ブレスレット
ひとまず大通りの露店などを見て回るのがベターだろうということで、ユティス達は色々と商品を見て回る。とはいえユティスもティアナも貴族かつ、国家という後ろ盾があって彩破騎士団として給金などももらっている。物欲的にはそれなりに満たされており、買うという段階まで踏み込むことはないのが実状だった。
「そういえばティアナって」
ふと、ユティスは気になった事を告げる。
「アクセサリの類いって身につけないよね」
「私は貴族という立ち位置ですが、元々商家ですし、あまり着飾って悪目立ちするのは避けたいのです」
「それは、両親の方針ってこと?」
「そこも関係しています。ただ今は彩破騎士団として活動している状況ですし、そうした考慮を入れる必要はないような気もしますが」
語りながらティアナは商品を眺める。何か欲しいというわけではなく、あくまで作戦の内ということ品物に目を注いでいるという様子。
「それに、私の能力上あんまりそうした物は身につけられないというか」
「辺に魔力のある物を着けると、能力が阻害されると?」
確かにそういう話はある――が、あくまでそれは能力制御などが未習熟の場合。ティアナほど制御がしっかりしているのならば、そう気にする必要はない。
「……ユティス様の仰りたいことはわかりますよ」
一度ユティスへと視線を移し、ティアナは述べる。
「別にそこまで気にする必要はない……でしょう? もちろんそれは私もわかっていますが、騎士としてはあまり必要がないものですから」
騎士として――ティアナはそこに重きを置いている。
(やっぱりかな)
ユティスは先ほど推測したことが事実なのだろうと結論づけながら、少しばかり思案する。
当然だがティアナは貴族の令嬢ではなく、彩破騎士団の一員としてこの場にいる。そしてユティスやフレイラを守るべく剣を手に取り戦っている。
(そういう意味でも着飾る必要がない……まあ僕やフレイラも装飾品を身につけているわけでもないし、目立つような感じにはしたくないという思いだってあるんだろうな)
そう考えながらもユティスは露店に視線を送る。町で暮らす人々からしても安い品物もあれば、ユティスでさえ目を見張るような品物まで様々ある。特に高価な物は露店で並べていいのかと思うほどではあるが、魔力を感じ取れたので何かしら対策はしているのだろう。
「……よし」
ユティスはそうした露店の一件で足を止めた。そこそこの値段の装飾品が揃っている露店で、店員の女性が気さくに話し掛けてくる。
「会議に関連してお越しになられた方ですか?」
「そんなところです」
ユティスはにこやかに答えながら品物に視線を注ぐ。ユティス達の格好からは騎士をしているとは思えないだろう。
店頭に並ぶ品物は宝石などを多量に使っているような派手な物ではないが、それでも飾りっ気のないユティス達からすれば結構な代物。ただティアナからすればこれでも目立つとか言いそうな雰囲気ではある。
「……ん」
その時、ティアナが小さく声を上げた。ユティスが彼女へ向くと、品物ではなく大通りに視線を漂わせる彼女の姿があった。
「どうしたの?」
「いえ……今、何か……」
「視線でも感じた?」
「そんな気がします……けど」
――警戒するユティス達としては敵が気付いたと解釈するのが妥当なのかもしれないが、そうではなくティアナの容姿に見とれたなどという可能性の方が高いような気がする。
「いえ、気配は一瞬でしたから、気のせい……だと思います」
「珍しいな、ティアナが濁すなんて」
「仮に敵だった見つけて注目したとかでしょうか」
「かもしれないな」
ユティスは答えながらもさして興味がなさそうな態度を示す。今は作戦――敵を油断させるための作戦なのだ。むしろ注目してもらった方がありがたい。
さすがに白昼堂々と動く可能性は低いため、例えば二人っきりになるようなことでもなければおそらく大丈夫――敵の狙いは一網打尽なのだ。ユティスの異能は非常に有用なものであるとはいえ、敵もそれなりに調べているはず。即効性の薄い異能であることは理解できている可能性は高く、ユティスの異能を奪ったから襲撃がバレても問題ないという事態にはならない。
よって、敵はギリギリまで隠し通す――と予想しているが、一応最低限の注意はしておくべきか。
「と、そんなことよりティアナ」
ここでユティスはあえて話題を変える。油断させるための動きなのだ。それに自分達とは別に敵勢力の動向をチェックしている騎士もいる。何かあれば対応できるはずで、だからこそ作戦を遂行する。
「はい」
ティアナもそれに応じ、品物へ視線を落とす――と、ふいに彼女の目線が一点で止まる。
「あ……」
「何か興味の引く物があった?」
ユティスの問いにティアナは一瞬どうしようか迷い、
「いえ、何も……」
「なぜそこで誤魔化そうとするんだよ……」
笑いながらユティスは先ほどティアナが眺めていた品物を見る。銀製と思しきブレスレット――宝石などはついておらず、その代わり何やら文字のような物が彫ってある。
「あら、これに目をつけるとは」
と、店員の女性が声を上げた。どういうことかとユティスが視線を送ると、
「それはエリンのブレスレットのレプリカなんです。かなり精巧に再現されていて、素材などもまったく同じなんですよ」
――エリンとは、実在した女性で実話を元に構成された小説の主人公でもある。
その物語はブレスレットを恋人から渡された主人公エリンが、様々な障害により恋人と離ればなれになる中、それでもブレスレットと共に恋人を忘れることなく、一途に思い続け最終的に結ばれるという内容。ユティスは読んだことがないのだが概要は知っているくらいには有名で、なおかつこのブレスレットを渡した恋人達は離れても繋がりあい、必ず結ばれるなんて噂も耳にしたことがある。
ユティスは渡す物としては重いかなと最初は思ったが――ティアナの言動を振り返り、決断する。
「すいません、それではこれをください」
「はい、いいですよ」
ティアナが目を丸くする中で、ユティスはブレスレットを購入する。そうした状況の中で彼女は驚き沈黙する他なかった。