つかの間の休息
「……ふう、少し休むか」
ユティスは椅子に座った状態で軽く伸びをする。時刻は夜。作業も一区切りで、ようやく休めそうなタイミングだった。
フーヴェイとの会話の後、ユティスはひたすら調査と検証、研究に没頭した。次に作成する武具の方針が決まったわけだが、それを創生するためには――アルガや大天使に通用すると断言できるほどまでに昇華するためには、綿密な調査が必要だった。
幸いながら大天使についてはいくらでも調べることができるため、作業ペースそのものはかなり早い。ただ、速度的な問題はアルガ次第という面もある――現状、アルガはまだ組織が用いた罠を抜け出すことはできていないようだが、いつ何時強行突破するかわからない以上、可能な限り急ぐ必要がある。
とはいえ、焦って成果が出ないのもまた事実。ユティスは小さく息をつき、テーブルの端に置いてあるカップを手に取り、お茶を飲もうとした。
けれど、既に中身は空。仕方がないと席を立ち、お茶をもらうべく食堂へ向かおうと廊下に出た。
「――ユティス様」
その時、ティアナの声が。視線を転じれば近寄ってくる彼女の姿。
「ティアナ、どうした?」
「私は巡回ですよ。剣の鍛錬などは行いましたし、やることもありませんから……作業の方はどうですか?」
「まあまあかな。ひとまず武具を作れる目処は立った。けど、そこからだ」
ユティスの発言にティアナは重々しく頷いた。
「より効果が出るように、武具を練り上げていくと」
「そうだ。とはいえ異能発動する本番まで、あくまで仮想だけど……」
「上手く、いきそうですか?」
「正直、こればかりはわからない。初めての試みだから……ただ、今まで作成した二つの武具についても、初めてでそれなりに成功したと思う。だからまあ、時間を掛ければ大丈夫だよ」
語りながらユティスはティアナへカップを見せる。
「お茶をもらいに行こうとしていたんだ。ティアナも付き合う?」
「はい。ではご一緒に」
二人して食堂へ。するとそこでは談笑しているリザとジシスの姿があった。
「珍しい組み合わせだな」
「あら、ユティスさん。作業は一段落?」
「そんなところ……お茶をもらいたいんだけど」
「食堂に常駐している人は既に帰宅しているし、セルフサービスみたいね」
「なら私が」
ティアナが率先して申し出る。ユティスは「なら」とひと言添えてから、カップを渡した。
「ところで、二人は何を?」
「たまたまここへ来て話し込んでいただけじゃよ」
ジシスはそう返答すると、ユティスと視線を合わせる。
「体の方はまだ大丈夫のようじゃな」
「うん……正直、自分でも驚いてくらい元気だ。けど、いつ何時緊張の糸が切れるかわからないから、不安だけど」
「病弱の体は、異能も原因じゃったか?」
「そういえば、その辺り組織の面々に聞いてはいなかったな……でも、まあ関与しているのは確実だろうし、問わなくてもいいか」
ティアナがお茶を持ってくる。そこでユティスはリザ達のいる近くに座り、お茶を飲み始めた。
「この場所は平和で、マグシュラント王国の惨状が嘘みたいだけど……これはつかの間の平和だ。僕としては武具を作成し、そこからアルガの決戦までに休みたいところだけど」
「問題はどの程度の時間でアルガが抜け出すか、ね」
「そうだね。加え、アルガには幻術が通用するみたいだから、外に出てきて僕らを探すにしても、多少なりとも時間を稼ぐことはできるかもしれないが……現状、アルガは町から逃れた避難民には手を出していない。でも、僕らが見つからなかったらそれこそしらみつぶしに探し始める。そうした人達にも犠牲が出るだろう。その前に、決着をつけたい」
「場合によっては、見せしめに虐殺する可能性も考えられますね」
冷徹なティアナの分析。リザとジシスは同時に頷いた。
「そこよ、ね。町を破壊し尽くした以降、暮らしていた人々にあまり関心はないみたいだけど……それがいつ何時違う行動をとるか」
「僕らの武具作成が早く終わることを祈るしかないな――」
「む、先客か」
フレイラの声だった。見れば彼女が靴音を響かせ寄ってくる。
「眠る前に茶の一つでも飲もうかと思って来たんだけど」
「私が淹れましょうか?」
「いや、いいよ……ユティス、順調?」
「ひとまずは――と」
返答した直後、今度は食堂にアシラとアリスまでやって来た。その後方からはオズエルまで。気付けば彩破騎士団が全員集合だ。
「別に意図したわけではないのに」
「ま、いいんじゃない?」
「全員のお茶を淹れましょうか」
ティアナはそう告げると作業を始めた。唐突な状況にアシラなどは面食らった様子ではあったのだが、これはこれでいいかと、席に着いた。
「……少し、この戦いの展望について話をしようか」
ティアナが全員分のお茶を出した後、ユティスが告げる。
「現状、アルガとの決戦の際に頼れる戦力は……この砦の全戦力を傾ければ、ジュオンさん達だけでもある程度は押し留められるかもしれない。でも、あくまである程度は、だ。進化する存在である以上、反撃手段がない彼らはいずれ潰れる」
「創生した武具などは、私達が使うってことでいいの?」
フレイラの問い。ユティスは頷き、
「僕らはアルガを討つためにこの国を訪れた。色々とあって現在はこの隔絶とした空間にいるわけだけど……その根本的な部分は一切変わらない。僕らの手で、アルガを倒す」
「そして大天使を……か」
アシラの呟きにユティスは首肯し、
「立て続けに、なのか復活を待つのかについてはわからないけれど……それもまた、僕らの役目になりそうだね」
「やることが多いわね」
と、リザが冗談っぽく告げる。
「でもまあ、私達以外にやれる人がいないから……仕方がないのかしら?」
「そうだね。ただ、僕らは突破口を見つけた……と、思う。それを利用して倒す形になるけれど、失敗した場合……この地で果てることになる」
「覚悟は、既にできておる」
ジシスが告げる。騎士団のメンバーは全員――アリスでさえも小さく頷いた。
改めて確認する必要性はない、というわけだ。ならばとユティスは、
「誰が武具を持つのかについてはわからないが、全員、心構えはしておいて欲しい。アルガと戦う状況になってから、どうすべきか……それを僕が判断することにするよ」