一つの国
翌日、ユティスはティアナ、オズエル、そしてジシスを伴い砦を後にする。険しい山肌の中でも一応人が歩ける場所は存在し、それを伝うようにして一行は進んでいく。
さすがに周囲を断崖に囲まれた場所なので、道があるにしても移動はかなり大変だった。とはいえ弱音を吐いてはいられないため、ユティスは黙々と足を動かす。
「――ユティス様、大丈夫ですか?」
そんな折、ティアナから言葉が来た。体が強くないユティスを慮ってのことではあったのだが、その言葉にユティスは苦笑する。
「ティアナ、さすがに早いよ……まだ動き始めて間もないじゃないか」
まだ城が見えるくらいの位置。しかしティアナは首を左右に振り、
「距離は関係ありません。そもそもユティス様は状況が状況だけに無理をなさる可能性もあります。それを防ぎ、万が一のことを考慮しいかなる事態に備えておく……これこそ、私の役目でしょう」
「ティアナさんの言う通りだな」
彼女の言説にオズエルが同調した。
「別にユティスさんのことを信用していないわけじゃない。しかし、体調が悪くなっていざ武器作成に入っても駄目だった、では不毛なだけだからな」
「それはわかっているけど」
「まだ時間的に余裕があるのも事実だ。よって、やり直しがきく……それを考慮し、心に余裕を持たせておけばいいさ」
そう語りながらオズエルは周囲を見回した。
「それと、索敵は任せてくれ。これまでの戦いでアルガの配下とも呼べる魔物については既に魔力を解析してある。個体ごとに多少の差違はあれど根本的には似たような魔力の質を持っている。そこから索敵魔法を構築し、遠方でも見つけられるようにしている」
「頼もしいけど……現在はどう?」
「そもそも砦の周辺に魔物はいない。下手な外敵を呼ばないように、魔法が掛けられているのだろう」
「入口と同様に幻術の類いかな?」
「おそらく、な……ただ、そのやり方はずいぶんと特徴的だ」
「というと?」
聞き返したユティスにオズエルは、砦へと視線を向けた。
「幻術を行使するにしても、それを維持するだけの魔力が必要だ。ジュオンさんは何も言っていなかったが、その辺りについて多少なりとも疑問はあった」
「それについて、何か気付いたことが?」
「ああ……この場所は言ってみれば、一つの国だ。人々が暮らせる小さな国……その国の中で、食料などの自給自足に加え魔力も循環させている」
オズエルは砦から目を離し地面を指差す。
「ジュオンさんは入口に幻術を掛けると言っていた。その魔力の源はおそらくこの土地の魔力だ」
「土地の魔力……」
「大地に眠る魔力は無尽蔵とまではいかないはずだが、この辺りは地脈も多いため、そこからの魔力を吸い上げ半永久的に魔法が持続するような構造になっている……そして魔力を上手く調整することで、作物などが育ちやすくしている」
「魔力を利用し、様々な事を成している……と」
「そうだ。この中だけで全てが完結するようになっている。大天使という存在を隠すためにもそういう処置が必要だったというわけだが、それにしたってここまで徹底するのか、と感服するほどだ」
「……『星の館』の構成員から隠すため、かな?」
「そういう意味もありそうだが……この国がどうなっても問題ないような処置を施した、という見方もできる」
「……というと?」
「今のマグシュラント王国の状況……これがまさに物語っていると思わないか?」
「それは、つまり状況を予期していたと?」
「いや、予期というよりは来るかもしれない崩壊のために……これだけの準備をしていた、ということかもしれない」
「千年後の戦いに備え?」
「少し違うな。そうであれば大天使を近くに置いておくなんていうのはナンセンスだ。大天使との戦いよりも前に、国が瓦解する可能性を考慮していた、ということだ。もっとも、マグシュラント王国としては『星の館』による行為で滅びるとは思わなかっただろうが」
「……そうだな」
例えば戦争などで国が滅んでしまっても、大天使だけは守ることができるように……そういう処置を行っていた。
ユティスは頭の中で納得し、言葉を紡ぐ。
「大天使の恐ろしさについてはマグシュラント王国もわかっていた。これが誰かの手に渡ってしまったら、最悪崩壊が早まってしまうかもしれない……それを憂慮し、誰にも見られないような場所を用意した」
「そういうことだ……マグシュラント王国は大天使の脅威を理解した上で全てを準備した。その中で『星の館』に対しても秘匿していたというのは、何かしら理由があるのか……」
「そもそも、双方はあまり良い関係とは言えなかったようじゃな」
と、ジシスが口を開いた。
「片や大天使を隠し、片やアルガのような人物を作ってしまった……大天使を討つための行動を双方ともしていた可能性もあるが、結局向いていた方向が異なりすぎていた」
「そうかもしれないな……」
ユティスは呟くと砦を見据える。この場所に存在する循環方式は、相当な年月を経て創り出されたのだろう。そしてジュオンのような王族に由来する人物に管理を任せていた。それはつまり、マグシュラント王国が独自に管理していくという強い意志があった。
(今となっては知るよしもないけど、果たしてこの国の王族は大天使をどのように考えていたんだろうか)
ジュオンから訊くこともできるが、それはきっと王族――言わば国を治める立場の人間では見解も違うだろう。
「――さて、話は変わるが護衛については任せてもらう」
と、ジシスが口を開いた。
「騎士ティアナはユティス殿の体調を見ているように」
「わかりました」
「索敵はこちらでやっておくため、何かあればすぐに連絡を」
「過保護だなあ……」
ユティスがぼやくとオズエルは肩をすくめた。
「切り札である以上、これでもまだ足りないくらいだと思っている……ユティスさんがいなくなれば、この戦いは即座に終わるからな」
「そうです。加え、体調面だって気になりますから」
さらにティアナが口添えする。
「ここまで強行軍でしたからね」
「……わかったよ。もし何かあればすぐに言う。これでいいだろ?」
根負けしたようにユティスは述べ――山肌を、歩き続けることとなった。