路地裏の騎士
「……ティアナ、どうする?」
フレイラは問う。賭け試合をしている騎士――見たところ好きでこういう物事に顔を突っ込んでいる。だとするなら自分達の出番はおそらくない。
「ここは何もせず退避が一番でしょうか」
ティアナが応じる。ならばとフレイラは頷き、踵を返し大通りへ戻ろうとした。
しかし、
「おっと、ちょっと待ってくれ、そこの二人」
二人、と聞いてフレイラはわずかに歩調が緩む。
「お、片方止まったな。そうそう、綺麗なお二人さんだよ」
ティアナも立ち止まり、小さく息をつく。フレイラは同時に直感した。どうやらここに来てしまったのが運の尽きだったようだ。
騎士姿であるため二人を見ても観客は口笛一つ上がらない。そればかりか、騎士が呼び止めた以上はかなりの使い手なのでは、という考えすら抱いているように感じられる。
「俺を見る視線がずいぶんと鋭かったな。おかげで気付くことができたよ……ロゼルスト王国の騎士だろう?」
その声にわずかながらどよめきが上がる。おそらくこの国の人も異能者と共に各国の代表者が集まることを把握し、また異能者集団を打ち破ったロゼルスト王国については多少なりとも理解しているのかもしれない。
「……どうします?」
ティアナが問う。フレイラとしてはこのまま無視して立ち去ってもいい。ただ、ここで下手に逃げ出せば会議の席上で因縁つけられてもおかしくはない。
(見た目騎士だから、異能者同士の席では話題に上がらないとは思うけど……)
あの騎士が異能者であったのなら――異能者がどういう地位の人間なのかなどは、保護という形で国が公表しないケースもあり、ナジェン王国はまさにそれ。それがどう対応すべきか迷わせる。
「あー、もしかして会議の席でどうなるかとか考えている?」
そんな時、騎士の方から解答が飛んできた。
「これは俺が勝手にやっていることだから気にするな。もしこの件が話題に上がっても、俺を二人が止めに来たってことにしてもらってもいいぜ」
フレイラは騎士へ視線を移す。快活だと思うほどの綺麗な笑顔を見せる騎士を見て、どこか呆れた気持ちになる。
気付けばフレイラ達と騎士の間にあった人だからがなくなり、やや距離はあるが対面するような形となっている。どうするかとフレイラは少々考えた後、返答することにした。
「……装備を見て私はあなたがどこの国出身かわかるけど、何でこんなことをしているの?」
「暇だったからな。少しは鈍った腕を取り戻さないと、って思ってさ」
と、ここで騎士は敗れた傭兵に目を向け、
「もっとも、鈍った腕の解消に十分だったかどうかは微妙だな」
煽りに周囲の人だかりが熱を帯び始める。次の相手は女性騎士のどちらかなのか、と人々が推測している間に、今度はティアナが質問を行った。
「あなたは、招待された異能者ですか?」
「さあ、どうかな……と、ここで化かし合いをやっても仕方がないな。俺は異能者の護衛。異能者本人は別の騎士の護衛を伴って宿にいるよ」
「護衛任務を放棄してこんなところに?」
「放棄とは違うぞ。単に護衛を交代でやっていて、今は非番ってだけだ」
その非番の間にこんな野良試合に興じているというのは――なんとなく他の騎士も厄介だと思っているだろうとフレイラは思う。
「ま、俺のことはいいさ……そっちはどうする? 一戦交えてみるかい?」
「……面倒事に首を突っ込むのは性に合わないわ」
と、フレイラは肩をすくめた。
「言っておくけど、挑発にも乗らないから。もしさらに煽るような言動があったら、それも会議の席上で話をしましょう」
「あらら、フラれたか……ま、いいさ。そういうことならあきらめるとするか」
騎士はそう言った後、何かを思い出したかのように、
「そうだ、名前くらいは明かしておくか。俺の名はジェン=バルトン。そちらは自己紹介しなくていいぜ。容姿から誰なのかおおよそ想像できるからな」
にこやかに語る騎士、ジェン。フレイラとしては厄介な相手だと思いながら、これ以上関わりになるのはよそうと思い、
「あんまり派手にやると町の人に迷惑が掛かるわよ」
「ああ、わかってるって」
「そう、ならまた会議の席上で……行こう」
ティアナに告げフレイラは歩き出す。周囲の人々から声でも掛けられるかと思ったが、そういうことにはならず、代わりにジェンが「次の相手は?」と対戦を所望する声が聞こえた。
「……色々と変わった騎士がいますね」
ティアナが感想を述べる。フレイラは首肯し、
「わざわざこんなところにまで来て面倒事を起こそうって気があるんだから、逆にすごいと思うわ」
「……こういう見方ができるかもしれませんよ」
と、ティアナが突如語り始める。
「この会議自体、ラシェン公爵の呼び掛けによって成立したわけですが……敵対勢力と戦った私達はこの会議の重要性を認識しているし、また話がまとまるのか不安を抱いている。一方、そうした敵対勢力と関わりのない国では、それほど危機感もなく異能者同士の話し合いの場、というくらいの考えで臨んでいる」
「なるほど、その辺りで温度差があるってことね。けどそれは仕方のない話でもあるわ」
イドラとの戦いや、政争――異能者との戦いはそれこそ熾烈を極めた。加えてレイテルという記憶どころか因果すらねじ曲げる異能者とも遭遇した。
そういうことに関わったフレイラ達は異能者がどれほど脅威で、また敵対勢力がどれほど恐ろしい存在なのかを理解している。だがそうしたものと関わらず、異能者を保護しているだけの国家とでは、認識に違いがあるのは極めて当然の話。
「この温度差が吉と出るか凶と出るか……」
「上手く説明できれば、各国の脅威として上手くできるかもしれませんけど」
「正直、難しいと思う……形だけでも協調関係をとる、というのが落としどころなのかしら」
全ての国が敵対勢力を脅威と見なすには――異能者と遭遇し戦わなければ理解できないかもしれない。
(それこそ、この場所で戦闘が生じるくらいの劇的なものがなければ……さすがに不謹慎か)
フレイラはそうした思考を止め、路地を抜ける。
「ティアナ、もう少し見て回ろう」
「はい」
返事と共にフレイラは歩き始める。けれど頭の中は会議の席のことを一杯だった。




