炎と拳
ユティスよりも先にリザがレイモンへと踏み込み、その拳を放った。既に『彩眼』を起動させ、相手へ向け牙をむく。
レイモンも当然彩破騎士団については警戒していた以上、リザの拳については見極め、かわした――が、その対応により周辺にいた騎士達が群がる。異能による炎を発することができれば打開できる状況にはあるが、まだ彼は発動させない。
(他の異能を使うか……?)
ユティスはなおも思考する。もしここで二つ目の異能を使えば、一気に形勢を変えることができるだろう。けれどそれは「異能を複数所持している」という事実を露呈することになる。彼としてはバレてもいいのか、それともまだ隠すべきなのか――揺れているのか。
ユティス達も判断に迫られる。レイモンの目論見に対しどう対応すべきなのか――
「リザ!」
そこでユティスは声を上げた。すると彼女は――それでもなお突撃する。
彼女の拳が、騎士へ到達するより早くレイモンへと突き刺さる。異能を用いている彼女の一撃は、防御をしていなければ十中八九防ぐことはできない。
おそらくレイモンもそれは理解しているはず――その時ユティスは気付く。レイモンの瞳に『彩眼』が宿る。
直後、彼の体が浮いた。リザの渾身の一撃は確実に彼の体を貫いた。しかし、数メートル吹き飛ばされただけで彼は動きを止める。それと同時、手のひらに炎を宿し向かってこようとした騎士達を牽制。彼らも動きを止めた。
「……ふむ」
リザが呟く。何やら思案している様子であり、
「今の威力なら、例え炎の異能を使っても切り抜けられないと思ったのだけれど」
考察と同時、レイモンの眼光が鋭くなる。それと共に彼の右手からは、炎が吹き荒れた。
「防御!」
刹那、オーテスが周囲の騎士達に指示を出して結界を構築。とはいえ隔離はできず異能により無理矢理突破される可能性が高い。できることなら畳み掛けて勝負を決めたいところ。
「リザ、いけるか?」
「ええ、もちろん」
ユティスは彼女の隣に立ち、右手に魔力を集める。リザも構え――ただアシラは姿を消した。
「炎を操る異能……のように思えるけど、リザの拳を防ぎきった能力……炎は魔法か何かでこちらが彼の異能なのか?」
ユティスはそんな風に述べながらレイモンを警戒。対する相手は目を細め、
「状況はさらに悪くなっていくな……仕方がないか」
結界を一瞥。それにユティスは一つ直感した。
既に奇襲は失敗している以上、彼としては逃げる選択をとろうと思った――ただ捕らわれた女性のこともある。おそらく彼は助けようと炎によりかく乱して脱出を図ろうとして失敗した、という感じなのか。
加え、リザの拳を受けながら平然としているその様子から、おそらく防御系の異能を抱えているのかもしれない。
(攻撃を確実に防ぐとか……そういう異能があっても不思議じゃないからな)
とはいえそれを使って強行突破するようなことがないというのは、何かしら制約があるからだろう――
ユティスはさらに考察を進める。現時点でレイモンは異能を複数所持しているという事実をまだ隠している形。悟らせたくないのは、おそらく次の戦いに備えてのことだろう。敵のやり方がわかった以上、既存のやり方は通用しない。よって作戦を変えるわけだが、それをするためには手の内を見せたくはない。
ただ現状、ここで能力をフルに使わなければ突破は厳しいはず。だからこそレイモンは迷っている。
(本来なら異能をフル活用して逃げてもいいけど……彼には野心がある。それがまだ、手の内を晒すことを躊躇わせている)
レイモンが複数異能を行使しないのであれば、時間が経てば経つほどユティス達が有利になるのは間違いない。しかし目の前の敵はやろうと思えば全てをひっくり返すほどの力を持っている。
(さて、現状では……)
ユティス達の手札はレイモンが気付いていないであろう、オーテスに異能を掛けられた人物の存在。加え、レイモンの視界から消えたアシラ。
ユティスは彼がどこにいるのかわかっている。彼ならば音もなく懐へ飛び込むことはできるはずだ。
(問題はこの目的が捕縛であることか……アシラに斬撃を受けても先ほどリザの攻撃を防いだ異能ならば弾かれる危険性がある)
ユティスの頭の中には戦術が構築しつつあるが、その作戦をアシラ達が採用するのかどうか――もう打ち合わせをすることもできない以上、ここは祈ることしか――
レイモンが動く。再び炎をまとわせ、ユティス達へと突撃を敢行する。
ここまで直情的な動きなのは何か狙いがあるのか。ユティスが応じようとした矢先、リザが動いた。
「効かないわよ」
彼女は迫る炎をものともせず足を踏み出す。彼女の拳が再び振りかざされた直後、それに応じるように炎が彼女を飲み込んだ。
ユティスは一瞬ヒヤリとしたが、炎の中から彼女が再び現われる。そしてまたも直撃する彼女の正拳。レイモンはそれを受けまたも体を浮かせたが、数歩たたらを踏んだ程度ですぐに体勢を立て直す。
理屈はわからないが、少なくとも異能で彼女の攻撃を防ぎきるだけの力を持っている。ただユティスは戦闘の中で一つ見つけた。炎を発している間にも防御系の異能は発動している。
(両方異能だとすると、少なくとも二つは同時に扱える……が、目に見えて疲労しているな)
レイモンは呼吸を整える。悟られないように必死だが、それでもリザの攻撃を相殺するだけの出力を異能で防ぐのは厳しいようだ。
(レイモンはもう残された選択肢が少ない……となれば)
「……ドミニク」
そうした中で、レイモンは女性の名を呼んだ。
「どうやら、終わりのようだな」
「ええ、そうね」
同意するような彼女の言葉。とはいえレイモンの目は死んでいない。
いや、それは明確に何かを悟った――おそらくこれは、
(彼女を捨てて逃げるか、手の内を明かすか……?)
直後、レイモンの魔力が高まる。間違いなく次の攻防でリザを突破するか撃破しようという意図が感じられる。
後方にはフレイラを始めとして他にも異能者はいるが、逃げに徹したら脱出される危険性がある。ここで確実に、彼を仕留めたいところ。
その時、ユティスの視界にとある人物の姿が。その相手はユティスを見て小さく頷く。
(次で、決着を付けるか)
ユティスは視線をレイモンへと戻す。直後、彼は雄叫びを上げ、炎を全身にまとう。
灼熱が周囲を包み込む。それと共にユティスはリザへ、
「これで、最後だ」
「ええ」
同意する彼女。そして二人はまったく同じタイミングで、足を踏み出した。