絶対的脅威
レイモンはとある国――マグシュラント王国である王族の私生児として生まれた。その境遇から同じ王族からは疎まれ、多くの者達はレイモンをいないものとして扱った――そうした過去から彼はある夢を見るようになる。自分自身が国を御し、また誰もがひれ伏すという夢だ。
そんな未来が来るとは到底思えなかったし、レイモン自身もそれは頭の中における妄想の産物であると思っていた――けれど、それが現実のものになるかもしれない出来事に遭遇した。異能の発現だ。
腐っても王族であったため、異能について情報をある程度得ていたレイモンは、これが自分の状況を打破できる切り札であると強く確信した。そして彼はもう一つ知ることになる――異能の特性を。
異能者を自分の手で殺せば、自分もまた力を得ることができる――その事実を知ったレイモンは、どうすれば異能を一気に得られるかを考えた。そうして得た結論が、目の前の状況である。
そしてどうやら国が管理する異能者達はこの事実に気付いていない。だからこそ今ならば、全てを手にすることができる。
「俺が手にする……必ず」
そう呟きながら彼は、密使に書類を手渡した。その後宿に戻り、一人椅子に座り物思いに耽る。
――レイモンがこうした活動をするのにはもう一つ理由がある。それはとある人物との邂逅。ユティス達が敵対的勢力の一つとみなしていた、単独で異能者と戦う存在。
突如マグシュラント王国内で遭遇し、一度は戦おうとした。しかし相手は剣を向けてくることはなく、ただ一つ問い掛けてきた。
『お前は何のために戦う?』
――それは異能者と遭遇するたびに問い掛けているものなのか、それとも自分にだけ当てられたものなのか。
ともあれレイモンは答えた。それに対し、相手はこう返答したのだ。
『異能者の中にはいくつか種類がある。世界を覆そうとするもの。あるいは世界を守ろうとするもの。お前は前者だな』
そう断定した相手は、嘲笑と共にレイモンへと語った。
『ならば俺が剣を向ける必要はない。そのうち誰かの手によって惨めな末路を迎える。なぜわかるのか、だと? それが歴史の必然だからだ』
自分の行い全てが否定されたような気がした――だからこそレイモンは反応しようとしただが、
『ああ、語らなくていい。必要もない。ガキの戯言など』
あまりに不遜な言葉に、レイモンも怒りを覚えた。同時にこいつだけは自分の手で叩きつぶすと誓ったのだ。
「そういえば奴らも情報は得ているのだったか……まあ、あいつらでは無理だろうな」
威圧感――その圧倒的な存在感は対峙した自分にしかわからないとレイモンは思う。
王族としての気概――そして何より自分がやり遂げなければならないという強い決意があったからこそ、自分は対峙できたのだと自負する。もしそれがなければ、出会った瞬間に全てが終わっていたはずだ。
レイモンはふと、遭遇した時のことを思い返す。まるで世界が黒く染め上げられたような――そういう感覚を抱いたのを、深く記憶している。
あれは一体どういう存在なのか、多少なりとも詳細を独自に調べた後でも、どこか信じられない気持ちでいる。あれは本当に人間なのか。本当に同じ異能者なのか。
そしてあれに対抗するためには――絶対的な力しかありえなかった。
その力を得るにはどうすればいいのか。ひどく簡単な話だった。異能者の力を自分に注げばいい。
「もし序列をつけるとしたら……やはり『創生』の異能か」
彩破騎士団所属、ユティス=ファーディルを自分の手で始末することができたのなら、武具などを作成する異能と兵力を作成する異能を両方得ることができる。異能を二つ以上抱えていれば、その全てが自分のものになるという仕組みもレイモンは把握している。
もしあの脅威に対抗するのならば――ただ漫然と異能を用いるだけではだめだ。そこから相手の予測を上回る何かがなければならない。
「とすると、結論は一つしかないな」
立ちすくむような脅威。それに応じるためには一つしかない。
「もしユティス=ファーディルが対抗しようとする時……果たして、こちらと同じような結論を導き出せるのか?」
そんな呟きと共に、レイモンは一度考えを止めた――全ては異能を手中に収めた後だ。
どうやって倒すのか。その糸口となるのが引き連れてきた者達。ドミニクを除いた者達は協力者でも部下でもない。その実態は彼が生来所持していた異能により操っている人間である。
この会議の席にいる者達はまだ自分が複数の異能を抱えていることは把握していない――仮にそういう推測をしていたとしても、この戦術ならばそう問題にはならない。
簡単に言えば、操っている面々が異能を操っているという風に見せかけ、おとりに使いながら異能者を倒して行くという戦法。相手は偽の異能者に気を取られ右往左往する間に本命のレイモンが仕留めるという立ち回りを想定している。率いる者達が単なるブラフであるという可能性を意識したとしても、決して無視することはできない。つまりこの戦術で、レイモンは異能における戦いで絶対的な優位に立つことができる。
一つ懸念があるとすれば、異能発動のタイミングと操っている人間との間で齟齬が生じれば敵に露見される危険性が高まる。もし率いている面々が全て囮であると確信したのならレイモンとしてもまずいことになるのだが――そういった可能性を排除できるよう訓練は重ねてきた上、リスクは承知の上だった。
決して分の悪い賭けではない。だからこそ――レイモンは勝算があるからこそ、この場所にいる。
「……後は、作戦通りの状況になるかどうかだな」
異能者全員を相手にすればさすがに辛い。しかし帰路につく時において各個撃破ならば――しかし襲撃すればすぐに気付かれる。ならば時間を稼ぐ方法が必要だ。
そうした作戦を頭の中で再検討する。いつしかレイモンの思考は、来たるべき作戦の日に注がれることとなった。