彼が見据えるモノ
受け取ってそのまま手渡しするのはどうなのかなとユティスは内心思いながらも、一緒に行動して買ったのだからそのまま贈るべきか――と思いながら露店を離れると、
「ユ、ユティス様……その」
戸惑うティアナの姿。それを見てユティスは、
「興味があったんだろ?」
「い、いえ、その……」
「目を引いたから僕が買った。それだけだよ……ほら、腕を出して」
そう言ってブレスレットをはめようかと思った時、
「……だ、駄目です」
「え?」
「その、受け取れません……」
申し訳なさそうな表情と共に、ティアナはそう語った。
「その、ユティス様は物語を知ってそのブレスレットを購入した……そんな解釈ができると思いますが、そうであればなおさら受け取れないといいますか……」
「どうして?」
ユティスは内心考えていた推測が当たっているのだと改めて確信しながら問い返す。
「その、あくまで今回の件は作戦……ですし……」
ティアナはブレスレットを見ながらしどろもどろに告げる。
「加え、私にはもったいないです……」
理由になっていない理由である。ユティスは強引に渡してもいいのでは一瞬考えたけれど、だとしても後々突き返される未来が見えた。
よって、ユティスが先んじてやらなければならないことは――
「ティアナの言いたいことはわかった」
語りながらユティスはブレスレットをポケットにしまう。それにティアナはどこか名残惜しそうに一瞥したが、すぐに表情を戻した。
「ともあれ、もう少し散策してみよう。もちろん、その目的はわかっているだろ?」
「はい、もちろんです」
ティアナは頷き、ならばとユティスは彼女と共に歩き出す。
(まずは、ティアナの思考を切り替えないといけないな)
そうユティスは思う――つまり、作戦ではあるけれど、そこから頭を切り離さないといけないわけだ。
(それをするにはどうすればいいか……ただ昼を過ぎているしあんまり時間もない)
とにかく頑張らないと――そう心の中で呟きながら、ティアナと共に大通りを散歩することとなった。
* * *
バタンと後方で扉が閉まる音が聞こえ、レイモンは椅子を引いて振り返る。食料の調達へ行っていたドミニクが戻ってきた。
「……どうした?」
その顔が笑い出しそうだったため、レイモンは尋ねる。
「いや、面白い光景を見つけたから……けど視線に気付いたのか周囲を見回していたし、すぐに離れたけど」
「騎士絡みか?」
「眼光を鋭くしなくてもいいわよ。その後改めて確認したけど怪しまれた形跡はなかった」
ドミニクは言いながら荷物を下ろす。
「聞いてびっくりよ……彩破騎士団の詳細は私も聞いていたし、特徴が一致したからすぐにわかったんだけど、どうも異能者の男の子と所属騎士らしき女性が連れ立って歩いていたわ」
「町の見物か?」
「露店を見回っていたからデートじゃないかしら」
「……ずいぶんと悠長だな」
感想を述べながらレイモンは窓の外を見やる。
「先ほど協力を取り付けた町の人間から、会議が終わり異能者が宿に戻ったという報告を受けた。その後、彼らは外に繰り出したのだろう」
「なるほどねえ……狙わないの?」
「町中にいる以上は無理だな。こちらも準備ができていない」
そもそも二人を狙えばその時点でこちらの行動がバレる――まだ現段階で仕掛けるべきではない。
「予定を変えるつもりはない。ドミニクもこれ以上余計なことはするな」
「はいはい、わかったわよ」
彼女の返答を聞いた後、レイモンは椅子を座り直し、机の上に目を向ける。手紙を執筆中だった。
「それ、報告書か何か?」
「そうだ」
答えた後、レイモンはペンを走らせる――この町にも密使が入り込んでおり、レイモンは彼に手紙を託し、状況を報告する形となっている。
「ただ少し気になることがあってだな……次の密使が来ていない」
「来ていない?」
「ああ。密使は基本二人で行動し、片方が連絡を行う間もこちら側に手紙を受け取る役目の人員が配置される……が、先に報告書を持たせた人員が国へ戻ったきり補充要員が来ない」
「何かトラブルがあったってこと?」
「その可能性があるな。こちらに刃向かう人間の小細工だろうが……一定の間隔で報告が届かなければ城側が動く。そう心配はしていない」
レイモンは報告書を書き終える。状況としては――計画通りに事が進んでいるといった内容。
「ドミニク、異能者達を観察してもいいが、気取られるような真似はするなよ」
「はいはい。今後は見つけても何もせず立ち去ることにするわ」
返答をすると彼女は部屋を出る。そしてレイモンは報告書を読み直し、問題がないことを確認した後書類をまとめ立ち上がった。
「さて、ここからだな」
準備は着々と進んでいる。不測の事態に陥ることがなければ、このまま戦いが始まることになる。
「もっとも、敵の動きについて考慮し、作戦を練っておかなければならないな……」
そう呟くレイモンの口の端には笑みが現状をどこか楽しむ様子すら見受けられ、もしこの場にドミニクがいたのなら、呆れていたかもしれない。
レイモンはそのまま部屋を出て、報告書を密使に渡すために宿を出る。
その道中で考えることは、この戦いの行く末。もし今回の戦いで勝利することができれば、来たるべき戦いにおいて最高の力を発揮できる。
しかしレイモンの頭の中にあるのはそれだけではない。いや、むしろもう一つの思惑の方が強い。
「……見ていろよ、馬鹿者共」
呟いたレイモンの声は、わずかながら殺気が生まれていた。
必ず、勝たなければならない――そうレイモンは胸に誓う。全ては計画通りに動き、あと少しで全てが手に入る。だがまだ実際に手にしてはいない。だからここで絶対に、気を緩めてはならない。
「この世界の頂点に立つのは私であるころを、思い知らせてやろう」
にじみ出る殺気を隠すことなく呟くレイモンは、少しばかり歩調を速め宿を出る。その視線は前を向いているようであったが、まるで別の何か――視界の先にある『何か』を見ているような雰囲気があった。