閉鎖空間の住人
ユティス達が移動を始めた一方、砦に残ったフレイラは昨晩打ち合わせをした通り、この土地について調べることにした。魔法的な部分についてはおおよそジュオンから聞いているのでその辺りは問題ない。よって、まずここで暮らす者達について話し掛けることにした。
「この土地について……可能な限りでいいので、教えてくれませんか?」
農作業をしている人に、問い掛ける。客人なので無下に扱われることはないにしても「作業の邪魔だ」と返答される可能性はあった。けれど、そうではなく農夫はずいぶんとフレンドリーに応対した。
「ああ、いいよ。といっても騎士様みたいに魔法なんてものはてんでわからないが……」
「それでいいですよ。この土地で暮らすことについて聞きたいんです」
「ふむ、そうだなあ……まず、ここにいる者達は代々この土地を管理してきた。ジュオン様はあの城の何代目かの当主になる」
そう農夫は切り出した。そこでフレイラは確認。
「あの、ここで生まれた方は他の場所には出ないのですか?」
「外から入ってくる者はいるが、中から外へ、というのは例外は存在しなかったなあ。外から入ってきた者はここにいることで辛抱ならん、と怒る者もいたみたいだが、私はこの土地にずっと暮らす人間で、特に何も感じないな」
農夫は視線を宙に漂わせながらフレイラへと語る。
(さすがに、ここに押し込められたら鬱屈とするよね……)
確かに衣食住に困ることはないのは間違いないが、ここで一生暮らすというのは、外部の人間からしたら苦痛を伴うだろう。
「……あの城の城主は、ジュオンさんということでいいんですか?」
さらなる問い掛けに農夫は「そうだよ」と返事をする。
「ジュオン様と、その側近だけがこの土地を離れることができる。まあそのほとんどが王様への定時報告のためみたいだけどなあ……あの御方も可哀想だと思うよ。何せ、あの城に縛られ続けるわけだからな」
――王族の中で、この城の主になることは異例中の異例ということか。
「……さて、あんたらが外部のお客さんということはわかるし、ここが偉いことになるのも知っている」
さらに農夫はフレイラへ語り続ける。
「ジュオン様は我らに嘘偽り無く状況を話してくださる。どうやらここより外の場所は城に眠る大天使様の力を持つ者にやられたそうじゃないか……私自身は大天使様を直接見たことはないが、時折ここにいると感じることがある……大地の底から、湧き上がるような力を。それが人間に牙をむいても、おかしくないと」
農夫は地面を見下ろしながら語り続ける。
「だからまあ、ここが襲われて死ぬことはとっくに覚悟しているよ。そもそも大天使様が目覚めたら、この場所は何もかも……役目を含めて終わりなんだ。そういう意識で仕事をして欲しいとジュオン様からは聞いているし、ここで暮らす住人達はそれを自覚している。だから、襲われて情けなく悲鳴を上げるなんてことも……たぶんないさ」
――マグシュラント王国は王を神と崇める国であり、死生観なども他の国家と比べて違う。ただ、この国の中でもこの大天使がいる場所は、さらに特異な場所のようだ。
「私達はひたすら、くわで畑を耕すだけさ……何か質問はあるかい?」
終始穏やかな口調なので、フレイラは農夫が語っていることは真実なのだろうと見当をつけ、
「……なら、もう一つ。大天使という存在について、どう思っていますか?」
「うーん、そうだなあ。もう一度言うが私は直接見たことがない。話には聞いているが、それはどうにも物語を聞いているような非現実的な印象を受けるな」
「……荒唐無稽な内容ですからね。この土地に住んでいる人以外でも、同じような見解だと思いますよ。ありがとうございます」
「もういいのかい? 他に何かあれば遠慮なく尋ねてくれ」
「はい」
フレイラは歩き始める。先ほどの農夫はジュオンから説明を受けていると聞いた。ということは、個々の心情は異なるにしろ、得られる情報はおそらく似たようなものだろう。
(大天使の管理を、ジュオンを中心にしてきちんと行う……それがこの土地の役目、か)
もしジュオンが何かの形でいなくなっても誰かがすぐに引き継げるような手はずは整えているのだろう。マグシュラント王国はそのように、大天使を管理し続けた。
(初代国王はどんな風に思っていたのかわからないけれど……少なくとも、来たるべき日に備え行動していたのは間違いないみたいだね)
そう結論づけた時、フレイラの視界の端にジュオンの姿が。どうやら巡回している途中のようで、相手もまたフレイラに気付き、
「散歩か?」
「ええ……住人に色々と尋ねていたのだけれど、まずかった?」
「ここにいる者達には大天使のことを含めあらゆる情報を伝えている。隠し立てすることはないし、遠慮無く尋ねてくれればいい……さて、一つ報告だ。近日中に『星の館』の構成員がここへ来る」
「大丈夫なの?」
「アルガに見つからないのか、ということだな。索敵はしているし、こちらからも見つからないようにするため人員を派遣している。現在は問題なく移動しているし……どうやら、アルガについてはもう少々時間を稼ぐことができる」
「何かあったの?」
「アルガは、北へ向かっている」
断言だった。どういう理由でと問い掛けようとした矢先、ジュオンから説明が入った。
「どうも『星の館』の構成員が一計を案じたらしい。アルガを作り上げた技術施設……そこには大天使本体ではなく、大天使の力を分析した技術が多数眠っている。この場所のように外部からは見られないようにするための処置が施されていたらしく、研究員などの多くが存命していたようだ」
「彼らが大天使のことを調べるの?」
「そこについては協議の上、というつもりでいる。組織の面々の目論見がどういうものか……その辺りをきちんと確認しなければ、アルガのような者を再び生み出してしまう……まあ、直に大天使が復活することを思えば、今更そのようなことに手を出しても時既に遅し、だが」
そう述べた後、ジュオンは肩をすくめた。
「その中に……『星の館』の長がいる」
「長?」
「組織的には館、という名称であるためか館長という言い方らしいがな。研究施設の所長であり、また同時に組織の長だ。彼がここに来て、話をする……いよいよ、大天使との戦いも極まってきた、と言うべきだな――」