騎士団
――朝、ユティスはけだるい体をどうにか起こし、ベッドから降りる。
そして拙い動作で転ぶこともなく貴族服へと着替えを行い、小さく息をついた。
「今日は……ラシェン公爵が来る予定だったか」
呟きながら準備を済ませた時、ふいに部屋の扉が開いた。
「ユティス様、朝ですよ――って、起きている!?」
「……驚きすぎだよ」
嘆息しつつユティスは、相変わらずノックをしない彼女に忠告を入れる。
「それと、ノック」
「あ、すみません……いや、その、今日ラシェン様がいらっしゃるというのをユティス様がお忘れになっていないかと、慌てて来た次第でして」
「そのくらいはわかっているさ……それと、ノックの件についての言い訳にならないよ。訊くけど、フレイラとかに同じようにはしていないよね?」
「……あはは、まさか」
乾いた笑い。これは後でフレイラに謝らなければと胸中ユティスは思いつつ、セルナに言及。
「……準備は済ませたから、食堂の方を準備していて」
「はい……あ、それと」
言いつつ、彼女はユティスに何かを差し出した。
「お届け物です」
「え?」
首を傾げつつユティスは差し出された物を見る。真っ白な封筒に包まれた手紙だった。
「どうしたんだ、これ?」
「ユティス様にと、渡されまして」
「誰に?」
「神官服を着た人からです」
ユティスには憶えがない。首を傾げていると、セルナもまた首を傾げる。
「雰囲気的にお知り合いのような感じでしたけど……お城で会った方ではないのですか?」
「憶えがないけど……もし騙して何かをする人間なら、僕の知り合いを装うようにするかもしれないね」
「あ、確かに……捨てましょうか?」
申し訳なさそうに問うセルナ。ユティスはそんな侍女の表情を見つつ、手紙を観察。とりあえず魔力的なものは感じられなかったので、指示する。
「机の上にでも置いておいて」
「はい、わかりました」
セルナは指示通り手紙を置いて退出。その後、ユティスは手紙を一瞥したが、ふと部屋にあるテラスへと続く窓に目を向ける。
そちらへ歩み寄ると、綺麗な快晴がまずは見えた。次いで視界に入ったのは――ロゼルスト王国首都の街並み。
ここは自身がずっと暮らしていた屋敷ではなかった。王城に程近い、あてがわれた屋敷の一室。
「……この風景も、そろそろ慣れてきたな」
述べつつ、ユティスはテラスに背を向け歩き出す。
「今日は調子がそれなりにいいし、ラシェン公爵に迷惑をかけるようなこともないかな」
そして――ユティスは、部屋を出た。
あの戦争から、一ヶ月が経とうとしている。犠牲者が僅か一人の戦後処理も落ち着き、首都もすっかり日常を取り戻していた。
相手であるウィンギス王国に対する処理も進んでいるが、それについてユティスは関わっていない。政治は基本雲の上の出来事であるし、何よりそういった物事について関わることは自身の寿命を縮めることに他ならない。だから干渉しないと決めていた。
そして――王自身の考えにより、ユティスとフレイラは都に残った。これから場合によっては『彩眼』を持つ存在と戦うこともあるだろう――そうなれば必ずユティスの力がいる。そう断じた王はひとまず都の屋敷を二人に与え、そこに住むよう言い渡した。
なおかつ、『彩眼』に対抗するための組織に所属するよう言い渡した。その名は――
「……彩破騎士団、ですか」
客室、訪れたラシェンから聞いたその言葉を、向かい合って座るユティスは呟いた。
「ああ。十日経過しようやく名が決まった」
「……名を決めるのに時間が掛かったわけではないでしょう。何が原因なんでしょうか?」
問い掛けるユティスに、金縁刺繍が施された貴族服を着たラシェンは渋い顔をしながら答える。
「どういう権限を与えるかで揉めに揉めた……君達は、異例の存在だからな。重臣達は君達の功績を理解しているが、それだけで権力を持たせるのには二の足を踏んだわけだ」
当然だと、ユティスは思う。戦争を終結させた功績は認める他ない。けれどその事実をもって例えば官職を与えるというのは、少し違う気もするしそもそも執政の能力もない。
「それで、結果は?」
「君達に他の騎士団を動員する権限はない……が、陛下へ嘆願すれば動員できるということにした」
「……陛下が、ですか?」
問い掛けたのは、ユティスの隣で話を聞くフレイラ。騎士服姿の彼女に対し、ラシェンは大きく肩をすくめる。
「ああ。先の戦争の結果を考慮し、王直轄にした方がよいのではという結論に至った。実際私達は何者にも邪魔されずに作戦を成功させた。以後異能者が出現した時も緊急的な対応に迫られるかもしれない……それには、騎士団のような組織ではどうしても動きが鈍るからな。よって、既存の騎士団とは別個の存在とした。だから今メインの団員は君達二人だけだ」
「そんな状況で、大丈夫でしょうか?」
ユティスは問う。それにラシェンは肩をすくめた。
「戦争という事象があった以上、不安になるのはわかるが……長い目で物を見た方が良いだろうという点も考慮されている。騎士団や宮廷魔術師を異動させるとなると、どうしても軋みが発生してしまうし、そもそも同じような異能者が出るなどということに懐疑的な重臣もいる……無理に押し通すと君達に余計な介入を与える危険性もあったため、こうなった……戦力については、王の後ろ盾があるということでどうにか対応しようじゃないか」
「そう、ですか」
「そして、この騎士団には相談役として私も加入する」
「……えっ!?」
寝耳に水だったらしく、フレイラは声を上げた。
「ラシェン公爵も、ですか!?」
「私も以前の戦争に関わったからな。陛下としては私のような人物を置いて、君達のことを守って欲しいらしい」
――確かに、ラシェンという後ろ盾がいるならば、ユティスとしても安心できる。
王が直接的に関与するとはいえ、さすがにユティス達と共に行動し続けることはできない。だからこそ信用における人物を彩破騎士団に置くというのは良い手段だと言えるし、ラシェンという存在は戦争からの経緯もあるため、多くの人が納得するだろう。
「そういうわけで、私が君達と連携をして今後『彩眼』の能力者に対応することとなった。よろしく」
「はい」
ユティスは返事をしたのだが、最初に声を上げた当のフレイラは沈黙。
その原因をユティスは理解している。彼女は元々ラシェンに対し不審を抱いていた――そこに来てこの人選であるため、何か疑っているのだろう。
とはいえ、決められてしまった以上拒否することはできない――フレイラはそう考えたのか、やがて、
「……わかりました。よろしくお願い致します」
彼女は頭を下げた。
その所作にラシェンは笑い、さらに話を進める。
「さて、こうして団員二人という新たな騎士団が誕生したわけだが……わかっているとは思うが、現状『彩眼』の持ち主と戦うのはいくらなんでも無茶だろう。騎士団と名はついているが、異能者に対する活動としては……どういった能力なのかや、どういう人物が所持しているのかなど調査し、情報を集めることが中心となるはずだ」
ラシェンが断じた言葉に対し、ユティスはふと思考を始める。
以前の戦争で、敵は十万の兵を生み出し国を蹂躙せんと動いていた。それに対しユティスは小説の中に存在していた伝説の剣を生み出し対抗した――が、これは事前の準備があればこそ。突然襲い掛かって来た『彩眼』相手では、間違いなく勝負にならない。
とはいえ――発見される『彩眼』持ちの人間が全て敵であるかどうかもわからない。ユティス自身上手く取り入って味方につけることができればという風にも思っているし、情報を集めるだけなら二人でも十分可能なはず。
「そこで、やることは二つある」
ラシェンは語る――ユティスは黙って彼の言葉を聞き続ける。
「一つは戦力強化というより、人員の確保だな。戦力以外の観点を見ても現在騎士団としての機能を果たすのは難しいし、何かしら人員を加える必要はあるだろう」
「しかし、城の人を味方にするのは難しいですよね?」
ユティスは言う。噂も耳に入っており、それだけが独り歩きして王が『聖賢者』の称号をユティスに――などという噂もあるくらいだ。なお悪い事にそうした噂を信用する者もおり、栄達を阻む敵が現れた――と認識する者も少なくない。
そんなことあり得ないとユティス自身は思うのだが――そういう噂があるというだけで貴族達には十分、敵とする材料となる。
表面上国を救った人物で優しく接してくれたとしても、裏でどのように考えているかわからないため、迂闊に協力を仰ぐわけにもいかない。
「そこでやるべきことの二つ目だ」
ユティスの言葉に対し、ラシェンは明瞭に答える。
「いわば城内で味方を作る、ということだ。より具体的に言えば自分達についた方が政争で有利となれる、といった形で協力者を増やしていく。それを上手くできれば、第一の目的に城の者が使えるだろう」
「思いっきり打算ですね」
フレイラの言葉。それにラシェンは苦笑しつつ、
「むしろ心の底から信用を得るなどというのは、限りなく不可能ではないか?」
もっともな言葉だった。ユティスも内心同意しつつ、さらにラシェンの話を聞く。
「城にいる重臣や諸侯は、君達が何の権力も持たない存在であることを認知している。加え、君達のことを邪魔者扱いする者も多い」
「当然だと思います」
さっぱりとした口調で語るフレイラ。
「私達は多大な功績を得て自分達の出世を阻む、厄介な人物という認識でしょう」
「悲しいが、そういうことだ。現在は私という存在もいるため、少しばかり興味を持っている人物もいるようだが……戦争が終わりまだ一月。今は様子見の段階だ。そして」
と、ラシェンはフレイラと目を合わせ告げる。
「彩破騎士団という名称をもらったはいいが、このまま何もせず屋敷に居続ければ、貴族や重臣が功績無しとして動き出す――最悪、この地位も消滅するだろう」
「情報収集だけでは、足らないということでしょうか?」
「彼らを黙らせるには、具体的な功績がなければならないだろうな」
「そうならないためには……」
「さらに功績を上げるしかない。味方を増やしながら」
フレイラは難しい顔をする。
ユティスは何が言いたいのか明確にわかった。功績というのは――つまるところ、異能者との戦いに勝つということを意味する。それは『彩眼』を持つ存在がが再びロゼルストに敵対することを意味し、ひいては今目の前にある平穏が崩されるということだ。
そして味方を増やす――この点は、先の戦争よりも難易度が高いかもしれない。
「……まあ、功績とは異能者に対する戦いだけではないと私は思う。よって何かしら事件を解決すれば、一定の成果を上げていると理由付けをすることはできるだろう」
そこでラシェンは続けた。ユティスは口上に首を傾げ、問う。
「事件、ですか?」
「『彩眼』絡みではないにしろ、大小それなりに国内で問題はあるから、それを解決するということだ。西部の魔物討伐は事件の最たる例だな。その中で……一つばかり、厄介そうな問題がある。実は君達にそれについて対応してもらおうかと思っているのだが」
「内容はどのようなものですか?」
「北部で、不死者の群れが何度も出現しているらしい。およそ二週間前からだ」
「不死者……魔法の形態は?」
「地に干渉するものらしい」
――死した存在を魔法によって復活させる魔法として、死霊術という分野が存在する。魔法が発動した際、埋葬された人間が一時的に蘇り、朽ちた肉体を伴い襲い掛かるというのが一般的な解釈とされているが、この魔法は大きく分けて二つの種類がある。
一つは実際の死体を用い生み出すのだが、ラシェンは地に干渉するものと述べた。よって、死体を用いるものとは違う魔法が使われていることになる。
大地の魔力を利用し仮初めの肉体を作り、そこに死んで大地と結びついた人間の魔力をあてがうというのが、もう一つの種類。こちらは地属性の魔法に分類される。
「出現の度に駆除できており、被害もある一点を除けば出ていないのだが……確実に群れで出現し、時折報告も無しに不死者が消えているという事象もある。後者の件は情報も存在するのだが……人為的に誰かが引き起こしているとみて間違いない」
「それに『彩眼』が関連している可能性はあるのでしょうか?」
フレイラが問う。ラシェンは一度彼女を一瞥し、
「不明だ。しかし何度も出現し続け北部に存在する兵が疲弊し始めている。中央にいる騎士団や宮廷魔術師が対応してもおかしくない案件なのだが、戦後処理などもあって北部に任せていたのが実状だ。しかも、兵が派遣されるまでにまだ時間が掛かるようだ」
そこまで言うと、彼は立ち上がった。
「詳しい話は……実は客人を私の屋敷に招いているのだが、その人物にも話をしたい。一度迎えに行くから、少し待っていてくれないか? 戻ってくるのは昼前くらいだろうから、昼食を用意してもらえると助かる」
「わかりました」
ユティスは二つ返事と共に、セルナを呼ぼうと口を開こうとした。けれどその寸前、フレイラがラシェンに問うた。
「その人物とは?」
彼女の言葉に、ラシェンは口の端に笑みを浮かべる。
「――勇者だ」