情報源
「いや、本当にありがとうございます」
夕刻訪れた宿場町――旅程としては明日明朝に出れば昼過ぎくらいには目的地に到着できる場所――そこで改めて助けた商人がユティス達に礼を告げた。
商人はシンプルな灰色の外套を羽織った、やや小奇麗かつ横に幅の広い人物。顔も体格通り丸いのだが、物腰などは非常に柔らかい。
――フレイラ達が魔物と交戦した後、馬のいななきを聞きつけ駆けつけると、そこでも魔物が出現しており、商人の馬車が襲われていた。それもまたフレイラとオックスは一蹴し、商人に感謝されながら進路が同じということでこの宿場町まで辿り着いた。
「お礼をしなければなりませんが、あいにく行商の帰りでして……ほとんど荷物もありません」
「そこまでして頂かなくても結構ですよ。私達は当然のことをしたまでですから」
フレイラが先頭に立って丁寧に応じる――商人にはとある調査でアレング山脈に赴くと説明してある。彼はそれを疑う事無く信じた様子で、なおかつ身なりを見てどうにか接近しようと思ったか、揉み手すら見せる勢いですり寄って来ているのが現状。
無意味なのにとユティスは心底思いつつも、フレイラは邪険にすることもなく応対している。
「いえ、しかし……こうして救われた以上は……」
商人はあくまで食い下がる。これを縁にどうにか――などと思っているのはひどく見え見えなのだが、恰幅の良い商人の笑顔は妙に愛嬌があり、不思議とイラつかない。
とはいえ問答を始めて数分。ユティスは別段気にしていないし、ティアナも苦笑しているだけで不快感を抱いていない様子なのだが、唯一オックスだけが顔つきを変えようとしている。このままでは彼の怒声で商人が飛びあがってしまう。
「……そうだ、ならば物ではなく情報などではどうでしょうか?」
必死に食らいつく商人が次に提案。それにフレイラは首を傾げる。
「情報?」
「はい。実は私、アレング山脈で商いをしている者でして、事情が事情ですのでもしかすると皆様のお役に立てるかと」
笑みを浮かべながら語る商人。それに、フレイラは少し興味を抱いたらしく、
「……そうね、なら少し話でも」
「おお!」
商人は感嘆の声を上げる。するとオックスが露骨に嫌な顔をした。きっと、元々こういう人種が嫌いなのだろう。
商人はそこから宿場町を案内し始める。そして適当な宿に入り部屋をとるとフレイラは全員を一度見回し、
「ここからは自由行動」
そういう話となった。その結果オックスと御者、そしてティアナはいったん部屋に入ることとなり、ユティスとフレイラの二人は宿に併設する酒場で商人の話を聞くこととなった。
ユティスとフレイラは隣同士で窓際の席を陣取ると、商人が向かい合うようにして着席し、口を開く。
「あ、そういえば自己紹介などしておりませんでした。私はナック=モヴォルドと申します。お二方とも私よりずっと上の身分の方でしょう。砕けた口調で話して頂ければと思います」
「……なぜ僕まで?」
黒のローブ姿のユティスは、傍から見ればフレイラの従者という立ち位置にも見えるはず。
「顔立ちなどを見ればわかりますよ。私の目は誤魔化せません」
自信ありげに商人は告げる。それにフレイラは「わかった」と嘆息し、
「名は、フレイラというけど……姓の方はまだ言わないことにする。悪用されるのもまずいだろうから」
「これは手厳しい……いやいや、そのくらいの方がよいでしょうな」
告げるナックに対し、ユティスもまた小さく息をつき、
「僕は、ユティスといいます」
「どうも……では、本題に移りましょうか」
ナックは仕切り直すように咳払いをしてから、改めてフレイラに問う。
「それで、調査というのは……ズバリ、例の村崩壊の件ですか?」
「やはり、知っているのね」
「山脈に入っている商人で知らない者はいないでしょう……私はあの村と直接取引していたわけではありませんが、知り合いが現場を見たようで、しばらく食事が喉を通らなかったそうです」
「凄惨な現場だったというわけね……で、どの程度知っているの? 現場を見たという知り合いの方は、最初の証言者よね?」
フレイラは問う――ユティス自身詰所の情報が得られなかったため、目撃者の証言も得られなかった。その情報源が今こうして目の前にいる。かなり運が良いと思った。
「はい、そうですね」
「……料金は発生する?」
フレイラの問い掛けに、ナックは首を左右に振る。
「とんでもありません。無償で提供いたします。しかし――」
「わかったわ。あなたの望みどおりの結果が得られるかどうかはわからないけど、紹介くらいはしてあげる」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべ頭を下げるナック。ユティスはこんな簡単に約束して大丈夫なものかと内心不安になったのだが、とりあえず無言を貫く。
「で、早速本題だけれど……その前に一ついい? 山脈に暮らす人々を相手に商っているそうだけど、どういう商材が?」
「山脈には滋養強壮に効く薬草などが結構存在しているのですよ。山の中腹などに自生しているケースが大半であるため、彼らに頼り取引をしているわけです」
「なるほど。その壊滅した該当の村も、同様の取引を?」
「ええ。知り合いはそうだったようです……後は、魔石の類ですか」
「魔石? 武具を『魔具』に加工するための?」
「はい、そうです。山脈ではそこそこ採れますからね。なお都合の良いことに、その村は魔法を排斥していた。その事実から、魔石自体もほぼ二束三文で買い取れたそうです。まあ採掘量もそれなりで、儲けはそれほど大きくなかったようですが」
と、ナックは話が脱線していることに気付いたか一拍置き、
「本題でしたね……知り合いが言うには、いつもの時刻に村を訪れたとのこと。けれど本来迎えの人間がいるはずなのに、それもないため違和感を覚え少し急いだようです。そして――」
ナックは一度言葉を切り、核心部分を話し始める。
「……村は、凄惨な状態だったそうです。食いちぎられたような死体が散乱し、死臭が周囲に漂っていたとのこと。知り合いはすぐに引き返し騎士団を呼び……生存者は、他の村に身を寄せました」
「その生存者が語っていた情報とかは知っている?」
フレイラが問い掛けると、ナックは渋い顔をした。
「どうも、不死者の群れが襲い掛かって来たらしいですね……ただ、魔法を排斥している村なので、事の詳細が魔法絡みである以上村人にほとんど知識もなく、これ以上説明のしようがなかったみたいです。ちなみに北部で似たような事件が起きているそうなので、その発端があの村だったというわけでしょう」
「あの村が襲われたのは特に意味はないと?」
「どうでしょうねぇ。不死者が出現し始めて以降、大きく犠牲となったのはあの村だけですからね……ただ、知り合いが言うには」
と、ナックは声のトーンを落とす。
「天罰、などと言っていましたが」
「天罰?」
「魔法を持つ村の人々を、殺していたそうですからね……最後の犠牲者は今から半年以上前に殺した女の子だそうです」
「女の子……」
フレイラはその言葉を反芻する――同時にユティスは、ラシェンから聞いた情報を思い出す。聖女の存在。
「村人も、その点について私の知り合いに話していたそうですよ。最後は崖から転落して死んだそうです」
「そう、ですか」
フレイラはやや曖昧な声音で応じる。きっと彼女もユティスと同様の見解を抱いているに違いなかった。
つまり彼女が――何者かによって不死者として復活し、村を襲撃した。
とはいえ、疑問はある。第一に誰が彼女に不死者の魔法を施したのか。そしてその理由と――首謀者はなぜ村を襲撃し、さらに立て続けに事件を引き起こしているのか。
一番の疑問としては、なぜ最初に襲撃した村のみこれだけの被害を生み出しているのか。少女が復讐のためにというのはもっともな理由だが、彼女は死んだ身であり復活させたのはあくまで他人のはず。使役する不死者の願いを聞くなどという状況。ユティスとしてはおかしいと思った。
仮に、少女を殺したことにより復讐で術者が村を襲撃したなら、術者にもその村と接点がある可能性が高い。そうだとしたなら、何を意味するのか――
「その少女についてですが、何か特徴とかは?」
フレイラが問い掛けると、ナックは渋い顔をした。
「こればっかりはどうにも……ちなみに生存者ですが、合計三名。その内二人は元々大怪我だったため、それにより死亡。その中の一人は最近まで生存していたそうですが……努力もむなしくというわけですね。もう一人が精神に支障が生じ結果的にものもとらず餓死したそうです。余程のことだったのだと理解できる共に、真相は闇の中というわけです」
「現状、村の生き証人はゼロというわけね」
フレイラはさらに考え始める。今後の身の振り方を思案しているのだと、ユティスにはわかった。
「ところで、あなた方はその村へ行くということでよろしいのですか?」
ナックが問う。それにフレイラは「そう」とだけ答えると、
「ならば、道案内を請け負いましょう」
はっきりと告げる――それに、ユティスは思わず反応した。
「いえ、そこまでして頂かなくても……」
「魔物を払ってくれた恩に加え、情報の見返りとして色々と便宜を……となれば、正直お話した情報だけでは対価が釣り合わないと思います」
ニコニコと語るナック――さらに深く取り入るための提案であるのは見え見えだった。
「私はその村を訪れたことはほとんどありませんが……山の地理には詳しい。詳細な地図も持っていますし、あなた方だけよりも早く到着できるでしょう」
「しかし……」
「私としては十分旨味のある話ですよ」
ユティスがなおも言い募ろうとするのを遮り、ナックは笑みを共に語る。この様子だと、例え断ってもついてくる気がする。
「いえ、でも……」
「……移動手段については、どうするの?」
フレイラが突如ナックへ告げる。ユティスはそれが同行を願う言葉だったため、驚きフレイラへ口を向ける。
「フレイラ、頼むの?」
「こちらとしても、あまり調査に時間を掛けられないのはわかっているはず」
フレイラは断じると、それ以上の問答をする気はないのかナックへさらに告げた。
「それで、どのように移動を? 魔物もこともあるので、できれば馬車による並走はやめて頂きたいのだけど」
「さすがに私が乗るスペースはないでしょう。ここはあなた方の御者に私の馬車の見張りをしてもらい、私が手綱を握りましょう」
「……それで、いいの?」
「ええ」
ナックは深く頷く。確かにユティス達としてはありがたい話ではあるが――
「わかった。では、お願い」
フレイラはナックに告げる――そうして、一連の会話は終了した。
出発は明日ということとなり、ナックは去っていく。そしてユティスとフレイラが取り残された状況で、
「……ま、あれだけ損得勘定で割り切られて動いてくれた方が、私も信用できるよ」
そんな言葉により、ユティスも内心同意した。