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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第二話
31/411

始まる陰謀

 月明かりもほとんどない夜、少女が一人走っている。場所は森の中を突っ切る道。息を切らしながら必死に、ただ死にたくないために。


 どうして、こんなことになってしまったのか――彼女は思いながら、足を動かす。


「――いたぞ!」


 遠くから、獣じみた男の声が聞こえてくる。少女は短く悲鳴を上げながらも、どうにか足だけは動かす。


 やがて、左右に存在する森から茂みをかき分ける音。一瞬だけ振り返ると、松明による明かりが見えた。

 そして男達は追いつき包囲を始める。あれだけ走ったのに――と思ったが、きっと自分の想像以上に速度がなかったのだろうと理解する。


 彼らは警戒しながら少女を囲う。同時に松明に照らされ、少女の姿が闇夜に浮かぶ。

 肩にかかる程度の赤髪が彼女が体を揺らす度に動く。華奢な体つきは見る人によっては満足に栄養が届いていない、という印象を抱くかもしれなかった。


 手には何も持たず、男達の包囲に対抗する手段は何一つない。彼らにとっては単なるうさぎ狩りのようなものだと考えてもよかった。しかし、囲むの面々の手には斧や剣、木製の盾が握られ、ジリジリと少女に対し警戒を怠らず包囲を狭め始める。


「……油断するなよ、お前ら」


 誰かが周囲に呼び掛ける。この場にいる男達は全員、少女がまるで絶対的な強者であるかのように目を凝らし、一挙手一投足を観察し間合いを詰める。

 傍目には異様な光景とも言えた。丸腰かつ周囲に怯えた目を向ける少女に対し、男達が武器を構えにじり寄る姿――そして、


「――おおおおっ!」


 雄叫びにも似た声と共に、一人の男性が斧を振り上げながら少女へ襲い掛かる。その狙いは明らかに頭部であり、明確な殺意を持った一撃だった。

 少女は最初、息が止まり体が動かなくなった――刹那、死にたくないという感情と共にドクンと一際大きく鼓動が跳ね、唐突に足が動いた。


 男性の一撃は空振りに終わる。なおかつ少女は男の脇をすり抜け、包囲を脱する。次いで道ではなく、森へと逃げ込んだ。


「待て――逃がすな!」


 森に入ると同時に声。それが少女の耳に入り全力で走り始める。そして、


「――魔女を、逃がすな!」


 またも声。それに少女は走りながら肩を震わせた。


(なぜ……なぜ……?)


 自分がなぜ魔女などと呼ばれるのか。なぜ、このようなことになってしまったのか。

 誰も手を差し伸べる者がいない中で少女は必死に走り続ける。男達が追って来てもよさそうなものだが、自分以外に茂みをかき分ける音は聞こえない。


 それでも追い立てられるように足を進める少女だったが、やがて男の怒号も聞こえなくなった時、立ち止まって安堵にも似た呼吸を吐いた。

 もしや、撒いたのか――思うと同時に、少女は一方向から風が流れてくるのを感じ取る。


 森の出口だと認識した少女は、そちらへと進み出した。気付けば鼓動は跳ねあがり足がガクガクになっている。けれど足を止めれば追手はすぐにやって来ると思い、懸命に足を動かし続ける。今はなぜか人が来ない。なればこそ、もっと逃げなければ。


 少女は重くなった両足に鞭打ち、前進する。風がある方向が終点だと思いながら歩みを続け、やがて――その場所に辿り着いた。

 開けた空間のようだが、真っ暗で月明かりもロクに無い状況で、どういう場所なのか上手く認識できない。


 とはいえ、進まなければ――少女は思いながら風に包まれつつ歩き出す。そして、


 体が突如、傾いた。


「え……?」


 何が――思いながら自身の体が横向きとなり、さらには正反対になろうとしていることを理解し、恐慌が訪れた。


 おそらく、崖から転落した。


 きっと森の中を進み続け、断崖へと辿り着いたに違いなかった。風があると考えればそれも予想できたはずなのだが、疲れ切った少女にはまともな判断能力が喪失していた。


 永遠にも等しい時間、少女は空中でさまよっていた――気がした。実際はおそらく、ほんの数秒だったはずだ。

 下が森ならばまだ、と一縷の望みをかけたような心境を抱き、それでいて自分は死ぬんだという予感から、体が震え止まらなくなり、


 胸に、激痛が走った。おそらく何かに衝突したのだろうと頭の中で理解し――



 意識が、飛ぶ。そして――



 気付けば寝かされ――男性二人の視線が、少女に注がれていた。


「……え?」


 何が起こったのか少女には理解できなかった。しかし、そんな心境を二人は気にしてもいない様子で、


「――素晴らしい」


 感嘆の声。少女の目線で左側。モノクルを掛け黒いローブを着た四十前後の銀髪の男性であり、その顔には笑みが張り付いている。


「これほどとは……私だけならばおそらく成し得なかった。君の知識があってこそ――」

「私は、ただ教えただけですから」


 そう応じたのは少女から見て右側――藍色のローブを着た二十歳前後かつ黒髪の男性。それに対し銀髪の男性は肩をすくめる。


「謙遜だな……ところで一つ質問だが、想定したよりずいぶん魔力量が異なるようだが、何か心当たりはあるか?」

「魔法を使った影響かもしれません。やはり完全に当時のままというわけにはいかないようです」

「ふむ、この辺りは検証が必要だな……ともかく、私だけでは決して成すことのできなかった大業だ。よくやってくれた」

「いえ……それで、約束ですが――」

「ああ、わかっている。そして私の方も頼むぞ……これで」


 男性は一拍置き、


「これで……奴らを滅することができる……憎き、私を追放した奴らに……!」


 少女としては意を介さない会話であり、ただただ呆然と見上げるしかない。


 やがて――銀髪の男性が少女に目を向ける。


「さて……まず確認をしなければ。名は?」


 そう問われ――少女は、口を動かした。

 一言目の呟きはどうにか声を成したのだが、名前を口にしようとした時はほとんど声が出ず、


「……ふむ、先ほどとは異なり声が出ないか。少し様子をみよう」


 男性は呟く。そして黒髪の男性は身を翻した。


「それでは、私はいったん失礼させて頂きます」

「ああ」


 やがて黒髪の男性が消える。そして残った銀髪の男性は笑みを浮かべ、


「さて、これから色々とやらなければ……ああ、そうだ。確かお前は魔女と呼ばれていたんだったか。しかしその名はそぐわないな。もっと、別の名を与えることにしよう」


 一方的に語り、男性は笑みを酷薄なものへと変貌させる。

 その時、少女は思う――男性の瞳は、狂気を含んだものだと。


 頭の中で結論付けると同時に背筋が震え、同時に男性は声を出した。


「――この魔法にあやかり、深淵の聖女、とでも呼ばせてもらおう」



 * * *



「すまないな、こうして呼び出してしまい」


 ロゼルスト王国の王城にある客室――そこに、貴族服姿の男性二人が向かい合って着席し、話をしている。


 片方は四十は超えていると思しき皺の数を持った濃い茶髪の男性。その黒い瞳は獲物を食らう猛禽類を想起させる程に獰猛であり、人によっては逃げるのではないかという迫力に満ちている。

 もう一方は金髪の男性――というより少年。十五前後の、幼さを残しつつ大人へと変貌していく時期の少年。本来なら目の前の人物に威圧され動揺の一つでも見せてよさそうなものだが、彼は毅然とした態度で相手と目を合わせている。


「……用とは、どのようなものでしょうか?」

「君の宮廷魔術師入り――ひいては、『聖賢者』に関する話だ」


 即答した年配の男性。すると少年は眉を僅かに動かす。


「君は今まで通り功績を重ねていけば、『聖賢者』入りしてもおかしくない逸材だ。けれどその可能性が、あの事件によって変貌してしまったかもしれない」

「ウィンギス王国との戦争ですね」

「そうだ……それについて、君も少なからず思う所はあるのだろう?」


 ――言葉の直後、男性は少年の頬が僅かに引きつるのを見逃さなかった。


「君に協力する……その事実を、私は君に伝えようと思い今回の席を設けた」

「私に……協力?」

「そういった支持者も少しずつ集まりつつある」

「支持者、ですか?」


 問い掛けに、男性は黙す。それに対し少年は言葉を待つ構え。

 聡明な少年の瞳が僅かな時間男性を射抜き――やがて、


「……賢しい君のことだから、わかっているだろう? はっきり言えば、私達は君が権力レースに勝つことに賭け、集ったわけだ」

「私が……」

「そうだ。我々は最終的に君が『聖賢者』入りすると思っている……それにより、支持した我々も恩恵を受けるという寸法だ。無論、支持者の中には君が年齢的にも組し易いなどと考える者もいるだろうし、君以外の者に接近し……言わば保険をかける者もいるはずだ。とはいえ少なくとも君に仇名す、もしくは妨害する真似はしないと誓約している。そこは信じてもらいたいし、私も問題がないようフォローする」


 少年は、男性に対し目を細める――政争に利用するため話題を切り出したのなら良い感情は抱けないだろうし、少なからず不快に思っているかもしれない。


 けれど、男性は話をやめなかった。


「手をこまねいては、君が『聖賢者』になるのが難しくなるだろう……現在はあくまで噂レベルに留まっているし、何より本人が否定している。しかし彼にはその地位につくべき功績があると私は思う……さらに言えば、それだけの『力』もある」


 少年はさらに沈黙――男性はそれを、同意だと認識した。

 そして男性は、最後の一押しをするべく口を開いた。


「……私としては、あのような異端に属する『力』ではなく……レイル君、君のように魔術師として大いに素養のある人物が賢者になるのがふさわしいと思っている。だからこそ、彼らと戦うべきだ。そして――」


 一拍置いて、男性は朗々と告げた。


「――ユティス君の弟である君も、そう思っているのだろう?」


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