組織最後の施設
アルガが組織の人間が放つ気配を感知して、北へ向かったのは既に隠れていた構成員が逃げ出した後だった。しかし彼はその隠れていた場所へ向かう。目的は、探し物があったからだ。
「ようやくか……ようやく、見つけ出すことができるのか」
毒づくように喋るアルガ。槍を携えゆっくりと進む先には、小高い山があった。
魔力が漏れ出ていることでどのような場所なのかわかる。どうやら山の中をくりぬいて丸ごと研究施設にしているらしい。
「建物ではなく、穴の中に潜んでいたわけだ……奴らにはお似合いの場所だな」
その言葉にはずいぶんと殺意が含まれていた。口にした途端、心の内でさらに殺意が膨らんでいく。
同時にこれだけ国を壊しても、組織の人間を殺し尽くしても飢えや渇きにも似た感情が押し寄せていることを自覚する。おそらくこれは組織の人間を全て殺戮したとしても消えないものだろう。
「そういう風に作ったのか? それとも大天使の意識が俺に宿ったのか?」
大天使が異能者達を忌み嫌うのは理解できる。だからこそ、異能者を生み出す組織に対し強い恨みを抱くのはむしろ当然と言えるが――
「まあ、いい」
アルガはそこで思考を止めた。考えるだけ無駄だった。
進路に阻むものは存在せず、ひたすら山へと突き進む。そうして辿り着いた麓からは、魔力が漏れ出ている所がはっきりとわかった。
山は森林に覆われているが、その一角にどうやら入口がある。
「勘づかれないよう、秘匿するためにわざわざこんな場所に造ったのか。ご苦労なことだ」
槍を握り直し山を登り始める。組織の人間が残っている可能性は低い。こうやって外に出たのは食料などがなくなったためであり、アルガのことをよく知る組織の人間であれば、すぐさま察知して襲い掛かってくることくらいは推測できる。そんな場所に留まるなんて馬鹿な真似をするはずもなく――とはいえアルガは探し物のために歩を進める。
「残っているかどうかだが……」
組織側としてはアルガが求める物を持ち出せばどうなるかすぐにわかるはずだ。即ち、持ち出したそれを魔力で探知し、追いかける。それがわかっているのなら、わざわざ持ち出さないはずだった。
魔力の漏れ出る場所を辿り、アルガは入口を見つける。巧妙に隠されたもので、洞窟のように見えなくもない。
槍を構え、気配を探る――アルガ自身、警戒している。組織の大半は壊し、幾人もの構成員を屠ってきた。だがこの場所は研究所。アルガの力について分析しているのは自明の理であり、何かしら罠が残っていてもおかしくはない。
入口から気配を探り続けた後、アルガはゆっくりと中へ入る。明かりを生み出すと、ほのかに異臭を感じ取り、なおかつ冷たい空気が出迎えてくれた。
「ふん、さすがに破壊する気にはなれなかったか」
そして研究設備は、そのままであった。さすがにこれを誰かに使われるなどという可能性を考慮して破壊するようなことはせず、むしろ生き残ったら再びここで研究を――そんな見え透いた意図を感じ取る。
だからアルガは槍を振り払った。途端に施設内の設備が壊れていく。槍を薙ぎ払えば例外なく砕かれていく様はいっそ清々しいほどで、体の内から湧き上がる破壊衝動によるものか、アルガの口の端には笑みが浮かんでいた。
「……ふん」
ひとしきりめぼしい物を破壊し続け、やがてアルガは槍を収めた。探し物は魔力を辿ればすぐに見つかる。その場所は既に目星を付けており、そこを最終目的地にして、破壊し尽くそうと心に決めた。
施設内は、ずいぶんと大きく歩けど歩けど奥へ続いている。地図などがなければ迷って出られなくなるほどかもしれない。
「ちっ、面倒だが……まあいい」
敵はいない。脱出するのも容易だ――そう考えながらイラついた心を少しでも解消するように槍で設備を破壊していく。
そんな作業を延々と続け――アルガはとうとう探し物がある部屋を訪れる。ずいぶんと広い空間であり、研究設備も大規模な物が揃っていた。
「……ん?」
そして歩みを進めていると、人影を見つけた。すぐさまアルガは槍を構えたが――
「これは幻影だよ。ここにある設備を用いて、姿を再現している」
老人の声だった。その姿は白衣を着た白髪の老人。アルガは目の前の存在に気配がないことを察し、構えを崩した。
「会話も可能だ。何か聞きたいことはあるか?」
「……貴様が、この研究所の長か?」
その問い掛けに老人は頷き、
「ああそうだ。名前は……まあ、名乗らなくとも良いか。この施設管理を任されていた身だが……ここへ来るまでに破壊の限りを尽くしただろう? 残念ながら私の肩書きも意味を成さなくなるな」
「こんな幻影を残していたってことは、俺が何を探しているのかわかっているな?」
「ああ、もちろんだとも。君が探している物……それは二つ。一つはもちろん大天使。とはいえ、それを探し出す前に、君はもう一つ得たい物があった」
老人の声がする場所の奥に、目的の物があった。ただここでアルガは警戒した。幻影であり、戦闘能力なども無論皆無だ。けれど、何かしら罠が張ってありそうな雰囲気。
「……警戒している様子だね。マグシュラント王国を文字通り壊滅させたほどの実力者だ。今更罠の一つや二つ、なんてことはないだろう?」
「それは俺が決めることだ」
アルガは槍の切っ先を地面に向けながら、応じる。
「まあいい、幻影でも会話ができるのはわかった……ならば一つ問おう。なぜこんな馬鹿な真似をした?」
「それは君に、大天使の力を入れ込んだことかな?」
「そうだ」
「……リスクのある話ではあった。けれど、転生した異能者を集めるだけでは、大天使に勝てる可能性は万に一つもない。だからこそ、賭けをしなければならなかった」
「それが俺だと?」
「そうだ……といっても、君が大天使と戦うなんて可能性は想定していない。異能者達が……君と戦うことで、大天使を倒せる何かを生み出すことを期待して、だ」
「なるほど、当て馬というわけか。だが目論見が外れたな。この俺が、まさかこれだけの災厄をもたらすなんて、想定外だっただろう?」
「ああ、まさしく……しかし、嬉しい誤算もあったな」
「何?」
聞き返すアルガ。だが幻影は答えず――不気味な笑みを浮かべた。