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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第二話
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嘘か真か

「次に報告が来た時、場合によっては出陣する」


 シャナエルはカールから指示を受けた後、騎士の詰所の中を散策する。


 都からリーグネストへ移動を重ね――今日、ようやく辿り着いた。話によると相手であるユティス一行は既に到着していたが、妨害工作によって門前払いを食らったとのこと。


「状況的には、圧倒的に有利なのだが……」


 シャナエルは小さく息を漏らしつつ、頭の中を整理する。この詰所に集まっている情報を統合すると、つい昨日もまた新たな不死者が出現したらしい。けれどそれらは件の聖女によって撃退され、騎士が駆けつけた時には全てが終わっていたとのこと。


 果たして、少女は何者なのか――疑問に思うと同時に、なぜこんなことをするのかという疑問がつきまとう。理由が何なのか皆目見当がつかない。

 単なる魔法実験だとしても、これほど大規模に暴れるなどということをすれば国に目をつけられるのは当然であり、愚かとしか言いようがない。けれど実際相手はそれを実行している。その意味は一体――


「……これから調査すれば良いだけの話か。それに私自身、依頼を請けただけの立場」


 契約を順守し、依頼主に従うことが役目――同時に、シャナエルは今回敵であるユティス達のことを思い浮かべる。その中には十中八九、オックスがいるはずだった。


 彼らは街を離れ、いずこかへ進んだらしい。方角からおそらく不死者が壊滅した村へ行こうとしているのだろうとカールは推測し、物品が詰所に保管されているところから無駄足になると彼は言った。だが、まだわからないとシャナエルは思う。


 思い浮かべたのはオックスの存在――奴はああ見えて、悪運が強い。

 そんなことまで考えた時、シャナエルの視界に見慣れた人物が映った。詰所の入口方向から奥へ進む、ベルガの姿。


 彼は一度周囲を見回し、何か警戒している素振りを見せ――歩み寄るシャナエルの存在に気付いた。


「あ……」


 彼は声を上げたが、ジタバタしても逆に怪しまれると思ったか向き直り、


「シャナエルか、首尾はどうだ?」

「……上々ですよ」


 シャナエルは丁寧に答える。誤魔化しているつもりだろうが、実際の所ほとんど意味を成していない。

 彼は「頼むぞ」と小さく告げ、詰所の奥へと消えていく。その態度を見てシャナエルは、再度息を漏らした。


 彼はあまり立ち回りが上手いとは言えなかった――シャナエル自身、彼の行動を追わないにしても、旅の途中で誰かとコンタクトを取っていることは薄々把握していた。そして言及しない方が身のためだとも感じ、今も黙っている。


 依頼主であるカールや、今回の主役であるレイルに告げた方が良いのではと考えたのだが――そもそも察しの良さそうなカールがこの事実に気付いていないとは思えなかった。わざと泳がせて、逆に利用する――とはシャナエルの浅い読みか。その奥にまだ何か知謀が眠っているのか。


 そして、ベルガが連絡をとっている相手は誰なのか――については、シャナエルも推測できていた。同じような学院関係者だろう。

 ユティス達を叩き潰すために、カール達は動いている。けれどそれと同時に学院の権力争いも発生している。シャナエルとしては頭が痛くなりそうな事態だった。もし自分が当事者であるなら、逃げ出していたかもしれない。


 けれど、カール達にとってはこんな状況ひどく慣れ親しんだものなのだろうと思う。ベルガの態度を見ても眉一つ変えないのはきっとそういうことだし、なおかつカールに協力するレイルですらひどく慣れているように見える。カールはともかく彼もまた同様の態度というのは、果たして権力争いとは少年をどこまで追い立てるというのか。


 考えていた時、シャナエルの目に今度はレイルの姿が映る。詰所にいる騎士達を相手に訓練をしているところだった。

 シャナエルは少し関心を寄せ歩み寄る。疑問としてはレイルが騎士を教練しているのか、それとも騎士がレイルを教練しているのか。年齢的なものを考えれば間違いなく後者のはずだが――


 騎士が走る。攻撃するのは二人で、一気に間合いを詰める。その所作に対しレイルは詠唱一つ行わない。

 シャナエルは彼の魔法が『詠唱式』であることはカールから聞いていた。そうである以上、本来は魔法発動には時間が掛かるはずなのだが、


「――風よ」


 右手をかざし短いレイルの言葉。それにより彼の手先から風が生じ、突撃しようとした騎士二人を押し留める。


 無詠唱魔法――応用技術の一つであり、高めた魔力を詠唱で構成することなく即座に発動する。これは該当する魔法の流れを体に覚えこませることで可能となり、それが使えるという事実は彼自身相当訓練を重ねてきたことを意味している。


 ただ放ったのは騎士を押し留める程度の風だけ。果たしてここからどう立ち回るのか。シャナエルはどうやって詠唱する時間を作り出すのか注視し、


「――光よ」


 予想に反し、さらなる無詠唱魔法を放った。今度は数本の光の剣。それがレイルの眼前に出現し、一斉に放たれる。

 騎士は即座に防御に転じ、剣で受け流した――が、一人は攻撃を足に受け、短い呻きと共に転倒する。加減しているためか、光が足に直撃しても出血などはしない。精々衝撃によって転倒するくらいのようだ。


「光よ」


 立て続けに魔法が放たれる。同じような魔法が繰り返され、とうとうもう一人の騎士も受け切れず、魔法を受け倒れた。


「……お見事です」


 勝敗が決したとシャナエルが感じた直後、傍らにいた騎士の一人が声を上げる。鎧姿かつ初老の男性で、この詰所の長をしている人間だろう。


「さすが、将来の『聖賢者』候補……この程度の攻防ではビクともしませんし、私達がお願いしたのが失礼に思えますな」

「いえ、私も訓練できて幸いです」


 そんな風にレイルは告げた後、男性に背を向ける。


「もし必要であれば、仰ってください」

「ありがとう」


 声を聞いた直後歩き出す。シャナエルの方へ歩み寄っていたため、必然的に正面から相対することとなった。


「……見ていらっしゃったのですか?」

「ああ」


 シャナエルは頷き、先ほどの訓練に言及する。


「無詠唱魔法か。ともすれば前衛でも戦えそうだな」

「いざとなれば前線で食い止めるくらいのことは」


 それだけの魔法が手持ちにあるというわけだ。シャナエルは内心舌を巻く思いとなりつつ、さらに言及する。


「そういう技量があるからこそ、カール殿は目を掛けるようになったと」

「……どうでしょうね」


 肩をすくめるレイル。その瞳には戸惑いの色が窺え、複雑な感情を抱えているのがわかる。


「城でも話をしましたが、今回の件は私にとってかなりの厄介事であり……そして、カール殿から見れば、私が城の上層へたどり着けるかどうかを計る一つの試験とみなすこともできます」

「この程度の苦境、乗り切ることができなければ話にならない、と?」

「あるいは、栄達のためなら兄弟くらい見捨てる覚悟を示せと言っているのかもしれませんよ」


 ――踏み絵というわけだ。兄の権威が失墜するのを自分の手で下し、それでも耐え切れるかどうか。

 こんなこと、やらせるべきでないとシャナエルは思う。けれど一方、これこそが権力争いという醜い世界の一端であり、シャナエルとしては反吐が出そうな心境だった。


 そんな胸中を読み取ったか、レイルは微笑を見せ、


「私のことはお気になさらず。任務はきちんと遂行してみせます」


 そこだけは決然と告げ、レイルはシャナエルの横を通り過ぎ立ち去った。

 残されたシャナエルは、一人ため息をつく。教練を終えた騎士達が目の前で引き上げていく。魔法を受けた騎士も大きな怪我はないのか平常通り歩んでいる様子が見える。


「……まったく」


 シャナエルは後悔などしていなかったが、自身が関わった事件で誰かが社会的に死ぬことになるとわかれば、当然良い感情は持てない。

 今までの話をすべて忘れ仕事に徹すれば話は別なのだが、そうもいかないのが人間というもの。


「……これだから」


 それだけ呟くとシャナエルは一度思考をシャットアウトし、用意された自室へ戻る歩き出す。後は仕事のことばかり考える。

 不死者が近場で出現したならば、急行する――そう都合良くいくかどうかわからないが、カールからはそういう算段を聞かされている。


 ならば、いつでも戦えるよう準備を整える――シャナエルは先ほどまでの気持ちを心の底に押し込め、仕事のために歩き出した。



 * * *



「私も同行しますから」


 ティアナがはっきりと告げた時、鎧を脱ぎ騎士服姿となったフレイラは彼女を見返し一時沈黙する。

 夕食を済ませ、部屋で体を休めている間にフレイラは一つ提案しておくべきだと思い、ティアナへ御者と共に残るよう言った。その結果が、先の言葉。


 ――元々、フレイラとしてもティアナは役目を果たしたと考えていた。あくまで立場は王からの依頼による案内役。本来ならばリーグネストで別れてもよかったのに、ティアナ本人が頑なに「行きます」と言ったため、ユティスやフレイラも根負けし同行を許可した。


 けれど、商人ナックが崩壊した村への案内をするということで、ティアナの役目は本当に喪失。けれどこのまま帰れというわけにはいかなかったため、無難な提案としてこの宿場町に残るよう言ったのだが、


「同行すると言っても……」

「フレイラ様が言いたいこともわかっております。ですが」


 と、ティアナは一拍置く。


「私も向かいます。案内役ということですが、調査に参加せよとも言われているので」

「……いつ?」

「案内役を頼まれた時点で」


 フレイラとしてはその詳細を訊きたかったのだが、口を開こうとした時彼女は誤魔化すような微笑を浮かべる。

 彼女は果たして味方なのか、敵なのか。案内役を行うという経緯から考えれば敵である可能性が高いとフレイラは思うのだが、果たしてどうなのか。


「それは、誰に?」

「案内役としての依頼を持ち掛けてきた城の方から」


 曖昧な返答。そこでフレイラはきっと明確な答えは来ないだろうと感じ、


「わかった。けど、魔物がさらに出現する可能性もあるけど」

「大丈夫です」


 自信に満ちた言葉。それは自衛の手段があるから、という風にも感じられる。


(案内役を申し出た時点で危険な目に遭う可能性は考慮しているし……それなりに備えがあるということ?)


 あるいは、敵の計略により捨て石になるべく動いているのか。けれどそうだとしたらもっと空気から滲み出ていてもおかしくないとフレイラは思う。


 旅の途上でそういう感情は現れていない――そればかりか、貴族であり箱入りのように育てられたという風に見えなくもない彼女が、不平不満の一つもなく旅に参加していること自体、奇妙なことのように思える。


 なおかつフレイラはティアナを注視するために基本目を離すことはなかった。そうした行為にティアナだって気付いていてもおかしくないのだが、彼女は一切言及はせず、むしろ時折雑談に興じるなど好意的な雰囲気すら見せている。


「ご心配にはおよびません」


 さらにティアナは語る。その表情を見て、とうとうフレイラはため息をついてしまった。


「……わかった。けど、一つだけ訊かせてもらえない?」

「はい、どうぞ」

「私の目から見て、ティアナさんはずいぶん協力的だけど……それは、どういう理由?」


 嘘を話せば、その態度が少しくらい現れるだろう――そういう目論見をこめた質問だった。


「そうですね……他の方々には秘密にしてください」


 するとティアナは前置きを行う。フレイラは「もちろん」と応じ、言葉を待つ。


「私は、よく小さい頃から城へ出入りしていました。社交界に出るようなことはごく最近に入ってからですが……親の都合で城に滞在することも多く、あの場所を庭のように思ったこともあります」


 そこまで語ると、ティアナはどこか遠い目をする。


「そうした中で、ある人と出会いました……その方のことは私もよく知らなかったのですが、どうやらその方も私と同様親の都合で城に滞在しているようでした」

「その方が、どうしたの?」


 フレイラが問うと、ティアナは照れた笑いを浮かべる。


「お話するようなことはありませんでしたし、その方のことを別の方から聞いて、きっと接するようなこともないだろうと思っていました。けれど……」


 ティアナは頬に手を当て苦笑。その所作を見たフレイラは、直感する。


「まさか、それって……」

「決定的となったのは、ある日城を散策していた時、テラスで物憂げに外を見ていたユティス様の横顔でした」


 語るとほんの僅かだが顔を赤くする。まさか。


「……えっと」

「その、話さないでくださいね?」


 ティアナは懇願するように告げる。フレイラとしては頷く以外の選択肢はなく、ただただ驚くばかりだったのだが、


「それと、もう一つ言っておきます」

「……何を?」


 フレイラが眉をひそめた後、ティアナは唇を一度固く結んだ後、


「私は、どのような状況であっても、あきらめませんから」


 決然と告げられたその言葉に、今度こそフレイラは二の句が継げられなくなる。

 それからしばし両者は沈黙し、やがてティアナが先に視線を逸らすとベッドに腰掛け本を読み始めた。


 以後、一切合切無言。フレイラとしては何を考えているのかわからず、呆然とする他なかった。


(……嘘には、見えなかったけど)


 かといって、彼女の言葉を全面的に信じるというのも難しかった。


 ただ今の話が本当なら、ティアナ自身一つ誤解している可能性がある――婚約者云々の件だ。先ほどの宣言から、それは紛れもない事実だと考えているのかもしれない。


 そこまで考え、フレイラは自身のベッドに腰掛ける。先ほどの言葉、騙りという可能性もなくはなかったが、告げた瞬間彼女の感情はそれなりに揺らいでいた気がする。それすらも演技という可能性だって捨てきれないのだが――


(しかし、仮に本当だとすると……)


 別の意味で大変かもしれないなどとフレイラは思う。


 一度視線を彼女に投げる。黙し本を読む姿は可憐ではあったが、胸の内に秘めているものが何なのか判別つかず、フレイラとしては不気味な姿にも見えた。


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