契り
「私は騎士として……フレイラ様やユティス様を守るために、今ここに立っています」
そう語りながらティアナはどうにか平静を取り戻し、言葉を紡ぎ始める。
「ユティス様の想いはわかりました……私としても、その、大変嬉しく思います……けれど、きっとこの感情は、彩破騎士団の活動に支障をきたしてしまうと思います。その――」
「僕はそう思わない」
断言。それにティアナは押し黙った。
「僕がどう考えているかは先ほど話したとおりだ。僕自身、伝えるべきか迷ったけれど……このままではティアナ自身、望んで犠牲になるのではないかと思った」
「それは……」
「卑怯なやり方だと思うかもしれない。けど、僕は……ティアナを失いたくはないんだ」
言ってからユティスは一歩ティアナへ近づく。
「約束して欲しい。最後の最後まで、誰も死なずに済む方法を考え続けると……僕も同じようにする。フレイラだって同じ見解だろう。リザやアシラだって、誰かがいなくなるのは辛いはずだ」
「ユティス、様……」
名を呼んだ瞬間、ティアナは恐る恐るといった様子で、
「私で……よろしいんですか?」
「僕はティアナを選んだんだ」
そう告げると同時、ユティスは小さく笑みを浮かべ、
「ただ、もう一つの可能性が残ってるけど」
「可能性……?」
「ティアナの返事を聞いていない……こうしてティアナに告げた以上、公表せずにというわけにはいかないだろうし、ラシェン公爵だってこういう決断をしたのならすぐさま告げるべきだと言うだろう」
そしてユティスはティアナと目を合わせ、
「その、受け入れて……もらえないかな?」
「……はい」
少しばかりの沈黙の後、ティアナは返事をする。そしてユティスは、
「その、こうして話をしたことによって戸惑うことはあるかもしれないけど……僕としてはここでしっかりと話せて良かった。その、今後ともよろしく、ティアナ」
「はい、ユティス様……」
もう一度涙がこぼれた。ユティスはハンカチを差し出したがティアナは手で制し、自らの物で涙を拭った。
「あまりに予想外の展開で驚きましたが……とても、嬉しいです」
「そっか。良かった……で、なんだけど」
「はい」
「もし良かったらなんだけど、改めて町を見て回らないか、と。その、次は騎士としてではなく、婚約者として」
告げた直後、ユティスはティアナの顔を窺うようにして、
「ただ、ちょっと目が赤くなってるし……」
泣いたことによるものだ。とはいえティアナは、
「顔を洗ってきます。その後でいいですか?」
「構わないの?」
「ユティス様のお誘いなら……ただし」
と、彼女は少しばかりユティスへ言い聞かせるように、
「敵がこの町にいることは忘れてはなりません。襲い掛かってくる危険性は非常に低いとは思いますが、それでも最大限の警戒をしなければなりません」
「……結局、騎士としての側面は出てくるんだね」
「当然です。それが私のお役目ですから」
そうは言うが、彼女の表情はユティスが告白する前と比べて柔和に満ちたもの。
「少し、待っていてもらえませんか」
「うん、わかった」
――そうしてティアナは部屋を出て行く。それからしばらくして、ユティスは大きく息を吐いた。
「……緊張した……」
ティアナがどう想っているのかについては把握していたが、それでもどうなるかわからなかったため、ユティスとしても不安だった。
けれど、ティアナは受け入れてくれた――ならば自分は今後どうすべきなのか。
「本音を言えば、僕はティアナを守りたい……けど、それじゃあ一緒だよな」
むしろ、状況は悪化するかもしれない。だからこそ、そういう考えでは駄目だ。
「どうすべきなのかは、仲間とも相談したいかな……フレイラとかなら、聞いてもらえるかな?」
どうあれ、ティアナの意識を変えることには成功したはず――無論、騎士としての矜持がある以上は、彼女自身ユティスを守るべく立ち回ることは間違いないはずだが。
「ひとまず、待つことにしようか」
一度思考を空っぽにする。それと同時、精神的な疲れか、ユティスはため息をつくこととなった。
* * *
ティアナは顔を洗い、ユティスのいる部屋へ戻ろうとした時、廊下でフレイラと遭遇した。
「あっ、フレイラ様……」
「終わったみたいね。ふむ」
ティアナのことをまじまじと見つめるフレイラ。
「泣いた跡がある?」
「あ、はい。唐突にユティス様に、その……」
「言わなくてもわかるわよ。良かったわね」
――ティアナはここで、フレイラはどう考えているのかと問い掛けようとした。けれど最終的にそれは飲み込むことにした。
その代わりに問い掛けたのは、
「……ユティス様に、自分の命を犠牲にするのはやめろと言われました」
「そうね。私もティアナには死んで欲しくない」
「騎士として、そういう役目を担うことになるかもしれませんが……」
「でもユティスはそれを許さなかった……懸念としては、ユティスがティアナを救うために頑張ろうとすること、かな」
「それは……」
ティアナにとって、それは最悪の状況だと想うが――
「だからティアナは、そうならないよう動くってことが重要よ。ユティスのことを大切にしたいと想うのなら」
「そう、ですね」
「面倒だと想ってる?」
「そうではありませんが……フレイラ様の仰りたいことはわかります。私自身、色々と見つめ直し、今後の戦いに備えたいと思います」
「そうね」
そしてティアナは小さく会釈をした後、ユティスの部屋へと向かう。
(……私は)
胸の奥でじんわりとした熱を感じる。ユティスが真正面から語ってくれたこと。それは、ティアナにとってあまりに予想外で、それでいて心臓が張り裂けそうなほどの言葉だった。
それを思い出すだけで、目尻が熱くなる――しかしそれを堪え、ティアナはユティスの部屋へと入る。
「お待たせ致しました」
「うん、それじゃあ行こう」
改めて――先ほどとは異なる心情で。
ティアナは微笑を浮かべ、ユティスの隣を歩く。作戦のこともあるため完全に気を緩めることはない。けれど今の彼女の心の中には、使命感以上の、ユティスに対する思いがしかと、胸に刻まれていた――