告げる
「まず、ここからの戦いが苦難に満ちたものになるのは間違いない。そして、ティアナにも苦労を掛けること、これも間違いないと思う」
「それは承知しています」
「うん、だからこそ問う……ティアナは、場合によっては自分の命を犠牲にして僕やフレイラを救おうと考えているね?」
質問に――ティアナは押し黙った。
「騎士としての役割は、確かにそういう意味合いもある……が、彩破騎士団の副団長として、それは止めてくれと言いたい」
「何故、ですか?」
ティアナは真っ直ぐユティスの目を見ながら問い掛ける。
「騎士は、自らの命を捧げることも役目でしょう」
「それなら彩破騎士団の団員全員がその対象に入るだろ? けどティアナの見解は違う。窮地に陥ったら、自分だけの命で他の団員を救おうとしているだろ?」
「それは……」
「自己犠牲的な考えは、騎士として筋の通ったものであるとは思う。けど、それは駄目だ……どんな状況でも生き抜くこと。それは約束してほしい」
無論、これが難しいものであるとユティス自身もわかっている。
騎士団という組織を救うために個人を犠牲にしなければならない状況になる可能性も否定できない――しかし、
「最悪の事態も想定するべきだとは思う。けれど、ギリギリまで誰も死なない……団員が全員生き残る術を考えて欲しい」
「それは……」
「その意識こそ、僕はこの戦いで重要なのではと考えている」
そう口にすると同時、ユティスは半ば確信する。
自分を斬り捨てる発想は、護衛任務などを行う騎士としては確かにあり得ること。けれどそういう「死」を意識した戦いでは、今回の戦い――勝てないのではないか。
「僕がそう主張するのは他にも理由がある。最後の最後……この異能者同士の戦いの果てには、間違いなく途轍もない戦いが待っている。その最後まで生き残る……そうでなければ、僕は勝てないと思うんだ。そこまで誰も犠牲にならず、文字通り彩破騎士団として全身全霊を込めなければ、勝てないのではないか」
「つまり、その最後の最後まで生きていてくれ……と?」
「そういうこと」
頷くユティス――ただし本当に述べたいことはこの先にある。
「理解はできます。ですが、それでも場合によっては……でしょう?」
「その、僕としては死を前提として話をして欲しくないということを主張したいんだ」
「それは……」
「無論、仲間として死んで欲しくないというのはある。けど、それ以上に」
ユティスは呼吸を整える。そして頭の中で言葉を選び、紡ぐ。
「個人的な考えで申し訳ないけど……僕は、ティアナに死んで欲しくない」
といってもこれは「仲間」としてという解釈もできるし、実際は彼女はそう解釈したようで、
「お気持ちはわかりますが……」
(やっぱり決定的な言葉が必要なんだよね、これ)
そうユティスは思うと、頭の中を整理して、さらに続けようとする。
(ただこれ、完全にフラグなんだよね……)
そういう意味ではやめておくべきなのかと一瞬考えたが――このままではティアナ自身、間違いなくどこかで自らの身を犠牲にしようとするだろう。それが近くにいる時なら止めることだってできるかもしれないが、別所で戦っているようなシチュエーションならば、どうしようもない。
だから、ここで言っておかなければならない――今から数日後に戦いがあるというのなら。
「……ティアナ、これを機に言っておくのだけれど」
「はい」
真っ直ぐ見つめる瞳。おそらく彼女はどう言おうと決意を曲げることはないだろう。ただ一つの例外を除いては。
ユティスはもう一度言葉を選ぶ。そして、
「……この戦いが終わった後の話なのだけれど」
「終わった後、ですか」
「うん……その、僕は彩破騎士団として所属していた経歴もあるし、自分の身について色々と話が来ると思うんだ」
――多少なりとも引っ掛かりを感じたのかティアナは身じろぎするが、平静を崩さず、
「だとは、思います」
「それに対してなんだけど、その……婚約者として、ティアナを指名しようと思っているんだけど……」
告げてから数秒、ユティスは相手の顔を見れなかったのだが――確認すると、彼女は小首を傾げ、何を言っているのかわからないという顔をしていた。
「――へ?」
そして素っ頓狂な声を上げる彼女。そこでユティスは畳み掛けるように、
「だから、その……まあ今からでも構わないのだけれど、僕はティアナを婚約者として――!?」
思わず言葉に詰まった。なぜなら突然、彼女が泣き始めたからだ。
「ティ、ティアナ……?」
「あの、私……」
何を言われたのか理解できたのか、彼女は俯き涙を袖で拭う。思わずハンカチを取り出して差し出そうとした矢先、
「ユティス様、あなたは……」
「――先に言っておくけれど、それが僕の偽らざる本心だ」
機先を制するような言い方であり、途端にティアナは言葉をなくす。
「たぶんティアナは主にフレイラのこととかを気にしているみたいだけど……いや、僕も正直フレイラがどう考えているとか確固たる自信はないんだけど……ともかく、僕はティアナのことが好きで、婚約者として指名しようと思っている。それは僕の選択であることは、認識しておいて欲しいんだけど」
ティアナは何も答えない――相変わらず俯いて言葉を必死に探している様子。
そしてユティスはさらに告げる。
「ティアナの言いたいことはわかる。僕やフレイラを守ることが優先であるという認識をしているようだし、騎士である以上、身命を賭して……そういう心情は理解できる。けど、僕は死んで欲しくない……それは仲間であると同時に、ティアナのことが――」
「……です」
遮るようにティアナが口を開く。何を喋ったのかユティスが問い返そうとした矢先、
「駄目です……ユティス様……」
一瞬否定されたのではと思ったが、ユティスは違うと悟った。婚約云々を否定されたのではなく、それ以外の部分。
けれどユティスは言葉を待った。やがてティアナはどうにか涙を拭い、顔を上げ――うっすらと瞳を滲ませながら、ユティスへ口を開いた。