を読もうとする空気。
(……いや、こちらとしては一つか)
魔物を生むことはできない。しかし槍を振れば蹂躙できることに変わりはない。
「……面倒なやり口を持っているのは事実」
アルガはそう呟いた後、
「だが――何も変わらない。それを教えてやる」
この上ない憎悪と共に――アルガは、異能者へ向け走り始めた。