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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第十一話
381/411

残された時間

 ユティス達が色々と動き始めていた時、アルガは深い闇の底にわだかまっていた。それは言ってみれば精神世界――空気を失い、魔力を吸われ、絶望的な状況下で、彼は漆黒の中瞑想に耽っていた。


(奴らはこれで終わると、思っているのか?)


 自分自身の能力を奴らは――組織の連中は知らぬはずもない。しかしアルガ自身、組織が大天使の特性を知っているとは思えない。

 進化するという存在――文字通りアルガもマグシュラント王国における戦いで進化を続けてきた。あらゆる攻撃を防ぎ、今では無傷で戦闘を終えることができる。蹂躙も容易く、槍の技量も確実に磨きを掛けた。もはや自分に並び立つ人間――異能者はいないと、自負している。


 だが、それでも組織の人間は侮れない。もしかすると自分の能力を脅かす何かを抱えているかも知れない。


(まあいい……しかし、ずいぶんと長いな)


 アルガは決して無為に瞑想しているわけではなかった。唐突な状況に放り込まれたため、対応に遅れ肉体がずいぶんと損傷した。それを癒やす、というよりこれ以上傷を広げないように処置を行いながら進化を待っている。


 大天使の力が、アルガを人間から上位の存在へと引き上げる。既にアルガ自身、人ではないという自覚がある。

 思考は間違いなく人間のものだ。しかし、それ以外の全てが大天使のそれへと塗り替えられる。


 もし、この過程を一から誰かに説明したら、どう思うか――組織の人間はこう問うかもしれない。「人間ではなく、上位の存在になった感想はどうだ?」と。

 その答えはたった一言で出せる。それは、


「――くそ食らえ、だ」


 吐き捨てるようにアルガは呟く。

 人間という扱いであるからこそ、人は人として生きることができる。それがなくなれば、自分が何者なのかわからなくなる。


 あの日、魔物を虐殺した自分はあの時に人間を捨て始めた。それから、研磨でもするように少しずつ人間性がなくなっていく。いずれ自分は大天使のように、物言わぬ存在となって破壊の限りを尽くすだろう。


 それが――上位の存在だと言って、喜べるものなのか?


 組織の人間がなぜこんな馬鹿な真似をしたのか。本物の大天使を倒すために編み出した技法などとほざいて、納得するなど到底できない。

 意識が少しずつ浮上していく。どうやらアルガの肉体が環境に適応し始めた。すなわち、魔力を奪われ、空気がない状況でも生存できるという進化を果たしたのだ。


 ゆっくりと、意識に体を馴染ませていく。いつもであれば進化の過程は一瞬だ。敵の攻撃が主に引き金となって覚醒する。だが今回は少し違う。人間では生きることができない環境に適応したのだ。どうやら意識が馴染むまでに時間が掛かっているらしい。

 ただ、それも仕方がないとアルガは自嘲的に笑う。異能者の攻撃を防ぐことなら、人間でも可能だろう。魔法を使えば大抵のことができる。だが、魔法を使わずして空気のない場所で人間は生存することなどできない。


 本格的に、人間を捨てた――そうアルガは意識の中で確信する。それと同時に考える。自分に残された時間は少ない。

 大天使の力に、アルガという人格が少しずつ蝕まれていく。記憶などは残っているが、少しずつそれが他人事のように思える。自分の過ごしてきた人生が、自分のものではないと感じる。いつしかそれは、なぜ他人の記憶が頭の中にあるのか、という疑念にまで変わるだろうとアルガは思う。


 その時にはとっくにアルガという存在は消えている。そこにいるのは、破壊の限りを尽くす大天使の成れの果てだ。


「……ぐ」


 声を発する。完全な真空状態であれば音が発されることはないが、どうやら空気が完全になくなったわけではないらしい。

 とはいえそこは人間が生存できる状況ではなかった。魔力は相変わらず奪われ続けている。だがアルガはそれを様々な形で補い――立ち上がった。


 周囲を見回す。意識を手放す前と同じように、幻術による光景が広がっていた。


(倒れたことで、どちらが出口か本格的にわからなくなったな)


 とはいえ、槍は握り締めていたため武器はある。


(幻術も克服できれば良かったが……無理みたいだな)


 あくまで幻術は自分に危害を加えるものではない。だからこそ、進化も発動しない。

 生物は、危機的状況に陥った時、本能的にどうすればいいか判断し、時には思わぬ形で危機を脱する。アルガの持つ大天使の力は、その結果進化するという形で危機を避ける。逆に言えば危機的状況に陥ることがなかったら、避けようがないというわけだ。


(まあいい……さて、残された時間はいかほどか。この組織にいた人員を全て消すまで、残っているかどうか)


 アルガはここへ赴いた理由――ロケットを取り出す。それは家族の名が記されたもの。自分と両親、三人の名が刻まれている。


(ああ、これで……)


 少しだけ、自分を保つことができる。自分が、何者なのかを自覚することができる。


 アルガという名すら思い出せなくなる時まで、あまり猶予はない。その前に、自分の意思で――復讐を果たすのだ。

 それこそ、今アルガが抱える自我だった。世界に対する復讐だった。


 槍を一度振るう。それにより周辺から破砕音が聞こえてきた。

 幻術による見た目に変化はない。やはり幻術そのものに敵意はない。


(敵意はない攻撃……幻術か。それにより本来見えるはずだった道が、見えなくなっている可能性もあるな)


 少しばかり、注意しよう――そんな風にアルガは結論を出し、ゆっくりと歩き始める。

 環境に適応することはできた。ならば次にやることは、脱出だ。魔力を奪われ続けているのは事実だが、それを抑える処置も施せる。今のアルガにとってはさしたる障害ではない。


 よって、ゆっくりと――理性を失わないよう注意しつつ、出口へと歩き出す。相変わらず変化する幻術に目を細めながらも、その足取りはしっかりとしており、ただひたすらに目的を成すため、前を見据えているかのようだった。


「……待っていろ」


 アルガは告げる。槍を強く握り締め、ロケットにもう一度視線をやりながら――ひたすら、歩き続けた。


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